REVIEW
どいつもこいつも
くだらない1日
MUSIC 2024.03.17 Written By 阿部 仁知

新章を告げる、高値ダイスケの詩情とバンドの確かな足取り

衝撃を持って受け止められた《WACK》への移籍や、初の海外公演となる『SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)』への出演決定の報を経て、くだらない1日の3rdアルバム『どいつもこいつも』がリリースされた。前作『rebound』(2022年)は再録曲も多数含んだそれまでの集大成的な作品だったが、本作は高値ダイスケ(Vo / Gt)、太陽(Gt)、河合(Ba)の現体制で、はじめてゼロから作った作品だという。だが心機一転というよりは、区切りの時だからこそ改めて過去を内省し現在と向き合うような、高値の示唆に富んだ独白調の詩情が印象的だ。

 

音楽ナタリーのインタビューで本作の歌詞について、「あの頃の不甲斐なさや自分のよくなかった点を、歌詞として見つめ直していき、そうした過去の反省を消化しながら、今の自分を成長させようと思って書きました」と語っていた高値。例えば、白昼夢のようなギターの音像が揺らめく“heal”の「思い出は僕を忘れない」や、続く冒頭3音でやられる新たなキラーチューン“誕誕”の「昔の僕はまだ知らない」など、現在から見た過去と過去から見た現在が交錯しているのが特徴的だ。その中でも“誕誕”の「片付けの時間を減らしたい」など、素朴な生活感と普遍的な示唆が同居するフレーズは、高値のシンガーソングライター気質を感じさせる。心象風景を描いたような冒頭のインスト“need”や続く“heal”、“とても大事”など、対象(目的語や補語)をあえてぼかした描き方も、解釈の余地となって本作に広がりを与えている。

 

それまでのすべてをぶつけるような前のめりな勢いが表れていた『rebound』と対照的に、吐き捨てるように歌う“trust none”や孤独感が滲み出る“泣き虫”など、腰を落として見据える姿勢も、彼ら独特の侘しさや憂い、葛藤や虚脱感を際立たせている。この2曲を先行カットに選んでいることからも本作のトーンはうかがえるが、さらに磨きがかかった話し言葉のような朴訥な歌唱も、高値の詩情に一役買っていると言えるだろう。

先述のインタビューで「他人だけでなく自分も含めた「どいつもこいつも」という意味ではあります」と話している通り、一人称と二人称・三人称の境目の揺らぎも本作のポイントの一つだろう。世間に向けた言葉がふと自分に重なったり、また逆も然り。あくまで私的なことを歌っているようで、一貫して楽曲のタイトルが小文字表記なのも無関係ではないだろう。だから「示唆的」などと言われても高値はしっくりこないかもしれないが、聴いた人それぞれの心象と重なったり、自分への警句のように思えてハッとさせられるのは、例えば曽我部恵一の弾き語りを連想させるものがある。

 

あるいは“ガンプラ”や、“誕誕”の誕生日の風景、“泣き虫”の「帰りの会」など、遊び心を感じさせる卑近なモチーフはTohjiのバイブス(“GOKU VIBES”や“ULTRA RARE”など)とも通じるものがあるが、彼がワールドワイドなフックとして発するのとは対照的に、高値の言葉はあくまで内側へと向いているも興味深い。日々を過ごす実感から生まれたある種ナードな色合いを残しているからこそ、高値の歌は奥底のものにふと触れて、僕らを熱狂させてくれるのだろう。

 

ここまで歌詞を中心に触れてきたが、それを成り立たせているのがバンドサウンドなのは言うまでもない。吉田隆大(サポートDr)が持ち込んだR&Bやファンク由来のフィールも本作の性急すぎないゆとりに寄与しているように思えるが、“とても大事”のみ参加した高石晃太郎(サポートDr)の4つ打ちは、息を切らしながらフロントの3人が背中を預け合うライブの光景が目に映るようで、静と動のコントラストが光っている。また、“泣き虫”の不穏なニュアンスを引きずった“ガンプラ”のギターフレーズに感じる歪んだサイケ感が、ひときわ安らかな歌とサウンドを通して最後の「きっと」で少し晴れやかな心象へと浄化されていくのも印象的。そうして締めくくりのインスト“train”に入る流れも、なんとも見事なものだ。

さて、アイナ・ジ・エンドやBiSなどを擁する《WACK》へ移籍と聞いて最初は驚いたものだが、こうして本作を聞いてみると渡辺淳之介(WACK代表取締役)や所属アーティストと共鳴するのもなんだか理解ができる。それはどれだけ不器用で奇異に見えようとも自分の表現したいことに誠実であろうとするアティチュードなんじゃないか、と。移籍後初のMVとなった“とても大事”のMVは《WACK》らしいアバンギャルドなテイストも感じたものだが、根幹のものが大きく変わってしまう心配は全く無用だろう。

 

かつて『Split』(2021年)収録の“力水”などで、東京で耳にする電車の発着ジングルを引用していた高値。最終曲“train”は、上京した当時の憧れの象徴か渇望のモチーフにも思えたその電車に、《WACK》への移籍も契機にさらなる飛躍を目指し、現在進行形で乗り合わせていることへの決意表明にも思える。なんて言ったら深読みのしすぎだろうか。いずれにせよそんな彼らの行き先への予感もほんのりと感じさせながら、くだらない1日の新章は今、幕を開けたのだ。


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どいつもこいつも

 

アーティスト:くだらない1日
仕様:デジタル / CD
レーベル:WACK
発売:2024年3月6日
配信リンク:https://friendship.lnk.to/everylastoneofthem

 

収録曲

1. need
2. heel
3. 誕誕
4. とても大事
5. trust none
6. moment
7. 泣き虫
8. ガンプラ
9. train

くだらない1日

 

高値ダイスケ(Vo / Gt)、太陽(Gt)、河合(Ba)からなるロックバンド。2016年に福岡で結成され、現在は東京を拠点に精力的に活動を展開している。2020年6月に1stアルバム『くだらない1日』を発表。2021年2月にANORAK!とのスプリット作品『Split』、同年7月にインドネシアのHulica、シンガポールのCuesとのスプリット作品『3way Split』をリリースした。2022年5月に2ndアルバム『rebound』をリリース。リード曲“やるせない”のミュージックビデオは山田健人(yahyel)が制作した。2023年にはサーキットフェスなどに多数出演し、同年6月の東名阪ツアーでは最終公演にゲストとしてサニーデイ・サービスを迎え、成功を収める。7月に“誕誕”を配信リリースし、8月からは河合が在籍するdowntとともにツアーを行った。2024年3月に3rdアルバム『どいつもこいつも』を音楽事務所《WACK》から発表した。

 

X(旧Twitter):@kudaranai1nichi

Instagram:@kudaranai_1nichi

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