ホームビデオのように思い出を刻む、ハナカタ流・愛情ソング
箱の中から聴こえるチクタク、チクタク。さっき買ってきたドイツ製のアンティーク時計が、まだ慣れない部屋の中で心細そうに時を刻んでいる。思えば、世界のみんなで取り決めて守れている共通の決まりごとなんて、そんなに多くはない。もしかしたら、時間は全世界共通の、唯一の平等かもしれない。
高知県在住の宅録シンガーソングライター・ハナカタマサキの新曲“時計のひとりごと”を聴いて、そんなことを思った。来年でファーストアルバム『Lentment』(2014年)から10年が経つハナカタは、昨年インタビューした際にJacob CollierやBUMP OF CHICKENなどからの影響を語っていた。しかし“時計のひとりごと”は他の音楽からの影響よりも、映画や演劇に近い記号性の高いストーリーテリングによって、豊かな奥行きをもたらせていることを指摘したい。
時計の秒針の音が止まらないことを示唆するようにイントロから鳴り続ける、おとぎ話“COSMOS”を思わせる印象的なリフレイン。鳴っている時間の長さと少しずつ変わっていくフレーズが諸行無常を暗に示しているようで、切なさを助長している。「チクタク進んでいく」という歌詞が乗るメロディは、銀杏BOYZ“BABY BABY”のサビを意識的になぞっているように思える。特撮映画でヒーローの登場を期待させるためにお決まりのテーマソングが流れたり、ホラー映画で不気味さを助長するために隙間風の音が流れたりするのと同じく、場面を強調するフックとして機能している。穏やかな生活の幸福を歌う曲の中で使われるこのメロディは、誰かを慕う気持ちの強さを示唆する。
そして聴き逃せないのは、ハナカタが2023年に手掛けた音楽劇『小さな星の王子さま』のサウンドトラック集に収録の楽曲“エンディング”で鳴っていたリフレインが、“時計のひとりごと”でも鳴っていることだ。原作『星の王子さま』(サン・テグジュペリ著)、そして劇の作品テーマの一つでもあった「出会いと別れ」は本作にも共通するテーマと言える。このテーマは、歌詞にも表れている。
「流れ星を見つけた きっとこれは夢じゃない」
「いつかまたどこかできっと会えますように」 - “時計のひとりごと”
「流れ星」は、もしかすると星になった誰かのことかもしれない。これまで歌詞への関心は少なく、サウンド面を重視していたハナカタが、ストーリー性のある歌詞を中心に据えたのは、大きな変化だ。サウンドと歌詞の両方で効果的にストーリーテリングを実現しているのは、演劇『花咲く港』(2023年)と音楽劇『小さな星の王子さま』のサウンドトラック(2023年)に取り組んだことと無関係ではないだろう。リリース時のインタビューで、「自分ひとりでつくっていたらこんなアプローチはしていないだろうな、というアレンジも随所にある」と語っていたハナカタ。本曲はそれらのワークスを経て2022年のアルバム『Small Melodies』以来、再びハナカタ自身の作品制作に立ち返った作品だと言える。
楽曲の中で、徐々に時計の針の音と胸の鼓動のようなティンパニーが重なってくる。さらに重なってくる鉄琴やホルンの音は、新たな人との出会いのよう。そんなこの曲の終わりは、始まりよりも賑やかな「ひとりごと」で終わる。一人ではない時間を過ごした後の孤独は、出会う前の孤独とは違った温かさを感じられる気がする。だから誰かといるこの時間は、胸に刻んでおきたい。聴き手それぞれの幸せを、リフレインがしっかり記憶に焼き付けてくれる。「時計のひとりごと」は、今この時を記録してくれるホームビデオのような楽曲で、忘れた頃に取り出して聴きたい一曲だ。
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WRITER
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97年生まれ、みずがめ座。中央線・西荻窪→小田急線・成城学園前。ANTENNAのほかMusicmanなどで執筆。窓のないところによくいます。
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