ローカルのつながりの中で取捨選択し、自らの生き様を刻む姿の何と誇り高いことか
インディペンデントとは既存の慣習や誰かの意見に捉われずに、自らの意思と責任で選択することだ。今や Black Country, New Road(ブラック・カントリー、ニュー・ロード)などと並んでサウス・ロンドンのシーンを代表する存在として世界を席巻しつつあるblack midi(ブラック・ミディ)の『Cavalcade』には、そんなインディペンデントな精神がこれでもかと刻まれている。
前作『Schlagenheim』(2019年)が注目された理由の一つにして、彼らの最大の持ち味のインプロヴィゼーション、つまり即興のジャム・セッションの中で見出す直感的な制作から新たなスタイルへの移行を図ったことは、本作を語る上で重要なポイントだろう。その中でも本作で唯一ジャム・セッションで制作されたという冒頭の “John L” はこれまでの総決算にして新規軸の導入という劇的な幕開けを彩っている。Geordie Greep(ジョーディ・グリープ、Vo / Gt)が語るところの「いわゆる“神の介入”という即興の神話にとらわれてしまう」ジャム・セッションの限界を打破せんと、カルト教団の指導者が裏切られる様子を三人称視点で描いているのがなんとも痛快だが、むしろコンダクター=神の存在を感じさせるようなシンフォニックな曲構成は、本作に通底するコンポジション、つまり直感ではなく理性的に、それぞれの作曲を下地に深めていく制作の妙を感じさせて余りあるものだろう。
だが話はここからだ。(例えば The 1975 の “The End (Music For Cars)” 〜 “Frail State Of Mind” のように)これまでの表現に楔を打ったのも束の間シームレスに移行する “Marlene Dietrich” 。まさにかの名優マレーネ・ディートリヒのように高らかに歌うジョーディの歌唱は前作の “Western” などでも見られたものだが、かくもメロディアスに「歌」を聞かせる演奏は、これまでの彼らとは違う表現技法のあらわれといっていいだろう。(例えば Bob Dylan が “Murder Most Foul” でそうしたように)往年のキャバレー歌手のステージの生々しい情感が、ほんのりとした示唆を伴って鮮やかに蘇るかのようだ。
青年期にかけて教会でゴスペルや受難曲、クラシックの即興演奏を経験し、現在も最もカジュアルに聴く音楽としてクラシックを挙げるジョーディ。その制作の難易度はもとより世間的な受容の難しさも自覚しながら、それでも舵を切ることに彼らの矜持が感じられるが、現代音楽のような不穏なニュアンスを付加する “John L” や “Chondromalacia Patella”、ロックのフィールドで昇華するような “Dethroned” など、クラシカルなアプローチを体現していく様子も本作の中で描かれている。それは決してプロモーショナルな飛び道具などではなく、この4人からしたら Mils Davis(マイルス・デイヴィス)もマレーネ・ディートリヒもストラヴィンスキーも Black Country, New Road も、刺激を受けるエキサイティングな表現として並列、つまり本作の登場人物たちと同様に「隊列=Cavalcade」に連なる人々なのだろう。
半ば便宜的にポストパンクに分類されることが多い彼らの音楽だが、僕はあえてポップ・ミュージックと呼びたい。予測不能で複雑怪奇な展開が濁流のように迫り来る様は、音符が DAW を埋め尽くす様を言い表した「Black MIDI」の原義とも通じるものを感じさせるが、絶えずスリリングでありながら決して難解な印象はなく、気構えずに聴くことができるのが本作の大きな特徴だろう。僕なんか聴くたびに感嘆を通り越して爆笑してしまっているくらいだ。それが実現できたのは、名だたる先達も同時代の牽引者も等しく隊列に加える軽やかなスタンスによるところも大きいが、制作に加わった友人たちの貢献も見逃せない。
メンタルヘルスの問題で活動を休止し今作では作曲のみの参加となった Matt Kwasniewski-Kelvin (マット・クワシニエフスキ・ケルヴィン、Vo / Gt)に代わり(ここでバンドを止めないのも実に彼ららしい)、本作に参加したのは Kaidi Akinnibi(カイディ・アキニビ、Sax)と Seth Evans(セス・エヴァンス、Key)。ジャジーなエレガンスや先述のクラシカルなアプローチの導入には彼らの寄与するところが大きく、ブリット・スクール時代からの友人カイディ、ロンドンでライブをしている時に出会い親交を深めたセスと、気の置けない友人関係から今回の制作につながっていることは興味深いポイントだ。
同様にリリースの過程で関わった数多のミュージシャンやレコーディング・スタジオ、エンジニアの名前が本作のブックレットにはクレジットされている。詳細な記載は本作に知的好奇心を喚起されるリスナーの姿を見透かしているようでもあるが、プロダクション上必要なピースが近隣の仲間からポンポン現れているような様子からも、彼らの制作への姿勢とシーンの活況が掛け値なしに結びついていることを見出せるだろう。
さらに余談ではあるが、お互いに認め合いながらそれぞれ自らの道を行く Black Country, New Road とのスリリングな共存関係も、同時多発的に様々な表現が生まれることで複合的に形成されるインディー・シーンのおもしろさであり、近所付き合いのような肌感でともに育んでいくローカル・シーンの醍醐味ともいえよう。「世界を席巻する black midi を生んだサウス・ロンドン」などと聞くと別の世界のようにも思えるが、そんな様子を見ていると僕の好きな関西のクラブカルチャーやライブシーンとも変わらないものに思えるのだ。
前作の “953” で減速するにつれグルーヴを深めていったのと同様に、〈Slowly〉を連呼しながらもテンションは加速する “Slow” のアンビバレンス。あるいは10分近い長尺の “Ascending Forth” にはオーケストラの終幕のスタンディング・オベーションを想像させる余韻が残るが、執拗に繰り返される〈Everyone loves ascending fourths〉(みんな4度上昇※ が大好きだ)の感傷主義への諦念が最後にタイトルの〈ascends Forth〉(前方に上昇)に置き換わる様子にも、過剰な進歩主義へのアイロニーが感じ取れる。だが、そんな常に前進するマインドを誰よりも体現しているのは他ならぬ彼ら自身。自らの選択にも自嘲的に疑問符を向けながら、それでも自らの意思と責任で選択する black midi の生き様のなんと誇り高いことか。本作が示しているのはそんなインディペンデントな精神の在り方なのだ。
※コード理論でいうところの「4度進行(強進行)」のことと受け取れる。つまり「みんなわかりやすく感動的なコンテンツが好きなんだ」という皮肉めいたニュアンスだろう。あるいはあえて「-s」をつけていることから、地球温暖化に関するタームの「4度シナリオ」やメディアを指す「第4の権力」への含みも感じ取れるかもしれない。
Cavalcade
アーティスト:black midi
仕様:CD / LP / デジタル
発売:2021年5月28日
レーベル:Rough Trade
収録曲
1. John L
2. Marlene Dietrich
3. Chondromalacia Patella
4. Slow
5. Diamond Stuff
6. Dethroned
7. Hogwash and Balderdash
8. Ascending Forth
9. Despair *Bonus Track for Japan
10. Cruising *Bonus Track for Japan
black midi
Geordie Greep(Vo / Gt)、Matt Kwasniewski-Kelvin(Vo / Gt)、Cameron Picton(Vo / Ba / Syn / Samples)、Morgan Simpson(Dr)からなる4人組バンド。デビュー・アルバム『Schlagenheim』(2019年)は世界各国の批評家やリスナーに衝撃を与え、マーキュリー・プライズにもノミネート。その後もDos MonosによるリミックスやBattles(バトルス)との共作など話題に事欠かず、2021年、待望の2ndアルバム『Cavalcade』をリリースした。
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はろーべいべーあべです。フェスティバルとクラブカルチャーとウイスキーで日々をやり過ごしてます。fujirockers.orgでも活動中。興味本位でふらふらしてるんでどっかで乾杯しましょ。hitoshiabe329@gmail.com
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