古典手法を味方に現代の風俗を織り込んだ、自由律フォークポップス
湘南出身のシンガーソングライター・井上杜和(いのうえとわ)の初EP『日々浪漫(DAILY ROMANCE)』が配信でリリースされた。やまのは(KiQ)が、主宰するレーベル・mimikaki DISKから自分たちの作品以外で初めてリリースする。録音とミックスもやまのはが手掛け、マスタリングにはKiQはもちろん、ゆらゆら帝国やカネコアヤノの作品などを担当してきた中村宗一郎(PEACE MUSIC)を迎えている。またレコ発ライブは坂本慎太郎が内装を手掛けたサイケデリックなライブハウス<東高円寺U.F.O.CLUB>で開催され、KiQ、東郷清丸、ハシリコミーズ、DJに井手健介と実力者たちが揃う。つまり、やまのは全面協力の元でのEPデビューだ。これだけでも見逃せない要素が詰まっているが、実際に本作を聴いた時の衝撃は、2016年、同ライブハウスでキイチビール&ザ・ホーリーティッツを観た時のことを彷彿した。一癖ありながらも案外親しみやすく、それゆえ中毒性を持っているのだ。
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本作より以前に発表されている2021年の楽曲“寄せ鍋”はプライマル・スクリーム”Come Together”を連想させる浮遊感のあるサウンドで始まったかと思えば、音の隙間と印象的なフレーズのリフレインや、鍋を囲む親密な関係性を表現した歌詞に親しみやすさがあった。1曲で確かな聴きごたえが感じられるまさに“寄せ鍋”。これは井上杜和のシンガーソングライターとしての特徴をそのまま表していたことがわかる。初EPを出す前に、自己紹介は完了していた。
「他人には分からない 隠した味があるんだよ
ちゃんと噛んで飲み込んで ちゃんと噛んで味わっていよう」“寄せ鍋”
そしてリリースされた本作『日々浪漫(DAILY ROMANCE)』も、そんな彼の「寄せ鍋」感、つまり魅力的な歌声や演奏技術という出汁がしっかりしていつつ、色んな具材がごちゃまぜになって入っているところが存分に味わえる全5曲だ。その具材はどんなものか、見てみたい。
ミュージックビデオも公開されているM2“許してくれて謝謝”は、冒頭の強い音圧でうなるギターにバンド・家主を連想したが、Aメロからは1985年に発表されたアーケードゲーム『イー・アル・カンフー』で流れるフレーズがマリンバで再現され、軽やかな表情を見せる。ギターのダイナミズムと、印象的で機械的なサンプリングの振り幅が楽しい一曲だ。耳に残るフレーズが歌の後ろで繰り返されるゲーム感はM3“アクリルボーイとナイロンガール”にも引き継がれていて、二人の関係を静電気に例える気の利いた歌詞といい塩梅で引き立て合っている。2曲とも、ストーリーの展開を効果音で盛り上げる構成が特徴と言える。ストーリーと音楽に親密な関わりを持たせるのは、”寄せ鍋”シンガーソングライター・井上杜和の具材の一つと言えるだろう。
他の楽曲にも触れておきたい。浜田省吾さながら、君への恋心を真摯な声でまっすぐに歌い上げるM4“あおいぞう”は、フォークギターで刻むリズムが似合う。かと思えば、7分半を超える長尺のM5“霧灯”では「重い霧」の中にいる情景を象徴するように同じアルペジオがしばらく続き、ベースも同じ音を弾き続ける。しかし「君の手を引こう」という歌詞が登場して「君」の存在を霧の外に連れ出すと同時に、優しいピアノの音が聴こえてくるのだ。そしてギターは歪み、咽び声とクラッシュシンバルが鳴る轟音の中を駆け抜けた先には、冒頭のアルペジオがまた鳴っている。前より明るくも聴こえるし、変わらないようにも聴こえる。「ストーリーと音」の魅力的な関係性は、ジャンルこそ違うものの、演者の動きとセリフ、音が寸分違わず互いに作用することで成り立っている歌舞伎の形式に近しさを感じた。
では、歌詞で描かれたストーリー自体は、どういった内容だろうか。“許してくれて謝謝”の歌詞の冒頭にNHKの「連続テレビ小説」が登場したり、合成繊維の「アクリル」と「ナイロン」を曲のテーマにしてしまうなど現代の風俗を巧みに織り込み、ストーリーを綴る。自身が生きる時代を背景に生活を飾らず、表現するテーマ性は、明治末期から大正初期に活躍した歌人・北原白秋に通じるところがある。
北原白秋は童謡“あめんぼの歌”や“からたちの花”で広く馴染みがあるが、『瓦斯燈(がすとう)に / 吹雪かがやく / 街を見たり』など、明治時代にしては異国の空気も取り入れた自由律の前衛的な俳句で人気を博した。俳句でこそないものの、井上杜和の歌詞にも、季語が巧みに織り込まれていることに気がつく。M1“朝刊”では「鮭」が秋、M3“アクリルボーイとナイロンガール”では「乾いた季節」が冬を指すが、アクリルとナイロンの間で起こる静電気も、冬を匂わせている。M4“あおいぞう”には「五月雨」という梅雨の代表的な季語が含まれるだけではなく、「青」も実は、中国の五行思想で春を表すものだ。五行思想では色が季節を表すが、“M5“霧灯”では秋の季語である「霧」のほかに「白」が登場している。
つまり本作には、秋から翌年の秋まで一巡する時間が含まれていると言える。詞の持つ背景も含めて読み解くことで、楽曲が孕む情景がより鮮明に浮かぶだけではなく、5曲を通して経過する時間の流れも併せて楽しめる仕掛けが隠されているのだ。
そういえば、『日々浪漫(DAILY ROMANCE)』というタイトルも新浪漫主義を伸長した白秋との共通点が見出せる……とするのはやや強引だろうか。しかし井上杜和は、日本古来の表現方法を現代に馴染ませながら、日常のストーリーを描くシンガーソングライターであることはたしかだろう。
日々浪漫(DAILY ROMANCE)
アーティスト:井上杜和
発売日:2023年1月25日
フォーマット:デジタル
収録曲
1.朝刊
2.許してくれて謝謝
3.アクリルボーイとナイロンガール
4.あおいぞう
5.霧灯
井上杜和 1st EP発売記念『第1回 夜食の支度』
出演 | [LIVE]
[DJ] |
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日時 | 2023年2月17日(金)open 18:30 / start 19:00 |
会場 | 東京・東高円寺 U.F.O.CLUB 〒166-0003 東京都杉並区高円寺南1丁目11−6 ハーモニーヒルズ |
チケット | 前売り¥2,500 / 当日¥3,000(+1drink) |
予約 | tovvainoue@gmail.com または、U.F.O.CLUB(03-5306-0240)まで |
井上杜和
奇天烈な日記ポップスを歌うシンガーソングライター。
Twitter:https://mobile.twitter.com/omulatowa/
Instagram:https://www.instagram.com/towannafly/
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WRITER
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97年生まれ、みずがめ座。中央線・西荻窪→小田急線・成城学園前。ANTENNAのほかMusicmanなどで執筆。窓のないところによくいます。
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