くるり『列島ウォ~リャ~Z』ツアーファイナル @磔磔 ライブレポート
くるりの深化が止まらない。今年の5月から7月に行われた2つのツアー、全国のZeepをめぐる『列島Zeppェリン』とライブハウスをまわる『列島ウォ~リャ~Z』。両ツアーとも、くるりの岸田繁(Vo / Gt)、佐藤征史(Ba)、ファンファン(Tp / F.Hr)に、サポートメンバーの松本大樹(Gt)、野崎泰弘(Key)は変わらず、ドラマーが先のツアーはクリフ・アーモンド、後のツアーは石若駿という編成。アルバム『ソングライン』のリリースツアーであった前回とは異なり、今ツアーは公演ごとにセットリストが入れ替わり、バンドメンバーそれぞれがさらに自由に、そして実験的に音楽を楽しんでいるように感じた。
そんな今ツアーの終着地は、彼らのホームグランドである京都の老舗ライブハウス磔磔。ワンマンライブは、磔磔40周年の記念ライブ以来なので実に5年ぶり。祇園祭の前祭が終わり、梅雨明け間近の雨残る7月18日に開催された最終日のセットリストは以下に挙げたとおりだ。
さて、今回のレポートは2部構成。前半パートは、磔磔という特別な場所で迎えた千秋楽の様子をピックアップしてレポート。そして後半パートは、ディープなくるりファンの方向けに、今ツアーで披露された楽曲ごとのハイライトをちょっとマニアックに語らせてもらった。ぜひ、プレイリストを聴きながら、あの日のライブの断片に触れていただければと思う。
7月18日(木) 京都 磔磔公演2日目 セットリスト
1.(It’s Only)R’nR Workshop!
2.Morning Paper
3.everybody feels the same
4.トレイン・ロック・フェスティバル
5.GO BACK TO CHINA
6.Baby I Love You
7.ハイウェイ
8.7月の夜
9.愉快なピーナッツ
10.飴色の部屋
11.ソングライン
12.Tokyo OP
13.Osaka BP <新曲>
14.帰り道
15.さよならアメリカ
16.野球(仮) <新曲>
17.chili pepper japones
18.ハヴェルカ
19.ブレーメン
20.虹
21.ロックンロール
Encore
1.キャメル <くるりのみ3人編成>
2.宿はなし <くるりのみ3人編成>
3.ばらの花
4.琥珀色の街、上海蟹の朝
季節が変わると、風景が変わる。それは、ライブも同じ
くるりのライブに行くたびに、新鮮な驚きを覚える。それは見知った楽曲たちの変化が、新たな音の風景を見せてくれるからだ。今回も随所でそれを感じたが、特に印象深かったのが“GO BACK TO CHINA”の後に演奏された次の流れ。
岸田が一人でアコギを鳴らしながら「素直になれると今すぐ笑うよ」と歌い出した“Baby I Love You”。原曲では間奏でギターが弾いているこのメロディを、今回はファンファンがトランペットで吹く。岸田が歌っているかのように同じフレージングで奏でられる柔らかなトランペットの響きに、とても温かな気持ちになった。そして、くるり3人のハーモニーが際立ったのが、後奏のコーラスのリレーション。最初は「Baby I Love You」と佐藤とファンファンが二人で歌い、次に岸田が重なり三和音に。そのコーラスがトランペットにバトンタッチされると、また歌い出しのメロディを奏でる。岸田もトランペットのメロディに合わせて「ララ ララ ララーララ」と歌うのだが、岸田は自由にメロディを紡ぐので、ところどころで新しい和音が生まれ、それがとても心地よく響く。トランペットと歌のハーモニーがこんなに美しいのかと気づかされた。
岸田はいつも、演奏しながらその時の一番の音を探しているように見えるが、それは佐藤も同じだ。それを感じたのが “ハイウェイ”。ベースはツーフィンガー・ピッキングでシンプルなエイトビートを刻んでいるが、今回はベースラインが原曲とも今までのライブ演奏とも違うルートを辿る。どちらかといえば演奏回数が多いこの曲も、まだまだ、いろいろな音が飛び出す可能性を秘めているのだ。
このアコースティックな曲の流れを締めくくったのが“7月の夜”。これは、ツアー中に季節が6月から7月に変わった頃から、“Natsuno”に入れ替わりセットリストに入った。くるりの1st『さよならストレンジャー』に収録されている曲で、管楽器は入っていないのだが、今回は、ファンファンが吹くフリューゲルホルンのフレーズが夜のとばりのようで、この曲に陰影を添えていた。
岸田が「各地で一度しか演奏しない曲もある」と言っていたが、その土地、季節によって曲目、曲順、テンポでさえも、くるくると変わっていった今ツアー。その風景に一番色を添えていたのが、ファンファンの存在だったのではないだろうか。今ツアーでは、彼女が加入する以前の曲も演奏されていたが、彼女の声がコーラスをより重厚なものにし、トランペットやフリューゲルホルンはもちろん、タンバリンや鍵盤など、自由に楽器を持ち替えることで、今までにはなかった音色を加えていた。そんな新しい試みに、他のメンバーも触発された部分もあるだろう。ライブで感じた数々の楽曲の変化に、くるりというバンドにまた新しい季節が巡ってきたのかと色濃く感じずにはいられなかった。
ライブを経て、生まれ、変わっていくもの
くるりのライブで突然披露される新曲。今ツアーでは、“Tokyo OP”よりもさらにテクニカルなインスト曲“Osaka BP”と疾走感を感じるギターロック“野球(仮) ”の2曲が演奏された。このように、音源化される前にライブで先行披露された曲の中で、大きな変貌を遂げたのが”ソングライン”ではないだろうか。
もともとは“ハイネケン”という名で、岸田が自身も所属するバンド、サンフジンズのボーカル奥田民生のために作ったものだ。この曲を私が初めて聴いたのは、2017年10月。その時は、岸田による弾き語りだった。2018年2月から3月にかけて開催されたくるりライブツアー『線』では、トランペットパートはなくバンドセットで演奏されていたが、2018年9月のアルバムリリースのタイミングで、曲名がアルバムタイトルの“ソングライン”に。トランペットパートが新たに追加され、管楽器がふんだんに盛り込まれるなどアレンジも大きく変わった。
ライブの度に、バージョンアップしていった”ソングライン”。前回のツアーでは、音源の冒頭にあるビールの缶を開ける“プッシュ”という音もプログラミングを同期して再現されていた。音源に忠実な演出に、これ以上の大きな変化はないだろうと思っていたのが、今回は同期せずに、バンドのみで“ソングライン”の緻密に積み重なった音の世界が再構築されていたのだ。中でも驚かされたのは、岸田が「色んなことを 中途半端なことを」と歌う時に 「中途半端」とリフレインのようにかぶせて佐藤とファンファンが歌うコーラスパート。前回のツアーでは、そこは演奏されていなかったこともあり、私は驚きのあまり、ライブ後に音源でその音が入っていたかを確かめてしまうほどであった。
そして、音源でもライブでも後奏でヘヴィ・メタル風のギターソロを弾いている松本。彼の存在感が一番増すのはこの楽曲といって間違いない。ライブでは毎回、岸田が松本をあおり、それに松本がギターソロで応えるという構図ができあがっているのだが、今回は、そのあおりにドラムの石若が加わる。彼が刻むリズムが途中で速度を増して変化すると、それを受け松本のギターソロも変化する。速弾きの速度がさらに加速、ギターの音色もきらびやかなメタル色を増してゆく。
そんな松本の方を向き、にんまりと笑みを浮かべる岸田がさらにあおったせいか、松本のギターソロは今ツアーで最長だったと思う。ソロが終わると同時に感極まった歓声が客席から溢れる。満足そうに会場に広がる音の余韻を楽しみながら、岸田がギターをゆっくりと爪弾く。これだけは、初めて聴いた時から変わらず見ている光景である。
45周年を迎えた磔磔のはなむけとして、演奏されたファンファーレ
今ツアーの全セットリストを確認したのだが、メジャーデビュー後の12枚のアルバムからいずれも1曲以上が選ばれ演奏されている。まるで、彼らのこれまでの歴史を一気に辿るようで、改めて、バラエティーに富んだ楽曲の存在に気づかされた。
多種多様な演奏で魅せてくれるくるりだが、それは磔磔も同じ。1976年頃にレコード喫茶としてはじまった磔磔だが、これまでに、ブルース、フォーク、ロック、メタル、ビジュアル系まで、洋邦を問わず様々なジャンルのアーティストが出演してきた。(これまでの、出演アーティストの履歴はこちらから。ちなみに、今ツアータイトルにも関係しているかもしれないRED WARRIORSも過去に出演している。)
そんな、今年45周年を迎えた磔磔に向けて「くるりも450周年くらいまで出たい!」と言い放ち、その流れで演奏されたのが、仮タイトル“野球”という新曲だ。岸田が好きなプロ野球チームである広島東洋カープを応援するために作ったというのだが、野球の応援で味方がヒットを打った時に演奏されるメロディがモチーフとなっている。
余談だが、このメロディのもとになったのは、奈良県の天理高校吹奏楽部が野球の応援で演奏する通称“天理ファンファーレ”。阪神タイガースもこの曲を応援で使っているのだが、最後のフレーズの音が天理高校とは違いオクターブ上がるので、岸田は阪神タイガースバージョンを演奏しているのではないだろうかと推察している。
さて、話を戻そう。ファンファンが客席の方にまっすぐトランペットのベルを向け“天理ファンファーレ”のメロディを吹くと、ギター、ベース、ドラムが息のそろったユニゾンで、応援団と同じように“ダン、ダン、ダン”と合いの手をいれる。トランペットによる前奏が終わると、岸田が同じメロディにのって、渾身の力をこめて拳をふりながら「誠也(鈴木)かっとばせよ!」と歌い出し、長野、小園、小窪と広島の選手の名をメロディにのせていく。
この新曲は尺が短いこともあり、同じ曲が2度、演奏される。今ツアーでは、1回目は広島の選手を応援し、2回目は客席から悩みを募りお客さんを応援するのが定番となっていた。しかしこの日は、ファンファンからの提案もあり、次の46周年に向けて、磔磔へのはなむけとして歌われることに。ファンファンのトランペットにも熱が入り、岸田は野球選手の名前が連なっていた部分を「たくたく、たくたく」と連呼して歌う。中間部では、磔磔の店主を称えるために、力強く岸田が「かっとばせー水島!」と叫ぶ。この場所と、最終日の特別感を感じた瞬間であった。
エンドロールは、“琥珀色の街、上海蟹の朝”
今ツアーの最後に演奏されたのは“琥珀色の街、上海蟹の朝”。 最初は音源に忠実な感じで叩いているように見えた石若も、観客の気持ちの高まりを感じたのか、後奏の演奏は特に熱を帯びたものに。どんどん手数が増えていく石若のドラムに応え、佐藤も力強く5弦ベースをブンッと鳴らす。岸田はその様子を見ながらバンドメンバーの方に向けて両手を前に突き出し、ピアノを弾いてるかのように指を細かに震わせていたが、指揮者のように合図を送ると、拍手とともに、このツアーの幕が下りた。終わりを告げるSEが流れたが、この終わってほしくない気持ちを伝えたいという思いからから、客席のバラバラだった拍手が一致団結して同じリズムを刻み、美しく磔磔に響きわたっていた。
彼らが去ったステージのバックには、磔磔のスタッフがくるりの今回のライブをイメージして作ったという看板が。“琥珀色の街、上海蟹の朝”のMVで使われていた、イラストでくるりのメンバー3人が描かれた看板は、まるで今ツアーのエンドロールのように思えた。
くるりのライブで演奏される楽曲はどんどん解釈が変わり深化していくが、それを創り出すメンバーの今この瞬間、一番おもしろい音を探すという飽くなき探求心は変わらない。だから、彼らの音楽に会うたびに音の変化を感じるとともに、この上ない安心感を覚えるのだと思う。その音楽への探究心は、時代ごとに様々なアーティストを呼び、変化しながらもこの場所を守り続けている磔磔も同じではなかろうか。だからこの場所でのくるりは、こんなにも特別なのだと改めて思った、そんな一夜であった。
細かすぎて伝わらない、楽曲別、個人的ハイライト
さて最後に、今回のライブツアーで些細な変化に感動した楽曲たちについて。やっぱり、私がくるりのライブにとても惹かれるのは、同じ季節でも「今年の紅葉の色は赤が冴えるね」みたいな感じで、日々の変化を感じるところなのだ。世の中には、“細かすぎて伝わらないモノマネ”というジャンルがあるが、そのライブ版だと思っていただければ幸い。もし、お暇な方が入れば、お付き合いいただきたい。
(It's only)R'n R workshop!
今ツアーで、この曲が1曲目に演奏されたのはこの日だけ。舞台に上がった岸田がリッケンバッカー360を手にしていたことに気づいたときの期待感は半端なく、予想通りの曲が流れたときにはテンションの上がりようも半端なかった。
トレイン・ロック・フェスティバル
今ツアーで、全公演で演奏された“トレイン・ロック・フェスティバル”。この曲が演奏されるたび、高松公演ならことでん(高松琴平電気鉄道)のように、各地方の鉄道ネタが、電車好きの岸田から披露される。磔磔公演1日目では、岸田が手にしたギター、ギブソンのSGのボディーカラーと指板のアイボリー色が阪急の車輌のカラーと同じだという話題で阪急の話に。2日目は、久しぶりに乗った京阪特急から見た伏見稲荷駅が混んでいた話から、京都にいるせいか岸田と佐藤の昔話に花が咲き、高校時代にクラブで稲荷山にランニングにいった話も飛び出した。
原曲は2分ほどの短い曲だが、長い前振りを経て演奏が始まると、曲の速度とドラムが刻むリズムが違う。もし、体感イメージを電車で表現するなら、オリジナル音源を“快速急行”とすると、この日の演奏はちょっと速度が遅い“準急”。石若の跳ねたリズムに乗っかって、野崎がカントリーっぽくHonky Tonk Train Bluesを思わせるトイピアノのようなキラキラした音色を奏でる。ベースラインは原曲と大きく変わらないのに、なんだか西部劇のようなウエスタンな風景が頭に浮かび、音によって感じる景色がガラッと変わった。
さて、運転士である岸田の遊び心からか、運行路線は原曲の北総鉄道から京阪電鉄へ。“印西牧の原行の急行 俺は何時でも趣味で乗っている”を“寝屋川市行きの急行 出町柳からは珍しい“と歌い替えると、ファンファンが“鉄道唱歌”をモチーフにしたメロディをノリノリで吹いていた。このメロディ、後から確認したのだが、ファンファンの故郷があるJRの舞鶴行きの特急の車内放送などでも使われているそうだ。
GO BACK TO CHINA
毎回、見せ場が増えている松本のギターソロ。中でも、今ツアーで一番印象に残っているのはこの曲の中間部だ。クラプトンの“愛しのレイラ”のイントロを彷彿とさせるような存在感のあるメタリックな響きのある松本のギターソロを受けて、岸田も中低音の大人の渋さを感じるギターリフを鳴らす。松本と岸田の音の個性を感じることができる、楽曲でもあった。
Tokyo OP
今ツアーの途中から、岸田の体調のせいもあり、喉を休ませるために、インスト曲の“Tokyo OP”が1曲目に演奏され、ライブの中盤にもう一度“Tokyo OP”が演奏されるというサプライズがあった。もちろん、まったく同じように演奏されるわけではない。テンポがアップするのだ。
この曲は、佐藤が普段はあまりやらない親指でバチバチと弦を弾くスラップパートもあり、実際に目にするとメンバーそれぞれの演奏の難易度が高いことがよくわかる。当然、速くなると難易度が上がるのは言わずもがな。しかし、変拍子が入り乱れているためノリをつかみにくいこの曲が、奇妙なことにテンポアップすると踊りやすく、客席の動きも1回目より2回目のノリが断然よかった。個人的に、今ツアーの中で一番衝撃を受けた出来事であったので、ここに記しておきたいと思う。
Osaka BP
読み方は、「大阪万博」。またまた、権利関係を考えるとドキドキするような曲名だが、前回のツアーから披露されている新曲 だ。こちらもインスト曲で“Tokyo OP”よりも落ち着いた速度で叩かれる。ドラムきっかけではじまり、ベース、トランペット、ギター、鍵盤の音が部分的にユニゾンしながらメロディを作っていくテクニカルなジャズ・ロックといった感じだろうか。
ジャズや現代音楽など、いろいろな音楽的要素が組み込まれていると思うが、私が近いと感じた曲はGILGAMESHの“Notwithstanding”。中低音域をベースに、気だるく大人っぽい感じで演奏される三連符が印象的なトランペットと渋めの松本のギターのソロが印象的。中間部には、またもや野崎の技が光るピアノソロもある。このプログレモードを牽引しているのは、両ツアーを担当したドラマーではなかろうか、そんなことを思ってしまった1曲。
虹
例えば、茶道の世界でいうと千利休が好んだ茶道具などを“利休好み”というように、何かに長く精通すると、その美意識が自然とカタチとなって現れるものである。それは、音楽も同じなのではないだろうか。今ツアーの高松公演にて、岸田が佐藤に向かってこんな質問を投げかけた「好きなコード進行ってある?」。それに佐藤は「僕は(ベースラインが)動くので、ADAD(ラレラレ)ってところをA(ラ)だけで弾くのが好き」と答えていた。まさに、佐藤のその好みをライブで聴くことができる曲が“虹”である。この日も、静けさの中で岸田が大サビを歌い終え、バンドの伴奏が一気に加わるところで、佐藤はあえて音を動かさずに、ストイックなくらい同じ音を鳴らしながらもタッチやビートの刻み方を変え、張り詰めたような緊張感を演出していた。
この”虹”はくるり結成当初から、何度もライブで披露されてきたからか、ライブでの演奏は少しずつ刷新されている。楽曲のエモーショナルな空気感を、音数を増やしたり、歌い方やメロディを変化させることで紡ぎ出す岸田に対し、佐藤は音を厳選することで演出していたのだ。今回、ライブのMCでそれが、好みであるということがわかったのだが、その違いが、楽曲へのアプローチの違いとなり、楽曲の面白さを生み出し続けているのではと思えてならなかった。こんな瞬間に出会ってしまうから、私は、飽きもせず何度もくるりのライブに足を運んでしまう。残念ながら、まだまだ、止められそうにはない。
写真提供:NOISE McCARTNEY
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WRITER
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奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。
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