湯上りで、歌に浸かる『いい湯歌源』【きょうもどこかで音楽が Vol.1】
JR円町駅を下車して西大路通を北上。途中で細い路地を右に曲がり、小さな橋を渡ったところにある昔ながらの銭湯〈源湯〉。観光客だけでなく地元の方も足しげく通うこの銭湯の一角で2024年から毎月第3日曜日行われているイベントが『いい湯歌源』だ。主催者はこのあたりに住むというシンガーソングライターの山本夜更。今回は、特別なタイミングで行われた7月15日(月・祝)のイベントの模様をお届けする。
連載「きょうもどこかで音楽が」
きょうも、どこかで楽し気な音が響き合っている。街中に点在するライブハウスはもちろんのこと、レトロな喫茶店、路地裏のBAR、レコードショップ、本屋、映画館と、いつもどこかで誰かが音楽を鳴らし、それが重なり豊かな音楽文化を育んでいるのが京都だ。日々、泡のように生まれては消えてゆくライブシーン。本連載は、音楽がつないだ人と場所にフォーカスし、その日のライブシーンを綴った記録である。
梅雨明けが近い7月15日。パラつく雨の中、祇園囃子の喧噪を抜けて向かうは京都・西陣にある〈源湯〉。昭和3年に創業したというレトロな趣きの銭湯だ。京都は街に根付いた古き良き銭湯があちこちにあるが、老朽化により経営を断念してしまうケースもある。この〈源湯〉もそうだ。前オーナーに代わり、2019年7月にこの事業を引き継いだのが京都・五条にある〈梅湯〉でもおなじみのゆとなみ社。昭和の空気漂う懐かしい空間はそのままに、住居スペースを風呂上りの憩いの場「くつろぎスペース」として新たに開放し、自由に利用できるようにするなど、この建物を活かした遊び心溢れる経営を行っている。
そんなこの場所で、毎月第3日曜日に開催されているのがその名も『いい湯歌源(ゆかげん)』。主催者は京都在住のシンガーソングライター山本夜更(やまもと・よふけ)だ。はじまりは、山本がふらりとこの銭湯を訪れたこと。ここでイベントができるのではと店長に頼み込み、実現したのは2022年9月だという。そこから、不定期ながら開催を重ね、2024年からは毎月第3日曜の15時半と17時半に行われるレギュラーイベントになったのだ。
効能は心身弛緩・人生活力。歌に浸かる『いい湯歌源』
この日はちょうど、ゆとなみ社への経営譲渡5周年を記念して2日間にわたり開催された特別バージョン。毎回、山本がゲストを呼び行われるというスタイルなのだが、14日(日)はカーテンズときっとび、15日(月・祝)はゴリラ祭ーズ、paya(幽体コミュニケーションズ)というラインナップ。私がお邪魔したのは15日の17時の部だ。入場無料・投げ銭制。効能は心身弛緩・人生活力と銘打つこのイベント。さてさてどんな湯かげんなのか、のれんをくぐり、懐かしい下駄箱に靴を預けて、いざ、くつろぎスペースへ。
板間には銭湯にありそうな古き良きマッサージチェア。風呂上がりの人もいるのか、飲み物を片手にリラックスした様子で始まりを待っている。ステージと思しき空間は、おめかしをするかのように赤い布でデコレーションされ、蓮の池の装飾がほどこされた6畳1間のスペース。これまたレトロな扇風機が首を振り、涼やかな風はほんのりと柑橘の香りを纏っていて心がほぐれる。17時半を過ぎたころ、寄席のように備え付けられためくりがめくられるとそこには「山本夜更」の名前が。主催者自らを皮切りにゆるりとイベントがはじまった。
三者三様、“ワンタッチ”で変わる境界線
畳の上に置かれたプラスチックのレコードプレーヤーのレコードが回り、アンビエントな音楽が流れる。山本が、1曲目に選んだのはシンガーソングライターわたなべよしくにの“19”のカバー。詩が好きで、言葉の力を信じていると話す山本は歌うのではなく、メロディから歌詞を掬い取ったかのように、力強く言葉を解き放つ。ある夏の日の一場面を切り取った物語のような歌詞も相まって、歌と詞の境界線を曖昧にする。瞼の裏に映像が映るくらい、詞が描く世界と私自身を近くした。
次に山本が手にしたのはアコースティックギター。初夏の午後、カーテンの隙間からこぼれる光のようにやさしくきらめくアルペジオにのって”初夏来来”をアンプラグドで歌唱する。「最低3年、いや5年。ここに来れば楽しいことをやっているというようになればいいなと、毎回続けている」と話す山本。フォーキーなナンバー“待合室のブルース”を歌う。“待合室に不似合いなブルースが流れている”という歌詞は、銭湯の片隅から聴こえてくるギターの音色とも重なる。いつのまにかステージと客席の境界線のようにも見えた敷居を飛び越えて、“ワンタッチ”で見事に銭湯の一角をライブスペースに変えていった。
山本が飛び出した境界線のバトンを受け取り、自然とお客に取り囲まれるような至近距離に腰を降ろしたpaya。途中、弦交換をサボっていたことを屈託ない笑みを浮かべながらも詫びつつ「ギターの弦を長くはっている方が、音がやわらかで好きな音がする」と話していたが、そんなギターの弦のように、リラックスしたムードなのも昭和から時間が止まったとも思えるこの場所のせいなのかもしれない。
特に印象的だったのは、幽体コミュニケーションズの一曲である“Beat my Spring(春を斃して!!)”。原曲のポップさはそのままに、キャッチーなビートを脱ぎ捨てて、アコースティックギターのボディを叩き鳴らされるリズムにのせて歌う。マイクなし、声の震えまで聴こえるというシチュエーションに、この楽曲の非常にプリミティブな部分を見せてもらった気がした。肩の力を抜いて、無防備になれる銭湯という場所が音楽と人を近くする。最後には、観客にぐるりと囲まれながら中央でpayaが無邪気にギターを抱えて歌う。そんな彼の歌声に合わせて心地よさげに体を揺らす観客の姿を見てそう思った。
ラストを飾ったのは、滋賀からやって来たという古賀礼人(Vo / Gt)、平野駿(リコーダー / 鍵盤等)、舩越悠生(鍵盤ハーモニカ)という3人によるバンド、ゴリラ祭ーズ。ライブによってはサポートを入れてバンドセットで行うこともあるというが、今回はメンバーのみのアコースティックセットだ。アコースティックギター、鍵盤ハーモニカ、リコーダー、トイピアノ、カズー、ギロなどなど、誰もが一度は触ったことがあるのではと思われる懐かしいおもちゃのような楽器たちが彼らの楽曲をコミカルに彩る。
すっかり彼らの音楽に引き込まれた頃、古賀が「皆さんにならって」というと、3人は思い思いに観客がいる方へ歩みを進め、思い思いの場所で演奏する。私の隣では平野がリコーダーを吹き出した。いろいろなところから音が鳴ると、自分も音楽の一部になったような気分になるもので、どっぷり彼らの音楽に肩まで浸った。おいしい香りのように、懐かしい音色は人を惹きつけるのだろう。ふと、入口の方に目を向けると、風呂上りなのだろうか、小さな子どもを抱いた女性が彼らの奏でる音楽に子どもと一緒に揺れながら身を任せていた。〈源湯〉の構造も相まって、銭湯という枠もイベントという枠も飛び越えてフラットに音楽を楽しめる場にもなっていたのだ。
この1日を1000万年先に。彼が蒔くのは文化の種
温かな拍手がアンコールを呼ぶ手拍子に変わる。最後は3組全員で演奏することに。山本は「毎回、集まった人とどこが共通点の曲だろうと探している」とこのイベントを開催するたびに、出演者同士の音楽のルーツを探っているという。今回の3組のルーツはフィッシュマンズ。”いかれたBaby”のリードボーカルをpayaがとりつつ、古賀の歌が重なる。間奏ではpayaと古賀による自由なスキャットタイムで観客を惹きつけ、山本がカズーではやしたてる。最後には、payaがゴリラ祭ーズのゴリラのぬいぐるみにトイピアノ弾かせたりするシーンも。それぞれが心の中に在る「いい歌」をセッションというカタチでこの場にいる人たちと共有し、このイベントは幕を下した。
冒頭に、これからもこのイベントを続けていきたいと話していた山本。彼がこのイベントにどのような思いを抱いているのか、終演後に聞いてみるとこんなことを話してくれた。
「自作の詩“/50/50/50/50/”にも書いているのですが、例えば何千万年と経っていつかは西暦すら誰も使わなくなるような未来が来るかもしれない。バッハも、ビートルズも、今日出演したpayaくんの幽体コミュニケーションズもゴリラ祭ーズも、みんな同じ時代を生きたものとして一緒くたになるくらい長い年月の先に、ぼくらが知ってるものがなにかひとつでも残るのなら、文化を遺したい。
音楽を聴いて「いいね」と思う感性を1000万年後の人間も持っていたらいいなと思う。今すぐではなく、今日撒いた種が何世代か後に芽吹いてもいい。体験はみんなの心に沁みつくと思うから、根をおろすように種をまかないと思っています」
フィッシュマンズの”いかれたBaby”、ゆとなみ社が経営を受け継いだ〈源湯〉。いい歌もいい場所も誰かと出会うことで、その文化が続いていく。続いていく文化の源流を辿るとそこには人知れず種を撒いている人がいるのだ。いつか誰かがみる美しい瞬間のために。
源湯
2019年7月に継業した、ゆとなみ社4号店の「源湯」。北野天満宮のお膝元に位置する“古民家銭湯”。浴室内はよくみるとおさかなモチーフが多く、楽しい入浴時間を過ごせます。また湯上りには、畳の拾いくつろぎスペースでのんびり過ごしたり、2階に入っているテナントのギャラリーに立ち寄ったり、古本や古着などを取り扱う不思議なお兄さんが営むフリーマーケットみたいな店でお喋りしたりと、さまざまなコンテンツが目白押し。
いい湯歌源
日時 | 2024年毎月第3日曜日開催 ① open / start 15:30~ |
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場所 | 源湯・くつろぎスペース |
料金 | 入場無料・投げ銭制 |
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WRITER
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奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。
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