INTERVIEW

Vol.2 民族楽器 ねじれが生んだ、今“ポップ”なサムピアノとは

人によって育まれる文化。そこで生まれたアイデンティティは常に不変であるとは限らない。時代、場所、環境が変わることでねじれが生まれ、時に本来と違った側面や面白さが生まれることがある。今回のテーマである民族楽器、カリンバという名で知られる「サムピアノ」もそうだ。独特の音色をまといながらも生まれた場所を飛び出し、今、SNSというフィールドで注目されるようになったこの楽器。その変遷と現状を探ってみた。

MUSIC 2020.12.30 Written By 乾 和代

さてさて、なぜ急に「サムピアノ」。そんな声も聞こえてきそうなのだが、私が久しぶりにこの楽器の存在を目の当たりにしたのは2020年4月のこと。コロナ禍で続くステイホーム中に星野源がInstagramにアップした“うちで踊ろう”のたくさんのコラボ動画を見ていた時に、偶然、サムピアノとのコラボ動画を発見。民族楽器独特の空気感を纏いながらも、星野の声に心地よく重なるこの音色に耳を奪われた。

【カリンバ演奏】星野源さんの「うちで踊ろう」にカリンバを重ねました。

手のひらサイズの板に取り付けられた細長い金属の棒を指で弾いて音を鳴らすこの楽器。数ある民族楽器のなかでも馴染みのある人が多いのではなかろうか。格いう私も、昔、アジア系の雑貨店でこの楽器を触ったことがあった。その時に聴いた民族楽器特有の倍音の響きを感じるのに、なぜこんなに軽やかにポップミュージックを奏でられるのか。これまでも、三味線や篳篥などの和楽器がポップスを演奏するということはあった。しかし、サムピアノのように、誰でも弾けそうな民族楽器にこんなに広く音楽を楽しめるポテンシャルがあることに気が付かなかったのだ。そこに、これまでにない“ねじれた面白さ”を感じ、その答えを探るべく、この動画を演奏をしているご本人。Limba Trip名義で活動しているサムピアノ(カリンバ)奏者の木佐貫洋平氏に話を伺った。

木佐貫洋平(Limba Trip)

 

 

1985年、鹿児島県生まれ。京都府在住。アフリカの民族楽器「サムピアノ(カリンバ)」の奏者。京都を中心に、パブ、カフェ、レストラン等での演奏活動を行っている。2016年の1月より、ヒュートレイシー社のクロマチックトレブルカリンバ(Hugh Tracey Chromatic Treble Kalimba)をメインで使用することで、サムピアノの持つ特徴を生かしつつも、多方面の音楽的アプローチを試みている。京都「民族楽器コイズミ」にて、カリンバ教室を担当。2019年3月より、トレブルカリンバ(17鍵盤カリンバ)の教則本「Kalimba Book」の販売を開始。http://www.koizumigakki.com/?pid=141662664

 

【YouTube】
https://www.youtube.com/user/setadaynight
【Twitter】
https://twitter.com/kisanukiyouhei?s=09

神様に祈りを捧げるために生まれた、美しき共鳴

冒頭、この楽器のことを「サムピアノ」と書いたが、私はずっとこの楽器のことを「カリンバ」だと思っていた。馴染みがあるようで、実はあまり詳しく知らないこの楽器の発祥はアフリカ。「カリンバ」という名称は、南アフリカの楽器メーカーが販売しているサムピアノの商標だという。この楽器を大衆音楽に取り入れた第一人者ともいえる人物がEarth, Wind & Fire(アース・ウィンド・アンド・ファイア)のMaurice White(モーリス・ホワイト)なのだが、一説によると、彼が使用していた楽器が南アフリカの楽器メーカーの「カリンバ」だったこともありこの呼び名が世間に広まったといわれている。

 

しかし、例えばタンザニアでは「リンバ」、ジンバブエでは「ムビラ」のように、同じ楽器であるはずなのにその呼び方は地域や部族によって様々だというのだ。いうなれば「鍵盤ハーモニカ」よりも「ピアニカ」が良く知られているという現象と同じことが起こったといえるだろう。ちなみに、アフリカにもこの楽器を「カリンバ」と呼ぶ部族もあるそう。調べたところ、このほかにも、カンコベラ、リケンべ、マリンバなどたくさん呼び名がついていた。

Earth, Wind & Fire - kalimba ballad & evil & Yearnin' Learnin'

彼がまず初めに見せてくれたのが、伝統的なタンザニア製の「リンバ」だ。いわゆる伝統的なサムピアノは楽器の製作者によって自由に調律をされていて、また民族によって形に違いがることもあるという。「基本、このV字になっているところを演奏するんですが、この楽器はWになっているんです。実際に演奏するのは両サイド。右端と左端の短い鍵盤から一番長い鍵盤まで。箱の両端を持った時に親指が届かない、真ん中についているのは共鳴するための鍵盤」と話しながら彼が鍵盤を1本指で弾く。確かに、弾いた鍵盤だけでなく中央の鍵盤が共鳴し、なんともいえない豊かな倍音が心地よく鳴り響いた。

伝統的なサムピアノ。一般的なものは、この半分のサイズだが鍵盤をダブルにすることでより共鳴する構造になっている。鍵盤の一つ一つに巻かれたカラフルな金属は空き缶の破片

「いただきものなのですが。昔メインに使っていました。これは、僕が酒を飲みながらつけたピスタチオですね」と糸で結ばれ鍵盤の上に無造作に置かれたピスタチオの殻を指さす。なぜ、こんなところに?と不思議に思っていると楽器を共鳴させるために付けていると教えてくれた。「ここにも空き缶の破片が巻いてあるんですが、これはドラムのシズル※と同じ役割をしているんです」と言う。鍵盤だけでなく、いろいろな音が共鳴するような造りになっているのだ。

※ シズル ドラムセットのシンバルに取り付ける鎖のような金属パーツ。シンバルを叩くことで、ジャラジャラとしたサウンドが増える。

「人によっては雑音かもしれないですが、アフリカの現地の人たちはそうではないんです。神様に音楽を届けるために、なるべく大きな音にしようとしていると聞いています」例えば、ジンバブエではサムピアノを「デゼ」と呼ばれるひょうたんの中に入れて音を大きくしたり、コンゴではスピーカーにつないで演奏することもあるそうだ。神様に祈りを捧げるという根っこは同じでも祈り方は様々ということなんだろうか、地域や部族によって名前だけでなく、その奏で方も違うというのだ。

 

「サムピアノは神様のためにお祭りで一晩中演奏するものでした。けど、今は、必ずしも神のためにというわけではないと思います」と木佐貫氏は話す。西洋で発展したクラシック音楽も、そのルーツはグレゴリオ聖歌と言われキリスト教の布教とともに拡がった。そして、中世に起こった文化運動ルネサンスを経て教会のための音楽が貴族のための音楽に、それが大衆の音楽へと弾き手の思い、聞き手の環境によって変化を遂げてきた。では、神への祈りから放れた、サムピアノはどのような変化を遂げたのだろう。

神様への共鳴から、人が奏でる楽器との共鳴へ

「僕が一番初めに弾きはじめたのが、タンザニアにあるリンバという楽器でした。だから“Limba Trip”という名前で活動しているんです」と最初はこの楽器の倍音の魅力にやられたこともあり、伝統的なサムピアノで演奏していたという。しかし、今、彼がメインで使っているのはヒュートレイシー社の「クロマチックトレブルカリンバ」だ。件の星野源とのコラボ動画もこのタイプを使っている。

南アフリカにあるヒュートレイシー社のクロマチックトレブルカリンバ

先述の伝統的なサムピアノに比べるとシズルなどはないシンプルなフォルムで、倍音も抑えられている。さらに大きく違うのが両面に鍵盤がついているということ。一般的なサムピアノは板の前面に鍵盤がついている。だが、このクロマチックトレブルカリンバはピアノの白鍵にあたる部分が前面に、黒鍵にあたる部分が裏面についているのだ。だから、半音階を演奏することができ、転調も自由に行える。全音階しか吹けないハーモニカと半音階が吹けるクロマチック・ハーモニカを想像してもらえればわかりやすいだろうか。

 

ピアノのようにたくさんの鍵盤はなく、調律により音にも制限があるが、「限れられた音でどれだけ音楽的な表現ができるかが魅力の一つだ」と彼は話してくれた。そのような魅力もあるのに、なぜ、伝統的なものからこちらをメインに使うようになったのろうか。疑問に思い尋ねると「伝統的なサムピアノは、もともとその楽器を作った人の調律が一番楽器として鳴るんですよね。そこを勝手に触って調律したら、何か本末転倒というか…。ずっと、ポップスとか日本、海外の流行っている曲を演奏してみたいと思っていたこともあって、人と合せられないと思ったから。(伝統的なサムピアノだと)周りの人が分析して調に寄せていかないといけないので。それから外れたかったんです。」と答えてくれた。伝統的サムピアノは、西洋の調律にしばられることなく、作り手の好む音色に調律される。独特の響きは魅力的ではあるが、その音の個性が西洋調律を基本とする曲を演奏する幅を狭めてしまうのだ。

裏側にも表側と同じようにブイ字型の鍵盤がついている。表側がピアノでいう白鍵、裏側は黒鍵の役割を担っている

それが進化し、半音階を奏でられるようになったことで、さらに西洋楽器との親和性が高まったのだから需要も増えそうなもの。しかし、まだこのクロマチックトレブルカリンバを使っている人は少ないという。それは、なぜかと問うと「弾くのが難しすぎるんですよ。表裏で白鍵と黒鍵がリンクしているんですけど、転調した時に真裏にこの音があるというのが理解しにくい」そう、前面はもちろん親指で弾いているのだが、裏面は中指で弾いている。もともと、ちゃんとした奏法など決まっていないそうで木佐貫氏も試行錯誤をしながら、奏法を自分で編み出している。

両側を人差しで指固定し、裏面を中指で弾くスタイルは、木佐貫氏が編み出したメソッド

奏でる場所が越境し、発掘された面白さ

「動画を上げることにハマり出したのは2019年からなんです。最初は記録として上げていたのですが、SNSにアップした“ばらの花”の動画をくるりの岸田さんがリツイートしてくれて、それでテンションが上がって……」と照れくさそうに話す木佐貫氏。2016年頃からYouTubeにアップするようになったという彼の動画は、サムピアノの演奏以外にも実験系やセッションなど含めると今や800以上になる。

 

最近は彼以外にも、中国や香港のYouTuberがサムピアノの演奏動画をアップするケースが増えてきたとか。さらに「このサムピアノで動画を撮ってください」と中国から楽器が木佐貫氏の元に送られてきたこともあるという。流行った理由はわからないと言うが、去年くらいから確実に数は増えているそうだ。彼が使うクロマチックトレブルカリンバは演奏難度が高いが、YouTuberたちが使っているサムピアノは前面の鍵盤を弾くものが多く、演奏は比較的簡単だ。楽器によれば、弾きやすいように番号やCDE(ドレミ)と音名を書いてあるものもあるという。演奏者が比較的少なく、値段もギターなどに比べると安価であるため初心者でも手を出しやすい。そんなこともあり、一人でも弾ける手軽さが、昨今のやってみた系の動画投稿のニーズにあっているのかもしれない。SNSという場所に集まる人が、この楽器の面白さを発見し、新たな弾き手を生み出しているのだ。

天気の子- Weathering With You OST- Kalimba cover by April Yang

Spirited Away-One Summer's Day Array mbira

Marito Marques - Agolo - EYA

サムピアノを演奏するフィールドが拡がったとして、やはり、そこで目に耳にとまるためには見る人、聴く人の面白がらせることが必要になっていく。毎日のように動画をアップしている彼は、その面白さを日々どうやって見つけ出しているのだろうか。尋ねると「基本、人がやっていないことをするのが好きなので。動画を撮る時もそうなんですけど、誰もやっていない組み合わせをやりたいなとずっと思ってます」と話す木佐貫氏。そんな彼が今、圧倒的にハマっているというのが人の声や動物の声にサムピアノの音をあてるというもの。彼が好きだというミュージシャンの一人Hermeto Pascoal(エルメート・パスコアール)が映像から流れる声をピアノであてる動画を見たことをきっかけにはじめたそうだ。

Hermeto Pascoal's Aura Sound of Yves Montand

「僕、鹿児島が出身なのですが、ゴッタンという鹿児島の三味線を弾く荒武タミさんの声が好きで…。その人のインタビューの音声が自分のばあちゃんみたいに癒されるんです。その声に、カリンバとベースでユニゾンしたのが最初ですね。音楽にならなくてもバリエーションが増えるというか、自分の糧になるかなと思ってやりはじめました。人の声って無限だなと思うんです。型にはまっている音楽だけだと、僕の中では物足りないから。これからも、ひたすらサムピアノで誰もがやらなそうなことをやりたいと思っています」と話してくれた。

こちらは木佐貫氏手作りのサムピアノ。鍵盤の材料となっているのは自転車のスポーク。ドラムでいうシズルの役割を担うのはイナバの缶詰
これまでにないことをの一貫で、作ったという「トレブルカリンバ(一般的な表面だけの17鍵盤カリンバ)」の教則本。新しい試みとしてコード表もついている

音を響かせる、矛先がねじれて発見された楽器としてのサムピアノ

今回、木佐貫氏と話をしていて、気づいたことがある。それは、かつて部族の中で祈りをささげるために神様にむけて楽器を共鳴させていたサムピアノが、時の流れを経て奏でる場所がSNSの中にも拡がり人にとってよりポピュラーな楽器として使われるようになってきているということ。2020年に話題となったゲーム「あつまれどうぶつの森」でもあきかんカリンバなるものが演奏できたり、Facebookにサムピアノを演奏する人たちのコミュニティがあったり、木佐貫氏のような難易度の高いサムピアノ「クロマティックトレブルカリンバ」の使い手が現れたりと、民族固有であった楽器が一般の人にとって身近な一つの楽器として捉えられてきているように思う。これはあくまでも私の憶測だが、その民族が持つアイデンティティによって楽器の呼び名だけでないろいろな共鳴の仕方を発展させてきたサムピアノが、共鳴ではなくその響きの矛先を個人の心に向けることで、一人ひとりが新たな面白さを発見していっている、そんなねじれが生まれているのではなかろうか。そう時代や場所でその在り方は変わったとしても、その楽器のアイデンティティを生み出すのはその楽器の弾き手であり、聴き手である人の私たちの手に委ねられているのだ。

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