元気がないときは、お腹いっぱい食べるしかない
アルバムのタイトルはもしかして、「レスト=休み」そして「ラン=走る」という意味だろうか。そう思うくらい沈んだ心を癒してくれて、さらに元気もくれる。2020年から活動するシンガーソングライター・かりんちょ落書きの1stフルアルバム『レストラン』は、既にリリースされているシングルに加えて、ライブで演奏されてきたアンセムも収録された、11曲入りの保存版だ。
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生活から生まれてくる、等身大の表現で聴き手を励ます姿勢は、本作にも踏襲されている。“又、風呂に入れない夜”は、想い人からメッセージが返ってこなくて落ち込んだ状況を率直に歌っている。その落ち込みを「お風呂に入れない」ことで表現するところに、彼の人間臭さが詰まっている。歌詞に出てくる「つかない既読」という表現も、LINEを日常で使う今の時代なら、たやすく共感できるだろう。
そして本作で初収録された“ピンク”では、よりダイレクトに聴き手を慰めるような歌詞が印象的だ。
「安心しなよ僕がいるから / 大事な薬 / もう捨てちゃいなよ」 “ピンク”
歌詞に登場する「ピンク色の錠剤」は、メンタルヘルスに問題を抱えている好きな子が飲んでいる薬だろう。メロディラインは『耳をすませば』(1995年)で本名陽子がカバーしたことでお馴染みである、John Denver“カントリーロード(Take Me Home, Country Roads)”のメロディーをなぞっている。“カントリーロード”も、直向きに孤独と向き合って生きることを肯定するテーマであり、“ピンク”と共通している。教科書にも載っていた親しみ深い“カントリーロード”の安心感も相まって、“ピンク”にも優しく寄り添ってくれるような癒しを感じた。
このように、かりんちょ落書きは他の作品の表現を吸収し、自分の表現にするのが得意だ。疾走感溢れるポップチューン“Dari”のサビに登場する「ないものねだり」という言葉と裏拍のリズム、ギターリフはKANA-BOONの楽曲“ないものねだり”(2013年)とリンクするし、間奏のギターリフは9mm Parabellum Bulletの“ハートに火をつけて”(2012年)を思わせる。彼自身がリスナーとして熱狂してきたであろう2010年代前半の邦楽ロックからのリファレンスだ。単にフレーズだけではなくこの2曲に通じる「一筋縄ではいかない恋愛」というテーマごと“Dari”に投影していることから自覚的な引用なのかもしれない。
そして「自由形ロックンポップス」を標榜するかりんちょ落書きは、近年のトピックスも自在に取り入れている。例えば“管制塔”でモチーフとなっているのは、飛行機が無事に発着するための管制官の仕事。これは2022年に放送されたドラマ『NICE FLIGHT!』が記憶に新しい。中村アン演じる管制官と玉森裕太演じるパイロットが恋に落ちる物語だが、“管制塔”はまるでこのドラマの主題歌でも違和感がないような、爽やかなラブソングだ。そしてイントロのギターリフとリズムは、2021年にリリースされた、スピッツの楽曲“大好物”のサビに通じる。「あのドラマ観た?」「あのバンドの新曲聴いた?」と友人と話すときのような楽しさが、楽曲に散りばめられている。
つまり『レストラン』は、ジャケットにコラージュされているような幼少期、思春期、青年期、そして現在のかりんちょ落書きが触れてきた様々なトピックスをリスナーと共通の話題として取り入れた上で、等身大の歌が寄り添ってくれる作品だ。元気がなくなることは、誰にでもある。そんな時に必要なのは、温かいお風呂に入ること、ぐっすり眠ること、そして、しっかり食べること。友人と食事ができたら、なお良い。気持ちが落ちた時、自分で食事を作ることはできないかもしれない。でも、近くにレストランがあれば、お腹を満たしてくれて、そこに友人がいたら、より心も温まるのだ。そうやって落ち込んだ場所から掬い上げてくれる場所が必要な人に、この作品が届いてほしい。
レストラン
発売:2023年4月5日
フォーマット:デジタル / CD
価格:¥2,750(税込)
収録曲:
1.溶け合うくらい
2.Dari
3.海が満ちる
4.少年
5.ピンク
6.スマイル
7.(SANPO Break)
8.昼中電車
9.スペード
10.管制塔
11.又、風呂に入れない夜
かりんちょ落書き
野太い歌声と繊細なメロディー、ライブで見せる熱いエナジーが特徴のシンガーソングライター。
2021年からは弾き語りの活動に加えバンド編成でのライブも行っている。
主にライブ活動を中心に健やかに成長中。
Webサイト:https://karincho-rakugaki.com/
Twitter:https://twitter.com/doremagesu
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WRITER
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97年生まれ、みずがめ座。中央線・西荻窪→小田急線・成城学園前。ANTENNAのほかMusicmanなどで執筆。窓のないところによくいます。
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