灰ではなく、炭になる燃え方を
等身大の歌詞と力強い歌で聴いた人の背中を押す、東京を拠点に活動するシンガーソングライターの鈴木青。2021年10月にEP『EVERYDAY IS A NEW DAY』をリリースしてから、ライブ活動は継続しながらもリリースとしては沈黙していたが、1年あまりを経て2022年12月25日にデジタルリリースされたEP『始まりはいつもこんなポップス』には、既にライブで定番の“はじまりのうた”“美しい名前”に加え、2019年のEP『極東最前線』に収録されている“ローリン”がバンドサウンドで再録されている。メンバーは前作から引き続きMINAMISから髙坂研多(Gt)と篠原佑太(Dr)、そしてThe 7 Inch Universeからウノコウダイ(Ba)を迎えた。
前作では自身が敬愛する友人でもあるMINAMISから3人をサポートに迎え、レコ発イベントの対バンには高校の時から8年間共演を夢見た爆弾ジョニーとステージを共にした。2021年にANTENNAでインタビューした時はそのレコ発イベント直前で、本人も興奮に満ちた語り口だったことが記憶に新しい。念願叶ったライブが終わり、ともすれば燃え尽きかねない余韻を乗り越えてリリースされた今作の1曲目“はじまりのうた”は、そんな状況を歌っているように聞こえる。
「夜は明けてしまって 休まった気もなくて
でも弱音は吐けない コーヒーを一口」“はじまりのうた”
どんな華やかな非日常を過ごしても、日常は戻ってくる。私自身、仕事がすごく好きだけれど、それでも年末年始の長期休暇で旅行を楽しんだ後で会社に行くのは少し億劫だった。でも働き始めてみると、目指していたことを思い出してじきにやる気が蘇生された。非日常から日常に揺り戻されるとき、前に進む軸足になるのは、核として持っている信念だけだろう。その軸足の存在を示すように、鈴木のギターが刻むリズムで楽曲が始まり、一曲を貫く。鈴木はインタビューで「ライブとか音源に触れてくれた人の目の前の世界が少しでも変わるような曲をこれからも作りたい」と語っていた通り、リリースを続けた。その行動自体が、引用の歌詞で歌われていることに思える。「燃え尽き症候群」というが、中には日々の味気ない生活に戻れなくなってしまう人も多い。そんな中で日常に戻ることは、非日常が華やかであればあるほどエネルギーが要り、強い信念を必要とする。鈴木青は「灰」にはならなかった。しかも本作のEPを聴いて感じたのは、より温度の高い「炭」となって燃焼を続けているということだ。
つまり、単に以前いた場所に戻ったわけではない。M2“美しい名前”は、真正面からのラブソングで、鈴木の新境地を開拓している。これまでのリリースではラブソングはなく、どこか心の底を歌で曝け出していない印象があった。しかしこの歌ではおそらく片想いの状態、つまりまだ成就していないからこその理想に近い恋心が率直に歌われている。「君と二人おかしなダンスをしよう」という歌詞はnever young beach“明るい未来”を連想させ、間奏後には「シーソーゲーム」と鈴木が影響を受けてきたというMr.Childrenの要素も垣間見える。彼自身が影響を受けてきた作品のモンタージュが、彼自身の表現となっているのだ。これまでの鈴木にはなかった表現への挑戦だ。そして誰かを思う恋心が放つ甘さと、鈴木の声質のスウィートな部分は相性が良い。挑戦が明らかにした新たな魅力は、今後の楽曲でもさらに伸長してほしいところだ。
アコースティック音源だった“ローリン”は、冒頭のハーモニカがギターとなり、力強いバンドサウンドで蘇った。そして、これまではどこか自分の弱さを糧にしていたような彼の歌が、今作では随所から彼の強さとしてしなやかに、そして健やかに表出しているような気がしてならない。その前向きな変化こそが、これからの鈴木青の未来を示している。鈴木青の燃焼は、聴いた私にも火を移してくれた。彼がまた進み始めることの表明となったこのEPは、前に進むことを諦めてしまいそうな厳しい社会で暮らす私たちが、また自分の足で立ち、前に進み続けるときの“杖”のような存在となりうるのだ。
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始まりはいつもこんなポップス
アーティスト:鈴木青
発売:2022年12月25日
フォーマット:デジタル
収録曲
1.はじまりのうた
2.美しい名前
3.ローリン
鈴木青
1996年4月22日生まれ。東京を拠点に活動する、フルスイングシンガーソングライター。
Webサイト:https://suzukijo.wixsite.com/mysite
Twitter:https://twitter.com/SUZUKI_JOU/
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WRITER
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97年生まれ、みずがめ座。中央線・西荻窪→小田急線・成城学園前。ANTENNAのほかMusicmanなどで執筆。窓のないところによくいます。
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