天使に連れて行かれた先のサイケデリア
何か不思議なパワーを持っているような、天使のような音楽だ。それはバンド名・既踏峰(きとうほう)と、今回リリースされた新曲2曲『ぼくら / 青い影』のタイトルがいずれも3文字だから、特別な効果を持つゾロ目・エンジェルナンバーを連想したのかもしれない。
2018年の活動開始当初は主宰である小寺諒による宅録中心のプロジェクトとしてスタート。『なのに』(2019年)と『夢をみる方法』(2022年)、2作のアルバムをリリースしている。その後東京を拠点にライブ活動を開始し、1stスタジオアルバム『既踏峰』も2022年の内に発表。この作品は工藤祐次郎やKhakiの作品も手掛けたエンジニア西村曜の〈Studio Crusoe〉でのレコーディングだ。ここで手応えを感じたのか、今回のシングルも引き続き〈Studio Crusoe〉でのバンド編成による録音。マスタリングは〈Orange〉の小泉由香が担当している。幼少期にTHE BEATLESに出会い、平沢進に衝撃を受けて、槇原敬之やミツメに感動した、小寺の充実したリスナー遍歴の中から、自身に近しく心地良いサウンドを追求した結果、サイケデリックで日本画的情緒も帯びた音源に仕上がっている。
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そう、そこには既踏峰が作り出したサイケデリアがあった。“ぼくら”ではクリーンなギターがチャーミングなフレーズを奏でるAメロから、サビではそのギターがより前面に出つつも、歌のメロディラインが脳裏に残る。更に一気に2本のギターが歪み混沌を極めたと思ったら、唐突に楽曲が終わるので不安感を覚える。目まぐるしい展開を自然に運ぶさまと日常に近い歌詞はスピッツのようで、前作収録の“春風”でも試みていたアプローチが一層うまく行ったように思える。しかし音数は絞り込まれており、伴ってできた隙間が心地よい癖になるリズムを生む良い仕事をしていることも特記しておきたい。
“青い影”は、どこか達観した歌詞と不安定な音色の矛盾が癖になる。奇妙な仕掛けはサウンドに施されており、イヤホンの左からは息継ぎを忘れたようなクリーンで奥行きがあるギターリフが聴こえる。そこと掛け合うギターが右耳から聴こえて、まるで『フランダースの犬』のラストシーン。透明感のあるコーラスがかかったギターは二人の天使のようだ。ベースラインも酩酊しており、ギターソロが終わる頃にはいつしか現実の世界を超えたような心地よさの中で眠っている。終盤の気の抜けたコーラスがその入口のようだ。
ジャケットは小寺自身が撮影した写真が用いられており、二律背反のこの世界を端的に表現しているようだ。音楽だけではなく、絵画的な表現も豊かな作家なのだろう。感情を豊かに乗せる歌い方ではなく、折坂悠太やナツノムジナの粟國智彦のように日本語そのものが持つ意味を正確に伝えるような歌い方で、言葉で風景を描写する。本作で言うと「白い花に囲まれて / 旅立つ日の煙のように」(“青い影”)という部分は、「白」と「煙」のイメージが重なり、見事な立体感を生む。だからいつかどこかの風景に出会った時、「既踏峰の曲で“見た”ことがある」と感じるに違いない。それは写真ほど具体的ではなく、日本画から感じる懐かしさに近い。初めて行ったはずの場所に、行ったことがあると感じることがある。既踏峰の音楽の魅力は、そんな感覚を呼び起こしてくれるところなのだ。そしてのバンド名にも、その特性が表れている。
既踏峰
東京を拠点として活動する音楽プロジェクト。宅録音楽家として2018年よりSoundcloudにて楽曲を発表し始め、2020年初頭よりサポートメンバーを迎えてバンド形態で活動開始。レコーディングには小寺 諒(Gt / Vo)の他、魚羅よは(Gt / Cho)(from Cycling In Marmalade)、野田昌伸(Ba)(from Blueberry Mondays)、樫地翔(Dr)(from 衛星都市)らが参加する。
X(旧:Twiter):https://twitter.com/houhoukito
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WRITER
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97年生まれ、みずがめ座。中央線・西荻窪→小田急線・成城学園前。ANTENNAのほかMusicmanなどで執筆。窓のないところによくいます。
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