みらんとLIGHTERSーー“猫”映画の公開記念イベント・ライブレポート
映画『愛なのに』『猫は逃げた』(2022年)の公開記念イベントが2022年2月17日に〈新代田FEVER〉で開催された。この2作は『街の上で』(2019年)『愛がなんだ』(2018年)などを監督し、青年期の男女の言葉にならない関係性を描くのに卓越した今泉力哉と、Vシネマ、ピンク映画を中心に活躍、『性の劇薬』(2020年)『アルプススタンドのはしの方』(2020年)など近年は劇場用映画も手掛ける城定秀夫が、お互いの脚本でR15映画を撮る新企画「L/R15(えるあーるじゅうご)」の1作目と2作目。第一弾の『愛なのに』は今泉脚本・城定監督の編成、反対に第二弾の『猫は逃げた』では城定脚本・今泉監督の編成で、イベントのメインビジュアルなっている猫・オセロは両作ともに登場する。
公開記念イベントということで監督のトークショーや映画の先行上映会かと思いきや、それぞれの主題歌を手掛けたアーティスト・みらんとLIGHTERSのツーマンライブという何とも思い切ったイベントだった。みらんは日常と地続きの楽曲を歌うシンガーソングライター、一方でLIGHTERSは英詞でメロディアスなロックを鳴らすバンドと音楽のスタイルは異なるが、赤いセーターのみらんと、ブロンドの2人組・LIGHTERSはどこかアメリカのハイスクールのクラスメイトのようで、同じ企画の作品に携わったアーティスト同士ということで特別な一体感のある日となった。
「どうやら朝まであなたといたいの」映画『愛なのに』が引き出したみらんの粋な一面
イベントは先日デビューアルバム『Ducky』のリリースを発表したばかりのみらんが、前作『モモイロペリカンと遊んだ日』収録の“瞬間”を披露して始まった。「完璧な興味の持ち方で惹かれ合う2人が今 / 誰の目も気に留めないままで手を繋ぎ街を歩けば」と物語のように始まる歌詞は映画の公開記念イベントにぴったりで、会場は暗くなった映画館さながらこれから過ごす数時間への期待に包まれる。
この日のライブが初披露の新曲“手紙の言葉”は、映画の脚本を読んで作られたもう一曲の主題歌候補だったという。「見惚れた月影そこに立ってみて/ どうやら朝まであなたといたいの」という率直な恋心が歌われた曲で、映画の色っぽさがみらんの詩に新たな風を吹かせたようだ。詞の情緒とみらんの軽やかに伸びる爽やかな歌声がちょうどいいバランスを取っていた。
みらんが主題歌を書き下ろしたのは2月25日(金)から〈新宿武蔵野館〉〈出町座〉他で上映される映画『愛なのに』。監督・城定秀夫 × 脚本・今泉⼒哉の組み合わせで、女子高生が憧れる古本屋の店主、店主の憧れの⼥性とその夫など、恋心が交差するラブコメディだという。観客が待ち構える空気を茶目っ気混じりに焦らし、主題歌“低い飛行機”は映画のエンドロールのようにライブの最後で披露された。直接伝えられない恋心を風に乗せて届けようとするように笑顔で伸び伸びと歌う姿は、この楽曲をプロデュースした曽我部恵一の歌う姿にも重なる。「名前も付けられないまま 撫でられる猫には」と猫が出てくる映画の内容を想像させる描写もあり、まだ公開されていない映画に興味を持つきっかけとして充分すぎた。
日常を撮って映画にする今泉監督×日常を映画にするLIGHTERS
2組目は3月18日(金)に公開の映画『猫は逃げた』主題歌を担当したLIGHTERSがサポートドラムを迎えた3ピース編成で登場。ライブはお馴染みの“Little me”、“could be”と架空の映画のサントラをイメージして作られたアルバム『swim in the milk』の楽曲から始まる。
映画のイベントだから尚更意識したのかもしれないが、こうして聴くと、LIGHTERSの曲にはどれもストーリーがある。“Holiday”は好きな人との朝をイメージさせられる詞だし、“ Date at IKEA”からは映画『(500)日のサマー』(2009年)を想起する。それぞれの曲がワンシーンとして展開することで、ライブ全体で一本の映画を観ているよう。
詞にストーリー性があるだけではない。隙間のあるサウンドはきっと映画で流れても、物語に干渉しすぎずちょうどよい距離感で馴染むだろう。映画『猫は逃げた』は監督・今泉力哉 × 脚本・城定秀夫の編成で、飼い猫のカンタをどちらが引き取るかで揉める離婚直前の夫婦と、それぞれの恋人の物語だという。現時点では映画の予告編のみで聴くことができる主題歌“don’t cry”は、LIGHTERSらしい切ないメロディーと跳ねるリズムが共存する、心が波打つ毎日に軽やかに寄り添ってくれそうな楽曲で、その楽曲の二面性に通じて演奏している3人は楽しくも慎重に見えた。無意識に、聴いている自分も映画の中にいるような気分になっていた。
ナガサワルミ(Vo / Gt)にとって「映画は音楽を作る上でも生活の一部としても大きな存在」で、今泉監督の映画は「派手な結末ではなくても、ふと思い出すようなシーンがあるところが好き」とMCで語っていた。“don’t cry”は今泉監督が映画で大事にしていることと、LIGHTERSの音楽が大切にしている世界が交差するように書き下ろされた楽曲だという。
日常を撮って映画にする監督がLIGHTERSを抜擢したのは、きっと日常を映画にするような音楽を作っているLIGHTERSの感覚に共感したからではないだろうか。
映画との関係の測り方により再確認できた、アーティストの個性
映画は時々「スタンディング上映」なるものが開催されていて『アメリカン・ユートピア』は立って観たら最高だったとの噂も聞く。その反対で、この日は映画のイベントらしく全員着席。普段立って観るライブを座ってじっくり観ることができた。それぞれのストーリー性も相まって名画座で二本立ての映画を観たような特別な体験である。
映画と音楽双方にとって出会いを広げる映画の企画は、城定監督『アルプススタンドのはしの方』(2020年)× 主題歌・the peggies、井上康平監督『ドンテンタウン』(2019年)×音楽・菅原慎一(シャムキャッツ)なども手掛ける配給会社、株式会社スポッテッドプロダクションズが仕掛けている。
みらん・LIGHTERS両者ともこれまで物語のように曲を作っていたとはいえ、観たことのない映画の脚本を読んで作曲するのは初めてだろう。みらんは「完璧な興味の持ち方で惹かれ合う」(“瞬間”)など、これまでも恋を表現する言葉の幅の広さが魅力だったが、新たな制作方法を前に“手紙の言葉”では映画でストーリが展開する鍵となる「手紙」、“低い飛行機”では劇中に登場する猫の鳴き声と重なる「雷」など、これまでと異なるモチーフ選びの方法をものにして表現の幅広さに拍車をかけたようだ。LIGHTERSは前作『swim in the milk』では各曲が1シーン、アルバム全体で1本の映画のサウンドトラックをイメージしたような表現だったが、今回の主題歌“don’t cry”は1曲だけで激しさと落ち着きを併せ持って展開するようで、ラブコメ映画1本の空気感をそのままこの曲だけで表現したように思える。それぞれの映画との関係の測り方はアーティストの個性を伸長し、再確認させてくれた。
みらんはこれを機にデビューアルバムを作り、LIGHTERSは映画の主題歌を手掛けるという夢を叶え、一歩ずつ新たな道に進んだよう。下北沢の隣、何かが始まる期待に満ちた街・新代田。街の空気も相まって、アンコールもなく終了したこの日は派手ではなくともある時ふと思い出しそうな、今泉監督の映画を観た後と通じる心地よい余韻があった。
写真:一色華
Information
みらん
発売日:2022年3月16日(水)
フォーマット:CD / 配信
レーベル:felicity / P-VINE
先行配信:あたたかい光
“Ducky” Release Tour きみがあたらしいキスをしたから
東京公演
会場:〈新代田FEVER〉
日時:2022年4月8日(金) OPEN:18:30 / START:19:00
出演:みらん(band set) / ゆうらん船
大阪公演
会場:〈CONPASS〉
日時:2022年4月15日(金) OPEN:18:30 / START:19:00
出演:みらん(band set) / Guest Artist(TBA)
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WRITER
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97年生まれ、みずがめ座。中央線・西荻窪→小田急線・成城学園前。ANTENNAのほかMusicmanなどで執筆。窓のないところによくいます。
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