REPORT

【SXSW2026】わたしの身体で、ぎこちなくても踊ること。洗練して見えてくる凸凹の音

MUSIC 2026.05.11 Written By 堤 大樹

若いカウガールが4人。
はじめてなのだろうか。ホンキー・トンクに踊りに来たはずがウブな感じでなかなか踊りの輪には入らない。キャイキャイとなにかを話しては、笑い合ううちに楽曲が1つ2つと終えていく。意を決した一人がバーカウンターで飲んでいた一人の中年男性に声をかける。少しずつ手ほどきを受け、ダンスフロアにリズムを刻むテキサスツーステップも徐々にこなれていく。楽しげに、そして少し冷やかすようにiPhoneでその様子を撮影していた他の女の子たちも、気がつけば相手を見つけてそれぞれに踊り始めていた。それが今回のオースティン最終日の記憶、〈Sam’s Town Point〉での出来事である。

SXSWに通いはじめて、とうとう今年で10年目になった。
パンデミックの影響で2020年は中止、2021年はオンライン開催だったから、現地への参加は8回目。毎年訪米するたびにわかりやすく変化を感じるのは正直「お金」のこと。上がっていくアメリカの物価。国際社会のなかで年々目に見えて弱くなる日本円。使ったお金を計算してみると、おそらく初年度の1.5倍ほどの滞在費になっている。そうした煽りはSXSWも受けていて、パンデミック以降の資金難の時期を経て、運営体制やオペレーションが少しずつ変化してきた。

 

もちろん、変わったのはSXSWだけではない。「移動」一つ取っても電動スクーターが走りはじめ、Uberのような配車アプリが定着し、自動運転タクシーまで街を走るようになったのがここ10年のオースティンでの出来事だ。AIが仕事や社会のかたちをものすごい速度で変えていく今、次の10年はもっと大きな変化があるのだろうかと想像する。

節目の年でもあったので、レポートを書く前に初年度からこれまでに書いてきたSXSWの記事をあらためて読み返した。そこには、いまでは大きなステージに立つようになったアーティストたちの名前も少なくない。今年フジロックに出演するThe Lemon TwigsやGEORDIE GREEP(black midi)、コーチェラで観客を沸かせていたWet Leg、東京サラダボウルの主題歌を歌い日本でも大きく知名度をあげたBalming Tiger。今の音楽シーンの前線を担うようなバンドもいれば、新しい時代の扉をひらきながらもあっけなく消えていったバンドもいる。思っていた以上に、自分はこの場所で「よいアーティスト」を見せてもらってきたのだと感じた。一方で、そもそも「よいアーティスト」とは何だろうとも思う。そして自分は、「よいアーティスト」を見つけるためにSXSWへ来ていたのだろうかとも。

SXSWはショーケースである。
世界中から集まってくるアーティストやレーベルは、大小あれどそれぞれに商業的な成功を目指していることが多いだろう。当然そこでは、誰もが自分たちの音楽を少しでも洗練させようとしている。「洗練」とは、一般的には「粗さを削ぎ落とし、優雅で品位のあるものへ磨き上げていくこと」を意味する。

 

この言葉は「商品として売れるものへとパッケージングする」ことと似たようなニュアンスで使われることが少なくない。ただ、「洗練という言葉を何かを均一に整えるという意味に閉じ込めてしまうのはもったいない」と感じさせてもらったのが今年である。人間の癖や、土地の匂い、キャリアの途上にある不安定さや凸凹。しかし、それらが残る多様な音楽に触れられることにSXSWの楽しさがある。磨いた結果、ツルリとした手触りにするのではなく、より強い土着性や、人間味、そしていびつさが残ること。今年のSXSWで琴線にふれたアーティストを軸に、そんな「洗練」のあり方を考えたい。

Geordie Greep「音楽は聴くためのもの」

今年一番の目玉とも言える出演アーティストはGeordie Greep(ジョーディ・グリープ)だろう。black midiは2018年にSXSWのBritish Music Embassyで見て度肝を抜かれたバンドだった。そのフロントマンとして知られる彼は、2024年にRough Tradeからソロ・デビュー作『The New Sound』を発表。ロンドンとサンパウロで録音され、ジャズ、ラテン、ファンクを含む雑食性のなかで、より強い演劇性と歌に輪郭を与える音楽へのアプローチが見られる。black midiが無期限の活動休止をする中で、自分の表現をどこまで一人で押し広げられるかを問うような作品だった。

 

2024年のインタビューに彼の音楽スタンスがギュッと詰まっている(参考)。記事のタイトルは、「“Almost every band behaves like a corporation. Everything is a press release”(ほとんどすべてのバンドが企業みたいに振る舞っている。全部がプレスリリースみたいだ)」。スマートフォンを触っていても出てくるサジェストは商品やサービスの購入を促すようなものばかり。テクノロジーがサービスのユーザーとしてのふるまいを人々に強いる時代。そうしたん流れに絡め取られていくバンドに対する批判を持った彼がSXSWへ出演する意味は、ことのほか大きいように感じられる。

 

今年のSXSWはこれまで中心となってきたコンベンションセンターの改築に伴って大きく平日にまたがって開催をされたのだが、彼が出演するデイパーティには平日に関わらずMohawkには多くの人が早い時間から詰めかけた。

 

おおよそ一時間におよぶステージ。リハーサルでの音出しから即興でのセッションをスタート。ムードを作り上げていきながら、“Holy, Holy”といったソロでの代表曲などを交えたパフォーマンスを繰り広げていく。当日はニューカッスルのジャズバンドKnatsがバックバンドを務めていたのだが、これがかなり素晴らしかった。自由で、複雑な音楽、演奏のスキルが抜群に高いのはblack midi時代から違いはない。ただ、そこにある緊張感は大きく違った印象を受けた。black midiは少しでも踏み外すと崩壊しそうなスリリングな緊張感がたまらないバンドだったが、この日はGeordie自身がとても楽しそうなのである(2018年、ステージで表情一つ変えない彼の仏頂面と、そこから繰り出されるヒリヒリとしたアンサンブルは今でも写真を見るとすぐにでも思い出すことができる。当時18前後という若さもあったと思うけど)。

そうした遊び心はライブにWillie Nelsonの“Night Life”を、そして菅野よう子の“Rush”まで織り込むところにも表れていたのではないだろうか。そして最後には今年1月に亡くなったblack midiのギタリストMatt Kwasniewski-Kelvinのことに触れ、かつてバンドでSXSWに来た頃を短く振り返ったうえで人気曲である“953”を演奏した。実験的でありつつ緻密に構築されたblack midiの楽曲やパフォーマンスと比較すると、はるかに今の彼のステージは「人間らしい起伏のあるものに感じられた」のだった。

 

Geordieは前述したガーディアンの記事の中で、black midiのことは「気に入ってるけど、ちょっと聴きづらい」と人に言われていたといい、そのことを素直に受け入れたことも明かしている。

 

「でもある日、『待てよ、それは馬鹿げてる。音楽は聴くためのものだ。耳で聴くものであって、頭で考えるものじゃない。聴きづらい音楽を作る意味はない』って思ったんだ」

 

そうした姿勢がよく表れたステージであったことは間違いがない。音を上品に聴きやすく磨き上げることを洗練と呼ぶのではなく、人間が持つカオスや一種の狂気を失わないまま、人を引き込む入口をつくっていくこと。そうしたパフォーマンスを見ていると、「今の時代を最も批評しているアーティストの一人だったのでは」と感じざるをえない。

生のリアルと、死のリアル、Diles Que No Me Maten

今年SXSWで見たバンドで最もグッと来てしまったバンド、それがメキシコシティを拠点に活動するDiles Que No Me Maten(ディレス・ケ・ノ・メ・マテン)である。3月17日(火)の日中、アメリカ国外のアーティストも出演が多いRadio Day Stageで見かけたのだが、明るい時間のショーにもかかわらずムードがガラリと変わったのをよく覚えている。

 

2017年に結成。メキシコの作家フアン・ルルフォの短編小説と同名の名前を冠した5人組は、ジャズ、サイケデリック、クラウトロックを行き来しながら、自分たちの暮らしにあるざらつきや緊張感を素直に表現する。「その言葉はいまもこの国の殺しや暴力の現実にそのまま通じている」らしい。またフロントマンであるJonás Derbézは、「ルルフォの文章にある地方の言葉とスペイン語が混ざり合う感覚に惹かれている」とも話していた。つまり彼らにはメキシコという地域がはらむ歴史や文化への強い自意識がある。

以前からメキシコ麻薬戦争に関心があったので『ボーダーライン』、『カルテル・ランド』、『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』などは観ていた。加えて最近たまたまメキシコで8年ほどを過ごしていた古屋大和さんの自叙伝『愛を貫く タコス・トレス・エルマノスの革命』を読んでいた。「だから想像できる」とは軽々しく口にはできないが、メキシコにはあまりに「日本で過ごす我々とは違った死の身近さ」がそこにはあるらしい。彼らの音楽を聴いていると、そうしたほの暗い緊張感と生の刹那さが、歌詞を理解できなくても太陽が燦々と降り注ぐ会場にまで充満していくのを感じるのである。

言葉には「持っている意味」以上に土地の記憶やそこで生きる人々の文化や価値観が反映されていることがある。以前、東北出身の友人と「大学で東京に出るタイミングで方言が恥ずかしくなって標準語で話すようになった」という話をしたことがある。その瞬間に削ぎ落とされる土着的な身体性が確実にあるのだが、私たちはときにそのことに無自覚だ。長く続くリフのループの中で、時に語るような歌い方で、即興で繰り出すノイズで、そうした感覚を常に自覚し濃度を高めていったのが彼らのスタイルだと言える。そこには、「今、確かにここで生きるリアル」から目を背けない(背けられない)切実さが確かにあって、こうした姿勢は国や言葉を超えて響くものがある。だからこそ今年のSXSWでも、口コミで彼らのステージの魅力がどんどんと伝わったのだろう。

時代を乗り越えてきたSheer Magの声の厚み

好んで家で聴く音楽と、ライブで観ていいなと感じる音楽は違ったりするものだが、中でもそんなギャップを最も感じたのは2010年代半ばからフィラデルフィアを拠点に活動を続けてきたSheer Mag(シアー・マグ)である。シンプルに「まだこんな風にロックバンドやれるんだ」と思わされた。

 

彼らは、DIYの倫理を身につけたまま、70年代のハードロックやパワーポップを現在進行形のバンドとして鳴らし続けてきた。なによりも彼らのパフォーマンスで最高なのは、ボーカルであるTina Halladay(ティナ・ハラデイ)の力強さだ。バンドが長い時間をかけて獲得してきた熱を一身に引き受けてきた歌は実に厚みがある。2024年にはジャック・ホワイトが立ち上げたレーベルThird Manから3rdアルバム『Playing Favorites』を発表。これは彼らにとって初めてレーベルから出す作品であり、長く自分たちでやってきたバンドにとっては大きな転機でもあった。

 

Tinaはリリース後のインタビューで、「Third Manと組んだのは、これまで他のレーベルからの誘いを断ってきた自分たちにとっても自然な流れだった」と語っている。ナッシュビルのレコードストアでライブを重ねるなかで信頼関係ができていたこと、すぐに契約を迫らなかったことも大きかったという。これまでの活動に一定の手応えもあっただろうし、同時に自分たちだけでやることの限界を感じることもあっただろう。その上で、自分たちの「らしさ」を失わずに続けるための判断だったのだと想像できる。

SXSWをキャリアのステップアップに位置づける若手アーティストや、アメリカの音楽産業に売り込みをかける他国のアーティストとも少し違う。時間をかけて丁寧に信頼を構築してきたバンドが、まだまだ現在形であることを見せたのが今年のステージだった。

 

Sheer Magは、音楽的に「新しい」ことが魅力のバンドではない。むしろ彼らのすごさは、ロックバンドという古いスタイルを、時代も社会も移り変わるなかで鳴らし続けていることにある。下手をすれば懐古主義に陥りかねないスタイルだと思う。ただ、そう思わせないのは、彼らのパフォーマンスに「時代の変化を乗り越えてきた身体性」が確かに宿っていたからだ。

 

今回のセットは、最新作『Playing Favorites』の新曲と、初期から鳴らしてきた曲が行き来する構成だった。古い曲が記憶として再生されるのではなく、いまこの瞬間のバンドの曲として鳴る。案外これって難しいのでは?特にそれを象徴していたのはTina Halladayの声だった。音源で聴くよりも、生のステージで聴く声ははるかに生々しく、厚みがある。クラシックなスタイルとも言えるロックを2026年の音にしているのは間違いなく彼女の喉なのだ。

 

新しさが評価されるSXSWという場で、Sheer Magは何度も鳴らされてきたコード進行、すでに何度も歌われてきたことをパフォーマンスする。ちゃんとそこに強度があるのは、バンドが「今を生きている」からだ。地味だろうか、オワコンだろうか。ただ、多くの新人が次々と「新しいスタイル」を提示するなかでこそ、この「洗練」は正直かっこよかった。発する音だけで信頼ができる。時間をかけてつくった音の厚みは誤魔化しがきかない。

喧騒の中で受け取る小さなコミュニティの手触りFish Hunt

今年もひたすらにベニューや、イベントベースでその日出演するバンドを聴き比べていったのだが、3月14日(金)のChess Clubのイベントはほぼほとんどが好みで気になるイベントだった。中でも深く印象に残っているのがFish Huntだ。ニューヨーク出身のLucy Mondello(ルーシー・モンデロ)によるプロジェクトであり、2000年代のNYCインディー・シーン、1980年代のポストパンク、そしてニューウェーブに影響を受けた彼女はModest Mouse、Johanna Warren、Animal Collectiveを聴きながら過ごした。

 

そのサウンドは「注意深く、繊細」と形容され、ミュージシャンのプロフィールではあまり見かけない「手作りの料理やパッチワークキルトのような」という言葉が並ぶ。2024年1月に発表された2ndアルバム『Self-Taught』は、所属するVHS Records周辺の仲間たちと制作を行っているのだが、ソロプロジェクトとは言いつつも、ニューヨークのDIY的な共同体のなかで育まれていたようだ。

 

今回、記事で紹介するアーティストの中でもフォロワーは群を抜いて少ない。ライブパフォーマンスを見ていても、自分たちの活動を飛躍させるための気概のようなものは感じられなかった。彼らのコミュニティが持つ親密な音楽が大きなショーケースの場でどこまで届くのかを試す機会だったように思える。「日常や私的さの追求」と言えばいいのだろうか。特別ななにかを作り込んでいくのとは対照的で、彼女たちのパフォーマンスそのものも慎重さで意識を惹きつけるものがあった。

ナッシュビルを拠点とする音楽メディア「American Songwriter」の取材では、Lucyが拠点のひとつであるVinegar Hill Soundを「haven」と呼び、そこが自分にとって安心できる制作の場所になっていることを語っている。それを読むとFish Huntの音楽には信頼できる人たちと過ごした時間が宿っているように感じられる。ソロプロジェクトといえば、カリスマ性のあるSSWとそれを支えるバックバンドや、一人の繊細な天才かぽつんと立っている印象を抱きがちだが、当日のステージからそんな雰囲気はまったく感じられなかった。スタジオに入り、リハーサルをする。その時の距離感がそのままステージの上にある景色は、SXSWのような巨大なショーケースのなかではかえって際立つ。

 

内面を掘り下げてかたちにした音楽を人前に差し出すことはこわいものだ。音楽どころか、本当は「人になにかを差し出す」だけでも一定のおそれはつきまとう。そうした繊細さは、多くの人に届けようとすればするほど失いがちでもある。SXSWのようなイベントでそうした手触りを保つための洗練のさせ方が、彼女たちの関係性に垣間見えたことがうれしい。

自分の中の「本当」をどうやって見つけていこうか

音楽はこれまでの時代と同じように新しいスタイルが生まれては廃れ、洗練と陳腐化を繰り返す。AIはそこに大きく関わっていくことになる。正直、変化が早すぎて「予測」などできる状態にないと思っている。ただ、その「洗練」がより届きやすくとか、より伝わりやすくとか、そうしたもの一辺倒にならないことを期待させてもらえたような年だった。いずれのアーティストにも「今を生きる身体性」があった。

 

Geordie Greepも、Diles Que No Me Matenも、Sheer Magも、Fish Huntも、どれも何かをツルリと整えるのではなく、自分たちが身体と心で感じてきたものを失わないようにもがいていく実践だったのではないかと思わされる。狂気に怯えないこと。土地のリアルを薄めないこと。現役であり続けること。親密な距離感で遠くまでいくこと。今年見た音楽たちは、それぞれ違うやり方で、そうした洗練のあり方を示している。

ホンキー・トンクで見た若いカウガールたちを思い出す。
踊り慣れているわけではないし、最初は輪の外で笑い合い、なかなか中へ入っていけない。それでも意を決して誰かに声をかけ、ぎこちないままステップを踏み始める。最初から無駄なく美しく振る舞えることは退屈だ。別に上手なものを味わいたいだけではない。不格好さやためらいを抱えたまま、それでも場のなかへ身体を差し出していくこと。自分のぎこちなさごとその場に馴染んでいくこと。そういう意味では、あのホンキー・トンクにもまた、今年のSXSWで見た音楽と地続きのものがある。

 

結局、自分がこの場所に惹かれ続けてきた理由も、そのあたりにあるのかもしれない。
次に売れるものを見つけること。大きくなる前の才能に立ち会うこと。そうしたショーケースとしての面白さはたしかにある。けれどそれだけではなく、変わり続ける街とイベントのなかで、それでも簡単には替えられない熱や、不格好なまま人が人とリズムを共有する瞬間が残っているのがSXSWである。洗練とは何かを考えた一年だったが、その答えは案外、ステージの上だけでなく、あのダンスフロアのなかにも転がっていたのかもしれない。

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