INTERVIEW

「くるりの25回転」のライブ感を配信でも届けたい!~エンジニア谷川充博の音づくりの舞台裏~

MUSIC 2022.03.03 Written By 乾 和代

くるりの1回転」と名付けられたカセットテープをリリースしてから25年。くるりの結成を祝う周年記念ライブが「くるりの25回転」と称して、2022年1月23日に大阪・〈フェスティバルホール〉、2月11日に東京・〈ガーデンシアター〉にて開催された。

 

配信される東京公演のメンバーは、くるりの岸田繁(Vo / Gt)、佐藤征史(Ba)の二人に石若駿(Dr)、松本大樹(Gt)、野崎泰弘(Key)というお馴染みのサポートメンバーに加え、ハタヤテツヤ(Key)、山﨑大輝 (Per)、加藤哉子(Cho)、ヤマグチヒロコ(Cho)、副田整歩(Sax&Cl)、大石俊太郎(Sax&Cl)、沢圭輔(Mp)を加えた12名。曲ごとに編成を変え、これまでの軌跡を辿るように1stアルバム『さよならストレンジャー』から最新作『天才の愛』までの曲を時系列に演奏してゆく。今回、特筆すべきなのが、この特別編成のために楽曲に緻密に施されたアレンジだ。野崎とハタヤが弦楽器パートを見事にキーボードで表現し、山﨑によるマリンバや副田と大石によるクラリネットとサックスが音源では弦楽器や管楽器、ギターなどの別の楽器が演奏している印象的なフレーズを奏でている。

ホール全体の響きが心地よかった大阪とは違い、東京では楽器一つひとつの音が思いの外際立って聴こえ、“ランチ”で佐藤が弾いたコントラバスの低い音色も気持ちよく耳に届き、大阪とは違う響きに1曲目から驚かされた。

 

ホールの違いで差を感じるくらい、いろいろな要因で変化する音。ライブ会場で私たちの耳に届く音をつくるのがPAだ。このライブでその役割を担うのがFOH※エンジニアの伊藤淳。そして、配信ライブで画面越しに届く音をつくるのがレコーディング&ミキシングエンジニアの谷川充博である。くるりの12thアルバム『ソングライン』では全曲ミックスを担当した谷川だが、2021年7月11日に京都・〈磔磔〉にて行われた生配信ライブから配信ライブの音づくりに関わっているという。

 

レコーディング・スタジオでの録音を得意とする彼が、どのような思いでライブ配信のミックスをしているのか。伺うことで見えてきたのは、ライブ独特の高揚感をミックスでも表現しようと試みるエンジニアとしての“いい音”へのこだわりだった。

 

※FOHとはPA用語で、Front of House(フロント・オブ・ハウス)の略。コンサート会場の客席側のことを表す。

谷川充博

東京のスタジオで経験を積んだのち、1985年に地元京都で〈スタジオ ファーストコール〉を立ち上げる。JITTERIN’JINN、屋敷豪太、くるりなどメジャーアーティストだけでなく、THE HillAndonやSet Freeなどインディーズバンドのレコーディングにも携わっている。

私がインタビューのために〈スタジオ ファーストコール〉を訪れたのは2月23日の夜のこと。谷川が手掛けるミックスの進行状況を伺うと、この日の昼すぎにようやく配信ライブ音源のミックスが終わり、彼のつくった音を映像に合わせる作業が東京で行われているという。ライブ配信は3日後の26日。ギリギリまで作業していることに驚かされた。生配信であれば、その場でミックスした音を流すだろうから手間がかからないのでは?なんて素人目線で考えてしまいそうになるのだが、今回はなぜ、ライブ後に配信するという選択をしたのだろうか。

役割が違うからこそせめぎ合う、ライブの現場

「生配信にしなかったのは、スタッフも演者もよりよい音で聴いてほしいという思いがあったから」と話す谷川。彼もレコーディング・エンジニアとしていい音を届けたいと思い「時間をもらってミックスしたい」とくるり側に伝えたという。

 

このミックス作業だが、録音した音源に向き合うだけではない(もちろん、そういうパターンもある)。谷川の場合は、ライブがはじまる前からいい音を録音するための音づくりをはじめているのだ。

 

最初に谷川が教えてくれたのは、PA用と録音用でほしい音を録るためのマイクの種類や録り方が違うということ。ライブでは舞台上で楽器を演奏するので、PAは他の音に被らないようにマイクをセッティングする。しかし、録音の場合は楽器に合わせて一番いい音が録れるマイクと立て方を考えるという。例えばサックスなら、音が出ている場所はベルだけではない。楽器全体、指を押さえていない穴からも音が出ているから、ベルだけにマイクを立てるのではなく、ちょっと離れたところにもマイクを置きたいそうだ。

 

当然、ライブなのでスタジオでのレコーディングと同じ感覚でマイクを立てると、別の音を拾ってしまう。今回PA泣かせだったのが、石若のバスドラム。メインの他にジャズで使われる穴の開いていないタイプをサイドに置いたのだが、普通にマイクを立てると他の音と被ってしまう。PAとしては避けたい楽器だったそうだが、演者のこだわりの音を観客にいい音で届けるためにどうすればいいかを考え、バスドラに布をかけてマイクを立てるという手法で乗り切ったそうだ。マイクだけでなく楽器も含め、取捨選択をしながらライブにも録音にもいいセッティングが模索されていたのだ。

ツインペダルを使った2台のバスドラムは“ランチ”、“ロックンロール”、“魔法のじゅうたん”、“ソングライン”で使用されている
他の楽器より音が小さいクラリネットやサックスのミックスには苦労したという

今回、客席の拍手などを録るマイクも含め使用したマイクは50本、ライン入力を入れると70チャンネルを超える。基本的にマイクを選ぶのはPAだが、録音用に独自にセッティングできるところは谷川が選んでいる。その一番わかりやすい例がギターアンプだという。今回は舞台に置かずに、下手に大きな箱を用意しギターアンプを3つ入れたそうだ。本当は歌のマイクもPA用と録音用と2つ立てたいが、映像を魅せるという意味では邪魔になる。現場の音、配信の音、映像、いろいろな人のこだわりがせめぎ合いながら、ライブがつくられているのだ。

マリンバやティンパニなどのパーカッションの周りをアクリル板で囲っているのも音を干渉させないための工夫だという

今回のミックスでこだわったのはライブ感

2021年9月に立命館大学で行われた『京都音楽博覧会』(以下、音博)の配信用のミックスを手掛けたのも谷川だが、前回と今回で作業に違いはあったのだろうか。

「音博の第一部、『天才の愛』の再現ライブはスタジオ録音のような丁寧さで音づくりをしました。でも今回のミックスは荒っぽくやっているんです。例えば“everybody feels the same”。最初にミックスしたテイクはやりすぎたかなと思って、一からやり直したんですよ。でも、バランスが悪いテイクの方がライブっぽいと言われて。だから、特に派手な曲はまとめすぎないようにしました」

 

そう話す谷川だが、あえてバランスをくずすことでライブ感を残そうとしたのは、くるり側のオーダーがあっただけではない。

 

「大阪公演のライブは客席で観たから、あの感じにしたいと思って。作品として残すものという意識ではなく、1度しか観れないものであることに重きを置いてミックスしました。今回、コロナで来れなかった人もたくさんいたと思うし、できるだけライブ感をそのままパッケージにしようと思ったんです」

演奏だけでなく、ミックスも難しい“ソングライン”

そんな谷川に今回のミックスで一番大変だった曲は何かを尋ねると返ってきた答えは、岸田曰く演奏が難しい曲“ソングライン”。

 

「“ソングライン”はすごくたくさん音が入っているでしょ。今回は、他の楽器の音をマリンバや木管楽器に置き換えていたので、ミックスするのが難しかったですね。置き換えていても、特徴的なフレーズは全部聴かせたい。でも、そのままのバランスでミックスすると、どうしても埋もれてしまう。だから、聴こえないところは細かくレベルを上げ下げをしながら描いていくんです。緻密にやってしまうと、つるんってしたBGMみたいになってしまうから、ちょっとやんちゃっていうか、まとまらないところを残しつつ、ライブ感を出しながらも聴きたいところを聴けるようにしました」

 

他の曲は1時間半から2時間でミックスしていたそうだが、この曲にかかったのは5、6時間。その長さからも大変さが伺える。

そんなふうに今回の苦労について語ってくれた谷川だが、一番面白かったのもこの曲だという。

 

「“ソングライン”は、オリジナルを僕がミックスしているから、すっごく面白くて(笑)。CDに録音した音をライブで完全に再現するのは無理だけど、よくこの人数でライブができるなって思います。演者全員の演奏力もすごいけど、岸田さんのアレンジ力がすごくて。特に木管のアレンジが。だから、同じ曲なのにミックスしていても面白いわけですよ」

10年後もずっと聴き続けられる音を届けたい

今回、ライブ感を意識してミックスをしたというが、やはりレコーディング・エンジニアとして一番大切にしたのはずっと聴き続けられる音かどうか。今回の配信ライブの音を10年後に聴いても大丈夫なように、流行りすたりのない王道のミックスをしているという。それに加え、今回は25周年ということで、くるりの音楽をCDで聴いてきたファンの心に届くような音の印象にも心を砕いたそうだ。

 

「ファンの子がCDを聴いた時、印象に残っている音ってあるじゃないですか。そのきっかけになる音があるなら、ライブのアレンジがされていて音源とは違っていても、歌の感じとかをCDとそっくりにするんです。そうするとCDの音がフラッシュバックしてきて、一気にその時代に飛んでいけるんじゃないかなと思って……。例えば、“ソングライン”も、カントリー(エルドレッド)が出てくるテーマはちゃんと聴こえてほしい。今回はトランペットじゃないけど、その音が鳴ることでファンちゃんのことを思い出せるんじゃないかなって。ライブだしアレンジも編成も違うけど、オリジナルを思い浮かばせるためにどうすればいいか、って考えるんですよね」

ミックスというのはできあがった音だけにかけるものではない。リハーサルや別会場の様子を観ることで今回のライブでくるりがやりたいことを読み解き、最善な環境を用意する。楽器のことを考えマイクや録音方法を選ぶ。演奏者の意図をくみ取り、オリジナルの楽曲について理解する。そして、音が届く先にいる人のことを考える。そんなすべての行為が、彼がミックスでつくりだす音に絶妙に作用している。だから、彼がミックスした作品は王道でありながらも彼らしさが顔を覗かせているように思うのだ。この25周年のライブのために、レコーディングとは一味違うアプローチでミックスされた今回の配信の音。1度のライブでは聞き逃してしまう、くるりの楽曲を彩るいろいろな音たちが重なって生まれる音の躍動感をあなたの耳で確かめてほしい。

photo by 岸田哲平(東京・〈ガーデンシアター〉ライブフォト)

くるり結成25周年記念公演「くるりの25回転」配信情報

配信期間:2月26日(土)19:00~3月6日(日)23:59

受付期間・料金:2月26日(土)00:00~03月06日(日)21:00 / 視聴券 ¥3,500

チケット受付URL:https://eplus.jp/quruli25-streaming/

 

2022年2月11日(金)東京・〈ガーデンシアター〉にて収録

 

セットリスト・プレイリスト『くるり結成25周年記念公演「くるりの25回転」』
https://jvcmusic.lnk.to/quruli0211

 

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