COLUMN

【Dig!Dug!Asia!】Vol.3 空中泥棒

MUSIC 2020.06.12 Written By 阿部 仁知

「台湾のシーンが熱い」と透明雑誌が日本のインディーシーンを騒がせて、早くも10年近くになるだろうか。その間にもアジア各国を行き来するハードルはどんどんと下がっていった。LCCの就航は増え、フェスなどのリアルな場、そしてSNSや各種プラットフォームが整備されていくことで、文化的な交流も随分と増えたように思う。

 

その中で日本はどうだろうか?十分に交流が生まれているだろうか?アジア各国からの発信を待つだけでなく、もっとこちらから知ることが必要ではないか。なぜならとっくのとうに、アジア各国はつながっているから。アジア各国からの発信を待つのではなく、こちらからももっと近づきたい。

 

そんな思いからはじまったこの連載。アンテナのライターが月替りでそれぞれにピンときたアジアのアーティストを今昔問わず紹介することで、読者の方とアジアのシーンにどっぷりつかってみることができればと思う。

紹介するアーティスト:空中泥棒(a.k.a. Shadow Community / 公衆道徳)

拠点:韓国
活動年:2012年 –

 

ディスコグラフィ

『公衆道徳』(2015、日本盤:2017)
『그림자 공동체- 거울의 숲』(2016)
『Crumbling』(2018)
『Restless Song / Halcyon’s Coffin』(2019、Shadow Community)

口コミを中心に広まった謎の宅録SSW

空中泥棒、またの名を公衆道徳、あるいはShadow Community。2017年のある日、僕はTwitterで彼と出会った。僕のディグ生活の中心のひとつであるTwitterには、「どこから探してきたの?」とでも言いたくなるような、知る人ぞ知る音楽を掘り当てるジーニアスでいっぱい。誰だったかは思い出せないが、そんな音楽仲間が紹介していたのが韓国の宅録SSW、空中泥棒(当時公衆道徳名義)だった。

 

今思うとネット上の口コミが広がるタイミングに直面していたのだろう。本国ではKorean Music Awards(韓国大衆音楽賞)にて1stアルバム『公衆道徳』(2015年)がBest Modern Rock Albumにノミネートされるなどすでに火がついていた中で、2017年初頭にレーベル<Botanical House>を主催するLampの染谷大陽が「物凄いものを聴いてしまった」と日本盤を発売した。

 

 

それからくるりの岸田繁がカルチャー誌BRUTUSでピックアップしたり、日本の音楽好きの間でもじわじわと浸透し、2ndアルバム『Crumbling』(2018年)がKorean Music AwardsのAlbum of the Yearにノミネートされ、2019年のBest Dance & Electronic Albumに輝いた頃には、日本でも新世代韓国インディーシーンを代表する存在として認知されるようになっていた。

 

さらに、2019年の末には別名義のShadow Communityでもシングル『Restless Song / Halcyon’s Coffin』をリリースするなど、ますます活動の幅を広げている。一方で未だ公式サイトさえ存在せず、顔も名前もわからないというミステリアスな側面も、彼への興味を引き立てる要因であろう。

宅録の肌触りと愛すべき偏執性

「Elliott Smithが好きな人はぜひ聴いてみて」僕に届いたのはそんな触れ込みだった。なるほど、確かに。“地震波”の繊細な指弾きのタッチでリズムを駆動させていく様は、初期のアコースティック・ギター主体のエリオット、とりわけ“Southern Belle”の情感と重なってくる。Shadow Community名義の“Halcyon’s Coffin”に見られる歌唱とユニゾンするピアノの響きなどにも、クラシカルなモチーフを取り入れた後期エリオットの味わいがあり、僕はこの韓国の青年の音楽に触れるたびに、2003年に夭折したアメリカのシンガーソングライターが音楽の中で生きているような感覚に陥ってしまう。

 

だが、それだけではない。韓国語固有の癖っ気が小気味よくドライヴする“ウ”や、カオティックな混迷と甘美な歌心が見事に織り混ざった“白い部屋”など、彼のアイデンティティを存分に感じさせながらも、正体不明な立ち位置も相まって作品全体にはどこか匿名性を持った無国籍なフィーリングが漂う。ここはソウルかもしれないしフィレンツェかもしれない、あるいは大阪の裏路地かもしれない。そんなどこでもあってどこでもない情景が眼前に広がってくる。

 

また、耳慣れない展開やスケールが頻出する裏で終始流れるノイズをそのまま音像に取り入れたり、サウンドの位相を揺らしながらxy軸にz軸を追加するような遊び心がそこかしこから飛び出してくる様子は、(Sandy) Alex Gのような形に囚われないインディー精神を感じさせる。いずれにせよ、彼の音楽には宅録だから成し得た人肌を感じさせる豊かな雑味と、大人数のプロジェクトでは丸くなってしまいそうな尖りに尖った彼のこだわり、愛すべき偏執性が詰まっているのだ。

 

イデアで戯れる同時多発的シンクロニシティ

空中泥棒に名義を変えた『Crumbling』では、韓国のシンガーSummer Soulを全面的に起用。『公衆道徳』では異物感を持った飛び道具として作品を彩っていた彼の偏執性は作品全体に自然と溶け込み、よりコンセプチュアルな精神世界の萌芽を感じることができる。ここには森は生きているやROTH BART BARON、あるいはBon Iverにも通じるオーセンティックな肌触りや、Four TetやBibioといったフォークトロニカに似た響きが内包されている。しかし驚くべきは、表面的に模倣するのではなくもっと本質的な概念の部分(イデアと言い換えてもいいだろうか)で先人や同時代の表現者と戯れる感性であろう。

 

 

例えば彼自身が「低音の厚みがすごく魅力的」と語るイタリアのサイコ・ロック・デュオDumbo Gets Madにせよ、どことなく影響を感じさせながらも明確なモチーフとなっているわけではない。しかし、ハッキリと類似していなくても「どことなく繋がっている」と感じさせるところまで落とし込む、音楽の咀嚼能力が際立っている。ここには中村佳穂からD’Angeloのフィーリングを見出すような、音楽の喜びで感応する時と場所を超えた表現者たちの戯れが見えてくるのだ。

 

Elliott Smithをはじめとして、同時代を生きる(Sandy) Alex G、ROTH BART BARON、Bibioなど、彼の音楽を語るにあたって多様なアーティストを要したが、時代は奇跡のように呼応しながら流動する。韓国のどこか、小さな地下室から生まれたこの同時多発的シンクロニシティの一端を感じてもらいたい。

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