今、どんな風が吹いている?|テーマで読み解く現代の歌詞
特集『言葉の力』の企画「#テーマで読み解く現代の歌詞」。サブスクリプションでのリスニング・ライフが主流となる中で、歌詞を見ながら音楽を聴くことが以前と比べて少なくなった気がする。逆に気になった楽曲を調べて歌詞を見ることは増えた。つまり「歌詞を味わう」ことがより能動的な行為になってきているのかもしれない。ならばいっそ、その能動性にフォーカスして、歌詞を軸にして現代の音楽を紐解いてみようじゃないか。
本企画では8人のライターがそれぞれ現代のポップ・ミュージックの歌詞を捉えるためのテーマを上げ、それを象徴している4曲と共に解説してもらった。
ライブがほぼ開催されなかった昨年の春、同じ空間で直接言葉を伝える機会は失われた。しかしたとえ同じ場所にいなくても、多くの人がそれぞれの部屋で一人で過ごしていた日々、詞が風のように個々を閉塞感から開放する役割をしていたように思えた。
2020年冬から春にかけて下津光史(踊ってばかりの国)が不定期に行っていたインスタライブで披露した“orion”の〈カーテン越しにOrionを見たの 赤く小さくて〉という歌詞をベッドの上で聴いたとき、外の世界を想う切実さに身体が共鳴した。きっとたくさんの人が一人でこの歌を聴いて、部屋の外のことを想っている。開いた窓越しに外の世界といくつもの部屋を吹き通る風のようなこの言葉は、絶望の渦中、部屋に一人でいるのは自分だけではないんだと感じさせてくれた。
気まぐれな人を「風来坊」とも言うように風は変わりやすいものの象徴だが、歌詞も受け取る時と場所でまるで感じ方が変わる。前述の“orion”には〈音もなく飛ぶカモメ見て泣いて〉という一節もある。自粛期間に部屋の中で聴いたときは窓越しに外を飛ぶカモメを見ている情景が浮かび、部屋から出られない切なさを感じた。しかしどこかの浜辺で聴いたとしたら、鳴き声が聞こえないくらい空高く飛ぶカモメのことだと思うだろう。丁寧に選び取られ録音された言葉は曲が生まれた時の空気を内包しつつも、場所と時間を選ばず、数年後も数十年後も余白を持って聴き手に届く。
そして風は隙間があるから吹くことができる。下岡晃“どこまでいけるとおもう?”の歌詞には、歌詞カードにだけ載っていて歌われない部分がある。〈少し気分を変えようと窓を薄く開け話しかける〉という歌われない一節を読んだとき、その歌詞の前後で風が吹いている気がしてはっとした。〈窓を薄く開け〉吹く風はきっと強い風ではなく、二人の絶妙な距離感とリンクする。どんな風が吹いているか、想像しながら聴きたい4曲について。
下津光史 “bird song”(2021年)
今年3月にリリースされた、踊ってばかりの国 Vo/Gt下津のソロ名義アルバム『Transient world』リード楽曲。風は匂いや音を運び、忘れていた記憶を瞬時に引き出すことがある。〈絶望のど真ん中〉にいる時、〈夜の窓辺 耳を澄まし 風の声〉と呼びかけられ耳を澄ますと聞こえるのは、もういない愛する人の〈永遠の向こう側で 待ち合わせ 約束は覚えてるからね〉という言葉だ。その声が聞こえたときに初めて忘れていた約束を思い出し、それを守るために生きなくてはいけないと思える。風は時に喪から抜け出す手がかりになる言葉を覚えている、あの人がいなくなった時に放った白い鳥のような存在だ。
Akira Shimooka “どこまでいけるとおもう?”(2021年)
Analogfishの下岡晃がソロ名義で今年4月にリリースした本楽曲。カセットテープに付いている歌詞カードは縦書きで、二人の会話と情景描写で構成されている歌詞はまるで3場面から成る小説だ。中盤から急に吹く風は、いつ状況が変わるか分からず、気休めの会話をするしかない二人の心情の機微を感じさせる。物語の終盤で高速道路を降り〈いくあてもなくて〉走る車は序盤ほどの勢いもなく、それ自体がどこに向いて吹くか分からない風のようだ。
MINAMIS “GOOD LUCK”(2021年)
昨年の夏リリースされた“The Beginning Of Summer”の一節〈And my body is missing sea breeze everyday-身体は毎日潮の風を恋しがっている-〉は、べたついた潮風とライブハウスで汗を飛ばし合った日々が重なり、失われた機会に焦がれているようにも思えた。しかし幾度もの配信ライブを始め、その時出来ることに真摯に向き合い続けて3月にリリースした本楽曲には〈いつでも〉〈待つ〉という言葉が繰り返し綴られ、現状への焦りや不満は感じられない。風は種を運び、花を咲かせる。〈旅立ちを待つ愛の風〉はMINAMISそのものだ。全国をツアーで回れる日が来たら、彼らもきっと各地に花を咲かせてくれるだろう。
横沢俊一郎 “窓越し”(2020年)
2020年リリースのセカンドアルバム『絶対大丈夫』に収録された本楽曲。風は温度が違う空気の移動で、暖かいところから冷たいところに吹く。鳥が〈窓越しに見てる〉二人は同じ部屋で体温を共有していて風が吹く隙はない。この曲では最後まで風が吹くことはなく、吹かない風が二人の親密さを表している。そこに反して同アルバム収録の“期待してるぜベイビー”では〈雨上がり 風のせいで涙が出る〉と繰り返される。君は僕ほど何かに夢中になれず、二人に温度差があるから風は吹く。その温度差が涙を流させる理由なのだろう。
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WRITER
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97年生まれ、みずがめ座。中央線・西荻窪→小田急線・成城学園前。ANTENNAのほかMusicmanなどで執筆。窓のないところによくいます。
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