モノとの対話から生まれる、残像と形跡 ーー 終わらないモノとの対話『ABITA』はどんな風につくられるのか?
パフォーマー・奥野美和とアーティスト・藤代洋平を中心に結成されたnakice(ナキス)。2022年から拠点を東京から京都に移し、身体・人工物・自然物を用いたパフォーマンスを日本各地で行っている。
今回話を聞いた奥野は、3歳からモダンバレエを始め、大学在学中にコンテンポラリーダンスに出会い、ダンサーとしてのキャリアを長年積んできた。2015年から東京藝術大学大学院美術研究科先端藝術専攻に入学し、ダンス作品に限らず“身体”を素材にした研究を行う。彼女は若い頃からアートを嗜好し、多くの作品から得てきた多層的なインスピレーションを元に創作活動を行っている。ダンサーとして身体表現を学んできたからこそ、彼女は作品の中で身体を用いた表現をするが、『ABITA』のことは一概に「ダンス公演」と呼ぶことはできない。『ABITA』は物と、身体と、音が呼応する空間作品なのだ。
nakice
2014年より奥野美和と藤代洋平が主宰するダンスカンパニーN///Kでの活動を経て、2022年より京都に拠点を移し、パフォーマンスアートと美術の文脈の間に成立する作品を目指し新たに設立した団体。身体・人工物・自然物などをメディアとして扱い、身体表現と美術表現を横断する展開を目指す。
奥野美和
3歳よりモダンバレエを始める。2009年よりソロ活動を開始。
骨と肉に着目し“自由になる為に解体された身体”コンセプトに国内外にて活動し、自ら映像や美術を手掛け総合的な空間創りを目指す。
横浜ダンスコレクションEX2013にて若手振付家のための在日フランス大使館賞、MASDANZA賞、MASDANZA18(スペイン)にて審査員賞を受賞。
2015年、東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻に入学し、身体表現/パフォーマンスアート/インスタレーションの間に成立するbody installationの文脈を探る。
ダンス作品の創作、演劇作品への参加、ピラティスの資格取得などの経験を経て、近年は〈ダンス〉の分野から〈カラダ〉の本質に着目し、身体から派生するあらゆるモノゴトへの可能性を掘り下げ中。
今回2022年12月16日から京都芸術センターで行われる公演に先駆けて、スタジオSANDWICH(2022年8月、京都市伏見区)にて事前制作、公演1ヶ月前からは京都芸術センター制作室での創作を行い、公演当日を迎える予定だ。話を聞くために伺った制作室では本番に向けたリハーサルが日々行われているのだろうと考えながら向かった。制作室の扉を開けると、おもむろに床に置かれたコーヒーの缶、割れた発泡スチロール、ずらりと並ぶ背の高い扇風機、部屋の中央には紙が貼られた足場が鎮座している。一見すると雑然とした作業場にしか見えない。
A day of creation using poles and lightings with stage director Kobayashi-san and Lighting director Kana-san.#イントレ×単管×照明#モノ×モノ×カラダ#空間ドローイング#プロセスの途中経過を創作する#モノと人への振付#abita#nakice pic.twitter.com/1OjJipuzzd
— miwaokuno (@miwaokuno) November 25, 2022
「私たちからすると、動いたらそのまま反応も出てきちゃうし、リハーサルと本番の境界線があまりないんです。事前制作で作っている物も作品だなと思ったり」
制作過程すらも作品である。その段階を追いかけながら見ることもとてもユニークで、「事前に得ていた情報から発展している制作現場」を見ることに、私自身とてもワクワクしていた。奥野のTwitterを通じて事前制作の様子は常に更新される。その場にある物を用いてクリエイションをするのが『ABITA』のコンセプトにあって、制作室には京都芸術センターの中から集められたものでごった返していた。敷地内で拾ったシュロの木なんかも、どんな風に作品に反映されるのだろうか。
nakiceは今日も制作しています。
このシュロが目印です。
京都芸術センター内にある前田珈琲明倫店のテラス席に落ちていたものを拾ってきました。パフォーマンス公演は、
12月16日(金)~18日(日)です。https://t.co/ZV4YdCAZJC pic.twitter.com/vws1W7TImZ— 京都芸術センター (@Kyoto_artcenter) November 25, 2022
冒頭で私は「『ABITA』は物と、身体と、音が呼応する空間作品なのだ」と書いた。ただなんとなく集めているわけではない“物”たち。それを彼女はどのように捉えているのだろうか?『ABITA』とは一体何を表しているのだろうか?クリエイションの成り立ちから率直に聞いてみた。
「2020年から『ABITA』を始めました。自分たちの住んでいたマンションの家具……家具のことを親しみのある“人“たちって言っちゃうんですけど。自分の生活空間にある心地よいモノたちと一緒に舞台に行ったら、自然な自分の反応が出て、自分としていられるんじゃないか?と思ったのが『ABITA』の創作を思い立ったきっかけでした」
2020年、『ABITA』の初演は祖師ヶ谷大蔵の〈cafe MURIWUI〉で行われた。奥野の家にあった物を会場に移動し、会場にある物の中にそれらを混ぜ合わせた。コロナ禍では家で過ごす時間が長くなり物と話すきっかけが生まれたことからもそんな着想を得たのではないかと、私は考察する。
「ピタってきたのは、2022年4月に行った『ABITA@JINNAN HOUSE』でした。〈細胞が入れ変わるように その場所にあるモノが 完成もなく変化し続ける〉というキーワードをもとに、8時間×3日間のパフォーマンスをしたんですが、これが面白いし良いんじゃないかとすごくしっくりきた回でした。でもJINNAN HOUSEでの回に納得した、とかではないんですよね。
「私たちを作っている身体の材料は、星のかけらからできています」という文章で始まる『ナチュラルハイ』という本があって、10億年とかの単位で考えると、ここの(空間の)一部だったモノが私の身体の一部になっているし、握手しただけでも皮膚が飛び散っている、それを他人が吸っている、それが身体の一部になるという交換をしているんだと思うんです。細胞単位で終わりのない循環が行われているというか。「今」はあらゆるプロセスの中の一点でしかない。それが思考のお手本だなと思っています。あらゆる物には終わりがないんですよ。反応が続く。それを日常にあるモノたちで再現しようとしているのが『ABITA』かなって思っているんです」
『ABITA』はイタリア語で「生活」という意味を持つ。終わりのない反応の連続、続いていくことを「生活」という言葉に込めたのかと想像して奥野に聞いてみると、「家具を運んで最初の『ABITA』をやった時に住んでいたマンションの名前が「アビタ」だっただけです」と返事があった。
「住んでいた家の物を持ち出すクリエイションだったので、名前はポンっと軽く決めました。でも調べたらめちゃくちゃ興味深い意味を持った言葉で。「呼吸」「息をしている」「生息物が住んでいる建物」だったりとか。生息する場所の集合体、建築の業界では「建築物」「生息する場所」=「マンション」なんですよね。リハをしていると家ができていくような雰囲気もあり、毎回ちょっとした小屋みたいなものができるんですよ。
そこには自分の形跡や、明らかにここに誰か住んでたみたいな残像・気配みたいなものを感じ取れるんですよね。誰もいなくても感じ取れる目に見えないモノ。『ABITA』という言葉には自分の表現したかったクリエイションとの接点があって、「いいぞいいぞ」となったんです」
これまで『ABITA』は渋谷のカフェやギャラリー、静岡にある店舗の入っていないコンクリート剥き出しのビルのフロア、千葉の湖畔の美術館などでワークショップやインスタレーション制作が行われてきた。今回京都芸術センターで行われるのは“公演”という形式で、『ABITA』にとっては初めての試みとなる。
「どんな形でも成立すると思っていて、楽しいチャレンジができるんだぞって、どんな形式にもなるんだぞって言いたいんですよね。
今年東京から京都に拠点を移して、私は0から1を作る、文脈を作ることということがより自由になった感覚があります。ダンスをダンスだけで見せることはなくて、もっと多層的な見せ方で良いと。今回は360度どこからでも見てもらえる形式にしました。それが『ABITA』のパフォーマンスには合っているんですよね。見ている人が受け取った反応もきっと作品にフィードバックされるはず。同じ事象が起こることがない公演です。これからこれが完成も無いし終わりもないんだけど、どういう風に変容していって、みんなの言語が増やせるのかを楽しみにしています」
その場にある物を「彼ら」と無邪気に呼ぶ奥野。はじめこそ「?」が頭に浮かんだが、リハーサル風景を見ることで、その疑問はすっきりと解消された。きっと、公演を見ることで腑に落ちる方も多いはずだ。彼女は長年鍛錬を続けたダンスという身体表現を駆使し、物と接触することで終わりのない「対話」をする。喋る物との出会いが、物事や物質を再解釈し、新しい見方を与えてくれるはずだ。制作途中の断片を見ただけでも、私はそう感じることができた。
nakice『ABITA@京都芸術センター』
日時 | 2022年12月16日(金)19:00開演
※会場は開演の30分前 ※12月16日(金)にアフタートーク実施予定。ゲスト矢津 吉隆 |
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会場 | 京都芸術センター 講堂 |
クレジット | 出演:シマダタダシ 藤代洋平 奥野美和 |
料金 | 一般前売2500円 / 当日3000円 ※学生料金は要学生証呈示 |
予約 | ライブポケット(https://t.livepocket.jp/e/abita_by_nakice) |
WRITER
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昭和最後の大晦日生まれのAB型。大学卒業後に茨城から上洛、京都在住。フォトグラファーをメインに、ライター、編集等アンテナではいろんなことをしています。いつかオースティンに住みたい。
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