一人きりでの宅録を突き詰めた先で開いた、オーケストラの彩り – 高知在住SSW・ハナカタマサキ『Small Melodies』インタビュー
高知県在住の宅録アーティスト、ハナカタマサキの3年半振りのオリジナルアルバム『Small Melodies』が完成。1作目『Lentment』(2014年)や2作目『MARVEL』(2019年)では全楽曲の作詞作曲からレコーディング、アートワークまでをハナカタひとりで手掛けており、自身が愛してやまないSufjan Stevens(スフィアン・スティーヴンス)やトクマルシューゴに通じる、多層的だが秩序があって軽やかなサウンドを追求してきた。YouTubeのライブ配信やSNSでのささやかながらも温もりのある反応に手応えを感じたハナカタは、オリジナルアルバム3作目となる本作で新たな旅路に出る。
ROTH BART BARONのレコーディングを生で見たり、カーステレオで聴いたBUMP OF CHICKENを通して得た気づきが反映された本作は、高知に住まいを移して出会った人の協力も得ながら、「他者に届ける」ことを一番のテーマに添えた作品となった。人一倍、一人で作ることに強くこだわってきたハナカタが、恐る恐る他者のアイデアも受け入れて自分を開放した。その先には、前作まで築き上げてきた核はそのままに、自身でも驚くほど、より柔らかく彩りに溢れた世界が広がっている。
ハナカタマサキ
1979年1月23日東京・立川市生まれ。山梨県出身、現在は高知県佐川町在住。研究と模索を繰り返しながら日々新たな音楽を生み出す宅録作家。自主レーベル〈PENTACOAST〉を主宰し、2014年に1stアルバム『Lentment』をリリース。コンスタントにミニアルバム・シングルのリリースを重ね、2019年には2ndアルバム『MARVEL』をリリースした。自身の音楽活動を行いながらTV番組やCM、舞台などの音楽も手がけ、幅広く活動中。
Webサイト:https://masakihanakata.com/
Twitter:https://twitter.com/MasakiHanakata
シガー・ロスにジェイコブ・コリアー 全ての楽曲に元ネタがある
今回の『Small Melodies』は、オリジナルのアルバムとしては3作目ですね。いつ頃から制作に取り掛かられたのでしょうか?
前作『MARVEL』が2019年3月にリリースされる前から曲を作りは始めていました。家で録音するのが好きなので、曲ができ上がってから録音するというよりは、少しずつ録音しては音を重ねて、ということを繰り返しながら常に作っている感じです。だから最初はどんなアルバムになるのか、自分でも分からない状態です。
あまり宅録に聴こえないのですが、今回のアルバムを作るにあたって、意識していた作品はありますか?
サウンド面は、Bon Iver(ボン・イヴェール)とか、Sufjan Stevens、ROTH BART BARONとか、僕がずっと好きなアーティストを目指していました。なるべく宅録っぽくならないように、楽器がしっかり整理整頓された感じに聴こえるようにしたかったんです。あとは岡田拓郎さんは音楽だけではなく、音楽に対する姿勢もすごく好きで、意識していたかもしれません。
岡田拓郎さんの、どんなところを意識しましたか。
自分に正直で、常に嘘のない音だけを鳴らしているところでしょうか。いいと思っているのは自分だけかもしれない。でもここは、こういう音にしたいという譲れない部分やこだわりを岡田さんの音楽にすごく感じます。特にインタビューを読んでいるとよりそれが伝わってくるので、指標にしています。自分の音楽で言えば、楽器の音の積み重ね方に力を入れているので、何度も音を出して録音したものを聴き返して、「この音がいいな」と思った音を採用して、編集したものをまた聴いて調整していく作業はとことん突き詰めたいですね。今回はそれをやり尽くしました。
それをほとんど一人でやるとなると、とてつもなく時間がかかりそうですね。制作期間が3年半ということも納得しましたが、今回一番苦労されたのはどの曲ですか?
3曲目の“ヒューマノイド”が一番苦労しました。楽曲には全部元ネタがあるんですけど、この曲はSigur Ros(シガーロス)のJónsi(ヨンシー )の“ゴー・ドゥー”って曲で、「こんな曲を作ってみたいな」と思って作り始めた曲です。
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たしかに参照元の雰囲気を感じますが、色んな種類の聴いたことがない音が鳴っていて、ハナカタさんの記名性があるサウンドに仕上がっていますね。どんなところに苦労がありましたか?
ウクレレとバンジョーとピアノで同じメロディを弾いているのですが、でもその3つの楽器だけじゃなくて、3つを混ぜた新しい楽器の音色を作ってみたくて。だからそれぞれの楽器を録音したあとで、音を混ぜています。演奏するのは好きなんですけど、それ以上に編集するのが大好きなんです。今回は音を混ぜて新しい音色にしたところがいくつかありますね。
「混ぜる」というテクニックが出てきましたが、混ぜる以外によくやる編集の仕方はありますか?
聴こえない音でも入れちゃうことが、よくあります。弦楽器や木琴の音とか、単体では聴こえないくらいの小さい音をいっぱい重ねて、積み上げることで聴こえるようになるやり方です。これは以前の作品でも取り入れていました。
ちょうどよい塩梅の、オーケストラサウンド
苦労もあったかと思いますが、今回のアルバムで一番わくわくしたことはなんでしたか?
シンセサイザーを初めて取り入れたことです。今まではアコースティックの楽器を鳴らしたり、叩いたりした音をマイクで録ってたんですけど、本作からは電子楽器も使っています。
それは大きな変化ですよね。アコースティック以外の楽器を取り入れようと思ったのはどうしてですか?
近年のBUMP OF CHICKENの影響が大きいです。僕、BUMP OF CHICKENが大好きで。この2年くらい、『BUMP OF CHICKEN TOUR 2019 aurora ark TOKYO DOME』のDVDに付いていたライブ盤のCDを車でずっと流していて、MCまで覚えてしまいました。彼らも昔は4人のメンバーが演奏するギターとベースとドラムだけでしたが、最近では自分たち以外の人がよりたくさん関わったり、電子楽器も取り入れることで、新機軸のサウンドになっていると思うんです。そういう曲を聴いていると、嬉しくなるんですよね。自分でも新しいことをやってみたいなと思って、シンセを買いました。まだまだよくわからず使っているところがあるので、これからたくさん勉強していきます。慣れたらMoogのアナログ・シンセとかも使ってみたいですね。
シンセサイザーを入れたことで表現できたという部分はありますか?
トクマルシューゴさんのようなオーケストラっぽい音を、たくさんの曲で入れることができました。これまで自分だけでは演奏できなかった音を作ることができたのは、とても楽しかったです。
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壮大なイメージのあるオーケストラの音ですが、ハナカタさんの楽曲にしっかり馴染んでいますね。
使い方によっては大袈裟な感じになってしまうんですけど、あまり自分が意図しない壮大さにならないように、アコースティック楽器含めて、塩梅を整えるように意識しました。このオーケストラ部分の音の重ね方については、Jacob Collier(ジェイコブ・コリアー)の音楽がしっくりきたので、参考にしています。
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どんなところがしっくりきたのでしょうか?
音が鳴る空間の規模感や、使っている楽器の種類です。ストリングスだけではなく、管楽器とかもいい塩梅で入っているんですよね。特にM11“Holy Owl”は、Jacob Collierのサウンドを意識しています。
私は“すずめ交響曲”が好きで、鳥の声っぽい音とオーケストラっぽいサウンドが調和していて、ハナカタさんらしいところと新しいサウンドがバランスよく取り入れられている印象でした。
“すずめ交響曲”は最初オーケストラは入っていなかったんですけど、Onion Skyさんが「これ最後にオーケストラをつけたほうがいいよ」と意見をくれたので、試してみました。
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人と一緒に作ると、こんなにいいことになるんだ
十年前に同居していた方です。特に音楽をやっている人ではないんですけど、今でもアドバイスをいただいています。
シンセサイザーが入っただけではなく、Onion Skyさんや、トランペット、フリューゲルホルンの前川光子さんなど前作の時は参加されていない方々がクレジットされていることも、大きな変化ですね。
本当にそうです。これまで自分は人とコミュニケーションを取らなくても作れる方法でやってきましたが、今回は色んな人に手伝ってもらったら、結果としてすごく嬉しくなるような作品ができました。
人と一緒に作品を作ったのは、今回が初めてですか?
10年以上前は、バンドもやっていたんです。でも元々コミュニケーションが苦手だったこともあり、思うようにいかなくて。自分がやりたい音楽を作る方法を考えていったところ、全て一人で宅録する形になりました。
今回は人の手を借りようと判断したことについて、何かきっかけがあったのでしょうか?
去年、北海道の〈芸森スタジオ〉でROTH BART BARONのレコーディング風景を見学できるイベントがあって、申し込んで参加したんです。人のレコーディングを見たことが今まで一度もなかったので、見てみたかったんですよね。それまで僕、ROTH BART BARONは三船さんがほぼ一人で作っている宅録の音楽だと思っていましたが、チームで作っているのを目撃して。それも三船さんが全部主導しているわけでもなく、人にお任せしている部分も多かったんです。和気藹々と楽しみながら作っていて、あの音を作れることは、衝撃でした。
それでご自身の制作でも人の意見を採り入れる心持ちになったんですね。
僕もなるべく風通しをよくして作りたいと思ったので、ROTH BART BARONよりもすごく小さな規模ですけど、なるべく自分を大事にしすぎないように意識しました。楽曲のアレンジだけではなく、自分のレーベル〈PENTACOAST〉のロゴマークは花咲社さんにお願いしました。ジャケットのアートワークも、イラストはこれまで通り自分で全て描いたのですが、デザインはタケムラナオヤさんに手伝ってもらいました。お二方とも高知県のデザイナーさんです。
高知の方々も関わっているんですね。
高知では、街の人がすごく活発にFacebookを更新しているんですよね。高知ってすごく狭くて、だからFacebookを見ていると、街の人みんなの状況を知ることができるんです。それで知り合ってお願いしてみました。
高知にお引越しされたのはいつですか?
6年前、結婚を機に高知に来ました。その時からずっと、今住んでいる佐川町にいます。
佐川町は、どんな街ですか?
音楽や芸術全般に対して、優しい街だと思います。東京とはまた違う刺激がある。各シーズンで色んなイベントが町ぐるみであったり、佐川町ならではの、小規模でも何とか広げていこうと熱意を感じる催しやイベントがたくさんあります。あと佐川町には“佐川の歌”という町の歌があるんですけど、それがすごくよくて。誰が作ったのか未だに分かってないんですけど、「自分が住んでいる町の歌」ということでライブで歌ったりもしています。
高知で出会った方々や、周りの方の力も借りて作ってみて、いかがでしたか?
すごくよかったです。人とやると、こんなにいいものができるんだな、っていうのを感じました。自分でもびっくりして、もっと早くこういう形で作ればよかったと思っています。今まで自分一人で完結するのがかっこいいと勝手に思ってたんですけど、コロナの時代になって、一人で何かをするのが当たり前になってしまった感じがしたんです。そうすると、逆に「誰かに関わってほしい」という気持ちが出てきました。
どうしても人恋しさが生まれた時期でしたね。
そうかもしれないです。それもあって、閉鎖的な音楽よりも、寄り添ってくれるような、誰かが幸福を感じてくれるような音楽を作りたいと思うようになりました。コロナ以前から家で一人で宅録していたので、初めは外に出れなくなっても、自分の活動はあまり変わらないと思っていました。でも、全然そうじゃなかった。実際は、日々ボディーブローのようにダメージがありました。それで歌詞でも、温もりがある言葉を使うようになったと思います。これまでは歌も楽器の一つみたいな感じで、インストゥルメンタルでも成り立つような音楽をやってたんです。でも今回は歌の比重が大きくなって、歌ありきな楽曲になりました。
絵の具も音もたくさん重ねて、生まれるハプニングが嬉しい
これまでの歌詞は、どちらかというと響きを重視した言葉選びでしたよね。それが今回はメッセージを感じるような歌詞が多いのはそれが理由でしょうか?
あとは地道に続けていくにつれて、少しずつ聴いてくださる人が増えてきた影響もありました。聴いてくれる人の反応にもすごく敏感になってきて、ちょっとおこがましいですけど、「こんな曲を作ってあげたいな」みたいな気持ちも生まれました。だから今回は、“一方通行ではない”こともコンセプトになっているかもしれません。
具体的にどういうことを歌いたいと思うようになったのでしょうか?
僕は今43歳なんですけど、今まで暮らしてきて、いろんな困難があって。人生って難しいことがたくさんあるけど結果的になんとかなってきたな、ということを自分なりに歌にしています。
それなりに歳もとってきて、人生なんとかなるぞという手応えが歌えるようになったという感覚でしょうか。
いや、そんな大それたものではなく「なんとかなっている」という感じです(笑)。安易に希望を歌えるわけでもないし、自分自身はっきり物事を言うのが苦手なので、それが歌詞にも出ているかもしれないです。
歌詞カードには1曲ごとにイラストがついていますが、ご自身で描くイラストと歌詞の関係にもこれまでと変化はありましたか?
前作までは歌詞をあまり重要視していなかったこともあって、イラストには言葉を補強する意味もあったんです。だから読み聞かせの絵本みたいな絵を描いていました。でも今回は、音楽さえ聴いてもらえれば伝わると思ったので、イラストは歌の風景の一部という感じで描きました。歌詞カードのイラストの中で楽曲に合わせて描いたのは“Holy Owl”だけで、他はとにかくたくさん描いた中から、タケムラさんに選んで配置してもらっています。
空の絵が多いですね。
イラストには明確なコンセプトはないのですが、全体的に「開けた」感じは目指しました。
楽曲でもイラストでもアルバムの空気を表現できるのは、ハナカタさんならではですね。
技術がないので思い通りにいかないことの方が多いんですけど、絵は色をたくさん重ねて、結果的に嬉しいハプニングがあったらそれがいいなと思って描いています。とにかく絵を描いたり、音楽もそうですが、作るのが好きなんですよね。自分で作ったものを見たり、聴き返したりして、自分自身の気持ちが高揚したり、安らぐ。そういうことが嬉しいです。
本作で一番ご自身で聴き返している曲はどれですか?
M4“Small Melody”は、自分でも好きでよく聴き返しています。だからそのままタイトルにもしました。余談なんですけど、この曲は元々作曲家のコンペで、YUKIさんに提出した曲なんです。実際にYUKIさんに歌ってもらうことを意識して作ったんですけど、採用されなかったので自分の曲にしました。
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人に聴いてもらうことを意識したり、人の力を借りながら作ったのが本作からの大きな変化かと思いますが、これからの制作ではどういった心持ちで制作していきますか。
そうですね……。これまで本当に色んなアーティストの影響を受けて音楽を作ってきて、新しいことに挑戦したり、初めてのことを試したりもしてきました。その中で、なんとなくなんですけど、自分なりのハナカタ印があるような気がしているんです。音の重ね方のこだわりだったり、アイルランドの民謡が好きなのでその雰囲気は常に置いておきたいなとか、そういったことですね。これからはより一層、そのハナカタ印を強固なものにできたらいいなと思っています。
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WRITER
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97年生まれ、みずがめ座。中央線・西荻窪→小田急線・成城学園前。ANTENNAのほかMusicmanなどで執筆。窓のないところによくいます。
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