
黒沼英之がEP『Lonely together』で描いた、寂しさの本質。旧友・小橋陽介のアトリエにて
- 10年間の音楽活動休止を経て、復帰後初のEP『Lonely together』を11月26日(水)にリリースした黒沼英之。2023年に活動再開し、以降リリースされた作品は、音源制作からジャケットアートワーク、ライブ、アーティスト写真まで、交流の深い友人たちと一緒に作り上げてきた。しかし本作には、活動再開後に知り合ったミュージシャンが多く参加している。生活と創作が地続きとなっている黒沼に、旧友であるアーティスト・小橋陽介のアトリエにてじっくり話を聴いた。
本作において、シングル“phamtom”でコラボレーションして以来、2マンライブの開催や、黒沼のバンド編成にも参加、そしてPodcast番組『TALK TO PHAMTOM』で語り合いながら親交を深めてきた岡林健勝(Ghost like girlfriend)の存在は大きい。かねてより黒沼のリスナーだった岡林は、リードシングル “Lonely together”と“B”の2曲をプロデュースし、活動休止前と現在を結ぶような風通しの良いサウンドを織り上げた。その他にもサックス / フルート / コンポーザーの石田玄紀、鍵盤奏者 / コンポーザーのOsamu Fukuzawa、若手サウンドプロデューサーのCHOYOも参加する。
タイトルの『Lonely together』は、「we are lonely together(=僕らは一緒にいるけれど、寂しい)」が語源だという。仲間に囲まれて過ごす黒沼は、どんな時に寂しさを感じ、向き合ってきたのか。そして今の黒沼にとって、新しく知り合った仲間も巻き込んだ創作は、どんな営みなのだろうか。
本記事では、黒沼きっての希望で、旧友でアーティストの小橋陽介によるシューティングも併せて行った。そして近日知り合ったというフォトグラファーの伊藤夏希も撮影に飛び入り参加。それ自体が、黒沼の制作スタイルの風通しのよさを感じさせる。
寂しさの根本にあるのは、どこまでも消えることのない、人とわかり合いたい気持ちだ。私たちは人に期待し、人に傷つき、諦めそうになりながら、それでも人に期待することをやめられない。楽曲についての対話を通して、EP『Lonely together』は、黒沼が10年以上かけて自身の寂しさと向き合った過程を、手書きで記した非常に個人的な日記だということが浮かび上がってきた。
撮影:小橋陽介
たまり場だった小橋陽介の家から広がった、今も続く大切な縁
あっという間に冬の様相をまとった、2025年11月某日。この日は黒沼の旧友で、“HOPE”のMVの題字や“BAKA”のジャケットも手がけているアーティスト・小橋陽介のアトリエを訪れた。土地は小田原、海沿いで山も海も電車も通る街。この日、小橋は初めて黒沼のことを撮った。
小橋と黒沼の出会いは、12年前に遡る。当時、小橋は東京都・荒川区の町屋にある一軒家に住んでいた。黒沼は友人に連れられ、そこを訪れるようになった。普段から町屋ハウスには、画家や写真家、役者などが日々出入りしていて、料理ができる人が料理を作り、それを食べながら話したりして過ごしていた。その場には画家の安藤智や写真家の川島小鳥もいたという。その居心地のよさに、いつしか黒沼も一人で足を運ぶようになっていた。
「当時、もう音楽活動はやっていなくて。でも、陽ちゃん(小橋)だけは『黒ちゃんはまた音楽やるんでしょ』と言い続けてたんですよ」
黒沼がメジャーデビュー直後に音楽活動を辞めたのは、心の疲労が募っていったことが主な理由だった。そういった背景を知りながら前向きな予告をし続けていたのは、かなりの確信があったのかと思いきや、黒沼いわく「陽ちゃんは何も考えてなかったと思う(笑)」とのこと。振り返れば、活動再開時の楽曲“HOPE”や“Selfish”は、そんな気心知れた仲間たちに彩られた作品だった。
監督:川島小鳥 / 題字:小橋陽介
撮影:川島小鳥 監督:Atsuki Ito / 題字:安藤智
既に音楽活動を再開してから2年が経つ。“HOPE”の後もシングル“Selfish”、“涙”のリリース、“phanom”では岡林健勝(Ghost like girlfriend)とコラボを果たし、2025年に入ってからは“ねつ”、”BAKA”、そしてハルカトミユキとのコラボシングル“iced coffee / boyfriend”のリリースなどコンスタントに活動を続けている。この2年間はどんな期間だったのだろうか。
「最初はお祭りみたいな感じで、まさかまた音楽をやるなんて!と自分へのサプライズみたいな感じだったけど、やり出したら面白くて。でも“涙”までの3曲のリリースと10年ぶりのワンマンライブをやることしか考えてなかったから、2024年6月のワンマンが終わってからは正直なところ無気力で。
でもとりあえず月に1回はライブやろうみたいな気持ちで、弾き語りやデュオセットをやってみたり、地方にも行ってみたりしながら、制作も続けていた感じです」
岡林健勝(Ghost like girlfriend)をきっかけに根付いた、「人に委ねる」やり方
そんな中、2025年最初にリリースされたのが“phanom”だった。また岡林とは2マンライブや期間限定のPodcastを配信するなど、顔を合わせる機会が増えていく。
「まとまった作品を2025年末までに出したい気持ちはありながら、なんか力が湧かないなぁと思ってる時に、岡林くんと“phantom”を作りだしたんです。それが突破口になってくれて、“ねつ”、“BAKA”を続けて出せました。それで岡林くんには“phantom”が完成した直後に、他の楽曲のアレンジもお願いしようと思って。デモを何曲か渡した中で、すぐに“B”をアレンジしてくれたんです。それが、あ〜めっちゃいいなって」
その時点で、今回のEPに収録された楽曲はほとんど揃っていた。
「でもリードになる、ポップな曲がなかなかなくて。それで急遽岡林くんの家に行って、“Lonely together”の一部をその場で歌って聴かせて、そのままアレンジしてもらって。それがすっごくよくて、やっと全貌が見えた感じでした」
活動再開時のインタビューで「ものを誰かと作る時の苦しみ」を思い出したと語っていた黒沼だが、引き続き人と一緒に制作することへの、不安や疲れはなかったのだろうか。
「いや、やっぱり大変だなと思いました。人それぞれやり方も違うし、楽しいけど毎回やっぱりめちゃくちゃ疲れて、すごくしんどかった。でもある意味ちょっと不可抗力なんですけど、今30代で、何かに興味を持つことの限界をすごく感じていて。だから自分のエネルギーが向かない部分を、人に任せるようになりました。 それぐらいの方が今のチューニングには合ってて、ある意味楽になれているのかも。」
「実際にやってみたらいいものが出来たので、自分の判断に自信がつきました。岡林くんとの作業は大きかったのかな。いつも「黒沼さんのやりたいように」と慕ってくれているんだけど、確固たるこだわりもある人だから、委ねてみようと思えました。“Lonely together”に以前の楽曲“sing a song”のコーラスフレーズを入れてくれたり、そういう反応を返してくれるのが嬉しくて。ハルカトミユキと共作した“iced coffee / boyfriend”はお互いの歌詞がごちゃ混ぜなんですけど、それも受け入れられるようになりました(※)」
※EP『Lonely together』には未収録
自分の弱さを歌うことで、自身を肯定するというセルフケア
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今作のタイトル『Lonely together』は、「we are lonely together(=僕らは一緒にいるけれど、寂しい)」が語源だという。これまでの多くの楽曲にも「寂しさ」というテーマは度々登場するが、肩の力を抜いて制作された本作からは、黒沼が感情との向き合い方を知り、ある種の諦めも知ったことで、暗中模索の息苦しさから抜け出した安心感も感じられる。
そんな中でも特に赤裸々に自身の弱さを歌っているのが、タイトルから印象的な“BAKA”だ。〈こんな時ばかり / 誰も捕まらない / ひとりでいることが / 大事だって頭ではわかっているのに〉など、これだけさらけ出すことへの躊躇はなかったのだろうか。
「全然なかったかも。これまでは、「こう思われたい」っていう理想が、めちゃくちゃあったんですよ。 でもだいぶ薄れ始めてる。友達がライブを観て「普段の黒ちゃんでびっくりした」と言ってくれることが、最近増えました。 でもまだまだどう見られているか気になったり、SNSの投稿1つに固執したりはする。もっといい加減になりたいし、自分の素を出していきたいです」
その話を聞いてから〈僕らは僕らを / 手放したっていいんだ / 外はこんなに明るいから〉と歌う“アイ・ミス・ユー”を聴くと、自分の聖域だった制作で「手放す」ことができるようになった、今の黒沼の等身大が現れているようだ。海が象徴的な曲だが、思えば、“HOPE”のMVも、“涙”のMVも海が映っていたし、今作のジャケットも海のようにも見える。彼は、海のどんなところに魅力を感じているのだろう。
「海が揺れると、光が乱反射してキラキラ綺麗じゃないですか。それに準えて、心と身体が不安定だったり、いろんな感情があるっていうことがダメなことじゃない、すごく美しいことだなって思えたんです。だから「揺れててもいい」って伝えたい。そうやって人に対しては、「全然大丈夫だよ」って言えるんですよね。この曲の1番は自分そのままなんだけど、2番は、ある人のことを思い浮かべながら書きました。でも人を励ます時って、結局自分のことを認めようとしてる。 だからこの曲は、誰かに歌いながら、自分におまじないをかけてるみたいな気持ちです」
黒沼が曲を作り人に聴いてもらうこと、「寂しさ」について繰り返し歌うことは、自分自身の揺らぎを肯定したい気持ち、肯定してもらいたい気持ちでもあるのだろう。
「自己否定と自己愛が、同じくらいあって。自分で書いた歌詞を歌うって、どこかで自分のことを肯定することなのかもなぁって思う。 自分のことを嫌だとも思いつつ、愛してる部分もある。 それに、やっぱりどこかで自分の寂しさを分かってほしいと強く思ってるんですよね。その気持ちが制作の一番のエネルギーになってます 」
自分の弱さはどうしても見ないようにしたり、克服したくなったりする。そのどちらでもなく、受け入れて人に見せ、受け入れてもらいたいと願う。その姿は、傷つくことがわかっていても、どこまでも人に期待することをやめられない黒沼らしさで、その強さは大きな魅力だ。
『Lonely together』は過去の黒沼から今、未来への橋渡し
新しい出会い、黒沼が人を信じることを通して作られたEP。その最後の楽曲“Tomorrow’s kids”は、13年来の親交がある工藤司が作詞を手がけた。
「この曲は工藤(司)くんが書いた英詩を、自分が翻訳しました。 自分の曲に他の人の詞が入るのは初めてかな。実は10年以上前、音楽活動をやめた直後に彼がやっていたプロジェクトのために書き下ろした曲で。工藤くんの歌詞は、自分と相手だけじゃなくて、もっと遠くを見てる気がするんですよね。 未来をどうしたいかみたいなことも考えてる感じがして、憧れです。
本当は自分ももっと他人に興味を持って歌えたらと思っていた時期もあったんですけど、自分はやっぱりジメッとした「分かってほしい」という気持ちで書いてしまう。でもこの曲は自分と誰かの寂しさについて、これからどういう関係を望むのか、歌ってくれてる気がして……それは自分でできないことだから、気に入っています。音楽活動を辞めた直後に作った曲が、時間を経て今の自分を示してくれる。新しい出会いで生まれた5曲が入ったEPの最後にずっと前からある個人的なこの曲が入ることは、過去の自分と未来の自分の橋渡しのようで、すごく大事な曲です」
『イン・ハー・クローゼット』(2012年)から『instant fantasy』(2013年)、そして『YELLOW OCHER』(2014年)に『Lonely together』(2025年)。音楽活動を休止していた一方で、改めて今振り返ってみると、ディスコグラフィがどこかの時期で途切れたようには思えない。
むしろ、表に出ていなかった10年の間に黒沼が生きた時間が『Lonely together』に織りなされていた。過去の意味は、未来をどう生きるかによって変わる。この2年間の黒沼は、自分の弱さに向き合い、受け入れ、一番大切な部分を他者と共有することで、寂しさとともに生きる方法を見つけた。そんな自己変容の物語であり、パーソナルな作品が同時代に開かれていることに多大な感謝を。そして黒沼英之という、人に理解してもらうこと、期待することをやめられないロマンチックな音楽家に、本気のリスペクトを捧げる。
"Lonely together" release party ワンマンライブ
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| 日時 | 2025年12月10日(水) open 18:30 / start 19:30 |
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| 出演 | 黒沼英之
Band members Gt. 岡林健勝(Ghost like girlfriend) Key. ミユキ(ハルカトミユキ) Ba. 澤井悠人(猫戦) Dr. 彦坂玄(miida) Sax, Fl, etc. 石田玄紀 |
| 料金 | 前売り ¥4,500 / 当日 ¥5,000(+1ドリンク) 配信 ¥2,500 |
| チケット |
黒沼英之

Webサイト:https://kuronumahideyuki.jp/
YouTube:@HideyukiKuronuma
Instagram:@kuronuma_hideyuki
X(旧Twitter):@hi_kuronuma
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WRITER

- ライター
-
1997年生まれ、みずがめ座。西荻窪|成城|祖師ヶ谷大蔵
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カルチャーWEBメディア NiEW(ニュー)、Musicman、ANTENNA等で執筆。

