今最も恋しい体験とムードが詰まった、此岸のラヴァーズ・ロック
Bagus!の音楽を聴いて思い浮かぶのは、高速道路から臨む都会の夜景、海岸沿いの海の家でDJが鳴らすサーフ・ロックやレゲエ、バーの間接照明に映えるカンパリソーダと男女の会話から始まるアバンチュール……。実に煌びやかでライトメロウな光景たちだ。2014年に結成、和歌山出身のメンバーを中心とする6人組バンド。いわゆるシティ・ポップがこのムードの象徴的サウンドとして、ここ数年は特に独占状態であったが、彼らはそこから一歩踏み出し、ラヴァーズ・ロックに軸足を置いて描き出そうとしている。
レゲエの中でも大人のムードを持ったラブソングとして70年代中盤にアフリカではなくイギリスから火が付いたこのジャンル。日本でも「和モノ」の文脈としても独自に発展し、現在はando asukaやNatsu Summerらが代表選手といえるだろうか。Bagus!は2018年ごろから本格的にラヴァーズ・ロックにのめり込み、1stシングル“チークタイム”を皮切りにシティ・ポップを経由した次のスウィートな音楽の金脈として、この形式を謳歌するようなアプローチを執っている。
1stミニアルバムである4曲入りの本作。ブラスが豪華に彩りながら軽やかにスウィングしていく“恋は突然に”や、夏の夜をロマンティックに描いた“夏の気まぐれ”などメロディ自体はシティ・ポップやフォークに立脚したキャッチーなもの。中心人物である白川大晃(Vo / Gt)の鼻にかかった甘い声も日常に地続きで卑近な質感だ。また歌謡曲テイストの“砂の跡”での辻敦子(Key / Vo)とのユニゾン・ボーカルには、うだるような暑さと素朴さがにじむ。とびきりに甘くメロウなのだが決してファンタジーではない。現代に不足しがちな恋の熱量やかつての記憶たち(=心の中のラヴァーズ)を連れ戻してくれるような、愛嬌溢れる人懐っこいサウンドである。
一方でリヴァーブが象徴的なダブ・アレンジが施された“うつろぎ”では同郷和歌山のラッパー、richblackを迎えている。白川の歌と交互に登場し、時の「移ろ」いをなぞりながら、詞に登場する「大阪シティ」や「御堂筋」に佇む自分の「虚ろ」な心情を捉えていくメランコリー。甘さだけではないスパイシーなメロウが効いた仕上がりだ。
白川は本日休演の岩出拓十郎を中心とするバンド、ラブワンダーランドにもキーボードで参加。本作と同時期に1stアルバム『永い昼』を発表している。ラブワンダーランド始動のきっかけは本日休演の埜口敏博が2017年に亡くなったことから。“彼岸のラヴァーズ・ロック”を標榜している彼らは、過去の記憶と現実の見境をなくして幻想へ向かうようなドープなサウンドを展開している。そんなラブワンダーランドに対して、Bagus!が目指すベクトルはどうにもならない今の世の中で生き、それでもなお、日常に夢みたいな期待とトキメキをどうにか見出そうとしている。つまり「幻想から現実」。音楽的キーワードは類似している二つのバンドだが、Bagus!のサウンドは真反対を表す“「此岸」のラヴァーズ・ロック”として、ラブワンダーランドと対比で味わうこともできるだろう。
“これやこの 行くも帰るも別れては 知るも知らぬも 逢坂の関”
一期一会の逢瀬というのは普遍的なロマンが溢れていて、柄にもなくこんなベタな和歌がつい口からこぼれてしまった。クラブやライブハウスなど、人が行き交う場所での出会いと別れをキラキラと描写した、この18分間のサウンドトラックには、今最も恋しい体験とムードが詰まっているぞ。
恋はうたかた
アーティスト:Bagus!
仕様:デジタル
発売:2020年7月16日
収録曲
1.恋は突然に
2.夏の気まぐれ
3.うつろぎ feat.richblack
4.砂のあと
Twitter:https://twitter.com/team_bagus
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WRITER
- 峯 大貴
-
1991年生まれ。大阪北摂出身、東京高円寺→世田谷線に引っ越しました。
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ANTENNAに在籍しつつミュージックマガジン、Mikikiなどにも寄稿。
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奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。
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