やりきれない感情を吐き出したダウナーサイド・アルバム(峯 大貴)
ここには〈人生はトントン拍子〉(“人生は”)といく達観した能天気さもなければ、“君が一番”や“若いふたり”のような胸がときめくラブソングもない。〈才能に溺れるな その奥の苦悩読み取り とくと見ろその過程を〉(M1“水曜日の街、金曜日の街”)、〈対岸の火事は誰かの陰謀 希望を持てって無茶言うなよ〉(M3“think”)など、これまでスパイスとして潜んでいた宮本佳直(Vo / Gt)の不安や疲弊、皮肉や逃避願望が本作では際立ち、前衛化している。
その要因はバンド活動も狂わせたコロナ禍なのは言わずもがな。M4“トンネルの向こう”とM8“夕景”に通じて「旅行券 / 旅券」が手元に残っているものとして登場する点には、前作『ラララ』のツアーが全て中止になったことを思わせる。しかしその不穏な矛先は社会だけでなく我々リスナー、果てには己にも向けられており、混乱しているようにすら聴こえてくるのだ。まるでMr.Childrenの『深海』(1996年)、スピッツだと『ハヤブサ』(2000年)、ASIAN KUNG-FU GENERATIONで言えば『ファンクラブ』(2006年)のような、ぐちゃぐちゃしたものしたものをそのまま吐き出すようなダウナーサイド・アルバムと言える。
しかしそんな鬱屈としたメッセージですらサラリとポップに昇華させてしまうところに、自身を見失ってもいないし、ふてくされてもいない真摯さと意地が伺える。前作『ラララ』では控えめだったトラックの導入も大きく、じっくり作りこまれた没入感の高いアレンジが満載。ピリピリとしたノイズから始まる“水曜日の街、金曜日の街”ではシンセサイザーや打ち込みが煌びやかで、後半ビートが駆け上がり今井涼平(Gt)のリバースディレイがかったフレーズが流麗だ。“think”のネオソウルを感じる艶やかなニュアンスや、M6“コバルトブルー”のくぐもったいとっち(Ba / Vo)の声がなんとも儚くニューウェーブっぽいサウンドメイクも新鮮。歌にはラップに近い言葉の詰め方も頻出し、R&B・ソウル・ヒップホップの要素を拝借しながらも、ルーツそのままの解釈にはなっていない。そんなこの4人で作り上げたフィルターは現在のbonobosに近いものも感じる。
職人気質、天才肌と形容されがちなYMBだが、その時の環境の変化や感情の浮き沈みの振り幅が源泉となる宮本のソングライティングは人間臭い面も多分に含んでいる。しかし決して生々しい感情のままアウトプットするのではなく、心地よい響きに粛々と置換していくことが憂さの解消であり、小さな範囲で最大の効果を発揮する逃避行為でもあるのだ。まさに“little escape”。(峯 大貴)
自分から、誰かのために – トンネルの向こうで紡ぐ宮本のメッセージ(マーガレット安井)
『トンネルの向こう』は変化を求めたアルバムだ。コロナ禍となり活動を止められたことや、表現とどう向き合うべきかなど、今の時代にYMBがどのようにアクションするか、試行錯誤するさまがアルバムを通して描かれている。自らの体験を通して、同じ立場の人間を励ますのが彼らのスタイルであるが、本作はリスナーに自分の考えを提示する場面が見られる。
それまでも“人生は”や“ラララ”などで肯定的なメッセージを打ち出してきたが、それは宮本自身へ投げかける自問自答的な楽曲であった。だが今回に関しては〈遊び足りないならここへ来て 寂しくなったら帰っておいで〉(M2“little escape”)、〈故郷で待つ人 元気でいるようにと 雲の向こうに目をやる せめて心は近くにあれば〉(M8 “夕景”)などコロナ禍で辛い状況を少しでも緩和できる考えを、自分を介さず宮本佳直という人間のメッセージとしてリスナーへと投げかける。
このやり方は今までのYMBとしては珍しい。以前僕のインタビューで宮本はこんなことを語っていた。
結局アーティストで成功してる人って自分とは立場も違うし、その言葉は「どうなんだろ」と思ってしまうんです。僕は一般人というか自分と同じ立場の人が作った曲をもっと聴きたいんですけど、あんまりそういうのがないと思っています。だから同じ立場の人が少しでも励まされたら、そういう人に届いたら、と思いながら曲を作っています。
つまり本作は「自分」ではなく、「誰か」に対してメッセージを投げかけた点において、今までにはない変化だともいえる。ではなぜこのような変化が宮本に起こったのか。宮本はこのアルバムに対して、自分たちよりも苦しい人が周りにいて、そこからメッセージが歪で不完全であっても自分の作った曲で救えたらと思うようになったと語っていた。お世話になったレコード店、ライブハウス、バンド……。コロナ禍で苦境に立たされた人間は彼らの周りにも沢山いたはずだ。そこで悩みながらも、歯をくいしばって、活動を続ける人たちと触れ合うことで自分自身を励ます曲よりも周りにいる誰かを励ますような曲を作ろうとしたのではないだろうか。
そういえばこの『トンネルの向こう』というタイトルで思い出したことがある。歌詞について、宮本に「今はトンネルの中にいて、光照らす場所へ向かいたい」という思いがあるのでは、とインタビューで言及したところ、「トンネルの中にいる、というのは凄くありますね」と答えた。もしかしたら、トンネルの中にいる自分のために曲を書くのではなく、トンネルの向こう側にいる誰かのために歌詞を書く。このタイトルはその姿勢の表れではないかと感じた。(マーガレット安井)
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トンネルの向こう
アーティスト:YMB
仕様:CD / デジタル
発売:2021年6月9日
価格:¥1,500(税抜)
収録曲
1. 水曜日の街、金曜日の街
2. little escape
3. think
4. トンネルの向こう
5. クリスマス
6. コバルトブルー
7. フィルム
8. 夕景
Webサイト:https://ymb-band.jimdosite.com/
Twitter:https://twitter.com/ymb___
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地域に根ざした世界中のインディペンデントな「人・もの・こと・場所」をおもしろがり、文化が持つ可能性を模索するためのメディアANTENNAです。
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