社会に呑み込まれないように歌いながら生きる、異物感とたくましさ
グッナイ小形の歌を初めて聴いた時の印象はよく覚えている。彼の顔が映されたモノクロのジャケットも、タイトルも吉田拓郎(当時 よしだたくろう)『元気です。』(1972年)をあからさまに模した1stアルバム『正気です。』(2019年)をタワーレコードで見つけて購入。“結婚しようよ”なんて拓郎の同名異曲も入っていたが、その少し舌足らずでざらついた声や、言葉の抑揚が次第にメロディを呼んでくるような字余り気味の歌は、拓郎よりも友部正人からの影響を強く感じた。中でもモラトリアムを抱えながら東京で生きる若者二人の姿を描いた“きみは、ぼくの東京だった”は、友部の“一本道”にも通じるささくれ立ったオーラをまとっている。また孤独が滲む絶唱と、ダイナミックなバンドアレンジはむしろくるりの“東京”にも似た雰囲気を感じていた。だからその後、このアルバムのプロデュースがくるりの1stシングル“東京”に関わった原朋信(THE SUGAR FIELDS)と知った時はとても合点がいった。
彼と初めて会ったのもそんな『正気です。』を購入して間もなくのこと。高円寺駅の高架下で路上ライブをしているところに出くわし、以降何度か足を止めるようになっていった。ライブがない日はほとんど毎晩ここで歌っていること、北海道から上京してきたこと、筆者と同じく1991年生まれということ、思った通り友部正人が好きだということなどを聞いた。想像以上に彼の歌声はデカく、聴く人の頭の中にドシっと鎮座するような強い存在感を放っていたが、その目は自分が歌っている理由をずっと探してさまよっているようにも見えたのだ。
コロナ禍でも彼の活動スタンスは変わらなかった。むしろライブが減ったことによって、高架下で見る機会は以前より増した。デカい声で、日々をもがいているように歌っていた。アルバムもハイペースに制作を続けて、もう通算4枚目となる。これまで同様、原朋信がプロデュースを手掛けるカフェ・オ・レーベルからのリリースだ。前作『SUPERSONIC HONEYMOON』(2021年)はイメージを一新するパンクロック作で少々面食らったが、ここでは彼の弾き語りにバンドが花を添えるフォークロック・スタイルが復活している。とはいえ原点回帰というような堂々たる佇まいは皆無。彼の言葉を乗せる音を捜し歩いたバックパッキングから帰宅し、改めて居心地の良さを確認しているようなパーソナルな質感が通底している。
「昨日仕事を辞めた 何も言わないで辞めた」“生活苦”
「悲しいから歌うのかい 苦しいから生きるのかい 働くだけじゃつまらなくて 生きてるだけじゃ退屈で」“病気”
「暮らしは大丈夫かい お金は足りてるかい 夢はまだまだ燃えているかい 苦しくなったりしてないかい」“あなた”
いずれも夢と酒となけなしの金が付きまとう歌はヒリヒリとしみったれたリアリズムを抱えていて、どの主人公もいつまでこんな生活を続けるのかという憂さがある。単なる共感では済まない、まるで呑み屋で膝を突き合わせて夜通し語り合った後のような情が、聴き手の中に沸いてくるのだ。またそのやるせない吐露によって、自分の音楽への情熱にも一本一本薪を焚べて、少しでも長らえているような気配もある。
先日も彼は高円寺駅前で歌っていた。足をとめて歌に耳を傾ける人、顔見知りなのか挨拶だけして過ぎ去る人、本作のリリースを聞きつけ直接買いに来た人、500ml缶のトリスハイボールを彼に差し入れする人、機材を組み立て演奏している模様を撮影している人……グッナイ小形の歌声は夜の高円寺のランドマークみたいになっていた。そんなにこの場所で人とつながってどうしようというのか。自身が死ぬまで歌いながら過ごしていけるような、“国でも建てるつもりなのか”。
「僕は僕の好きなものが好きで 振り落とされないように しがみついてる」という詞で終わるこの曲を聴くと、なんだか自身のスタイルや歌う理由を、彼なりに見つけたように思える。自分の歌そのものは極めてオーセンティックでタイムレスなものだということ。でもこの時代に日々街を見据え、社会に呑み込まれないように歌いながら確かに生きているという、ほんのりとした異物感と素朴なたくましさはとても誇れるものだということ。なんだか原朋信と連携しながら制作してきた初期4部作として、ここで確かな区切りを迎えたように思える。ああ彼の歌を乗せた中央線よ空を飛んで、あなたの胸に突き刺され。
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国でも建てるつもりなのか
発売:2022年3月2日
フォーマット:CD
価格:¥2,500(税込)
収録曲
1.生活苦
2.夜汽車
3.眠れない
.ベティブルー
5.百年暮らし
6.病気
7.東京帰り
8.明日は来ちゃう
9.国でも建てるつもりなのか
10.君に友達ができてよかったね
11.君はレイトショーに来なかった
12.あなた
グッナイ小形
高円寺在住フォークシンガー
1991年北海道生まれ
2017年から継続的に東京・高円寺を中心に路上ライブ共にライブ活動を展開している。
現在までにカフェオレーベルより全国流通アルバムを4枚発売。
ラジオや新聞、楽曲提供などの精力的な活動により多方面に認知を広げている。
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1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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