REVIEW
New Metropolis
NEHANN
MUSIC 2021.07.28 Written By 阿部 仁知

ディストピア「Tokyo 2020」を生きる偽りなき自己認識

僕らは未だ「2020年」の渦中にいる。「2年振り」に望みを託す(あるいは託せなくなった)数々の大型イベント、そして賛成であれ反対であれ誰にとっても決着を待つ存在「Tokyo 2020」。僕らはこの状況に絶望するしかないのか? それともなんとかして希望を見出せばいいのか? はっきりした答えは未だ誰にもわからない。NEHANNの1stアルバム『New Metropolis』には、その震源地東京で生きる5人の、状況に流されることのない等身大の自己認識が示されている。

 

一発で彼らのサウンドを印象付けるタイトなギターリフが開幕を告げる“Nylon”。キックとギターの統制されたリズムは「軍靴の音が聞こえる」なんて比喩も簡単に笑い飛ばせない昨今の空気を映しているかのようで、〈Underneath a lily, there lies a dead body〉のなんともグロテスクな脚韻にもゾワっとしてしまう。だが4つ打ち経由で手数を増やしさまざまな表情を見せるナラリョウタロウ(Dr)のドラムや、抑圧された感情がうごめくようなギターサウンドはなんとも伸びやかだ。そしてクワヤマヒロタカ(Vo / Gt)の高らかな歌唱が、彼らの標榜する『New Metropolis』を宣言する。

 

 

デビューから7枚のシングルが収録された彼らの集大成ともいえる本作だが、全曲に新たに施されたソリッドなアルバム・アレンジによりフレッシュに響くのが特徴的だ。中でもKraftwerk(クラフトワーク)なども頭をよぎる冷たく無機質な肌触りがより強調された“TEC”のサウンドメイクは、抑制された身体性をかえって鮮烈に感じさせる仕上がり。それはまるで“Nylon”の〈What makes it move is no other than blood〉(それを動かすのは他でもなく「血」であるということを)の水面下の脈動を自ら証明するかのようではないか。

 

同様に〈All the people left the town 27 days ago〉が人がいなくなった真っ暗な街を生々しく想起させる“Hollowed Hearts”や、80年代のニュー・ウェイヴの作法で奏でる2019年リリースの1stシングル“Under The Sun”にあらわれた、今となっては予言めいた響き。あるいはアラートを思わせる冒頭のギターがグランジ色にポストパンクのニュアンスを付加する“HAZARD”など、はっきりと言葉にはしなくとも不穏なムードが作品全体を覆う。その表現は現在の東京を取り巻く状況に強く感応したものなのは確かだが、同時に別の含みも感じはしないだろうか。「コロナなどメトロポリスの歪さを暴くきっかけに過ぎなかったのだ」と。

などと深読みに深読みを重ねて本作を紐解いてきたが、NEHANNの表現は決していたずらに扇動的なものではなく、嫌な意味での圧や押し付けがましさはまったく感じられない。クワヤマの妙に言葉の存在感のある散文的なリリックは、ルーツのひとつだというNirvana(ニルヴァーナ)や(とりわけ『Kid A』期の)Radiohead(レディオヘッド)と似たものを感じさせるが、そこに共通するのはさまざまな示唆を散りばめリスナーの想像を喚起しながらも、その立ち振る舞いにただただ見惚れてしまうロックの美学に他ならない。

 

最後の曲が終わり余韻とともにライブハウスを後にする情感にしみじみと浸る“Ending Song”。そして本当の最終曲にして最も晴れやかに歌う“Star”の一節、〈Because it will never be filled〉(なぜならそれは決して満たされることが無いから)のなんと堂々たることか。これは諦念などではない。状況を楽観視することはできないが絶望し切ることもできない心模様を受け入れた、等身大の覚悟がここには讃えられているのではないか。それは希望と呼ぶには随分か細いものなのかもしれないが、その偽りなき自己認識こそが激動を生き抜くスタートライン。まだ見ぬ「2020年」の夜明けを自ら掴み取ろうとするNEHANNの姿勢に、僕が強く勇気づけられたことは疑いようもない。

New Metropolis

 

アーティスト:NEHANN
仕様:CD / LP / デジタル
発売:2021年5月20日
レーベル:KiliKiliVilla

 

収録曲

1. Nylon
2. Hollowed Hearts
3. Concealment
4. Under The Sun
5. Labyrinth
6. TEC
7. Curse
8. HAZARD
9. Ending Song
10. Star

 

NEHANN

Photo by Yukinao Hirai

 

2019年2月結成、80年代ポストパンクの美学を正しく受け継ぎながら90年代グランジ~オルタナティヴ以降のセンスをちりばめた現在進行形のアンサンブルを奏でる5人組。大きく変わりつつある国内のインディーシーンで独自の存在感を放ちはじめている。現行インディーやダークウェイブなど様々な音楽からの影響を受け継ぎながら、いまの東京が反映された独自のヴィジュアルも含めNEHANNにしかない世界観を作り上げている。今後彼らの存在はTOKYO発の新しい感性として世界に届くだろう。

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