夕方18時、仕事からの帰り道。疲れた足取りでバスに乗り込んだ。この時間のバスはいつもとても混みあう。疲れを感じている人が多いせいか、なんとなくどんよりした空気が漂っている。その空気に耐えきれず、急いでヘッドホンを耳に押し込んだ。そんな時に決まって聴くのがjizueの曲だ。音を再生すると途端に、車窓からの景色が情緒的に見えてくる。走り去る人の後姿、街路樹の影、信号の点滅。さっきまでのありふれた日常が、まるで映画の1シーンのように映り、自分がまるで登場人物かのような、そんな錯覚さえ覚える。
言葉のない、インストゥルメンタル。jizueは、ジャズをベースにラテン、ロックなどさまざまな要素をとりいれ、何気ない景色に彩りを与えてくれる楽曲をたくさん生みだしている。特にbud musicから2016年に発売された1stアルバム『Book shelf』には、その片鱗が詰まっている。曲が一冊の小説のように、それぞれの物語を奏でているようだ。群像劇のように、その曲の中の主人公たちに、スポットライトを当てる。主人公たちの喜びも、悲しみも、憂いも乗せて、jizueは音を奏でる。雨に打たれながらも、街中を駆け抜ける強さを感じる“Raindog”、遠く旅立つ前の人の心情を彷彿とさせる“最後の朝”。jizueの曲には必ず、主人公がいる。
特に印象的なのがM10 ”SAKURA” だ。私は聴くたびにいつもあるストーリーが思い浮かぶ。春のやわらかな光の中、桜の木の下に立つひとりの少女。その少女が曲に合わせてゆっくりと踊りだす。その表情ははとても美しく、儚げな笑みを浮かべていて……。曲のかかる間、なぜだかそんな物語が浮かぶのだ。始まりのピアノのメロディーが、桜が舞い落ちるような情景を思い起こさせるからだろうか。
『Book shelf』を聴くたびに、私の頭の中ではさまざまな物語が再生されていく。同じ曲であっても私がその時見ている景色や心持ちによってストーリーは少しづつ変化する。それは、jizueの楽曲が想像力を膨らませることのできる力をもつからだ。楽器以外にも虫の音、雨音、喧騒などのまちの音を取り込み、幅広い表現力で私の想像をかきたててくれる。やさしさも力強さも、儚さももち合わせ、人の心の機微に触れることができる音楽。ほんの少し現実から離れて、彼らの奏でるストーリーに身を置くことで、私の疲れた心が少しづつ解きほぐされていくのだ。今日も私はjizueの音楽を聞きながらバスに乗り込む。今日見る光景もまた、彼らの音によって彩りが添えられていく。
寄稿者:ミカミユカリ
プロフィール
京都に移住して、はや1年。おいしい飲み屋が多すぎる。楽しい人が多すぎる
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地域に根ざした世界中のインディペンデントな「人・もの・こと・場所」をおもしろがり、文化が持つ可能性を模索するためのメディアANTENNAです。
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