ただ “あの頃” に戻りたいわけじゃない
東京を拠点に活動する男女5人組バンド・crap clap(クラップクラップ)。「大人になり過ぎた子供によるモラトリアム・ポップバンド」と謳っている彼らの新曲 “ノスタルジー” は、社会に出て日々悶々と生きている人に自分らしさを取り戻すための郷愁を運んでくれる。
鈍感になった心を反映したようなこもったサウンドから楽曲は始まり、ほどなくはっきりとした音に切り変わる。街中で昔の知り合いに急に声を掛けられると、一瞬で過去を思い出すことがあるだろう。 〈例えば君の脳になれたなら 君の体に入り込めたなら〉と歌う峰岸新(Vo / Gt)の声とともに広がるのは、輝いていたあの頃の景色だ。
かと思えばBメロの裏拍で段階的に下がる音階が早くも現実に引き戻す。〈悲しくなるほどモノクロだな〉というのは現実の景色でもあり、職場と家の往復で思い出せなくなった過去の記憶の色だ。〈青い旅〉の “青” はただ “青春” の色ではなく、人間関係のしがらみや責任に追われすり減った心の冷たさを表している。歌詞に特徴的に使われている色に注目すると、楽しかった過去と現実を1曲の中で何度も行き来する展開に気が付く。
〈ちょっとは色付いてよ〉という一節での川瀬朱華(Key)のコーラスは 、過去を映画『オズの魔法使い』の夢の世界さながら色付ける魔法のようだ。サビで再び鮮やかな過去に存分に浸ると、これまでとは打って変わって〈逆さまの世界〉、つまり昔を懐かしむばかりなのは〈悪くはないけど なんか違うんだよな〉と思うようになる。そして斉藤和義 “歩いて帰ろう” を想起させるリズムとともに現実に戻っても、今度は間奏で上川智也(Gt)が奏でる伸び伸びとしたギターソロも助け、少しだけ現実を邁進する気持ちに向かっていくことができるのだ。
終盤でキーボードとギターが同等の存在感を放つ様は sumika や、作詞作曲の森川雄太(Dr)が好きだというマカロニえんぴつにも通じる。誰もが社会に出たら浸るだろうノスタルジーがテーマということもあり、初めて聴いたときからどこか馴染み深いポップスの要素を持っていた。その上サウンドは程よい音圧で、これまでの楽曲 “ milk tea ” や “雨” ともまた違って具体的な感情やエピソードを盛り込まない歌詞のちょうどいい温度は、過去を思い出すときのしんどさを伴わず、繰り返し聴くことができる。
最後の一節で〈ワインの色した髪を撫でて眠ってた〉と初めて “モノクロ ” “青” 以外の色が登場するのは、何度も思い出すことで記憶が少し色付いたからだ。社会に出ると感情に蓋をすることも増えるけれど、音楽を聴くときくらいは自分の感情に素直にいたい。“ノスタルジー” はその蓋をそっと開け、自分らしさを取り戻す手助けをしてくれるタイムカプセルのような楽曲だ。
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crap clap
2018年結成、東京で活動。大学のサークルで出会った峰岸新(Vo / Gt)、上川智也(Gt / Vo)、土居和真(Ba)、川瀬朱華(Key)、森川雄太(Dr)から成る「大人になり過ぎた子供によるモラトリアム・ポップバンド」。
Twitter:https://twitter.com/crap_clap
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WRITER
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97年生まれ、みずがめ座。中央線・西荻窪→小田急線・成城学園前。ANTENNAのほかMusicmanなどで執筆。窓のないところによくいます。
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