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余暇の別府を満喫する、ユニバーサル観光×クリエイティブ -『おんせん都市型音楽祭 いい湯だな!』イベントレポート

10月28日(土)に大分県別府市の繁華街・別府北浜の4会場で初開催された、サーキットフェス『おんせん都市型音楽祭 いい湯だな!』。大分県自体はじめて訪れた大阪在住の筆者だが、別府の日常とフェスの非日常が溶け合っているのが印象的で、普段のライブ参加とも一味違うのんびりとした旅情が楽しめた。

 

主催の深川謙蔵は公式noteで、耳の聞こえない方なども含め誰でも楽しめる「ユニバーサル観光」のイベントの在り方についての想いを語っていた。そういった視点を持った様々な試みが、多数の観光客が訪れる別府の特性とアップカミングなラインナップ、一日を通して感じられたクリエイティブのマインドと噛み合うことで、まさに「都市型」とも「郊外型」とも違う「おんせん都市型音楽祭」、深川がいうところの「温泉みたいな音楽フェス」の持ち味を満喫した。そんな一日のハイライトを『いい湯だな!』オフィシャルフォトとともにレポートでお届けしよう。

Cover Photo:Katsumi Kawashima

うわついた観光気分のまま楽しむ「おんせん都市型音楽祭」独特の旅情と、誰にでも開かれたライブの臨場感

大分空港から高速バスで50分ほど揺られると、別府駅とほど近くの北浜エリアに到着。開演前に各会場を回ってみたのだが、どこも最大徒歩10分ほどで行き来ができ、歩いているだけでもコンパクトな歓楽街といった趣が早速感じられ、これから始まる一日への期待が高まる。まずは〈別府ブルーバード劇場〉に行ってみよう。

『いい湯だな!』の会場MAP
『いい湯だな!』公式noteより

昭和24年(1949年)創業という〈別府ブルーバード劇場〉。ライブ会場がよくわからず2Fの受付で聞いてみると、「演奏会は3Fだよ〜」と気さくに答えてくれたのは岡村照館長。昭和の特撮のポスターなどノスタルジックな雰囲気漂う館内には岡村館長の等身大のパネルなどもあり、別府の街で長く親しまれてきた歴史を感じさせる映画館だ。そんな会場のオープニングを飾ったのは、Maika(歌 / fiddle)と松本未來(Vo / Gt / Sitar)を中心とした兄妹ユニットのbaobab。フィドルやシタール、アコギなどの様々な弦の響きと安らかな歌声が混ざり合う優雅なハーモニーを、映画館の着席のスタイルでゆったりと楽しむ贅沢なひと時は、大阪からたどり着いた別府で過ごす今日一日が、とてもいい日になりそうな予感をもたらしてくれた。

baobab(Photo:Yu Suenaga)

続いて訪れたのは〈SUNLINE BEPPU〉。『いい湯だな!』と提携した宿泊施設でもあるこのゲストハウスのロビーでも、ソウルフルで力強いピアノ弾き語りを披露したツチヤナナミなど、アコースティックセットを中心としたライブが繰り広げられた。曲間のMCでは手話通訳者も登場し、演者の言葉を耳の聞こえない方にも伝えていく。また、Ontenna(オンテナ)という、髪の毛や耳たぶ、えり元やそで口などに身に付けるユーザインタフェースも、富士通株式会社の提供で誰にでも無料貸し出し。筆者も実際に使ってみたが、キックやベースのリズムに呼応して振動や光が体感的・視覚的に身体へと伝わり、ライブ表現を耳ではなく身体で感じることができた。

 

何より興味深かったのは、ザイロバンドやペンライトのようなキャッチーなライブのアイテムと何ら変わることのない使い心地で、必ずしも耳の聞こえない方に限定されたものではない点。こういった誰でも気軽に楽しめるデザイン設計は、僕のような耳の聞こえる人間が逆に感じてしまう妙な敷居もなく、実際に多く見かけた耳の聞こえない方とも、ライブの楽しみを共有できたような気持ちにもなった。手話通訳者の表情豊かな身振り手振りも然り、「湯の前に人は皆平等」という『いい湯だな!』のコンセプトであり別府の街に息づいた精神が、ライブの場で結実した試みだったと言えるだろう。

ツチヤナナミ(Photo:Taku Mizoguchi)

〈別府ブルーバード劇場〉に戻ると浪漫革命オンステージ。椅子のある劇場ながら立ったり前方に詰めかけたりする会場の雰囲気もさながらライブハウスのようで、浪漫革命流のアイドルグループのパロディ感が痛快な“月9”のあとで「ありがとうございます、SMAPです」とおどけてみたり、“楽しい夜ふかし”では「いいちこ飲みたい」「いい湯だなあはは」とコールアンドレスポンスしてみたり。一人で前乗りして観光していたという藤澤信次郎(Gt / Vo)を筆頭に、メンバーのどこか“うわついた”観光気分のテンションが心地いい。

 

彼らのライブは『ボロフェスタ』など、ホームといえる関西圏で観ることが多かったが、まさに湯上がりの曲の“ゆ”でも彼らの持つ古き良き日本語ロックの旅情が存分に感じられ、むしろ遠くから訪れた観光地だからこそ彼らの真価があらわれているようにも思える。最後の“うわついた気持ち feat. 鎮座DOPENESS”で登場した鎮座DOPENESSも陽気な合いの手とラップを披露し、「何かが起こりそうな今夜別府!みんなで遊ぼう!」と僕らを鼓舞。今日を悔いなく楽しもうとする『いい湯だな!』のバイブスが劇場の隅々まで伝播した瞬間だった。

浪漫革命(Photo:Yu Suenaga)

そして別府市唯一のライブBARという〈別府COPPER RAVENS〉に移動し、前半の最後は京都の5人組バンドSet Freeの大分凱旋ライブ。オリジナルメンバーの清田尚吾(Vo)とワイニー(ワイニー)は大分出身で、地元の顔見知りもたくさん詰めかけている様子が見てとれる。軽快なギターロックに乗せて、Happy Mondaysのベズや電気グルーヴのピエール瀧のようにライブに花を添えるワイニーの奔放なダンス、そして清田の甘く爽やかな歌声が醸し出す絶妙なバランスがクセになるバンドサウンド。ダイブがうまくいかなかったことを「ワイニーのばかー」と茶化したりしながら見守る地元の空気も相まって、ほんわかしたあたたかい心地を愛しむような気持ちで、『いい湯だな!』の一日はお待ちかねの「ONSEN TIME」に突入していく。

Set Free(Photo:Katsumi Kawashima)

「ONSEN TIME」で感じる別府の街の懐の深さと、『いい湯だな!』が織りなす相乗効果

『いい湯だな!』の最も大きな特徴は、タイムテーブルの真ん中に90分の「ONSEN TIME」が設けられていることだろう。周辺を検索するだけでも10以上の温泉があり、おそらくコンビニより多いのではないか。これも温泉の街 別府ならではなのだろうが、印象深かったのはその生活との馴染み具合と懐の深さだ。

 

いいちこの三和酒類株式会社と協賛した参加特典の湯おけを片手に〈海門寺温泉〉に行ってみると、入浴料は大人250円と大阪では考えられない安さで、その代わりシャンプーなどはなく必要であれば別料金。近隣に住む人は家から持参する前提なのだろう。居合わせた80代くらいのおじいちゃんが使い方を教えてくれたり、外国の方とも英語で話していたりと気さくな様子も観光都市の日常が感じられる。温泉はというとかなり熱めで、水風呂やサウナ、電気風呂といったものもなく極めてシンプルなスタイル。別の日に行った〈竹瓦温泉〉はシャワーさえなく、湯船の湯をすくって身体を洗うスタイルに少し面食らったものだが、古来からずっとこうなのであろう余計なもののないプリミティブな在り方は、かえってあらゆる人に開かれている懐の深さを感じたものだ。

 

そういえばお店の店員さんや『いい湯だな!』のスタッフなどあらゆる場面で、人種を問わず外国人が多く、当たり前に馴染んでいるのも印象的な別府の街並み。聞いたところによると近隣の〈立命館アジア太平洋大学〉の学生も多いそうだが、温泉街の開かれた風土と解け合う様子は、まさに深川の言う「ユニバーサル観光」の視点を実践するにあたって、うってつけの場所なのだろうと肌で感じる。音楽祭の非日常体験と別府の日常の境界がいい具合に曖昧になっているように感じたのは、きっとはじめて来たからというだけではないのだろう。『いい湯だな!』と別府の街が相乗効果のように活気づいているような感触は、一日を通して感じられた。

Photo:Yu Suenaga

単に「街おこし」にとどまらない、今のシーンをリアルタイムで目撃する遊び場

別府の街と音楽祭の相性の良さが存分に感じられる『いい湯だな!』は、もちろんローカルフェスの「街おこし」文脈で語ることもできるだろう。実際に飲食ブースの〈やよい銀天街〉では多くの地元からの出店が見られ、音響メーカーのTechnicsの協力のもと九州内外のレコードショップが集まり〈ホテルニューツルタ〉で同時開催された『レコードの湯』でも、TOWA TEIのトークショーなどもあり大盛況。経済効果という意味でも別府に寄与している部分は大いに想像できる。

 

だが単に「街おこし」に回収するのが惜しくなるのは、そのラインナップだ。出演者からも「ありそうでなかった」「この面々と一緒に出演できることを誇りに思う」といった声があったことを伝え聞いたが、ディレクターの増田ダイスケが「参加したことを来年以降絶対に自慢できる流れ」と語る、次代のライブシーンを担っていくであろうバンドたちが、「ONSEN TIME」後の夕方から夜にかけて躍動していた。

Photo:Taku Mizoguchi (1~5), Katsumi Kawashima (6~9)

湯上がりの〈別府ブルーバード劇場〉では、最新作『dead shot dan』をリリースしたばかりの福岡の4人組バンドaldo van eyckが登場。ジャズもパンクもフュージョンもR&Bも溶け合っていくスリリングなセッションは、どことなくシックなインテリジェンスも感じさせつつ、狂気的と言っていいほどの緊迫感が劇場を包む。ほとんど客席の方を向かず、内へ内へとパッションを凝縮させていくような4人の佇まいに、最初はオーディエンスも若干当惑気味に眺めている様子だった。曲が終わっても拍手をしていいのかと一瞬戸惑うのも象徴的だ。

 

だが湯上がりのぽかぽかした心地にじりじりとグルーヴが沁みていき、後半には思わず拳を握り歓声を上げる一幕も。深川はラジオに出演した際「湯上がりで会場のみんなの体温が揃った状態のライブがどうなるのか楽しみ」といったことを語っていたが、そんな心地にじわじわと染み渡る白熱のライブを見せてくれたaldo van eyckは、まさに絶好の配置だった。

aldo van eyck(Photo:Yu Suenaga)

そして〈別府COPPER RAVENS〉に移動すると、aldo van eyckと同じく福岡から来たDeep Sea Diving Clubのライブが始まった。京都の〈Livehouse nano〉より狭いのではないかというフロアは熱気あふれるパンパンの状態だが、階段を登って2Fに行くと比較的ゆったりしていて、情感溢れるライブをじっくりと堪能。特に以前大阪のワンマンライブで観た時より色気と貫禄を増した谷颯太(Gt / Vo)のヴォーカルには唸ったもので、一口にシティ・ポップとは言っても都会の洗練された洒脱さに福岡のストリートの雑味が混ざった、彼らのいう”TENJIN NEO CITY POP”のスタイルが光っている。さらっとフィッシュマンズのフレーズを織り交ぜていたのも、ルーツ性を今現在に昇華する彼らの気概の現れのように感じられた。

Deep Sea Diving Club(Photo:Katsumi Kawashima)

ライブごとの入れ替え制で僕らは一旦〈別府COPPER RAVENS〉外で待つのだが、サウンドチェックが押していたようで「もう少し待ってください」と増田。はじめての開催で想定通りいかない部分もあったのだろうが参加者もなんら不満そうな気配はなく、むしろ居合わせた人たちで談笑するあたたかい空気があった。あるいは一度他の会場や飲食店に少し顔を出したり、思い思いの時間を過ごしている。これも別府の風土でありゆったりと楽しむ『いい湯だな!』の雰囲気を象徴するような一幕のように思えた。

 

そんな流れのまま、次のライブはSubway Daydream。The CureやThe Stone Roses、OasisといったUKロックの情感と、Dinosaur Jr.やSonic YouthのUSオルタナのひりつく感覚が同居し、はたまたJUDY AND MARYのように明快にキャッチーで、スーパーカーのようにみずみずしく切ないSubway Daydreamのバンドサウンド。あらゆる方面のルーツを引き受け自分たちのスタイルで今に表現するたくましい姿は、どこか懐かしくもありまったく新しくも感じる。音楽性はまったく違うが、前の週に行った『朝霧JAM』でKitty, Daisy & Lewisが真っ直ぐにオールディーズを鳴らしていたのと近いものを感じ、胸が熱くなったものだ。

Subway Daydream(Photo:Katsumi Kawashima)

そして大トリにはくだらない1日が登場し、少し時間が押していたのもあって、サウンドチェックを自ら飛ばして「演奏しながら音を作っていくということで」とライブはスタート。しっとりとした入りからじりじり熱くなっていく”激情部”から間髪入れずに“やるせない”、“力水”とたたみかけるライブの迫力はたまらないもので、すでにフロアのテンションは最高潮だ。大分県内の中高生は無料で交通費も支給されるという試みも実施した『いい湯だな!』だが、15歳の高校生がここに居合わせていたのだとしたら、その目には彼らの姿がずっと焼きついていくことだろう。

 

とりわけ高値ダイスケ(Vo / Gt)の僕らを惹きつける求心力はさらに磨きがかかっていて、荒々しくバンドがせめぎ合う中でもその姿から目を離すことができない。増田は「この日のヘッドライナーでぜひ観てほしい」とくだらない1日への想いをラジオで語っていたが、aldo van eyck→Deep Sea Diving Club→Subway Daydreamと続いた、まさに「今のシーンをリアルタイムで目撃している」ような流れの終着点にふさわしい激情がほとばしっていた。

くだらない1日(Photo:Katsumi Kawashima)

様々な別府の魅力が弾けた初開催を終えて

そして終演後にはすかさずBlurの“Tender”が流れてみんなで大合唱。選曲した増田も一緒になって笑っていたが、あなたが一番楽しそうじゃないか。イベントを仕切りながらも自らが楽しむ姿勢が一日を通して感じられ、そういう意味ではこのシーンもまたハイライトだったに違いない。筆者も翌日スタッフと話した時「くだらない1日ではっちゃけてた人だ!」と言われ少し気恥ずかしかったが、そんな楽しかった感覚だけが鮮烈に残った時間だった。

Photo:増田ダイスケ

夜は〈SUNLINE BEPPU〉とカフェ兼ナイトクラブの〈CREOLE CAFE〉に場所を移し、23時からはアフターパーティーの時間。〈SUNLINE BEPPU〉のOKADA × MASUMURA(岡田拓郎、増村和彦)のライブでは、みんなで座りながらパーカッションと電子音響が紡ぐアンビエントな環境音楽に浸る。心地がよくてうとうとしていたが、それもまた幸福な体験だった。そのまま徒歩数秒の〈SUNLINE BEPPU〉の宿で眠りに落ちこの日は終了。25時前に〈CREOLE CAFE〉に出演した鎮座DOPENESSのライブがかなりドープでぶち上がっていたことなど、深夜の盛り上がりの話を後で聞いて羨ましくもなったが、別府の街ごと音楽を満喫する一日だった。

OKADA × MASUMURA(岡田拓郎、増村和彦)(Photo:Yu Suenaga (1,2), Katsumi Kawashima (3~5))

「ONSEN TIME」や参加特典の湯おけ、Ontennaの導入や手話通訳者の参加など、様々なアイディアを軽快なフットワークで実践に移すクリエイティブの姿勢が結集した『いい湯だな!』。サーキットフェスの性質上観られなかったライブも多いが、他にも〈別府ブルーバード劇場〉に出演したshowmoreやTokimeki Records、〈SUNLINE BEPPU〉に出演した井上杜和や優河 with 魔法トリオなど、どう選んでも楽しい「今観たい」アーティストたちを目当てに、街を歩くたくさんの人たち。それが別府のオープンマインドな風土と結びつくことで、街と音楽祭双方のポテンシャルが最大限引き出された、観光×フェスティバルの在り方が垣間見られた。初開催を終え深川は進行の手際などについて反省の弁を述べていたが、同時に手応えも感じているようで、早くも来年に向け動きだしているそう。きっと来年も様々な驚きが別府の街で待っていることだろう。

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