過去から解き放たれた、未来へのメッセージ
“古今東西さまざまな音楽に影響されながら、旅を続けるロックバンド”。そう銘打つとおり、 音楽を産み出す旅から帰ってくる度に「アルバム」というカタチでいつも違う景色を私たちに見せてくれるバンド、それがくるりだ。
2018年には、彼らの歌の原点に立ち返り、過去に演奏されたが音源化されずにいた曲を新たにレコーディングし、新曲と共に一枚の作品に編み上げ12枚目となるアルバム『ソングライン』をリリース。新たな金字塔ともいえる作品を作りあげた彼らは、次なる旅へと向かっていた。そんな最中の2020年、状況は一変する。誰も予想していなかった、新型コロナウイルスのパンデミックだ。この影響を受け、感染拡大を防ぐためにこれまでのように気軽に人と会うという日常を送ることすらできなくなり、3月以降はライブなどの興行もできないような事態に。くるりも3月から予定していたライブツアーの中止を余儀なくされた。そのツアー中止の発表と同時に告げられたのが、新しいアルバムとして未発表音源集を4月に配信、5月にはフィジカルでリリースするとの一報。彼らはこの状況を受けて大きく舵を切り、過去へと旅の行き先を翻したのだ。
その名を『thaw』と冠した本作には、1997年からこれまでの間に作られたが、その当時彼らが制作していたアルバムに収録されることなく長らく眠っていた楽曲がタイトルでも表されているとおり「解凍」され収められている。その中には8thアルバム『魂のゆくえ』(2009年)のリリース前に先駆けて何曲か披露されていた中でこの曲だけが収録されず、ファンの中でも存在が語り継がれていた“鍋の中のつみれ”や、東日本大震災後に傷ついた人たちを鼓舞するかのように歌われていた“ippo”のように、これまでにライブで演奏されていた曲もある。一時期ではあったが、私もこの2曲をライブで聴いたことがあり、楽曲が放つ強いエネルギーを今でも覚えているくらい印象的だった。そんな本作に集められた曲たちは、当然のようにくるりがその楽曲を産み出した当時の空気を纏っている、だけではなかった。
オルタナティブ・ロックな印象が強い2ndアルバム『図鑑』(2000年)から一転、エレクトロなサウンドに傾倒した3rdアルバム『TEAM ROCK』(2001年)の制作中にオリジナルメンバーである岸田繁(Vo / G)、佐藤征史(Ba)、森信行(Dr)によって手がけられた“チェリーパイ”は、“夜行列車と烏瓜”を彷彿させるような間奏の粘りを感じるベースライン、“ピアノガール”で歌われているような仄暗い自虐感を漂わせる歌詞、“ガロン”を思い出す終わりの見えない長い後奏の果てに、代表曲である“東京”のフィナーレの匂いを感じるコーラスで幕を閉じる。約5分の間にインディーズ時代の1stアルバム『もしもし』から『図鑑』までの初期のくるりの音像を濃厚に閉じ込めているように思えるのだが、そこにふと、後の『魂のゆくえ』に通じるようなギターフレーズが見え隠れしているのだ。一方“チェリーパイ”と同時期に作られた“ダンスミュージック”は、一聴するとエレクトロに接近した『TEAM ROCK』的な色合いが強いようにも思うが、エフェクトが効いたカリンバの古めかしくエキゾチックな音色や異国感を醸し出す変拍子に、どことなく11thアルバム『THE PIER』(2014年)の面影を感じる。そして、震災のために作られたと思っていた“ippo”は、このにっちもさっちもいかない今を勇気づけてくれている。
本作の制作にあたり、改めてレコーディングされたのは、ボーカルの録音が残っていたという“evergreen”の一曲のみ。ボーナストラックを含め全15曲の楽曲は、海外レコーディングされた曲もあれば国内で録音された曲もあり、くるり自身もオリジナルメンバーからギターに大村達身がいる時代、岸田と佐藤の二人体制、そしてファンファン(Tp)、吉田省念(Gt)、田中佑司(Dr)が新規加入した5人の頃と実に様々だ。一見、過去を色濃く投影しているようにもみえるが、その中に未来が内包されている。過去を記録するのではなく、今のくるりを伝えるアルバムとして選ばれたであろう楽曲たちは、回りまわってこの時代にフィットしているように思えてならない。
時に思いがけない出会いや不意のアクシデントが、これまで動かなかったものをいとも容易く動かしていまうことがある。前作『ソングライン』は、レコーディング・エンジニア谷川充博との出会いにより、産声をあげてから幾度かレコーディングをするも完成に至らなかった“その線は水平線”がシングルとしてリリースされたことをきっかけにアルバムの結実に至った。そして本作は、予想もしていなかったコロナ禍により眠っていた曲が急速解凍されコンセプト・アルバムとして陽の目を見ることになったのである。奇しくも、双璧をなすように『ソングライン』は過去を溯りくるりの歌心を集めた一枚となり、『thaw』は実験的で遊び心に溢れた一枚となった。これは余談だが、両作品の一曲目は『ソングライン』では“その線は水平線”、『thaw』では“心の中の悪魔”と、いずれも2009年から2010年にかけて作られたもの。それに対してラストは、前者が“News”そして後者が“ヘウレーカ!”と、それぞれのアルバムの中で一番新しい作品が選ばれているというのも偶然とは思えず、何か運命的なものを感じる。
そんな本作のセルフライナーノーツの中で、岸田はラストを飾る“ヘウレーカ!”について“新しいくるりのモードの、ちょっとしたヒントになっているような気もしないではありません”と語っている。過去への旅を終えた彼らの次の旅はもうはじまっている。そう、『THE PIER』の冒頭で繰り広げられた“2034”のような未来の景色が待っていることを伝えるための一枚が本作なのだ。今はこの作品を聴きながら、次なる未来へ思いを馳せたいと思う。
thaw
くるり
仕様:CD / デジタル
発売:2020年5月27日(CD)
2020年4月15日(デジタル)
価格:¥2,700(税抜)
収録曲
1. 心のなかの悪魔
2. 鍋の中のつみれ
3. ippo
4. チェリーパイ
5. evergreen
6. Hotel Evropa
7. ダンスミュージック
8. 怒りのぶるうす
9. Giant Fish
10. さっきの女の子
11. 人間通
Bonus Track(CDのみ)
12. Only You
13. Wonderful Life
14. Midnight Train(has gone)
15. ヘウレーカ!
「心のなかの悪魔」特設サイト:http://quruli.net/thaw/#manga
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WRITER
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奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。
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