自分の心模様を映してくれる、弾き語り作品集
寒い日の夜、仕事終わり。疲れた頭をぶら下げて駅からの帰り道に思い浮かべるのは、週末に過ごした好きな人との、素晴らしい時間。そんな時に聴きたいのが、大阪を拠点に活動するシンガーソングライター・周辺住民の5曲入りEP『祝福を見上げて』だ。1枚でおよそ16分。ガットギターと歌のみというシンプルな音色は、一人の静かな夜道に寄り添ってくれて、いつの間にか部屋に到着する。
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M1“わたしの循環”は、下津光史“愛のバラード”の間奏に通じる柔らかく体温を感じるアルペジオで始まり、この作品が愛に溢れた内容であることを予感させる。「循環」という言葉から想像できるものは水や資源、お金などこの世に色々あるが、ここでは「月」「太陽」を引き合いに出し、視点を一つマクロに導く。つまり、わたしの生命そのものも大きな宇宙の循環の一部なのだ。そう悟ると、自分が置かれている境遇も落ち着いて受け入れられる気がする。
他の楽曲でも天体のモチーフが多く見て取れる。特にM3“星めぐりの歌”とM4“ほしの座標”、曲名に星が入る2曲が続くが、この対比は興味深い。宮沢賢治が作詞作曲の“星めぐりの歌”は、星を人間の物語に準えた「星座」について歌う。反対に“ほしの座標”では、交わらない二人の関係を星の位置に重ね合わせた怪作だ。「街を漂ってる / 隕石みたいに / わずかな重力に頼り / あなたの元へと向かう」という歌詞は、日常と非日常の境がわからなくなる、星新一の小説のような空気を纏っている。さらに「そこにあるだけで価値を残す / 意味や文脈は削ぎ落とされて」という表現は、“星めぐりの歌”で扱われている星座の概念とは一線を画するものだ。2曲の間で星についての概念を揺らがせることで、その捉えられなさを余韻に残す。
鼻と喉を巧妙に使い空気の通り道を操ることで時々くぐもる声や、ガットギターで歌を押し出す演奏スタイルという点で、思い起こすのは折坂悠太だ。しかしそれだけでなく、のろしレコードの楽曲として折坂が書き下ろした“コールドスリープ”には“星めぐりの歌”のメロディが引用されており、扱うモチーフでも周辺住民とは共通項が見い出せる。
また“ほしの座標”の2番のギターには“わたしの循環”の冒頭のアルペジオと同じフレーズが隠されているのも面白い仕掛けだ。二度目に同じフレーズが登場した時はまるでジャズのソロが終わった後のような、というと大袈裟かもしれないが、住んでいる街に帰ってきたような安心感が生まれている。この安心感は、日常を描いた歌詞ととても相性が良い。
その他の楽曲においてもM5“祝福を見上げて”では月をモチーフに、夜から朝の時間までを描いている。M2“鳥”では、好きな人と過ごす時間を、空高く飛ぶとんびや鷹ではなく、人と近い視点で池を泳ぐ鴨を登場させて綴っている。周辺住民は、繰り返される日常について、日々空を見上げながら考えているのだろう。空にある太陽や星、そして月などの天体。あるとわかっていても実態が捉えられない空白を「見上げる」ことは、自分の心を映している時間に等しい。ジャケットにある空白も、そんな心模様を物語っているかのようだ。
手元のスマホで見る他人の生活には羨ましくなるような情景が、テレビからは心が蝕まれるようなニュースが絶えない。しかしそういった雑音から時には視点を逸らし、自分だけのスクリーンに映った物語を見上げる時間を大切にしたいものだ。『祝福を見上げて』はそんな時に最適な手引きとなるに違いない。
祝福を見上げて
アーティスト:周辺住民
仕様:CD / デジタル
発売:2023年1月27日(金)
配信リンク:https://songwhip.com/周辺住民/祝福を見上げて
収録曲
1.わたしの循環
2.鳥
3.星めぐりの歌
4.ほしの座標
5.祝福を見上げて
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WRITER
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97年生まれ、みずがめ座。中央線・西荻窪→小田急線・成城学園前。ANTENNAのほかMusicmanなどで執筆。窓のないところによくいます。
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