
東京を拠点に活動する4人組バンド、メモリの1st EP『沙漠に沈む』が2025年7月1日にリリースされた。前身バンドの50 pearsが標榜していたオルタナ / インディーロック、シューゲイザーサウンドからは離れ、ブラジリアンミュージックの要素を大胆に取り入れたメロウなポップミュージックを鳴らしている。それぞれの色が大きく異なりながらも、根底に通じる空気感はバンドとしての方向性を物語っていた。
眩いばかりの煌めきと浮かび上がる陰影は、情熱と感傷のコントラスト
祭りの後、喧騒を抜けてふと暗い夜道に入ったときに頭をよぎる孤独と感傷。そういう種類の気怠さと哀愁を湛えたラテンミュージック調のメロウでローテンションなヴォーカルが陰影を創り出す。沈みゆく真夏の夕陽を浴びて、街の景色に影が濃くなっていく様子そのものだ。
陰と陽、静と動のコントラストがあまりに強烈ながら、両者が極めてスムーズに同居し、見え隠れするところがこの作品のキーとなっている。それと同時に、それぞれの色がはっきりと際立っており、全3曲の中で場面転換が起きている。現時点での代表曲を3曲収録したものというよりも、3部構成のアルバムと考えていいだろう。
まず、冒頭を飾るのは先行シングル“青いオルフェ”。感情の起伏を抑えたかとうなおと(Vo / Gt)の歌声と、アコースティックギターの柔らかな音色が湿り気を帯びたメロディーを奏でる始まり。穏やかなインディーフォークかと思いきや、熱く燃えるようなサンバ調のリズムが刻まれる。途中からパーカッションが乗る形だが、その入りがあまりにスムーズで呆気にとられるだろう。手数は多く、いつ均衡を崩してもおかしくないくらい躍動感に満ちたグルーヴがありながら、楽曲そのものは柳の木のようにしなやかで平静を保っている。この対比が実に鮮やかで官能的ですらある。
この曲は、1959年の映画『黒いオルフェ(監督:マルセル・カミュ)』が題材だ。映画の詳細については控えるものの、ブラジル・リオデジャネイロの賑やかなカーニバルを躍動感たっぷりに描きながら喧騒の裏側で起きる悲劇、見え隠れする人間の嫉妬心や貧富の格差が影を落とす内容だ。“青いオルフェ”も映画の内容を思わせるような、切なくほろ苦い後味が残る。
この余韻を受け止めつつ、タイトルトラック“沙漠に沈む”へ。一段落ち着いた印象で、ラテンミュージック要素は控えめ。物憂げなメロディはボサノヴァに通じるものの、どちらかというと昭和歌謡にある湿っぽさ、哀愁に近い要素を持っている。ギターのフレーズやコーラスパートも本作の中では最も輪郭がはっきりとした曲だ。
そして最後に待ち受ける“パレード”。“青いオルフェ”以上に激しいリズムの中、ギターがかき鳴らされる。それでいて目を瞑って聴いてみると、想定以上に楽曲そのものはメランコリックなものに思えてくる。踊り疲れた群衆が少しずつひけていくかのように、曲が進むほどに空虚さを増幅させていく。
曲ごとの味付けを変えるのはその強弱を巧みに織り交ぜたリズムが生む“光”だ。その意味ではリズム隊のエネルギッシュな畳みかけにも「我関せず」といった佇まいを貫く、かとうのドライな歌い口が好対照といえる。絶えず動き続ける太陽に照らされて、歌声やメロディーの内に秘めた影が顕わになる。
思い返せば、日本のロック / ポップミュージックにおいてサンバやボサノヴァといったブラジリアンミュージックの要素を取り入れるアーティストは珍しくない。顕著な例でいえばTHE BOOMやGANGA ZUMBAで知られる宮沢和史があげられる。また、MONDO GROSSOの“Life”や森山良子の“雨上がりのサンバ”など、普段は異なるテイストのアーティストが特定の楽曲でエッセンスとして取り入れるケースもある。こうしたケースの傾向として、メロディアスでノリがいい、輪郭のはっきりした楽曲が多くを占める。外向的抒情性とでも言おうか。楽曲のメッセージが共感を生み、一体感を増幅させるものとしてグルーヴや歌が機能している。まるで大衆を巻き込むカーニバルのように。
本作のメモリは、そうした過去のケースと一線を画す。抒情的でこそあれど、その表現が実に内省的だ。歌っている“主人公”が笑っているのか、睨みつけているのか、泣いているのか。一聴しただけで判断が難しい。祝祭の一体感というよりも、街頭に立つ無名の吟遊詩人に第三者が立ち止まり耳を傾ける光景が思い浮かぶ。
前身バンド、50 pearsではシューゲイザーやアーリーオルタナティブを志向してきた彼ら。本作で敢えて大胆な路線転換を試みたのは、彼ら自身のメッセージや音楽が決して共感を求めているわけではないというスタンスを暗示している。日頃の彼らを取り巻く孤独や無力感が情熱的なサンバのグルーヴを“借景”することでより濃い影を際立たせている作品だ。
沙漠に沈む

アーティスト:メモリ
発売:2025年7月1日
フォーマット:CD
購入リンク:HOLIDAY! RECORDS
収録曲
1. 青いオルフェ
2. 沙漠に沈む
3. パレード
4. 沙漠に沈む (Original Demo)
5. 青いオルフェ (Original Demo)
6. パレード (Original Demo)
7. 沙漠に沈む (Alternate Ver.)
※4曲目以降はCDのみ収録
メモリ

バンド名の由来は、モノの量をはかる「目盛」から。前身バンドの50 pearsではシューゲイザーやインディーロックを鳴らしていたが、メンバーがワールドミュージックへと関心を強めたことにより音楽性が変化。2024年に改名し、現体制での活動を開始する。現在はブラジルなど中南米の音楽や日本の歌謡曲に影響を受けた、情緒やムードを大切にしたポップスを志向。型にとらわれない音楽表現を目指して試行錯誤を重ねている。
Instagram:@memori_tokyo
X : @memori_tokyo
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後ろ向きな音楽、胡散臭いメガネ、あまり役に立たない文章を愛でています。旅の目的地は、何もないけれど何かが起こりそうな場所。
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