編集部員が選ぶ2021年ベスト記事
今年も残りあとわずか、何かと一年を思い返す頃ですね。5月にはANTENNAから新メディアPORTLAが独立、我々編集部にとっても大きな分岐点だったように思います。新たな「特集」という記事の束ね方・編み方は、それぞれ何をどんな風に伝えていけるだろう。新たに5人のメンバーがジョインし、ライター・エディターともに楽しく遊び・学び・時にもがき、出会いにも恵まれながら考え巡らせる一年になりました。ANTENNA / PORTLA両メディアで2021年に公開した記事の中から、編集部員がそれぞれ1本ずつマイベストを選び、一年を振り返ります。
まずは複数の編集部員に選ばれた、ベスト記事の中のベスト記事をまとめました。
編集部内で人気だったANTENNAの記事
ANTENNAはサイトリニューアルを経て、一年で3つの特集をリリース。そのうちの1つ『言葉の力』でライター・マーガレット安井が手掛けたこちらのインタビューが、多くの編集部員からベスト記事に選ばれました。
移民ラッパー Moment Joon の愚直な肖像 – 絶望でも言葉の力を信じ続ける理由
ANTENNAが掲げるインディペンデントな「ひと・もの・こと」を、これまで自分たちが踏み入ることができなかった領域にまで飛び火させたという意味で記念碑的な記事だと思います。奇しくも先日、次作での引退を宣言。より今年しか作ることができなかった記事として、今後も貴重な存在としてサイト内にあり続けるでしょう。(副編集長・峯 大貴)
この記事の選出に関しては多くを語る必要はないと思う。良い記事は「企画」から良いもの。取材対象者の選定とどのような角度から話を聞くかで、記事の厚みが大きく増すわけですが、そこにタイミングというものものっかってくる。この取材のタイミングを読むこともまたライターとしての重要なスキルなわけですが、運の要素があることもまた事実。そういったものがうまく重なった記事になっているのではないかと思います。(PORTLA編集長・堤 大樹)
わかりやすいストーリーに落とし込まず、Moment Joonさんの持つ葛藤や苛立ちをすくいとっていた。またそれを記事に落とし込む上で、読者にとってわかるように仕上げていた。(太田 明日香)
自分が自分の手を離れて解釈されていくことの、ムカつくところとおいしいところ。その両方について触れられるようなフラットさが、取材から原稿まで保たれた記事だと感じました。カルチャーは他から独立して存在できるわけがないのに、その周縁も含めてますますユートピア的な風貌を帯びていく不気味さ。そういうゾッとするものに触れた人が来年もこれを読むかもしれないという意味で、この記事を推薦します。(古閑 絢子)
次点は同じく『言葉の力』の中で、翻訳に光を当てた記事のひとつ。
時間をかけて他人の言葉に身を委ねる「表現としての翻訳」とは – 藤井光インタビュー
翻訳者に「表現やクリエイティビティを発揮する場面はあるのか」と問いかけたANTENNAらしい切り口の特集『創る翻訳』。中でも藤井先生の「学生時代にいろんな映画を観たということと、ずっと音楽を聴き続けているということの二つが助けになっている」という発言は、語学力以外に翻訳者が身に着けるべきスキルは何だろう、ともやもやしていた自分にひとつの答えをくれた印象的なエピソードでした。翻訳者だけでなく、ライターやアーティスト、表現者に気付きを与えてくれるインタビューだったのではないでしょうか。(橋本 嘉子)
「翻訳は表現なのか」という質問からスタートしつつ、第二言語である(母語ではない)英語での執筆は作家にとってどういう意味を持つのか、SNSを筆頭とした「ファストな世界」との対比など、翻訳を取り巻くお話が深く展開されていて、新しい世界にどっぷり潜れたような気持ちになれる密度の濃いインタビューでした。私も職種は異なれど人のお話を文章にする仕事をしていますが、「他者の世界を翻訳するとはどういうことか」の自分なりの考えがまだまだ浅いことを痛感しました。これから何度も読み返したいです。(べっくや ちひろ)
今回の投票を期にあらためて読み返してみて、翻訳は時間旅行なんだなと思いました。徹底的に他人の言葉に身を委ねる時、リアルタイムに過ぎていく自分の時間とは違う次元を生きているんだとおっしゃっていて、ドラえもんのタイムマシーンで移動する時のあんな空間なのかなと想像しました。取材をして記事を書くことも人の言葉に身を委ねる行為だけれども、いつかそんな風に感じることができるのだろうか。(肥川 紫乃)
編集部内で人気だったPORTLAの記事
続いてはPORTLAで公開された記事の中で人気の高かったものです。PORTLAは『Choose Convenience Yourself』便利を自分で選ぶことと向き合う特集でスタートしました。「#わからなさを取り戻す」をテーマにつくられたこの記事は、多くの編集部員にとって大切なものになりました。
勉強とは「布石」を置くこと。そして誰かとつながること。勉強家・兼松佳宏インタビュー
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「学ぶとはなにか」を土門さんと探求した企画の1つ目にあたる記事。「布石(=知識にあたるもの)は誰かとつながるためのものなんだな」という言葉が最後にありましたが、これ、そのまま自分たちの活動にも当てはまるものだと感じ新しくはじめたPORTLAというメディアにひとつの指針を示してくれたように感じたんですよね。客観的な事実や知識を「誰かと、多様な文脈でつむぐこと」は世界へ彩りを与えることなのではないか。(堤 大樹)
「誰に何を聴く」のチョイスが素晴らしいながらも特筆すべきはライターの言葉にインタビュイーが反応して、さらにもう一段深い階層へと展開するのが見事。研究者のように点を深めるのではなく、編集者として点と点を意味づけして編集し、大人の勉強をサポートする仕組みを作る話など魅力にあふれるインタビューでありました。(マーガレット安井)
初めて読んだPORTLAの記事でもあり、PORTLAに関わりたいと思うきっかけになった記事でもあります。まさに私自身が「大人になってからの勉強はどうすればいいのか」に迷っていた(いる)ので、「勉強は点と点を意味づけして『編集』していくこと」から始まるお話は参考になることばかりでした。インタビューのコアを簡潔にまとめたタイトルも素晴らしいなと思いました。(べっくや ちひろ)
次点は以下の3記事。
批評誌『痙攣』が伝える「ないものを探す」という批評の在り方
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李氏さんの姿勢をとても尊敬しています。僕もこうありたいなと思う一人で、いくばくかの嫉妬もありつつずっと刺激を受けています。そしてMoment Joonさんもそうですが、臆さず一番ホットなタイミングで取材に取り組む安井さんの姿勢もまた尊敬しています。さらに「話題性」で終わるのではなくもう一歩二歩踏み込むところ。僕は臆しがちなのでこれまた見習いたいところですね。来年も目標としていきたい人たちの原稿がこれでした。(阿部 仁知)
自分の言葉で語ることは覚悟のいることでもある。でも最初は、こうしたら面白いのでは、これは今でになかったのでは、そんなところからはじまったのだ。難しく捉えられがちな“批評”をするという行為。それもまた同じ。批評はそんな日常から自然と派生していく行為であるということを教えてくれたインタビュー。言葉と出会うように、人と出会うことも新たな言葉を紡ぐきっかけになるのだ。(乾 和代)
ラボの経験が写真に活きている。 写真家〈mogu camera〉小倉優司がフィルムカメラで撮り続ける理由
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「光で世界を見る目」。小倉さんのいう世界を見てみたくて、日常にひそむ光を探すようになった。日々いろんな記事に出会うけれど、読んでからしばらくその効能が持続するものもあれば、時間が経つにつれて薄れてしまうものもある。その持続時間が、自分が受けた影響の深度に合致するのかは分からない。しかし、この記事については読んでから半年経った今や、自分の中で「光で世界を見るセンサー」が無意識に作動するようになった(気がする)。そんな感性を変えてくれる記事に出会えたことが、2021年の僥倖だった。(出原 真子)
自分がたまたまフィルム写真に興味があったときに公開されたこちらの記事を読んでから、スマホで写真を撮るときにこれまでに持っていなかった視点を手に入れました。つい色んな人に「読んで!」とおすすめした記憶があります。最後に載っている紫乃さんの視点に共感もしました
“写真を撮るということは、世界への感度を研ぎ澄まし、微細な光の変化を感じ取って丁寧に掬い上げることなのだと思った。”(柴田 真希)
生活の批評誌』依田那美紀さんに聞く、他人と誠実に関わるために「ひとり」でつくること。
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依田さんの人物像、雑誌のテイストがよく出ていた。読んだときの感じと会ったときの感じと雑誌の感じがズレていなかった。(太田 明日香)
書き手、つくり手としての葛藤や変化、そしてどうやって前に進んでいったのかを丁寧に読める記事です。共感する部分もあったり、ドキッとする部分もあったり。記事を読み進めるのと一緒に自分も考えていける感じが、旅だなあと感じます。(肥川 紫乃)
編集部員が選んだ記事・個人別
ここからは個別にベスト記事として挙げられたものを、選んだ編集部員別にご紹介します。
阿部 仁知が選ぶ2021年の記事
ANTENNA
グローバルな視野を持って、ローカルから発信するーリクオが『リクオ&ピアノ2』で打ち出す連帯の姿勢
峯さんの原稿はいつもテキストの密度があるんですよね。グローバル/ローカルという一見して大きなテーマをブチ上げてはいますが、リクオさんのキャリアや生活から自然と出てきた言葉のようで、淀みなく説得力がある。それはリクオさんだからという部分は間違いなく大きいですが、同時に峯さんが聞いているからとも感じさせる強度があります。目指したい原稿の一つですね。あと写真が抜群にいいです。
出原 真子が選ぶ2021年の記事
ANTENNA
街並みを守っているのは誰?今知りたい、景観のはなし
突如、nanoの壁面イラストが条例に違反するとして、営業が危ぶまれたことは記憶に新しい。そんな時に賛成・反対の二項対立の議論を行ったり、立場を表明したりするのではなく、まずは有識者にインタビューを行うことで「街の景観は誰のものか」模索したところにアンテナという編集部の姿勢が表れていた。景観だけではなく、風景を作る人々とその共同体が存在する意義について語る森川さんの言葉を起点に、自分だったらどう街と関わりたいか思考を巡らせるきっかけにもなったと思う。
乾 和代が選ぶ2021年の記事
ANTENNA
峯大貴が見たボロフェスタ2021 Day3 – 2021.10.31
定点観測をしていているから見えてくる景色がある。2013年からボロフェスタに通い、そこで繰り広げられてきたシーンを書きとめてきたからこそ紡ぐことができたこの記事。ライブレポートはその一瞬を捉えたものではないのだ。そんな彼がどのように音楽ライターになったのかが読める彼のこの10年の音楽との軌跡をめぐる『「シーン」から「モード」に移ろいゆく – 京都音楽私的大全』もぜひこの機会に合わせて読んでほしい。横断していろんな角度から物事を体感できるのも、このサイトの面白さではないだろうか。
岡安いつ美が選ぶ2021年の記事
ANTENNA
ドラァグクイーンとコンテンポラリーダンサーが出会う時、なにが起こる?『SYNTHESE-DRAG meets CONTEMPORARY-』シモーヌ深雪、ゴーダ企画インタビュー
ドラァグクイーンとコンテンポラリーダンサーが出会う時、なにが起こる?『SYNTHESE-DRAG meets CONTEMPORARY-』シモーヌ深雪、ゴーダ企画インタビュー
「おもしろいのが、この人たちはまったく過去の人ではないんです。常に今の人なんです。シモーヌ深雪も毎日更新されていっている。パフォーマンスだけでは語れない裏にあるそういう部分も、ものすごく勉強になる。」という言葉が印象的だったインタビュー。ドラァグクイーンとコンテンポラリーダンスが交差する貴重な瞬間を記録できたANTENNAとして大事な記事です。
小倉 陽子が選ぶ2021年の記事
ANTENNA
未来は僕らの手の中(か?)|テーマで読み解く現代の歌詞
例えば音楽への偏愛が成す熱量の文章とか、多大な知識に裏付けされた批評とか。そういう温度ではなく、音楽以外のカルチャー(ここでは映画・アニメ)や社会への眼差しと掛け合わせることで、音楽が好きで好きでたまらない、わけではない人とも語り合う余地を持っている、絶妙な読み心地。これはこれで音楽以外のものに注がれる愛情とか、社会を的確に捉えるための知識や視座が必要なので、誰にでも書けそうにない難解さがあり、それでいながら「つくり手」のグラデーションの薄い方にいる誰かの背中もちょっと押してあげるような間口の広さを感じる。自我を多めに滲ませつつも、自分の外側の世界へ鋭く眼光を放つ、良いコラムだなぁと思います。
PORTLA
“心が動く”を追い求める旅。カフェ・モンタージュ 高田伸也さんが考える感性のありかとは。
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言語化しにくい感性にまつわる思考を紐解き、ひとつひとつ丁寧に言葉にしつつも、答えを提示するわけではない。感じることと考えることについて思い出すとき、今も折に触れこの記事のことを思い出します。答えを出すことの爽快さより、ずっと考えることによってずっと感じていける喜びのようなものを受け取って、自分がライブや舞台が好きな理由もここに繋がっているし、ずーっとそんなことをぐるぐる考えながら、感じて生きていくのだと思うと幸せな気持ちになるインタビューでした。
ちなみにこの記事の筆者はとても「偏愛の人」だと思うのですが、隠しきれない好きと、それを言葉にすることで手に入れる冷静さ、そのバランスで紡がれる記事をもっと読んでみたいと思っています。
古閑 絢子が選ぶ2021年の記事
PORTLA
1845年創業の紙問屋〈柿本商事〉に聞いた「紙でしか伝えきれない想い」とは
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紙という豊富な選択肢を持つ素材のすごさをただ説明するのではなく、選択する理由や選びたい気持ちを大事にしようと思わせてくれる記事でした。紙のバックグラウンドと人間を重ね合わせるという視点は誰かに大切な手紙を書く時のひとつの視点になりそうです。少なくとも、ちゃっちくないこと、嘘くさくないこと、できるだけ文字を書けることだけがいいレターセットの判断基準ではないのだなと私は気づけました。
柴田 真希が選ぶ2021年の記事
ANTENNA
「シーン」から「モード」に移ろいゆく – 京都音楽私的大全
『OUT OF SIGHT!!!』発刊に際して語られた峯さんのコラムから、ANTENNA、ないしはカルチャーメディアが存在する理由を受け取りました。記事を書くときに「自分が語る意味」に迷い続けてますが、ただ当事者であること、その場にいたこと、それが全てだ!と立ち返る自分にとっての指針になっています。個人的な経験談でありつつもカルチャーのどこかに自分の居場所を感じている人には心当たる記事だと思います。
橋本 嘉子が選ぶ2021年の記事
PORTLA
お互いをエンパシーするためのマスターピース – Moment Joon『Passport & Garcon』
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Moment Joonの実体験に基づいたナラティブ作品をライター自身の実体験を交えて批評したことにより、本Review自体もまるで物語のようにすっと心に入ってきました。感情移入や共感と訳される“エンパシー”とは何か、冒頭でライターが語るようにそれを理解するには劇薬のような作品だけれど、偏見や差別的な感情が自分の中で生まれてしまいそうになった時に今でも思い出す効能が高い作品とその批評だったと思います。
溝口 日向が選ぶ2021年の記事
ANTENNA
Vol.1 Sovietwave 時代の移り変わりでねじれるソ連のノスタルジー
私が普段何気なく聴いている曲にも「ねじれ」があるんだろうか?自分が身の回りのカルチャーにどんな眼差しを向けているか、そのカルチャーにはどんな文脈があるのかまで気になってくる記事です。ANTENNAは曲を聴きながら文章読める記事が多くてめちゃくちゃいいな〜!寝る前とかにsovietwave流しながらこれ読んで懐かしい気持ちになってぐっすり寝てほしいです。
PORTLA
【with your eyes】6th shot :小檜山貴裕
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写真に限らず音楽や美術でも、言葉ではない方法で伝えようとしている作家のことを言葉で書くことは、余白を塗り潰してしまう危うさを持つ、すごく難しいことだと思っています。でもこの記事は、むしろ「伝わって欲しいわけではない」とも思っている小檜山さんの想いを引き出し、曖昧さや矛盾も含めてあるがままを書こうとしているのが伝わりました。小檜山さんの写真含め、取材時の写真もとてもいいです。
マーガレット安井が選ぶ2021年の記事
ANTENNA
Radioheadのファミリーに憧れて。OAS / Radiohead Nightが描くファンベースの表現の営み
このベスト記事は『Radiohead Night @ESAKA MUSE イベントレポート』と合わせてという感じです。ANTENNAはライターの「好き」を発信する場所であります。今年公開された記事の中で「おれは好きだから、どうしても伝えないといけない」という、おびただしい熱量と偏愛を感じたのはこの記事でありました。Radioheadに魅せられた人々の偏愛とライターのまなざし。他のメディアでは取り上げられなかったであろう題材。どれをとってもANTENNAらしさが詰まった記事なのではないでしょうか。
峯 大貴が選ぶ2021年の記事
PORTLA
かつての恩師が目指し続ける、「自分」を作る教育。「勉強とは、自ら『文化資本』を構築すること」
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PORLAが掲げる「旅」が何を表すのかについて、「旅」という言葉を使わずに見事に表し切っているという点で、選びました。土門さんの問いと小路口の語り口、そしてお二人の関係性が織りなす不思議な会話を読んでいると、本サイトのホイッスルが高らかに鳴る心地がしたのです。
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滋賀生まれ。西日本と韓国のインディーズ音楽を好んで追う。文章を書くことは世界をよく知り深く愛するための営みです。夏はジンジャーエール、冬はマサラチャイを嗜む下戸。セカンド俗名は“家ガール“。
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