INTERVIEW

【実は知らないお仕事図鑑 P6:『ギア -GEAR-』プロデューサー】小原啓渡

ART 2019.09.19 Written By 乾 和代

Photo ©︎InoueYoshikazu

京都に、連日、老若男女が国籍問わず集まる場所がある。そこで繰り広げられているのは、言語がなくても五感を使って存分に楽しめるノンバーバルパフォーマンス。その名も『ギア ‐GEAR-』(以下:ギア)。物語の舞台は荒廃した未来社会。4体の人間型ロボット「ロボロイド」と1体の人形「ドール」が出会うことで成長し、人へと近づいていくというもの。公演回数が2900回を越え、怒涛のロングラン公演を続けているギアを生み出したのが『ギア』プロデューサーの小原啓渡だ。「日本に観劇の文化を根付かせたい」、そんな思いから始まったこの試み。たくさんのエンターテイメントが街中にあふれている今、なぜギアはこれほどにも人を惹きつけるのだろうか。小原がギアに込めた想いを紐解くことで、その理由が見えてきた。

語らないからこそ、気づけばハマる。だから、ギアは3回目からが面白い!

──

ギアは、どのような舞台なのでしょうか。

小原

“演劇でもない!ミュージカルでもない!サーカスでもない?!新感覚エンターテイメント”がギアのキャッチフレーズです。今までにない新しい舞台だということを伝えたいと思って使っています。

──

前例のないものだったんですか。

小原

創造って、他にないから創ろう。そういうものだと思います。日本でこのようなノンバーバルパフォーマンスはないと思います。世界でも、技を見せるものはあっても、ストーリー性や演劇性を兼ね備えたものはあまりない。ギアに来てくれる人の約2割がリピーターで、何十回、何百回っていう人も結構いるんですよ。こういうのもあんまり聞かないですね。

──

キャストと呼ばれる、演者は変わるんですよね。

小原

はい。今、ロボロイド役のマイム担当が5人、ブレイクダンス担当が6人、マジック担当が5人、ジャグリング担当が6人、そしてドール役が5人。全部で27人のキャストがいます。だから、キャストの組み合わせは4500通り以上。僕もまだ見たことのない組み合わせがありますね(笑)。100回見ても、毎回、組み合わせが違うんです。見方もいろいろで、例えばファンになったキャストと他のキャストとの組み合わせでも何十通りもある。だから、「ギアは3回目からが面白い」ってよく言われます。

──

それは、なぜですか。

小原

実は、キャストの組み合わせ以外にも、各シーンの裏に、コンセプトが詰め込んであって、深堀りできる構造になっています。1回では、ギアに詰め込まれた深い部分が見えてこない。セリフがないですからコンセプトについて、舞台では何も語っていませんが、何度か観ていると「このシーンってこういう意味なのかな?」と気づくお客様が出てくる。深堀りができるように、いろいろな層を作っています。

──

この“いろいろな層”というのは?

小原

例えば、“成長とは何か”とか、“自我とは何か”とか、哲学的なテーマが多くもり込まれています。これら、ギアが伝えたいテーマをキャストもスタッフもすごく大事にしています。作り手の僕たちだけでなく、キャストも演じるシーンの意味を追究しているんです。

 

普通、“シンカ” というと “進化” と思うかもしれませんが、ギアでは “深化” という言葉も使っています。正直、ギアが産まれたころは、もっと薄っぺらかったと思います。1回や2回の公演だと、キャストもスタッフも掘り下げられないんですよ。例えば “人間とは何か” ってそれ自体がコンセプトとして深いじゃないですか。全員で掘り下げることで、本当の意味でそこに厚みがでてくる。

林海象監督作品 京都の感動エンターテイメント ギア プロモーションビデオ

ギアの演出家“オン・キャクヨウ”。そのヒミツは?

──

“深化”は小原さんが、意図的にやろうと思っていたことですか。

小原

はい、もちろん。パンフレットにも書いてありますが、ギアの演出家は“オン・キャクヨウ” です。これは、“御客様” という漢字を音読みしたもので、架空の人物。ギアでは毎回、お客様にアンケートをしています。回収率は80%くらい。それを全部集計し、お客様の声を反映させていく。そういう手法で作り上げてきました。

 

ギアは、国籍、人種関係なく子どもから大人までという、非常に幅広い人をターゲットにしています。入場者も10代、20代、30代、40代、50代、ほぼ同率なんです。大体、40代の女性に人気があるとか、若い人に人気があるとか、ばらつきがでるんですけど……。家族で来る方も多いですね。でも、子どもを連れてくるといっても、親が「子どもが喜ぶから」と連れてくるんではなく、ギアは親も楽しむし、子どもも楽しんでくれる。おじいさんが、孫を連れてくることもありました。おそらく、これがあるからロングランが続いていると思います。

──

普通は演出家がすることを、なぜお客様に任せたのですか。

小原

任せたわけじゃなく、お客様の目線を大切にしたいと思ったんです。どうしても、演出家って自分の世界観を表現しようとするじゃないですか。しかも、その演出家のことが好きな人もいるけど、皆がそうとは限らない。今、(通算)22何万人くらい、ご来場いただいているんですが、それほど多く、幅広い層にアプローチできる演出家ってなかなかいないんですね。

──

だから、お客様の反応やアンケートの意見を舞台の演出として盛り込んでいったのでしょうか。

小原

はい。ギアではこの“深化”と“進化”の両方を続けて、バージョンを上げてきました。“総見(ソウケン)”といって色んな人からの意見を実際に取り入れるかどうかを決めるシステムもあります。

──

総見というのは?

小原

この ”総見“ はギアが独自に作ったシステムです。通し稽古をしながら、スタッフやキャストが上下関係なく誰でも意見を言って、話し合うんです。いろいろな意見がでるので、軸がぶれないように僕が最終決裁をしていますが、この総見はものすごく大事にしているシステムですね。

──

なにを軸としているのですか。

小原

このシーンはこういう意味を伝えたい、全体としてはこういうことを伝えたいというものまとめた「コンセプトノート」があるんです。それをキャストやスタッフが持っていて、それが全部の軸になっています。コンセプトは変わりませんが、いかに表現するかは変わります。よりよく伝えるにはどうしたらいいか、ということをみんなで考えてアイデアを出し、練っていくことをシステム化しています。

──

ギアを一度、見たことがあるんですが、エンディングに意味深なものを感じました。

小原

あれは、すごく大事にしているシーンです。例えば、ギアのひとつの大きなコンセプトの中に “陰陽(インヤン)” があるんです。例えば、男と女、生と死、動と静、明と暗、人間とロボットのように、二つでひとつという考え方。だから、ラストシーンにもそういう演出を入れています。これも、何回か観るとわかる仕掛けになっているんですよ。もうすぐ、3000回になりますが、常にお客様の意見を聞き、試行錯誤を繰り返しています。

──

そこには終わりがないんですね。

小原

エンターテイメントといっていますが、「アートを切り口にして、新しい価値観を提案し、世の中を少しでも豊かにしたい」というのが当社の理念です。このアートに完成ってないんですよ。どこまでも突き詰めていけるのが面白さでもあるから、その姿勢はすごく大事にしています。

観る人の数だけ物語がある。そして何度でも見たくなる、それがギア!

──

ギアの続編を作るという構想はないのでしょうか。

小原

例えば、ストーリーが、1,2,3って展開するのは進化かもしれませんが、僕たちは深めていきたいんです。例えば、外に求めるのではなくて、すべての答えは自分の中にあるってよく言ったりするじゃないですか、青い鳥を探す話でも。その考え方、掘り下げる行為を一番大事にしています。それが、深みになっていると思います。

 

ギアが伝えたいことは、とても抽象度が高いので、言葉を使わない方が逆に伝わるのではないかと考えました。以心伝心のように、言葉がない方がコミュニケーションの深みがあると考えているんです。

 

かといってギアの最後のシーンを見てもらえればわかると思いますが、僕たちは言葉を否定しているわけではないんです。言葉の大切さも同時に伝えたいという思いが、あのシーンにあるのです。このように、ひとつひとつのシーンや動作にいたるまで、伝えたいことのために意味を持たせています。

──

キャストの設定、性格などは決まっているんでしょうか。

小原

基本は決まっています。キャストにあてた色は、基本的な役割や性格を表現しています。でも、例えば、”赤“ ってリーダー格のイメージがあっても、演じる人によって違うんです。これが、面白い。

──

それぞれの個性を活かしながら、演じてもらっているんですね。

小原

役割はあるけど、個性を潰さないようにしています。本当に2回目をみたら、「これ、前回と同じ?」っていうくらい違う。個性と個性が化学反応を起こすんですよ。例えば、世界チャンピオンレベルのうまい子がそろったらいい舞台になるかというと、違うんです。「今日は、新人ばっかりやな」という時もあるんですが、そういう時の方が面白かったりもする。みんなの個性が歯車のように絡み合っていく。そこの妙なんです。色が違えば大きさも違う、いろいろな歯車がうまく絡み合った時に、ひとつの歯車では到底なしえないような、非常に繊細で面白いものができると思っています。

ロングランへのこだわりは、いい日本の作品を創りたいという想いから。

──

なぜ、京都でギアを上演することになったのですか。

小原

今、ギアを上演している建物は、1999年まで毎日新聞京都支社のビルでした。たまたま、ここを買い取ったのが知人で、僕がヨーロッパから帰ってきたタイミングで、「新聞社のホールがあるから、なんかやらへんか?」って声をかけられて。

 

最初は、劇団などに場所を貸してレンタル料を貰う「貸し小屋」でした。でも、貸し小屋だけをしていても新しい文化は生まれないと思って、自分のところでリスクをとって、作品を作って興行することにしたんです。「貸し小屋をやっていたら食えるから、やめとけ」ってみんなに言われましたよ。そこは挑戦だったと思います。

──

なぜロングランにこだわったのでしょうか?

小原

ロングランをしないと、結局、観劇機会の損失につながると思ったんです。いい舞台作品があっても、その面白さが伝わった時には上演が終わっている。日本の舞台作品は、パイの小さなファンのために回っているから、同じ作品を続けて上演することが難しい。しかも、本当は劇場で一週間くらい仕込んで稽古をしたくても、劇場費が高くなるから、一日で仕込んで、一日で稽古、次の日に本番というような、そんな作品ばかりになってしまう。そんな状況だと、すごく良い才能やセンスの子がいても、クオリティが下がりますよね。

 

だから、貸し小屋をしていた頃、「この劇団いいな」と思ったら「何日仕込みをしたい?」と聞いて必要な日数を使ってもらえるようにしていました。そうやっていると、確実にクオリティが上るんです。きっちり作ったら、伝わる、いい作品ができるということを身に染みて感じました。

──

それで、ギアを作ろうと思ったのですか。

小原

そうです。

──

はじめた時点で、ターゲット層は幅広くしようと考えられていたんですか。

日本は、観劇の習慣がないし、趣味にしている人も少ない。パイが少ないのにターゲットを決めても、続かない。ロングランが目標だったので、そのためにどうするかを考え、ターゲットを “人間” にしました。縄文時代から、人間は変わっていないじゃないですか、縄文人も、現代人も共通して感動する部分があるはず。その普遍性をつかむことができたら、流行りすたりもないし、誰にでもアプローチできる作品ができると思い、そこを目指しました。

──

ギアのコンセプトを作るのに、どれくらい時間がかかりましたか。

小原

そんなに、かかりませんでした。自分の生き方があって、僕は、外ではなく自分の中に答えを求めるタイプなんです。常に、自分を深堀りすることが、真理に近づける一番の方法だと思っている。だから、コンセプトを練り上げるのではなく、自分が大事だと思うことをそのまま突っ込んだんですね。

ギアのコンセプトの核となった“禅”の思想とモチーフとしての“歌舞伎”

──

その大事だと思うことは、昔から持っていたんですか?

小原

もう、40年くらい前の話ですが、大学を辞めて、1年半くらいインドを放浪していたんです。一時期、自分が生きていること自体に疑問をもったことがあって、当時、インドの聖人と言われる人に会いに行きました。普通は、一人に学ぶのですが、僕はいろいろな人の思想を知りたくてインドの聖人を渡り歩いたんです。そこでインド哲学や東洋思想を学びました。

──

インドで印象に残っていることはありますか。

小原

「なぜ、禅を学ばずにこんなところに来ているんだ」とインドの聖人達に言われたんです。一人だけではなく、みんなそう言うので、そんなにすごいのかと思い、帰ってから、今度は禅を学びました。禅は、仏教がインドから中国、日本へと渡り日本で独自に熟成したイデオロギーですが、ギアのベースには禅の思想が入っています。

──

いろいろ学ばれたけれど、意外と近くにあったんですね。

小原

インドまで探しに行ったけど、日本にあった。まさに、そうです。

──

ギアに、日本らしさみたいなものは、どうやって取り入れているんですか。

小原

僕は歌舞伎が大好きで、歌舞伎見たさに、南座や松竹座で仕事をしていたこともあります。自分が作品を作るのなら、モチーフとして歌舞伎を題材にしたいと思っていました。

 

歌舞伎の歌は「歌」、舞は「舞い」、伎は「芝居」のことなんですが、それ以外にも外連(けれん)というサーカスのような宙乗りや、マジックのような早変わりもあり、バラエティ豊かな要素を持っている。歌舞伎は多様性を持ついわゆる複合芸術、“コンプレックス アート”なんです。ギアを運営している当社アートコンプレックスは、この言葉をひっくりかえしたものなんです。ギアが複合的な作品になっているのもその影響ですね。

 

ギアには歌舞伎の要素がいっぱい入っています。例えば、ギアの舞台の中央にあるロータリングステージも、並木正三という日本人が世界で初めて考案した歌舞伎の「盆」を使いたくて作りました。有名な歌舞伎の演目「勧進帳」などが、なぜ400年以上も観られているかというと、毎回、役者が変わるので、同じ演目でも違うものを観ている感覚になるんです。長く続ける仕組みとして、これもギアに取り入れています。

──

歌舞伎をモチーフにしていますが、いわゆる日本らしい着物や歌舞伎を連想させるものはあえて使わなかったのでしょうか。

小原

京都だから、外国人にも観てもらうためには、衣装を着物にする方がよいのではないかなどの意見もありましたが表面ではなく本質的に歌舞伎をとらえ、どう作品に取り入れるかを考えました。だから、あえて、日本的なビジュアルや音は使っていません。表層ではなく、僕にとっての「歌舞伎とはなんぞや」というものを作品に埋め込みたかったんです。でも、外国の方の多くがギアを見て「とても日本的なものを感じた」という感想を持たれるようです。理由を聞くと「良い意味ですが、ベントウのようですね」と言われる方がいました。“ステーキ” や “ピザ”のように、メイン料理が主体の食文化ではなく、日本には「懐石」というのがあって、いろいろな食材を繊細に組み合わせ、味だけでなく見た目にも多様性を持たせる。その「懐石」の庶民版が「幕内弁当」だと。言いえて妙だと感心ました。「多様性と調和」が大きなテーマのギアは、確かに幕内弁当かもしれませんね(笑)。ギアには、外国人がイメージする日本のプロトタイプなビジュアルはありませんが、「日本を感じる」というのはそういうことなのかもしれないなと、僕は外国の方に教えられました。

──

最後に、今後の目標はありますか。

小原

今、ロングラン3000回が目前ですが、目標は動員100万人です。何年続けるかというよりも、どれくらい多くの人に感動してもらえるのか。感動は人を豊かにすると思っています。より多くの人に感動してもらい、観てくれた人の心がちょっとでも豊かになると、世界ももう少し豊かになるのではないかと思っています。

Photo Itsumi Okayasu

【小原啓渡 プロフィール】

兵庫県出身。同志社大学中退。インド放浪後、照明技術者として宝塚歌劇や劇団四季、歌舞伎など、幅広い現場で実践を積む。1992年からコンテンポラリーダンスの母・スーザン・パージュのテクニカル ディレクターとして7年間、パリを中心に活動。その後、京都にて近代建築を改装した劇場「ART COMPLEX 1928」を立ち上げ、プロデューサーに転向。「アートの複合(コンプレックス)」をテーマに、劇場プロデュースの他、文化支援ファンドの設立や造船所跡地をアートスペース「クリエイティブセンター大阪」に再生するなど、芸術環境の整備に関わる活動を続ける。他にも、京都で異例のロングラン公演を続ける「ギア」をはじめ、文化芸術を都市の集客や活性化につなげる数々のプロジェクトを打ち出し続けている。

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