INTERVIEW

ここから踏み出す、ギリシャラブの“イントロダクション” – 2nd Album『悪夢へようこそ!』リリースインタビュー –

MUSIC 2019.04.18 Written By 峯 大貴

京都の5人組バンド・ギリシャラブ。首謀者 天川悠雅(Vo)の描く、様々な文学・映画作品に裏打ちされた人間の不条理を浮き彫りにするノワールな歌物語と、ステージで放つ邪悪で耽美な色気。そんなフィクショナルな世界観を持ちながらも、1stフルアルバム『イッツ・オンリー・ア・ジョーク』(2017年)以降の2年では、前ベーシスト埜口敏博の死去、中津陽菜(Dr / Cho)、山岡錬(Gt)、ハヤシケイタ(Ba)加入による体制の立て直し、志磨遼平(ドレスコーズ)主宰のJESUS RECORDSからミニアルバム『(冬の)路上』(2018年)のリリースなど、荒波のようなトピックスを経験してきた。京都はもちろん、あらゆる音楽シーンにいる他のバンドとは一線を画した運命を辿り、まるで独立国家を築いていくようにハードな中毒性で支持者を増やしてきたのだ。

 

そんな中、今の5人のメンバーで初めての作品となるフルアルバム『悪夢へようこそ!』が完成した。サウンドとしては取坂直人(Gt / Syn)が導入したシンセサイザーが全面的にフィーチャーされ、表題曲“悪夢へようこそ”で退廃的に響くリフにはグラムやハード・ロック、“おれは死体”ではトラップ調のサウンドに天川によるラップが入るなど、アプローチの幅がグッと広がっている。また冒頭“イントロダクション”と最後に配置された“イントロダクション(Reprise)”が環状に繋がり、アルバムの中から戻ってこられなくなる無限ループの構造は正しく悪夢。脚本的にアルバムの物語を構築する天川の才覚を感じさせる。

 

本インタビューでは常に変化を続けるギリシャラブの今の姿と、その中で一貫して変わらない歌詞テーマの源泉、そしてこの度京都から東京に拠点を移すことになったその真意などを天川に大いに語ってもらった。寄る辺ない暗がりの道の先で着実に発展を遂げていく、独立国家ギリシャラブへようこそ!

“からだだけの愛”は狭い部屋から、外に飛び出した感覚がする

天川悠雅(Vo)
──

前回は2017年の『イッツ・オンリー・ア・ジョーク』リリース時にOTOTOYでインタビューさせていただきましたが、今でも印象に残っているのが「“作品”よりもその“変化”のダイナミクスの方こそ“音楽”と呼ぶべき」と仰っていて。そこから2年経った今も考え方は変わっていませんか?

天川悠雅(以下 天川)

いわゆる名曲・ヒット曲至上主義に反発とは言わずとも、一発大きな名作や名曲を作ってやろうという考え方がない、という意味では変わっていないですね。ゼノンの有名な〈飛ぶ矢は飛ばず〉というパラドックスがあって、弧を描いて飛んでいる矢は、どんな瞬間も切り取ってしまえば移動していないように見えるから矢は移動していないという話で、詭弁ですよね(笑)。自分にとって曲を作り、作品を出すことは確かに動いているその瞬間のことだと思います。

──

なるほど。その確認をまずしておきたかったのはこの2年で、メンバーチェンジや志磨遼平さん(ドレスコーズ)からのフックアップなど、ものすごいダイナミクスでバンドが変化したじゃないですか。なので結果的に理想の音楽活動が出来る状態に近づいているのではないかと思っていまして。

天川

本当にめちゃめちゃ変わっていますね。2年前から自分と取坂以外はメンバーが変わって、ようやく今の5人がバンドにフィットした感覚がします。去年のミニアルバム『(冬の)路上』(2018年)の時点でも中津と山岡は加入して間もなかったし、ハヤシはまだいなかった。そんな変化している段階で『(冬の)路上』を作れたのは自分たちの中で大きかったです。

──

どういう意味で大きかったのでしょうか?

天川

フルアルバムとは違ってポップで強い5曲をぶち込んだ作品で。中でも“からだだけの愛”は今まで自分たちがいた狭い部屋から、一つ外へ飛び出した感覚があるんです。例えばニールヤングの作品を聴いていると打算が全くなくって、自分の部屋で普段やっていることをそのまま録音して出している感じがすごくする。自分も曲を作っている時にどうしたら聴いてもらえるかなんて考えていないけど、“からだだけの愛”は完成してから何か別の働きを持って、色んな人に聴いてもらえたのがよかった。

〈空洞〉の状態も肯定したかった

──

そこから待望のフルアルバムとなるのが本作『悪夢へようこそ!』ですが、どういうイメージで着手されましたか?

天川

まずはシンセサイザーですね。これまでは自分がリードのフレーズを弾いていた程度でしたが、今回は取坂がNordのシンセを導入して本格的にやってもらうようにしたので、シンセが使える前提で曲が作れるなというのがありました。

──

シンセの導入には、どういうサウンド・イメージがありましたか?

天川

音楽的なキーワードとしてはヒューマン・リーグ、ジョイ・ディビジョン、ザ・スミスなどの80年代ですね。ギリシャラブはいつもディスコ・ポップとかポスト・パンクとどのように距離を取るのか考えているのですが、今回は接近してみようとしました。あとは短調のコード進行の中でダークな物語が進んでいくようなイメージです。

──

今回のアルバムのキーワードとして〈空洞〉がありますが、どんな空洞なのかもう少し詳しく教えていただけますでしょうか。

天川

学校でも職場でもお前バカだなぁってイジられるような人がいるじゃないですか。みんなが知っていることを知らなかったら、冷笑するような雰囲気。僕はそういう人のことも好きだから、子どものころからなんとなくそんな空気を察して、イヤだなと感じていて。今回収録されている“空洞について”に出てくる人物は頭が空っぽで踊って、恋しているだけ。そういう空洞の状態も肯定したかったんです。

──

すごく興味深い着眼点だと思うのですが、なぜそういうことを歌いたいと思ったのでしょうか?

天川

うーん……自分はテレビやSNSでトレンドになっているようなコンテンポラリーな情報は知らない方だと思うけど、それでもけん制し合ったり、冷笑するような世の中の雰囲気を無意識的に感じてしまったのかな。決してそのアンチテーゼが動機ではないですけど。たとえば映画を見ていても登場人物がする行動に対して、考えが浅はかだなと思うことがありますよね。なんでそんなアホな失敗をするのだろうと。フィクションの映画だから盛り上がる展開を作っているんだと言えばそれまでですけど、誰にでもそんな考えの浅さは付きまとっているんです。例えば毎回約束に2時間遅刻して来る人がいる。ダメな人だなと思うけど、自分も人生の中で2時間遅刻したことはあるんですよ。そういう浅はかさを認めたいというのがありましたね。

──

それを〈空洞〉と表現して歌ってしまうのがギリシャラブの面白さで、聴いていると肉体から魂が剥がされていく心地がするんです。本来音楽はささいなことや無意味なことにも価値を見出だしたり、意味付けすることが多いけど、ギリシャラブは逆で。有機的なものを無機質に表現することが多いですよね。

天川

確かに擬人法の逆みたいなことはよくやりますね。今回の作品で言えば“幽体離脱”も“おれは死体”もそう。これまでの曲でも“機械”(2017年)は〈機械的〉という言葉が否定的なニュアンスでばかり使われている。“からだだけの愛”も身体だけで繋がっているのは愛とは言えないという風潮がある。それだけじゃないと肯定したいんですよね。

──

天邪鬼でありながら既存の価値観をひっくり返していく表現というか。それは最初の作品に収録されている“商品”(2015年)から一貫していると思います。この頃から〈ぼくらは商品なのさ なんにも考えないで〉と歌っている。

天川

ほんとですね。最初から同じことをテーマにしているなと思います。自分は高校を1年で辞めてしまって、ずっと本を読んで過ごしていた時期があるんですけど、それが大きいと思います。そんな人、多数ではないけどたくさんいるのは事実だし、認めるようなことを歌おうとしているのかな。

『悪夢へようこそ!』は初めて〈ギリシャラブのアルバム〉と言い切れる作品

──

一貫していることで言えば今回にも“ブエノスアイレス”と土地名を冠した楽曲が入っていて。これまでも“パリ、フランス”、“パリ、兵庫”、“ギリシャより愛をこめて”と地名を使うことが多いなと思ったのですが。

天川

確かに。でもこの曲は地名というより『ブエノスアイレス』(1997年)という香港映画がインスピレーション源ではありますね。香港の男性同士のカップルがブエノスアイレスに旅行に行って、そこで揉める話。ブエノスアイレスは南米のパリと言われていておしゃれだけど、どこか猥雑なイメージから作りました。

──

でも土地名を使うことによって、今いる場所ではない異国が想起される曲になっていると思いました。

天川

そういうアルバムも好きなんですよ。ベイルートも地名を取り入れていることが多いじゃないですか。『No No No』(2015年)とか冒頭の“Gibraltar”から最後“So Allowed”まで聴いていくと本当に旅しているような感じがします。今の時代、アルバムとして出す必要性がなくなっている中で、アルバムとしてまとまりをもって聴く意味を持たせたいときに、一番手軽な手段は同じような曲を書くことだと思います。でも色んな場所での物語を描いていく一つの〈旅〉というコンセプトを置けば、それだけでまとまりが生まれるので、『悪夢へようこそ!』もそんなアルバムにしたいとは思っていましたね。

──

ではこの『悪夢へようこそ!』で描こうとした物語はなんでしょうか?

天川

これは短編集でしょうか。象徴的なのは一人称で今までは〈僕〉でしたが、“おれは死体”で〈おれ〉という一人称を始めて使ったり、“空洞について”では〈わたし〉にしている。『イッツ・オンリー・ア・ジョーク』は一人の男の物語を描きましたけど、『悪夢へようこそ!』は自分の国の中で生きる人々を描いたというイメージです。少しうつろで空洞を抱えた人々の姿。うん、“悪夢へようこそ”とか“灼熱の炎”を聴いていても、今回のアルバムのまとまりは〈自分の国〉と表現するのがしっくりくるな。

──

“おれは死体”は一人称が〈おれ〉になっているだけではなく、天川さんのラップが主体の曲で、そこにも新鮮さを感じました。

天川

こういうラップのようなアプローチは『商品』のころからやってみたかったんです。でも自分が得意じゃないことをやったときのフェイクっぽさを気にして、今までは出来なかった。“おれは死体”はトラップを意識して作ったんですけど、完全に自分たちがトラップをやることは出来ないし、仕上げていく過程でいいと思う方向をいけばいいんじゃないかと考え方を変えたら道が開けました。あと最初と最後に入っている“イントロダクション”はリーディングを取り入れましたが、これもディアハンターをイメージしたサウンドの上でこんなリーディングを乗せてもいいんだと思えたのが大きいですね。

──

完成した今、ご自身の中でどういうアルバムと位置付けられますか?

天川

『イッツ・オンリー・ア・ジョーク』はまだ天川悠雅のアルバムという感じでしたけど『悪魔へようこそ!』はギリシャラブのアルバムと言い切れる気がします。今までどこかしらのパートが不在だったり、脱退が決まっている中での制作でしたが、今の5人でこれから頑張っていくという状態で作られた初めての作品で。だから曲の通りギリシャラブの“イントロダクション”ですね。ようやく踏み出せる。

──

最初だけではなく、最後に“イントロダクション(Reprise)”が入っているのもこれから踏み出していくという決意の表れでしょうか?

天川

踏み出すということなんですけど、ここでは〈イントロダクション何度でも繰り返す〉と歌っていて。自分たちは曲を作り、アルバムを作って、ライヴをするの繰り返しなんです。おもねったりへつらったりは論外ですけど、カメレオン的に色んなことをやっていくことはできないので、自分たちのやり方として同じことを繰り返していくしかないなと。

──

でもようやく今の体制になったことで、曲を作り、ライヴを繰り返していくことに注力できるようになったということですよね。

天川

そうですね。いい状態だと思います。

今だったらどんな曲でもギリシャラブの音楽にできる

──

とはいえギリシャラブの音楽は今後も変化していくのだと思いますが、今後の方向性などは考えていますでしょうか?

天川

最初に言ったことと矛盾するんですけど、名曲を作りたいなと思えるようになってきました。今まではバンドでやってかっこいいと思える曲を採用していて、自分が弾き語りした時点でバチっとはまっている、いいメロディの曲はボツにしていたんです。それは他の曲とのまとまりを大切にしていて、ギリシャラブの曲にならなかったら意味がないという考えだったから。今はギリシャラブのマナーが出来上がってしまっているので、今後はそれを壊していくべきではないかと思っています。今だったらどんな曲でもギリシャラブの音楽にできるんじゃないかな。

──

これまでのイメージを今後は壊していくフェーズに来ていると。

天川

『悪夢へようこそ!』も含めてギリシャラブってダークなイメージがありますよね。そのダークなイメージは曲の多くが短調であることにも依拠しています。コード感にもこだわりはあるけど、そこに自分たちも依存している気がしていて。本来ギリシャラブの核はそこではなく、もっとプリミティブなところにある気がしているんです。まだ見つかっていないけど、その核を捉えていればどんな曲も出来ると思うから、まずはしがらみのない素直な気持ちで曲を作ろうかなと(笑)

──

最後にアンテナとしては今回京都から東京に拠点を移した理由について、お伺いしたいのですが。

天川

なにかアテや算段とかはなく、ワクワクするため……ですね。自分は兵庫の三田出身でそこから京都に移った時と同じような感じ。僕らは今まで関西や京都のシーンに帰属できずにここまで来たんですよ。東京では京都っぽいと言われるし、京都だと東京みたいに洗練されているって言われる。それだったらライヴの反応を見ても手ごたえのある東京に来てもいいのかなと考えていました。でもメンバー一人一人にも人生があるので去年相談したら、全員「いつ行くのかなと思ってた」と満場一致だったんですよ。今の時代上京する必要なんかないけど、逆に5人が一枚岩になって環境を変えようとするバンドも少ない。ギリシャラブは僕のバンドなので、そこの足並みが揃っているのはすごく幸せだなと思って。だからなにかをつかんでスターになれればいいなと。

──

特に京都ではしがらみなく自分のペースで音楽を続けることを重視している方も多いので、しっかりバンドを大きくすることに向上心を持っているギリシャラブの動きは今後も楽しみですよ。

天川

逆質問になってしまうんですけど峯さんの書いている記事や追っている音楽を見ても、ギリシャラブは全然当てはまらないですよね(笑)。どう思って見てくれているのでしょうか?

──

ギリシャラブに出会った『商品』~『イッツ・オンリー・ア・ジョーク』にかけては、自分が一番注力して追いかけている土着的なフォークやロックの要素がまだあったじゃないですか。確かに歪に変化していった今の世界観はそこからどんどん外れていっていますけど、その変化の過程がギリシャラブはおもしろいし、自分としても新しい音楽の領域に連れて行ってくれる感覚がするんですよね。

天川

なるほどなぁ。確かにくるりもしっかり自分のバンドのファンを惹きつけて、『THE WORLD IS MINE』とか『ワルツを踊れ』ではこれまでとは違う新しい要素を持ち込んでいますしね。デヴィット・ボウイもディスコグラフィほぼ全部大ヒットしていて、絶対色んなしがらみもあっただろうけど、そこにおもねることなく全部力に変えてスターになっていきましたし。自分もそういうミュージシャン像が理想なのかなと思います。

作品情報

 

 

ギリシャラブ『悪夢へようこそ!』

 

1.イントロダクション
2.ブエノスアイレス
3.薔薇の洪水
4.悪夢へようこそ
5.空洞について
6.幽体離脱
7.愛の季節
8.おれは死体
9.灼熱の炎
10.イントロダクション (Reprise)

 

WRITER

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