今のドイツを国外や他の世代に。『RISIKO』が描くカルチャーの肌触り
多くの情報が入ってくるアメリカやイギリスを別としても、「この国の音楽やカルチャーはどんなイメージ?」と聞かれて実情を想像できる国はおそらくそう多くない。「クラウトロックが有名」なんてイメージはあるけどドイツもきっとそんな国だ。そんなことを改めて考えたのは、このコロナ禍に創刊され、受け継いできたカルチャーと今現在のドイツの生活が描かれた、あるマガジンを読んでからのことだった。
ドイツのアンダーグラウンド/オルタナティヴな音楽シーンの「今」を紹介する、ベルリン拠点のインディペンデントマガジン『RISIKO(リジコ)』。物理的なもののみならず、世代やカルチャー間に存在する“壁”に迫った創刊号「Issue 1 “WALL”」、そしてドイツを代表するジャンルながら少しお堅いイメージのつきまとうクラウトロックをポップに伝えようと試みる最新号「Issue 2 “KRAUTIE”」と、現在第2号まで刊行されている日英バイリンガルのマガジンだ。
「ドイツの最新の音楽が国外に知られていない実感がある」と語る山根さん。たしかにそれはそうかもしれない。僕はといえば海外の音楽愛好家の端くれとしてCan(カン)やNEU!(ノイ)、Kraftwerk(クラフトワーク)などの大御所をいわゆる「教養」として聴いてはきたが、そこでイメージが止まっているのも事実だ。しかし彼らも僕らと何も変わらない生活者。料理や猫の話などミュージシャンの飾らない普段の姿に迫る中で、”大御所”で止まっていたそのイメージを少し身近に感じさせてくれるのが『RISIKO』の魅力だろう。
彼女も「他誌ではこんなこと真面目に取り扱わない」と語るように、ドイツ国内外多種多様なミュージシャンが登場する中でもその切り口は一見ストレンジでシュールにも思える。だがそういったありふれた日常の中にこそ、遠く離れた日本の僕らもドイツの生活が想像できたりもする。そんな『RISIKO』に込めた山根さんの想いに迫りたい。今ドイツの音楽シーンでは何が起こっているんだろうか?
RISIKO Magazine
クラウトロック、ノイエ・ドイチェ・ヴェレ、ハンブルガー・シューレ、 そして現在まで。ドイツのアンダーグラウンド/オルタナティヴな音楽シーンの「今」を紹介するインディペンデントマガジン。
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山根裕紀子
エディター、ライター/『RISIKO』編集長 広島県生まれ。2012年よりベルリンへ移住。主にファッションやカルチャー誌を中心に企画、取材、執筆をしている。2021年、ドイツのアンダーグラウンドな音楽シーンの”今”を紹介するインディペンデントマガジン『RISIKO(リジコ)』を創刊した。
紙で届けるドイツの最新音楽カルチャー
ヨーロッパの音楽やカルチャーが好きで、大学卒業後ベルリンに移住した山根さん。それから縁があって『POPEYE』や『men’s FUDGE』のコーディネーター、ライターとしてドイツのカルチャーを日本に紹介する中で、「ベルリンはこんなに面白いのにドイツ国外には全然伝わっていない」というもどかしさもあったそうだ。それを実感する例として彼女はこう語る。
日本の人に「今ドイツのギターロックやオルタナティヴロックシーンで何が起きてるか」って聞いてもあまりわからないと思うんですよ。ドイツの音楽を検索して出てくるのは昔の情報ばかりで、リアルタイムの情報がネット上にはないんです。好き嫌いという以前に未知の世界なんですよね。なので私はドイツのあまり知られていないところを『RISIKO』では描いていけたらと思っています。
ダモ鈴木(Can)やMichael Rother(ミヒャエル・ローター)など往年の名手だけでなく、Isolation Berlin(アイソレーション・ベルリン)などのアップカミングな面々も取り上げ、従来のイメージに囚われないドイツの今を届ける『RISIKO』。その中でも創刊号「Issue 1 “WALL”」は、2021年の刊行ながらまるで昔からあるような、古き良きZINEの手触りを残しているのが印象的だった。山根さんは紙での刊行に強いこだわりがあったという。
『RISIKO』をはじめたきっかけは2つあります。一番のきっかけは1980年代に5号だけ刊行された日本のファンジン『OBSCUR』のベルリン特集を読んだこと。当時のドイツの雰囲気やどういうことが流行ってどういう人がどこに集まってたんだっていうことが伝わってくるんですよね。『OBSCUR』を読んでいて感じた「時代を記録に残す意味」みたいな感覚が『RISIKO』の根底には流れています。
あと電気グルーヴをヨーロッパに発信したことで有名なマーク・リーダーを描いた『B-Movie』というドキュメンタリー映画の影響も大きいです。こういうものを観てベルリンのアンダーグラウンド・シーンを知るきっかけになったし、「こういう時代があったんだな」ってすごくワクワクする。それを知った上で今いるアーティストを見て「影響されてるんだろうな」とか、楽しみ方も広がる。こういったものからインスピレーションをもらいながら『RISIKO』をやっています。
理想としては30年後40年後に誰かが『RISIKO』を見つけて、『OBSCUR』を読んだ私と同じように「なんだこれは!」「当時こんなものがあったんだ!」みたいになったらいいな。時代を記録することで、タイムカプセルみたいにもなるはずですよね。「ここで出てきたアーティストの子は今結婚して子どもがいるよな」とか、「当時はこのスーパーあったけどなくなったよな」とか。Webは便利だけど消える時は一瞬なので、あえて紙のメディアにしたかったんです
たしかにそうだ。Neil Young(ニール・ヤング)やJoni Mitchell(ジョニ・ミッチェル)が自身の信条からSpotifyの音源を取り下げたことは記憶に新しいし、自粛的な判断から電気グルーヴの音源が聴けなくなったこともあった。Webメディアにしても10年20年前の記事が残っているかというのはインターネットのシステムに依存したものだし、能動的に掘り起こさない限り読まれることもない。「もの」としてどう残っていくかまで見据えながら、彼女はこう続ける。
Webと本って体験としての残り方が違うじゃないですか。「もの」で何かを受け取った人は、それを大切にしたくなったり、誰かに伝えたくなったりする。だから昔の本とかレコードとかって誰かの家だったり、古本屋さんに残っているんだと思うんですよね。だから将来的な楽しみとして紙で残したくて。もしかしたらこれが老後の楽しみになるかもね(笑)
お堅いイメージのあるクラウトロックをキャッチーかつ“KRAUTIE”に発信
「Issue 2 “KRAUTIE”」のテーマはクラウトロック。クラウトロックは1960年代後半〜1970年代前半にかけて当時の西ドイツで勃興したムーブメントを称したもので現在の音楽シーンにも多大な影響を与えている、と辞書的な説明をすることは簡単だが、そこには山根さんが感じるイメージと実際のギャップもあるようだ。テーマに設定した理由やクラウトロックとの距離感についてこう語る。
『RISIKO』は「ドイツの音楽を国外に発信したい」という目標があります。第2号を制作する時に何がテーマだと国外にリーチできるか考えて、クラウトロックに絞りました。ただクラウトロックのイメージってすごくお堅いというか、初心者って聴きにくくないですか? 若い人だと特に。気安く上の世代に語ったりしにくい。私も日本にいた時は聴いていなかったし、「勉強してから聴かないといけないやつかな?」と思っていました。
でも実際に接してみると作ってる人はオープンマインドな人が多くて。当時の人たちは何かに囚われずいろんな要素を自由気ままに料理して生み出した音楽だから、音楽もムーブメントもすごく開放的で面白い。長い曲の中でハウスだとかパンクだとか、レイヴ、テクノ、ジャズ、ノイズ、ブルース、ヒップホップ、アンビエント、ポストロック、サイケデリック……といろんなテイストがあって、一回でわかるんじゃなくて色々聴いていく中で「これがクラウトロックか」って段々わかっていくのが面白いんですよ。なのにドイツの人にとっても「日本ではこういうイメージで聴きにくい感じがあるんだけど、どう?」みたいに聞いたら、「ドイツもそうだよ」って言われて。一部なんですけど、壁あるよなって。
ここにも壁。「Issue 1 “WALL”」ではドイツの象徴的なテーマともいえる“壁”についてドイツのアーティストに取材して回った山根さんだが、かつてベルリンに物理的に存在していたもののみならず、心理的なものやコミュニティや世代の間など、いたるところに壁は残っているのかもしれない。
日本もそうだけど、海外でも世代間の壁はあると感じていて。でも今回Instagramでユースを対象に話を聞いたインタビューページがあるんですけど、10代の子でCANを聴いてたり、Faust(ファウスト)が好きな子もいるんですよ。Kikagaku Moyo(幾何学模様)やSei Still(ザイ・シュティル)といったクラウトロックにインスパイアされた若いバンドも出たりしてる。たしかにコアな時代は昔だけど、Radiohead(レディオヘッド)やHorrors(ホラーズ)みたいな私たちが聴いてるミュージシャンも影響を受けていて、今でも何らかのかたちで根付いてるんですよね。
実際には壁など存在しないのに、そこに感じる壁。例えばツイートする時でさえ知らない人にどう届けるのかということを課題に感じることはあるし、「私の好きなものはこんなに素晴らしいんだからもっとみんなに知ってほしい!」という気持ちは誰しもあるだろう。では 「Issue 2 “KRAUTIE”」はその壁にどのようにアプローチしているのだろうか?
ストレートにクラウトロックを語るというよりは、クラウトロックに関連する人たちの好きなことや趣味を中心に話を聞いています。例えばダモさんは料理が好きっていうから掘り下げていったらレシピを教えてくれたり、ミヒャエル・ローターは猫が好きだから音楽じゃなくて猫の話をしようとか。あとPORTERやUNDERCOVERとコラボしているイラストレーターのWill Sweeny(ウィル・スウィーニー)など、クラウトロック好きなアーティストに作品を提供してもらったり。取り上げている内容は一風変わった内容なんだけど、「普通だったらそこまでスポットライト当てる!?」みたいなことを『RISIKO』では大真面目にやってますね。
こう聞くと、“クラウトロック”ではなく “KRAUTIE”(クラウトっぽい)を冠するところにも山根さんの趣向が感じられる。単なるジャンルではなくアティチュードやマインドを広く捉えることで、遠く感じていたクラウトロックがまわりまわって少し身近に感じられるような、そんなアプローチだ。
間口を広げたかったんですよ。「分厚い本で学べよ」みたいなお堅い感じじゃなくて、誰でも楽しめる内容にしたかった。音楽とは直接関係なくても「なんでこの人こんな熱心に料理語ってんの?こっちの人はニットデザイナーなんだ。じゃあどんな音楽を作っているんだろう?」みたいなところからきっかけを作れたらいいなと思ってます。だから切り口が大事ですね。正面から音楽を見せるんじゃなくて変なところ、ちょっとユニークな視点から語ることを楽しみながら作っています。
そう、ダモ鈴木やミヒャエル・ローターのような大御所も日常生活の中でインスピレーションを得てきたことは、日本の若いバンドとも何も変わらないはず。音楽の専門誌にはできない一風変わった切り口で、ミュージシャン以前に「いろんなおもしろい人がいるんだな」と身近に感じられるのも『RISIKO』の魅力だ。そして「Issue 2 “KRAUTIE”」がサブテーマに掲げる「コミュニケーション」。ここにも『RISIKO』らしいユニークな視点が盛り込まれているようだ。
『RISIKO』を通じて交流の場が生まれたらいいなという想いからいくつかページを作りました。例えばダモさんのレシピをミュンヘンのクッキング・パフォーマンス集団Milzbrandt(ミルツブラント)が見て実際に調理する様子を収録したり、Super Furry Animals(スーパー・ファーリー・アニマルズ)のGruff Rhys(グリフ・リース)とかミヒャエルのことを好きなアーティストが彼に質問するってページもあります。ミヒャエルのページでは、猫の写真を集めようと思ってInstagramで「猫のベストショットとお名前を教えてください。これを彼に渡します」って募集をしたり。『RISIKO』が仲介になって、いろんな人が繋がることも今回は意識しました。
『RISIKO』らしさを模索しつつも毎回フレッシュな驚きを届けたい
伝統的なZINE文化へのリスペクトが存分に感じられる手触りやDIY感重視の創刊号と比べ、ポップで今っぽい第2号のデザインの変化も気になるポイントだ。各号の制作について山根さんはこう話す。
創刊号はドイツっぽさや70年代80年代のZINEを意識したところがあります。手触りとかビジュアルも粗くて無骨な感じ。70年代にパンクのファンジンができた最初の頃の『Sniffin’ Glue』みたいな勢いを表現したいと思って制作しました。『OBSCUR』も「この人はブリクサ(・バーゲル卜、Einstürzende Neubauten)が大好きなんだな」とか、私情を挟んでる感じが見えるところが好きなんですよ。作り手や書き手が見えるし、アーティスト側もすごく人間臭さが見えていいなって。だから創刊号はわざとDIYっぽくして、「これいつ出たやつ?」みたいなつくりにしましたね。
でも第2号は少しゆるくしたくて。紙もつるんとしてたり、中のページのデザインももうちょっとポップにしたり。全部キレイにしちゃうと他のマガジンと大差がなくなってしまうので、粗い部分を残したり、手書き感が出るように意識しているところもあります。あとカバーもすごく大事にしてて、特別音楽に興味のない人でも棚に並んでて「なんだこれは!」って目に止まるようなビジュアルを意識してます。買った人が家に持って帰ってちょっと飾りたくなるような。装丁もビニール加工で、コーヒーとかビールをこぼしても大丈夫(笑)
読むだけではなく見て楽しい、飾りたくなるデザイン。例えば僕はプレーヤーを持っていないのにレコードを買って部屋に飾るということを長らく続けていたのだが、そういうこととも通じる「もの」ならではの魅力だろう。そして古き良きと今っぽさのミックスを目指す『RISIKO』だが、「毎回驚きを提供したい!」という遊び心も紙面に潜ませているようだ。
毎号ちょっと雰囲気を変えたいなって思ってて。「ふざけた内容をめちゃめちゃ真面目にやってるよな」とか「こういう話題好きだよね」みたいなイメージはもっと深めていきたいんですけど、「カバーとかデザインはこんな感じだよね」っていう固定観念は作りたくないんですよ。驚かせたいんですよね。次出す時も「前と全然違うじゃん!」って。
第3号も構想中とのことで、これまでに培ってきた『RISIKO』をまた刷新するような驚きが待っていそうだ。さらに紙面制作以外の展開も考えているそう。『RISIKO』を通して描かれるドイツのポップカルチャーに期待していきたい。
日本でイベントをしたいと考えています。創刊号からずっとしたいと思ってたけどこの状況だとね。あとは『RISIKO』スタイルがいいなって思う方々とコラボができたらいいなと思ってて。ちょうどCIAOPANICのマガジンからお話をいただいて参加したんですけど、音楽以外の方面にも広がっていけたら面白いなって。だからもっと外に。ドイツの音楽を外に発信していくのもあるけど、『RISIKO』も界隈よりもっと外にですね。
『RISIKO』はANTENNA Webストアmallでも取り扱っています。詳しくは下記リンクをご覧ください。
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はろーべいべーあべです。フェスティバルとクラブカルチャーとウイスキーで日々をやり過ごしてます。fujirockers.orgでも活動中。興味本位でふらふらしてるんでどっかで乾杯しましょ。hitoshiabe329@gmail.com
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