別れと向き合いながら、それでも共に生きていこうとする
新たに立ち上げた自主レーベルの《luv》からリリースする、とがるの3rdアルバム『この愛が終わったら、さようなら。』を聴いてまず感じたのは、これまでと比べてはっきりと明快でポップだということだ。持ち前のグランジやオルタナ、シューゲイズなどの要素も感じさせつつ、ギターアンサンブルやバンドのダイナミクス、歌詞とメロディに真っすぐ浸ることのできるサウンドの強度が印象的で、ナカニシイモウ(Vo / Gt / Ba)が掲げるグランジィJ-POP/モダングランジを、一つ先のステージで体現した意欲作といえるだろう。開幕を飾る“*(ナモナキウタ)”の威勢のいい「ワンツー!」は、そんな彼の決意表明にも感じられる。
らせん。とのスプリットEP『とがるとらせん。』や、弾き語り動画を毎日TikTokに投稿、そしてファイナルを控えた12ヶ月連続ライブ企画『GUITAR』など、この一年を精力的に駆け抜けてきたとがる。ナカニシは以前のインタビューで、歌詞や表現について「嘘っぽいのが嫌だ」と語っていたが、日々目標に向き合い続けることを自らに課しているのは、そうしないと自分自身が白々しく感じてしまうからなのだろう。その途中では不慮の事故による左手の骨折もありながら編成を変えて継続してきたライブ活動、そんな日々を通して感じてきた苦悩や葛藤、そして喜び。そのすべてが「ナカニシが書き下ろした短編小説を基に楽曲を構成し、物語を進行させていく試み」という本作の物語に、重層的な深みと説得力を与えているようだ。
ここでのナカニシの歌は平易な言葉選びながら、一意的に物語のプロットを読み取れるようなわかりやすい共感を丁寧に避けている。その散文的な筆致は、“十三月”でも象徴的に引用されている、カート・コバーン(Nirvana)のようなグランジの内的葛藤のトーンが色濃い。だがとりわけ“愛”や“終点が青”などで見られるミックスボイス気味の歌声には物語に引き込む生々しい情感があり、その堂々たる歌いっぷりは、トム・ヨーク(Radiohead)が『The Bends』や『OK Computer』の頃に手にしたような、自らの歌唱スタイルの確立を感じる。主人公のたゆたう心情を巧みに表現しながらも、ナカニシの歌に迷いや照れといったものは一切なく、それはこの一年の活動を通して得た確信に似たものに違いない。
そんな本作の物語には、中西りか(その感激と記録)によるポエトリーとともに、「きみ / あなた」との別れと向き合う「私 / ぼく」の心情が克明に描かれている。例えば、“十三月”で一度折り合いをつけられたかのように思えた気持ちを、続く“終点が青”で間髪入れず「嗚呼、そうは言っても 社会には通用しない」と自己否定してしまう様子。あるいは“純粋だった”や“加速しないで”で、時が癒してくれることに薄々気づきながらも、感情や思い出が色褪せていくことを恐れるように、ポエトリーを掻き消すギターストロークの音像。syrup16gなどにも通じるそんな微細なニュアンスを演奏や歌唱によって表現する姿は、どんなに泥臭く愚直な(グランジィな)道筋だとしても、納得したふりをしたり綺麗事や安易な正解に逃げないナカニシの覚悟が感じ取れよう。
そう、別れと向き合いながら生きることは苦しい。目を背けたくなろうとも、それは純然たる事実だ。「少年少女の“永遠の別れ”」という本作のテーマは、死別や破局だけでなく、夢破れることや何か望みが叶わないことなど様々なシーンと重なる余地があるが、いずれにせよ何か明確な解決策が決まっているものではなく、それぞれが苦しみながら自分自身と向き合うことでしか先に進めない。ナカニシはそう訴えているのだろう。その姿を見て僕らは奮い立つのだ。
そう思うとこの物語は「自分自身のものとして共感する」というよりは、「ナカニシ / 主人公の物語に共鳴し受け取りながら、歩みをともにしたいと感じる」といったものに近い。本作には、Zanjitsuのたもつ(Gt / Shout)、ungulatesの中川航(Dr)、雪国の京(Gt)、sidenerdsのねぎしのはん(Ba / Cho)、CataやREVEMEREの真昼(Cho)、らせん。やHalf-Lifeの上里洋志(Guitar Direction)など、旧知の仲間や『GUITAR』を通して巡り会ったサポートメンバーが多数クレジットされている。個性豊かな面々ながらもあくまで抑制的に、ナカニシの音楽に寄り添い支えている姿がなんとも印象的で、この姿こそがナカニシイモウのソロプロジェクト=とがるの姿なのだろう。
「今もずっと言えずにいる さようなら」と歌った“19歳”や「「燃え尽きるまで生きるね」」とかぎ括弧付きで歌った“十三月”の心情が、さまざまな紆余曲折を経て最終曲“せめてきみだけは”にたどり着く物語はなんてあざやかなことなのだろうか。曲名の文字数が階段のように増えていくのも、別れと向き合い自分のものとしていくプロセスのようにも思える。割り切れるはずのない憂いのトーンは帯びつつも、最後につぶやく「さようなら」には、それまで口にしてきたものとは違う確かな決意が宿っている。
映画の『シックス・センス』や『メメント』のように、本作のすべてに意味を込めたとSNSで語っていたナカニシ。例えば本作の全9曲+2周目の4曲目が“十三月”にあたるが、この曲でのみ一人称「俺」が登場し、最後の「四月、終わりは始まりです、」が意味深に読点(、)で終わることなど、まだまだ考察や深読みし甲斐がある。だがそういった余白に聴いた人それぞれが意味を与えることで本作は完成し、新たな道のりになっていくのだろう。そんなとがると共に歩んでいくことを想像すると、なんとも頼もしい気持ちになるのだ。それもまた彼の歌う「終わりは始まり」なのかもしれない。
この愛が終わったら、さようなら。
アーティスト:とがる
仕様:デジタル / CD
発売:2023年12月6日(デジタル)、2023年12月20日(CD)
価格:¥2,750(税込)
レーベル:luv
配信リンク:https://friendship.lnk.to/ITLIGF
収録曲
1. *
2. 愛
3. 19歳
4. 十三月
5. 終点が青
6. 純粋だった
7. 加速しないで
8. 忘れっぽい天使
9. せめてきみだけは
とがる
ナカニシイモウによるグランジィJ-POPプロジェクト。
J-POPを基調としながら、オルタナティブな要素を取り入れ、人々の悲しみや憂い、心の機微を繊細に表現。他者との心を繋ぎ、ジャンルの点と点を紡ぐ。
2021年6月に、1stアルバム『生きていたら逢いましょう』をリリース。
2022年7月に、2ndアルバム『これで最期』をリリース。
2023年1月より12ヶ月連続企画『GUITAR』を開始。
2023年3月に、らせん。とのスプリットEP『とがるとらせん。』をリリース。
2023年12月に、3rdアルバム『この愛が終わったら、さようなら。』をリリース。
X(旧Twitter):https://twitter.com/togaru_
Instagram:https://www.instagram.com/togaru_
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YouTube:https://www.youtube.com/@togaru_
GUITAR Vol.12
日時 | 2023年12月20日(水) open 18:30 / start 19:00 |
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会場 | 新代田FEVER |
出演 | とがる、downt、LOSTAGE |
料金 | ¥3,800(+1D) 高校生以下 ¥3,000(+1D)※受付にて学生証提示 |
チケット |
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はろーべいべーあべです。フェスティバルとクラブカルチャーとウイスキーで日々をやり過ごしてます。fujirockers.orgでも活動中。興味本位でふらふらしてるんでどっかで乾杯しましょ。hitoshiabe329@gmail.com
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