灯台の光のように、目的地を照らす歌
直線の定義は“端”がないことらしい。福岡出身、都内を拠点に活動するシンガーソングライター・かりんちょ落書きの歌は発せられた途端、前にも後ろにも伸びていく直線のような貫通力を感じる。そのラフな名前に油断していたら、対バン目当てに観に行ったライブで、あまりにも本気な歌に射抜かれた。積極的なライブ活動で筆者のような人が後を絶たない中、2022年5月2日にバンド編成での新作『海が満ちる』EPをリリースした。
表題曲“海が満ちる”は、一度聴いたら耳に染み付く明朗なメロディラインと素朴だが確実な言葉選びで、裸でも闘えるような野生の魅力がある楽曲。そこに岩浅圭哲(Ba)とフカイショウタロウ(Dr)の脈拍さながらのリズムに、ギター伊藤(Gt)の突き抜けるソロパートもあり、バンドの疾走感を味方につけた。その歌の力はまるで静脈どころか、動脈まで突き刺さる怖いくらいの強度でもって、身体中を駆け巡り体温を上げる。
「眠れない夜には積み上げた本の山を崩して 探しにゆこう あの頃の僕」
「なんとなく開いた本から 硬く閉じたドアの 鍵を見つけたんだ」
楽曲の前半で歌われているのは、孤独の中、昔読んでいたある本で見つけた言葉と向き合って、自分が進みたい方向を再発見したことだろうか。10年ほど活動した音楽活動の原点であるバンド、AGUを2019年12月に活動休止し、かりんちょ落書きとしてソロで本格的に活動を開始。コロナ禍も積極的に配信ライブを実施したり、『カリんちょ落書きEP』『少年』など音源もコンスタントに作り、弾き語りだけでなくバンド編成でもライブを重ねるなど、本作のリリースに至るまでの“大航海”を連想するような物語だ。
「それは それは」と何度もゆっくり繰り返し、聴く人を置いてけぼりにしない速度で言葉を届けるのは、これまでの楽曲でも一貫しているかりんちょ落書きの姿勢だ。前作『少年』に収録された“少年”のサビでは全く同じ1節を2度歌うし、“スマイル”でも「そのままで そのままで」「大丈夫 大丈夫」「スマイル スマイル」と繰り返してくれる。その表現はTwitterの動画で映る彼の自宅にTシャツがかけられていたザ・クロマニヨンズにも通じるところがあり、大人、子ども、職業や性別も関係なく、多くの人の心に届けるための本気が、詞一つに迸っているのを感じる。そこから“海が満ちる”では、生来の賜り物である太く安定した声が、日々の地道な活動によって自信がついたのか、さらに説得力を増して届いてくる。
かりんちょ落書きが本の一節に感動して“海が満ちる”を作ったように、自分の楽曲が誰かにとっての「硬く閉じたドアの鍵」、つまり過去の情熱を思い出すきっかけとなることを彼は願っているのだろう。その願いが届いて、ふとYouTubeで“海が満ちる”のMVを目撃した誰かの「それ」になる、そんな日は遠くはないと思う。実際、既にMVのコメント欄には、ラジオで耳にして検索した人が漂着しているようだ。漂着者が、楽曲さながら2つの目に涙を浮かべる(=「涸れた二つの海が満ちる」)とき、休息していた心は動力を得て、目的地を明確に邁進するだろう。船は涸れた海ではなく、満潮で進み始めるのだ。
配信リンクはこちら
海が満ちる
発売:2022年5月3日
フォーマット:デジタル
収録曲:
1.海が満ちる
2.溶けあうくらい
かりんちょ落書き
野太い歌声と繊細なメロディー、ライブで見せる熱いエナジーが特徴のシンガーソングライター。
2021年からは弾き語りの活動に加えバンド編成でのライブも行っている。
同年8月にリリースした『少年』のMVが秋山黄色の目に留まり2万回再生を記録。
主にライブ活動を中心に健やかに成長中。
Webサイト:https://karincho-rakugaki.com/
Twitter:https://twitter.com/doremagesu
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WRITER
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97年生まれ、みずがめ座。中央線・西荻窪→小田急線・成城学園前。ANTENNAのほかMusicmanなどで執筆。窓のないところによくいます。
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