REVIEW
embrace foolish love
nape's
MUSIC 2021.06.24 Written By 阿部 仁知

潤沢な余白に淡くまどろみながら

おそらくリスナーのバックグラウンドの数だけそれぞれのイメージが浮かんでくるだろう。福岡に行ったことのない僕は、少し湿気のあるサウンドから街の様子をイメージする。浪漫革命のサウンドに僕がよく行く京都木屋町の情景を重ねるように、福岡で暮らす人々もまた日々の情感をこの作品に重ね合わせるのだろう。福岡の4人組バンド nape’s の1stミニアルバム『embrace foolish love』には、人々のイメージを喚起する潤沢な余白が広がっている。

 

クールで洒落ているけど、どことなく野暮ったい。そんなところには Yogee New Waves やスカートといった東京インディーの系譜も感じるが、本作を聴いて僕がまず驚かされたのは日本語の距離感だ。簡素な言葉選びでゆったりと歌う中山(Gt / Vo)だが、その実抽象的なメタファーが多用され、ぼんやりと浮かぶように僕らを包みこむ。例えば、一発でクセになるリフに乗せて、〈いけすかないわね かっこつけているつもりなの〉(筆者聞き起こし)など女性の話し言葉で曲が展開されていく “madonna” 。特定の誰かではなく偶像的な「あなた」を思い起こさせる様は And Summer Club の “Surfer Girl” にも似たものを感じさせるが、ネイティブではない僕らにとってそれ自体が余白となる英詞と違い、すべて意味がわかる簡素な日本語詞でそれをやってのけるのはなんとも老練さを感じさせるではないか。

 

そのことを思った時に、中山が「普段はぼんやりと楽曲を制作していますが、今回は特別な思いを込めて制作しました」と語る “planet” の響きも興味深い。ドリーミーなギターサウンドと打ち込みトラックに乗せて歌う、「正義」の危うさとほんのりとしたアイロニー。昨今の時世に対する中山の不安や焦燥感が歌詞から感じ取れるが、指向性が与えられることで余白の潤沢さが狭まるのではなく、むしろ SNS の喧騒や人種差別といったそれぞれの問題意識が想起されていく。それでいて決してシリアスに響かせないのも nape’s の驚くべきところだろう。

そして、打ち込みと生音を巧みに織り交ぜるビートメイクも含め、バンドでありながらどことなくトラックメイカー気質を感じさせるのも本作の特徴だ。例えば “tekitou” で、ゆったりと展開したかと思えば突如ハットの手数を増やしスウィングするリズム。そしてハイトーンに切り裂くようなオルタナ風味のリフと、どこにも属さないリズムを刻むもう一本のギター。そんなさりげないポリリズムがギターとベースのユニゾンで昇華される展開はまさに「良い加減」というところだが、アプローチは違えど Mom の提唱する「クラフト・ヒップホップ」と共鳴するものを感じさせてくれる。そしてそこには、Rin音やクボタカイ、yonawo とも共通した、東京インディーの潮流を素直に受け取り風土と馴染ませるような、大阪とも違う地方中核都市・福岡のシーンの盛り上がりの一端を見出すことができるかもしれない。

 

デモ音源のような弾き語りの雑味が、眠たげな歌唱によって日々のささやかな願いへとつながる “heiwa”(アルファベット表記もまたいい余白になっている)や、坂田(Ba)との共作で淡い逃避願望にまどろむ “echo” でも、さまざまな可能性の引き出しを見せてくれた nape’s 。全国に羽ばたく姿が楽しみでならないが、僕にとって未知の街の情感をイメージさせてくれるサウンドを聴いていると、まずは現地のライブに確かめに行きたい。そんなことを思わせてくれる作品だ。

 

embrace foolish love

 

アーティスト:nape’s
仕様:CD / デジタル
発売:2021年5月12日
価格:¥1,650(税込)
レーベル:FRIENDSHIP.

収録曲

1. planet
2. madonna
3. tekitou
4. happy in the room
5. heiwa
6. highlight
7. echo

nape’s

 

中山晴久(Gt / Vo)、坂田圭志(Ba)、西岡諒悟 (Dr)、二間瀨紗耶(Gt)からなる、福岡を拠点に活動する4人組バンド。2018年の結成後、メンバーチェンジも経ながら『youth』(2019年)、『rum raisin』『mayakashi』(ともに2020年)の3枚のEPをリリース。近年脚光を浴びる福岡シーン期待の存在として注目される。2021年、1stミニアルバム『embrace foolish love』をリリース。

WRITER

RECENT POST

REVIEW
くだらない1日『どいつもこいつも』 – 新章を告げる、高値ダイスケの詩情とバンドの確かな…
REVIEW
downt『Underlight & Aftertime』- 紆余の中、やりきれない閉塞か…
REPORT
駆け抜けた一年の果てにとがると見た光 – 12カ月連続企画『GUITAR』Vol.12 ライブレポー…
REVIEW
とがる『この愛が終わったら、さようなら。』 -別れと向き合いながら、それでも共に生きていこうとする
REPORT
【もっと身近なクラブカルチャー】vol.7 BRITISH PAVILION OSAKA
REPORT
余暇の別府を満喫する、ユニバーサル観光×クリエイティブ -『おんせん都市型音楽祭 いい湯だな!』イベ…
INTERVIEW
建物を設計・デザインするように曲を作れたら – aldo van eyckインタビュー
INTERVIEW
この苦難の先にGREENJAMがたどり着いた「表現のプラットフォーム」10年目の現在地
INTERVIEW
新フェスティバル『ARIFUJI WEEKENDERS』が描く、自然に囲まれた気軽な週末体験
INTERVIEW
お互いをリスペクトし合いながら切磋琢磨する〈ungulates〉の在り方とは?オーナーKou Nak…
COLUMN
〈ungulates〉作品ガイド
REVIEW
くだらない1日『rebound』 – くだらない日々を迷い翔けるヒーローの肖像
REPORT
ボロフェスタ2022 Day2(11/4 KBS+METRO)- 変わらず全力が似合う21年目の第一…
REVIEW
downt『SAKANA e.p.』 – 今しかできないことを凝縮した鋭利なバンドサウン…
INTERVIEW
【もっと身近なクラブカルチャー】vol.6 Gift
REVIEW
G’ndL『Crocodiles』 – 憂いも迷いも喜びもみんな夢の中
INTERVIEW
今のドイツを国外や他の世代に。『RISIKO』が描くカルチャーの肌触り
INTERVIEW
デモ音源にみる隠せないこだわり アーティストの原点に迫る試聴座談会 with HOLIDAY! RE…
REPORT
阿部仁知が見たボロフェスタ2021 Day6 – 2021.11.7
REPORT
阿部仁知が見たボロフェスタ2021 Day1 – 2021.10.29
INTERVIEW
Radioheadのファミリーに憧れて。OAS / Radiohead Nightが描くファンベース…
REPORT
Radiohead Night @ESAKA MUSE イベントレポート
REPORT
【もっと身近なクラブカルチャー】vol.5 SUNNY SUNDAY SMILE
REVIEW
NEHANN – New Metropolis
REVIEW
Deep Sea Diving Club – SUNSET CHEEKS feat. M…
INTERVIEW
【もっと身近なクラブカルチャー】vol.4:SCHOOL IN LONDON
REVIEW
black midi – Cavalcade
COLUMN
歌い継がれるエヴァーグリーン|テーマで読み解く現代の歌詞
REPORT
阿部仁知が見たナノボロフェスタ 2020
REVIEW
VANILLA.6 – VANILLA.6
SPOT
Irish pub Shamrock ‘N’ Roll Star
REPORT
【もっと身近なクラブカルチャー】vol.3:Potluck Lab.
INTERVIEW
FLAKE RECORDS
COLUMN
【Dig!Dug!Asia!】Vol.3 空中泥棒
INTERVIEW
メールインタビュー〜世界は今どうなっているんだろう?〜
INTERVIEW
【もっと身近なクラブカルチャー】vol.2:mogran’BAR
INTERVIEW
Alffo Records
INTERVIEW
もっと広がりたい 再び歩み始めたSSWの現在地 ASAYAKE 01インタビュー
INTERVIEW
【もっと身近なクラブカルチャー】vol.1:GROOVER
COLUMN
お歳暮企画 | アンテナとつくる2019年の5曲 Part.2
COLUMN
お歳暮企画 | アンテナとつくる2019年の5曲 Part.1
REPORT
阿部仁知が見たボロフェスタ2019 3日目
REPORT
阿部仁知が見たボロフェスタ2019 2日目
REPORT
阿部仁知が見たボロフェスタ2019 1日目
REPORT
black midi live in japan @CLUB METRO ライブレポート
REPORT
【阿部仁知の見たボロフェスタ2018 / Day3】河内REDS / トクマルシューゴ / 本日休演…
REPORT
【阿部仁知の見たボロフェスタ2018 / vol.夜露死苦】And Summer Club / キイ…
REPORT
【阿部仁知の見たボロフェスタ2018 / Day2】ギャーギャーズ / 2 / 踊ってばかりの国 /…
REPORT
【阿部仁知の見たボロフェスタ2018 / Day1】眉村ちあき / fox capture plan…

LATEST POSTS

REVIEW
くだらない1日『どいつもこいつも』 – 新章を告げる、高値ダイスケの詩情とバンドの確かな足取り

衝撃を持って受け止められた《WACK》への移籍や、初の海外公演となる『SXSW(サウス・バイ・サウス…

REVIEW
downt『Underlight & Aftertime』- 紆余の中、やりきれない閉塞から燃え立つ焦燥へ

2021年の結成以降、数えきれないほどのライブを精力的に行なってきたdownt。シングル『III』(…

INTERVIEW
孤独な青年の思春期が終わった、 LAIKA DAY DREAMなりのグランジ作品『Shun Ka Shu Tou』

Kazutoshi Lee(Vo / Gt)のライブを初めて観たのは昨年の〈荻窪velvet sun…

REVIEW
寒空の下、まっすぐに前を向く音が鳴る

2019年結成、東京を拠点に活動する3人組Sugar Houseが2024年1月17日(水)、1st…

INTERVIEW
全員が「ヤバい」と思える音楽に向かって – 愛はズボーンが語る、理想とパーソナルがにじみ出た『MIRACLE MILK』

13年間続けてきた末に出た、現時点での「ヤバいもの」。 それが自分なりに『MIRACLE MILK』…