Homecomingsのターニングポイントで実現した、くるりとの特別な一日
彼、彼女らが京都左京区の大学の部室でバンドをはじめた2012年頃、かつて京都北区の大学で結成した彼らは上京し、幾度かのメンバーチェンジを経てバンドを続けていた。時は違えど京都の大学に端を発するHomecomingsとくるり。
2023年、結成10周年を迎えたHomecomingsが地元京都で開催した自主企画がこの『Homecomings New Neighbors FOUR Won’t You Be My Neighbor? February.10, 2024 at Kyoto KBS Hall』だ。ドラムの石田成美がバンドを卒業することを11月に発表し、この日のライブが大学の頃から変わらぬメンバーで音を鳴らしてきたこの4人での、(ひとまずは)最後のライブになる。この特別なタイミングで、京都の地で縁をつないできた2組が京都〈KBSホール〉のステージで邂逅を果たした。
くるりとHomecomings。ステージで交わされたやさしいエール
この日のMCでもギターの福富優樹が小学6年生の頃にくるりの5thアルバム 『アンテナ』を聴いたなんて話が出たが、彼、彼女らが最初にここ京都でバンドとしてくるりとの共演を果たしたのは2018年。同志社大学にある〈寒梅館ハーディーホール〉で行われたHomecomingsの初となるホールライブの時のこと。その時はくるりはバンドではなく、岸田繁の弾き語りでの出演だったが、“ブレーメン”などくるりの楽曲を弾き語りで披露。アンコールでは畳野彩加(Vo / Gt)と一緒にくるりの楽曲”男の子と女の子”を歌っていたことを覚えている。この頃のHomecomingsは、そのイベントでも披露された‟アワー・タウン”にも見て取れるようにそれまでの英語詞から日本語詞へと変化した、バンドのターニングポイントともいえるタイミング。
そして、またもやHomecomingsが転換期を迎える日に京都でのくるりとの共演が実現したのだ。まずステージにあがったのはゲストのくるり。今回のメンバーは岸田と佐藤征史(Ba)、サポートはお馴染みの松本大樹(Gt)と野崎泰弘(Key)、ドラムは久しぶりのあらきゆうこという面々。
舞台が夕暮れのような温かなオレンジ色に染まると、あらきがハイハットを刻みはじまったのは‟ブレーメン”。いつもより緩やかに感じるテンポで、朗々と高らかに歌い上げる岸田の歌がホールに広がっていく。気持ちよく跳ねるあらきのリズムも相まって、後奏は華やかで、そこに観客の拍手が重なり祝祭感が溢れる幕開けに。
やさしい空気に包まれた〈KBSホール〉の雰囲気を変えたのは、続けざまに演奏された‟コンチネンタル”。さらにBPMを加速させ、音源でもあらきがドラムを叩く‟dancing shoes”、”チアノーゼ”と、松本のギターソロも光るヒリヒリとしたロックチューンが演奏され、ホールが一気にライブハウスへと変容していく。
「ホムカミは昔からライブを見ていて、今日もリハを見ていて大好きって思いました。聴いていてしあわせになる」
少し目を細めながら、感慨深い面持ちで言葉をつむぐ岸田。その流れで演奏されたのは揺るがないしあわせを願う歌、‟春風”。くるりとホムカミの縁を紐解くと、2019年はバンドで、2020年は畳野が岸田繁楽団のゲストシンガーとして『京都音楽博覧会』に出演。ホムカミのアルバム『New Neighbors』(2023年)のリリースに先駆け発表された”光の庭と魚の夢”では、岸田がピアノとストリングスのアレンジに関わっている。佐藤が爪弾くベースラインにのって、心なしかゆったりと歌詞を届けるように歌う岸田の姿に、これまで紡いできた彼、彼女らたちの思い出を振り返っていたのではと思わずにはいられなかった。
そんな絶妙なタイミングで岸田が、ステージへと呼び込んだのは畳野だ。またとないうれしい展開に拍手と歓声が飛び交う。その声をさらに大きくしたのは岸田の「お送りするのはこの曲です、“琥珀色の街、上海蟹の朝”」という曲振りだ。スタンドマイクに手をかけ、ユラユラと心地よさそうにリズムに身を任せ歌う畳野。曲が展開していくにつれ、歌い方を変えながら、時に畳野の歌を引き立てるように楽しそうに歌う岸田。特別な時間は、これまで積み重ねてきた時間の延長線にある。お互いに心地よさそうに歌を紡いでいく二人に、そんなことを感じたシーンであった。
‟California coconuts”、‟In Your Life”と最新曲も織り交ぜつつ、久しぶりに‟飴色の部屋”を演奏。そして、‟everybody feels the same”で会場をひとしきり盛り上げたあと、岸田はMCでこう告げた。
「後輩バンドから学ぶことはいっぱいある。音楽を演奏しているとうわっとなるけど、彼らの演奏を聴くと心からしあわせになる。いい後輩がいて、しあわせです」
Homecomingsへのメッセージを添えて、最後の1曲としてはじまったのは‟Remember me”。岸田がアコースティックギターを持ち、カウントする声がホールに響き、前奏から松本が情感たっぷりのギターソロをのせていく。いつもよりも、ため気味に歌われる岸田の歌声はやさしいが、後半になるにつれ語気に力がこもる。
‟遠く離れた場所であってもほら
近くにいるような景色
どうか元気でいてくれよ”
最後にまた、緩やかなテンポでやさしく放たれた言葉は、これまでバンドを続けてきた先輩として、後輩たちに向けておくる音楽でみせたエールのように思えた。
やさしさの中に感じる強さ。それがHomecomingsのロック
真っ暗な会場に流れるNicoの‟These Days”を合図にHomecomingsの畳野彩加(Vo / Gt)、福富優樹(Gt)、福田穂那美(Ba)、石田成美(Dr)の4人がステージに現れる。3人が石田の方を向き、互いに目くばせしてからはじまったのは石田と福田のコーラスワークが心地よい‟Songbirds”。石田の叩く弾むビートにのって、歌詞を口ずさみながらギターを弾く福富や口角をあげながらベースを奏でる福田、歌の合間に笑顔がこぼれる畳野。10年以上一緒に音を響かせてきた4人の関係性がその姿に自然と現れている。
『愛がなんだ』の主題歌‟Cakes”、アニメ『君は放課後インソムニア』のエンディングテーマ‟ラプス”という流れに、このまま新曲が続くのかと思いきや舞台は暗転。ギターが鳴り響くアンビエントな空間を、暗闇に現れた光のようにホールの後ろまで届く音で石田がバスドラを強く踏み込みはじまったのは『SYMPHONY』に収録されている‟PAINFUL”。途中の間奏では3人が石田の方を向いて演奏し、4人がセッションを心の底から楽しんでいることが感じられた。ディストーションが効いた福富のソロには熱く、彼、彼女らが発するその熱に、さらに拍手が熱く重なっていく。
前奏が鳴り響くとフロアから歓声が漏れたのは‟LIGHTS”。初期の英語詞のナンバーは、4人の音の重なりが生み出されるバンド感が強く、結成当時に戻ったような空気が漂っていた。
「4人とも音楽を始める前から大事なくるりと一緒にできてうれしい」
福富はMCで、ゲストにくるりを呼ぶことができた歓びを素直に口にする。その流れで次の曲として紹介されたのは岸田がストリングスアレンジを行った‟光の庭と魚の夢”。この曲に込められたのは、いろんな形があるパートナーシップが限定されずに、みんながやさしく手を取り合える社会になってほしいという思い。「京都の部室で始まったバンドだけど、自分のしたいことをこうして届けることができてうれしい」と福富は言葉を繋げる。これまでの思いを語る彼の口からでた言葉も音のように伝播したのか、ドラムのフィルインが強く温かく、その音に心が震えた。
‟euphoria / ユーフォリア”、‟Here”という流れを受けて演奏された‟Shadow Boxer”は、曲間の沈黙を切り裂くように鳴らされたギターフレーズとバスドラが深く轟き、赤いライトがメンバーを照らす。ヒリヒリと肌を焼くようなビートは、彼、彼女らのやさしさに内包されている、やさしくあるために戦わねばならないという強さを感じるもので、熱量が込められた演奏に観客も大歓声で応えた。
「大好きな曲をやります」
淡々と畳野がそう告げると、石田がドラムでテンポを刻み、そこに福富のギターが重なり、福田が弦を指で滑らせてグリッサンドで切ない音色を加え、畳野が歌う「始発電車とその次を なんとなく乗り過ごしてみた」と。そう、出会いと別れが重なるこの日にぴったりといえる、くるりの楽曲“ハローグッバイ”だ。サウンドも畳野の歌声も原曲をなぞるのではなく、もう一度再構築したようで、大好きだからこそのリスペクトに溢れた表現だった。
渾身のカバー曲の後に、披露されたのは安達祐実、倉科カナ、渡邊圭祐主演の映画『三日月とネコ』主題歌にもなる新曲“Moon Shaped”。私はこの日初めて聴いたのだが、耳に飛び込んできた「満ちてく途中」という歌詞に彼、彼女らのこれからを指している曲のようにも思えた。
ドラムの石田がスティックでカウントして始まった‟Blue Hour”は曲が進むにつれてドラムの力強さが増していく、間奏だけでなく、後奏でも3人が石田の方を向き演奏する姿に、観ているこちら側も涙腺がゆるむ。幻想的なサウンドがホールを包み込み、「またどこかで会えたらうれしいです。今後もHomecomingsをよろしくお願いします」と畳野が観客に向かって声をかけると、バスドラが轟き、エフェクトのかかったギターの波がホールに広がっていく。最後に演奏されたのは‟US / アス”。アップテンポのビートに合わせて、虹色に染まるミラーボールがくるくると回る。軽やかだけど、力強く観客一人ひとりの胸をノックするようなドラムの音が最後の最後まで響いていた。そして音が鳴りやむと鳴りやまない拍手へ、次第にアンコールを望む手拍子へと変わった。
さよならの先。きっと、未来へとつながるアンコール
手拍子に背中を押され、ステージに戻ってきた4人は、肩から荷が下りたのか心なしかくだけた表情で、くるりの岸田がMCで話していた、以前焼き鳥を食べたときに何をはなしたかなんて会話が飛び交ったり、和やかなムードに。そんな中、真面目な表情で福富がドラムの石田の卒業について口にする。
「今日をもってドラムのなるちゃんは、一旦卒業。それをお祝いしに来てくれていると思うんですけど。大学の小さな部室から始まって。最初はいい先輩、可愛い後輩みたいな感じで始まったものが、10年続くというのは、思ってなかったら嘘になる。こうなればいいなと思っていた。ほんとに、くるりと一緒にできること、KBSに立てていること、4人でここまでこれたことを忘れないでいたい。これからもバンドは続くし。これまでの全てを誇りに思います」
これまでの思いを語った福富の言葉に応える観客の拍手を遮るように大きな声で「ドラムス 石田成美ーーーー!」と福富が叫ぶと、石田が両手を振り下ろし、跳ねたビートでリズムを刻む。彼女の後ろにある白い幕がスルスルと開き、KBSホールではお馴染みのキラキラのステンドグラスがお目見えする。アンコールに選ばれた楽曲は‟I Want You Back”。石田のスネアの音が印象的な楽曲であるだけでなく、今はさよならと言うけど、いつかまたこの4人で演奏できる日を待っている、そんなメッセージも込められているように思えてならなかった。曲が終わっても、メンバーが舞台を去っても止まらない、アンコールの手拍子に、もう一度ステージに戻ってきてくれた4人。
予定にはなかったが、ダブルアンコールに応えて演奏したのは“HURTS”。別れという小さな痛みも、音楽が明日の糧へと変えてくれるそんなことを感じさせる曲。ここまで力強くドラムを叩き続けていた石田も、最後は、感極まって涙がとまらない。メンバーはそんな彼女をそっと支える。そして、キラキラ光るしたステンドグラスと鳴りやまない拍手を背に4人はステージを後にした。
バンドのカタチは、ひとつではない。この日、ゲストとして出演したくるりも昨年はオリジナルメンバー森信行と3人でアルバムをつくるという出来事があった。これもくるりとしてバンドを続けてきたから見ることができた景色ではないだろうか。Homecomingsがこれからどのようにバンドとして歩んでいくのか。翌日、〈京都MUSE〉で行われたAFTER PARTYでシークレットバンドとして登場したHomecomingsと石田成美が、キラキラの電飾で装飾されたセットで、大学の部室に戻ったかのように懐かしい曲たちを楽しそうに演奏していた姿に、彼、彼女らはもう明日を向いて歩みはじめているのだと感じた。いつでも戻ってこれる場所がある、だからさよならを告げても大丈夫なのだ。いつかこの街に4人の奏でる音が戻ってくることを、楽しみに待ちたい。そう思わせてくれた特別な一日だった。
Photo by 池野詩織
セットリスト
「Homecomings New Neighbors FOUR Won’t You Be My Neighbor? February.10, 2024 at Kyoto KBS Hall」2024年2月10日 KBSホール
くるり
01. ブレーメン
02. コンチネンタル
03. dancing shoes
04. チアノーゼ
05. 春風
06. 琥珀色の街、上海蟹の朝
07. California coconuts
08. In Your Life
09. 飴色の部屋
10. everybody feels the same
11. Remember me
Homecomings
01. Songbirds
02. Cakes
03. ラプス
04. PAINFUL
05. LIGHTS
06. 光の庭と魚の夢
07. euphoria / ユーフォリア
08. Here
09. Shadow Boxer
10. ハローグッバイ(くるりカバー)
11. Moon Shaped
12. Blue Hour
13. US / アス
<アンコール>
14. I Want You Back
<ダブルアンコール>
15. HURTS
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WRITER
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奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。
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