REPORT

フェスでの出会いが、日常を豊かにする – 街なか音楽祭『結いのおと-TEN-』Day1-

MUSIC 2023.05.11 Written By 柴田 真希

たくさんの音楽フェスがある中で、どんなフェスに行きたいと思うだろう。筆者は行きやすさや日程、アーティストのラインナップの他に、例えば絶景だとか、地元の出店が魅力的だとか、そのフェス特有の体験について熱量の高いおすすめをされると「自分の目で観てみたい!」という気持ちが高まる。東京・新宿から電車で約1時間半で到着する、茨城県結城市。そんな結城にて2023年4月22日、23日と2日間に渡り開催された街なか音楽祭『結いのおと -TEN- 』は、今年10回目で年々評判を耳にすることが増えた。

 

このサーキットフェスの特長は、結城の神社仏閣や結城紬の見世蔵など、普段ライブをする場所ではないところをライブ会場にすること。そして、初日の昼、夜、2日目と会場が変わる3部構成となっていることだ。そこで新鮮なフェス体験を求めて、今年初めて遊びに行った。本レポートでは、初日の「HALL」〈結城市民文化センターアクロス〉での昼の部と、場所を変え「TOWN」の3会場で行われた夜の部の様子をお伝えする。

この日のために組まれたユニット、in the blue shirt x ratiff from Neibiss

これまでは結城駅より北側を中心に、この地ならではの場所をライブ会場にすることが特長だった『結いのおと』。だが10回目にして、初めて結城駅の南側にある、大規模なホールを使うのは意外だった。仕掛け人の結いプロジェクト・野口さんは『結いのおと』発案のきっかけにもなった都市型サーキットフェス『SYNCHRONICITY’23』内でのローカルフェス主催者が集まったトークイベントで「続けていく秘訣は?」と聞かれた時、「次はこれをやりたい、という余白を見つけて終わること」と答えていた。この余白が、今年のホール開催だったのだ。

 

1ステージ目に筆者が選んだのは、〈結城市民文化センターアクロス〉の小ホールに出演のin the blue shirt x ratiff from Neibiss。関西の注目若手ラッパー・Neibissとして出演予定のところ、相方が骨折して出演困難になってしまい、急遽代役を務めたのがトラックメイカーのin the blue shirt。急造ユニットということで、この日しか聴くことができない演奏が見どころ。小ホールは前方が椅子なしのフロアで立ち見、後方は段差もある椅子席という珍しい光景が広がっている。in the blue shirtが一人で登場すると、15分程度のDJプレイを披露した。これから始まる1日が未知との遭遇となることを予見しているようで、期待感が膨らむ。

フロアが温まったところで“関西最注目ラッパー”と名高いratiffが加わると、会場が湧く。tofubeats“don’t like u(feat.Neibiss)、2曲目でNeibissの自己紹介的楽曲でもある“Thema”と続き、「ソロなので知らない人も多いと思うんですけど、知ったかぶりしてください!」と“New Cap”を披露。in the blue shirtが「今日だけのために曲をたくさん作ったとか言ってたけど、(このユニットはいつか)もう一回やろう(笑)」と冗談混じりに言うと、会場は温かい雰囲気に包まれる。続けてこの日仕様の“Sports Resort”を披露し、最後の新曲“Space Cowboy”まであっという間に走り抜けた。ratiffは「みんなchelmico見に行きたいでしょ、でも残ってくれてありがとう!」という素直な言葉を口にし、お客さんをしっかり満足させて最高の1日を始めてくれた。

大ホールに移動すると、chelmicoはまだ演奏中。同じ建物内なので3分程度で移動できるのがうれしい。ドアを開けると1,200席あまりの会場で大勢が手を上げて“Disco(Bad dance doesn’t matter)”に合わせて思い思いに踊っていた。

 

続けてこのステージに登場したのはtofubeatsで、2018年以来の登場。先ほど小ホールに出演したratiff(Neibiss)との共演が見られるのはうれしいサプライズだ。“RUN REMIX(feat.KREVA&VaVa)”“LONELY NIGHTS”と人気曲を立て続けにかけると、会場は存分に焚かれたスモークと照明でクラブのような様相に。この大ホールは、普段はアーティストの全国ツアーやクラシック公演などで使われていることが多く、DJやトラックメイカーの出演は珍しい。ただただ音楽に耳を傾けて身体を揺らすことに集中できる、至福の空間として完成されていた。

初めての結城紬に、知らなかったクラフトアイスとの出会い

ノンストップの音の波に埋もれた後は、会場外へ。無料エリアでは近隣から招いたお店を始めとして、一切の公募はせず、オーガナイザーの野口さん自らが声をかけたこだわりのお店が津々浦々から集まり、買い物や飲食を楽しめる。特にフードは全部で48店舗と、目移りするほど充実のラインナップだ。その中から、〈チャイ屋ヨギー〉さんで自家製梅ソーダと、朝から気になっていた栃木県日光のお店〈04DELI〉のグリルチキンのセットを選んだ。お腹もいっぱいになったので、toconomaを観に再び小ホールへ向かう。

『結いのおと』ではユネスコ無形文化遺産に制定されている高価な絹織物・結城紬をいずれかのアーティストが着るのが恒例となっていると、事前のインタビューでオーガナイザーの野口さんに伺っていた。今年はその「着物枠」がtoconomaだと言うから、見逃すわけにはいかない。彼らはステージに登場すると「普段はアルファベット表記ですけど、今日は漢字表記でやらせてもらいます(笑)」と話して、観客の注目を集める。

 

演奏を重ねるとともに熱気に包まれる会場と着物の暑さも相まって、メンバーの額に汗がにじむ。重厚な結城紬の貫禄が演奏の職人技に拍車をかけて、隙のなさはため息がつくほどかっこいい。座っていた人が徐々にフロアに移動して人の熱気で溢れ、暖簾をあしらったバックドロップがお風呂屋さんの入り口、スモークは湯気のようにも見えてきた。終わった後には隣にいた知らない人と「最高でしたね」なんてつい声を掛け合ってしまうくらい、会場のボルテージが上がりきった。

この日は天気がよく、4月とは思えないくらい日差しも強かった。「アイスが美味しい時間、始まりますよ〜!」と愉快な声がけをしていた〈KIKI NATURAL ICECREAM by micotoya〉は、横浜市青葉区の八百屋、青果ミコト屋が全国を旅する中で出会った規格外の食材などを使用しているクラフトアイスクリーム屋さん。“クラフト”アイスクリームなんて、初めて聞いたのは私だけではないだろう。知らないこととの出会いがあるのは、好きなアーティストのライブを見れるのと同じくらい楽しい。

老若男女、あらゆる人への心配りを感じた、初日〈HALL〉公演

『結いのおと』の会場は完全入れ替え制。先着順なので、並んでいればお目当てのアーティストが見れる確率が上がる。また、確実に見たい人のために入場規制になっても影響を受けないファストパスも5,000円で販売している。そのほかにも細やかな工夫がされていることは、小ホールでの青葉市子のステージでも明らかだった。扉を開けると、先ほどtoconomaの時には飛び跳ねて汗まみれになっていた前方エリアに、今度はみんな体育座りをしている。おかげでゆったりと楽しむことができた。アーティストによって会場の使い方を変えることで、より体験の質が上がることを実感する。この後『NIGHT』ステージに行く前にSPECIAL OTHERSを少し覗くことができた。そこでのひたすらに楽しい時間は特記するまでもないだろう。

満足度が高かった、ホールでの昼の部。理由の一つは、とにかく体力面で心配がないこと。野外の天気や気温の変化で体力を奪われる心配もなく、充分な量の椅子が用意されており、地元の方だろうか、比較的年配の方も目立った。駐車場もたくさんあるので、地元の方も気軽に車で来ることができる。

 

そしてもう一つは、多くの人が参加しやすいような心配りが、随所に見られるところだ。日本ミュージックフェスティバル協会が「子ども用イヤーマフ無料貸し出し」も行っていた。長く音楽を楽しむために子どもの聴覚を守ろう、という啓発活動もしている同協会が出店しているのを見ると、長く楽しみたくなるような良質な音楽のラインナップになっていることも、腑に落ちる。

 

それに、フェスではお酒以外のドリンクがなかなか買えないことがよくある。筆者はお酒にあまり強くないので、苦労することが多い。しかし『結いのおと』では、コーヒー、とちおとめソーダ、チャイ専門店、日本茶専門スタンドなどお酒以外の飲み物の選択肢が多く、これはとても嬉しかった。いろんな人が楽しめるための細やかな気配りが、フェス全体に根付いていることを感じた。

レペゼン秋田のバンド・The Duxiesが初日の夜を彩る

ホールを出ると外はまだ明るく、高い建物がない結城の街では夕焼けがきれいに見える。夜の部となる「TOWN」の舞台は〈奥順 つむぎの館〉〈孝顕寺〉〈Cafe la famille〉の3会場。その中で筆者が最後に選んだのは、『結いのおと』出演をきっかけに知った、秋田のバンド・The Duxies(ドゥクシーズ)だ。秋田の暮らしをテーマにソウルやファンクなどを組み合わせた、グルーブ感のあるサウンドが魅力のThe Duxies。現体制で2021年に活動開始したばかりにもかかわらずこのフェスに2年連続で出演するなんて、期待値が高まる。しかも会場は「フランスの片田舎に迷い込んだような」と形容される素晴らしいカフェレストラン〈Cafe la famille〉。扉を開けると、手作り感のあるかわいらしい装飾がなされた小さいステージにメンバー4人が並んでいる。

バンド名を歌詞に入れ込んだファンク調の楽曲“The Duxies”、日本語と英語の織り交ぜ方が見事だと思ったら、⾧村冴樹(Vo)は帰国子女だという。バンド名は攻撃する時の効果音「ドゥクシ!」を元につけているそう。ユーモアを持ちながらもリズム感とソウルフルな演奏で観客を一気に引き込み、サンドイッチを置いてステージから目が離せなくなる。⾧村のうっとりさせるような美しさと艶っぽくも力強いボーカルは、下津光史に通じるところもある。長村が「みんな、お金とか仕事とか、嫌だよね?自由になりたくない?」と言って立ち上がり、前身バンド・The Sweet Thunderの“Next to me”、秋田で見た景色の歌“Valleys of Yuwa”を披露。本編最後は、シェアハウスで作られた大切な曲だという“See”を演奏した。ガラス張りの会場から見える暗くなる野外の景色の中、クリスマスツリーの電飾を思わせるステージライトだけが煌々と光る様子は、秋田の夜空を想像させるのに十分だった。

観客から上がる溢れんばかりの歓声と拍手に応えて、メンバーが再び登場。「自分たちの曲をみんなが聴いてくれて、こうやってシェアできるのが愛だと思います。」というMCに続いて、最後に演奏したのは彼らが暮らしているお寺をテーマにしたメロウなナンバー“安養寺”。1番は主に日本語、2番は主に英語で歌うバイリンガルな曲構成が新しい、粋なキラーチューンだ。控えめにミラーボールが回り始め、サビをみんなでシンガロングする中で、この空間のどこが中心でもなく、全員がただThe Duxiesの音の下で平等に輝いているように見えた。

 

「秋田に遊びに来てください。寒くて、自然がたくさんあるいいところです。連絡くれたら、美味しいラーメン屋、美味しい(笑)温泉を教えるから!」と長村は友人に話しかけるように、観客に声をかける。自分が住んでいる場所や仲間を、心から誇りに思えることはなんてかっこいいんだろう。結城の資源を存分にお披露目される『結いのおと』で1日過ごした後だからか、そんな気持ちにさせられた。

新しい出会いを楽しめるから、どこで何を選んでも、正解!

『結いのおと』の初日で感じた魅力。それは、どこを選んでも正解が待っているという信頼感だ。ラインナップには、ライブを「発表会」ではなく、音楽を共有するコミュニケーションの場所として重視しているアーティストが並ぶ。「初めての人も、知ってるふりして聴いて!」とratiffもchelmicoもtofubeatsも言っていたこともそれを象徴していた。その場で起こることを楽しむ気持ちで集まっているお客さんへの信頼があるから、アーティストは初めて自分たちを見るお客さんの前でも、そしてまだ誰も聴いたことがない新曲でも、のびのびと安心して披露することができる。そうやって披露してくれた新しい音楽に出会うことで、フェスという特別な日に続く日常が少し楽しくなる。

 

それは音楽だけではない。クラフトアイスクリームとの出会いもそうだし、大阪の注染てぬぐいとの出会いもそうだ。マルシェイベント『結い市』から始まった『結いのおと』は、新しい出会いが各所で生まれ、それを日常に持って帰ることで生活を少し豊かにしてくれるフェスティバルだった。そんな『結いのおと』10年目となる本領発揮、街なかを舞台にした2日目のレポートは、後編にて。

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