解放を志向し、現世を超越した存在となる
疫病が流行る世の中で拠り所を求めた人びとが、神にすがるのは神道の習わし。無病息災を祈願するためにくぐり抜ける「茅の輪」の如く、この令和のコロナ禍に神秘性を持って現れたバンド・くぐり。2019年に結成し、吉祥寺を拠点に活動するこのバンドの1st EPが5曲入りの『形』だ。
バンドの概要を抑えておくと、メンバーは和田知久(Vo / Sax)・折田侑也(Gt)・佐藤日向子(Ba)・小野里悠(Dr)の4人編成。サンプラーも駆使した音作りは既にライブでも定評がある。1曲目“違う生き物”ではナツノムジナのような自然と調和する耳に心地よい声と柔らかいギターの導入が日本の自然を見せてくれるかと思えば、後半は一変してシューゲイザーの轟音にサックスが乗って涼しさが広がり、例えるならアイスランドまで来たかのようだ。またbetcover!!を連想する不気味で癖になる“蛇”はサイケデリックで彩りも豊か。一方、“素敵”での高音ボーカルと緩く力の抜けたリズムにはフィッシュマンズも感じる。
ここまで幅広いサウンドを持っているとどんな世界観を表現しようとしているバンドなのか、一聴では迷うリスナーも多いだろう。もしそうなら、何時間でも聴いて欲しい。筆者が虜になったのは、くぐりが音楽を通して表現した「形あるものからの解放」が、社会ないしは個人として求める、絶望からの解放と通底していたからだ。そのテーマに強く共感した上、解放に近づくためのアプローチが、他の音楽を聴いても得られない奥深さを持っていて、依存性を生んでいる。
1曲目“違う生き物”で「僕のことを覚えてますか 今に違う生き物になるよ」と問いかけた僕は、4曲目“素敵”で「体の形が変わっていった みるみるうちに昇っていった」と歌われる。ここでいう形が変わった姿とは3曲目の“蛇”なのだろうか。そういえば、小さい頃によく母親に言われた「夜中に口笛を吹くと蛇が来るから駄目」という言葉が蘇る。これは口笛が神や精霊を呼び出すため、タブーとされていたことが理由の逸話だ。2曲目“浮かぶ光”の最後で無双する和田知久のサックスは禁忌に触れて神を呼び出してしまいそうな、恐さがある。呼び出した神に触れ、現世での形を奪われたことは通例だと死を意味する悲惨な結果なのかもしれないが、ここでは自ら望んだ「形」に変化したように思える。
「ばいばい、形が消えて飛んでいくよ」
「目に触れないものだけを持っていたいよ、僕」“違う生き物”
“浮かぶ光”や“蛇”、“永久影”で「光」に関する描写があるのも、全て形からの解放を思考しているがゆえだ。物体はそこにあることで光を反射する。だから物体そのものが目に見えなくても、光を捉えられるということはそこに何か「ある」ことを指している。形を失った最後は“永久影”、つまり影となり焼失したというのが、このEPの結末なのかもしれない(その余韻は最後の燃えるような音の通り)。
形が変わる=転生は、つまり絶望している現世からの解放でもある。
スペインの画家、ジョアン・ミロは第二次世界大戦下、魂を天まで掬い上げてくれる救済を求め、身近な悲惨とは距離を置いた「星座」シリーズを描いた。現世での生を終えて星となり、「星座」として存在すること。新たな戦争が起こっているこの時代に生まれた本作のCD盤面に描かれた画は、ミロの絵に繰り返し登場する星や月をイメージしているように見える。ミロが形式を破壊する抽象画風でもって探究したところを、くぐりはギターやベース、ドラムのみならずサックスやサンプラーを用いた斬新なサウンドでもって既存の形式を破壊する。“浮かぶ光”で歌われる「五つに狭めた感覚の垣根を壊して」という現象界を否定する行為も、「形あるもの」ではなくなる、つまり現世を超越した存在になることに通じている。くぐりは音楽を用いて「形」について探究し、形あるものの先に向かうことが、“救い”に繋がる道筋だと思考しているのかもしれない。
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くぐり
東京・吉祥寺を拠点に活動する4人組バンド「くぐり」
ドラム・ベース・ギターを基盤にサックスやエフェクトを駆使した静かな揺らぎに揺蕩うような、サイケデリックでありながらも純真な音楽を鳴らす注目の気鋭バンド。
Twitter:https://twitter.com/queguerie
Instagram:https://www.instagram.com/queguerie/
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WRITER
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97年生まれ、みずがめ座。中央線・西荻窪→小田急線・成城学園前。ANTENNAのほかMusicmanなどで執筆。窓のないところによくいます。
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