結成25年目に結実した、くるりの“愛のカタチ”
〈愛って何?歌にして判るの?〉と“ラブソング”をメジャーデビューシングルのカップリングで歌っていたこともあるくるり。そんな彼らが“愛”を冠した13枚目のアルバムをリリースした。その名も『天才の愛』。リリース前にライブで演奏されていたM04 “益荒男さん”、M06“大阪万博”を始め、M05“ナイロン”、M07“watituti”など『ソングライン』(2018年)と同時期に制作が進められていたものも多い。しかし、くるりの歌の原点を集めたような前作とは対照的に、音楽性はバラバラで一曲一曲が尖っている。これまでならアルバムというフォーマットに収まらずに零れ落ちていたかもしれない楽曲たちが、一つの作品として結実したのだ。本作から感じるのは“愛”といってもいい、くるりの本質。
「そのときの正直な自分の感情と、そのときの正直な自分の意見と、誠実な愛があれば全然いいんですよ。うそぶいたりとか、愛がないものは駄目でしょ?」
SNOOZER #012 1999年4月1日発行
これは1stアルバム『さよならストレンジャー』(1999年)リリース時のインタビューで、岸田繁(Vo / Gt)が語った一節。自身の制作の姿勢についてインタビュアーの田中宗一郎に「後から反芻したときに、“あぁ、こんなに赤裸々に書いてしもて、ちょっとマズかったかなぁ”とか思うこともあるんちゃうのん?」と尋ねられた際の回答だ。本作には彼らがデビュー当初から持っていた、楽曲に愛を持って誠実に向き合う“音楽づくりの本質”が詰まっている。本稿では11曲の中でも、彼らが楽曲に注いだ愛によって特に大きく変貌した3曲について記していく。
歌詞をも超越し、辿り着いた純愛の世界
まずは、冒頭を飾るM01“I Love You”。歌詞に〈君〉や〈I LOVE YOU〉と書かれているが、尾崎豊の“I LOVE YOU”のように濃厚なラブソングの香りを歌詞からは感じない。まだ、くるりの“Baby I Love You”(2005年)の方が、〈君〉という言葉が見当たらないのに、誰かを切に思っているようにみえる。でも、一見ラブソングと見紛うこの曲から狂おしいほどの純愛を感じるのは、歌詞ではなく音そのものだ。
“わたし”と“あなた”のように、二つ以上の異なるものが一緒にいて、恋愛中のようなキラキラした関係性を保ち続けるのは、結構難しい。相性ピッタリだと思っても、不協和音を耳にすることもある。本来はありえない不協和音のない世界、美しい音の相性を実現させるために、“I Love You”は一般的な平均律ではなく純正律でチューニングを組み立て作られている。ファンクラブサイトで公開されたデモ音源では、岸田が歌うメロディの揺れまで細やかに描き、ほぼ完成ともいえる設計図を作り上げていた。しかし、音の美しい響きにこだわり、楽器のチューニングだけでは上手くいかない部分はDAW(Digital Audio Workstation)を活用。実に1年もの歳月をかけて徹底的に美しいハーモニーを探り出したというのだ。こだわりは、ミックスからも感じられる。本作は『ワルツを踊れ』(2007年)の“ジュビリー”や“ブレーメン”でもお馴染みのディーツ・ティンホフがミックスをしたのだが、この曲のみくるりと共に純正律を創り出した前作の全ミックスを行った谷川充博が担当しているのだ。
しかし、ただ美しいでは終わらない。〈何かが 誰かに動かされても 焦るな〉と歌われる直前の間奏で、この歌詞を暗示させるかのように佐藤征史(Ba / Vo)が野太い音色でコントラバスを弓で弾く。このメロディにファズが嵐のようにかけられ、美しい音の世界に突如歪みという「誰か」が出現。これにより二人の世界がより引き立つような演出にも、私は歌詞以上にラブストーリー的な展開を感じずにはいられなかった。
愛のフルスイングで生まれた、希代の応援歌
音楽業界を飛び越え、スポーツ界隈でも話題になったM03“野球”。2019年に行われた磔磔のライブでは広島東洋カープファンである岸田らしくカープの選手を連呼し歌っていたが、アルバムでは一転。“天理ファンファーレ”が主題なのは変わらないが、コーラスのハーモニーと疾走感あふれるギターサウンドにより曲の構造が厚みを増し、〈福本〉のような往年の名選手から〈マー君〉のような話題の選手までが歌詞として名を連ねる。そして、岸田のソングライティングの妙といえるのが新たに加えられた〈かっ飛ばせ かっ飛ばせ みんな〉という歌詞。この〈みんな〉が歌に自分を重ねる余白を生み出し、野球という枠を飛び越した普遍的な応援歌として成立させているのだと思う。
変化はこれだけではない。注目してほいのがSEだ。金属バットの打撃音、選手が出塁したときに流れるテーマ曲、走塁を思わせる足音。そして、歌い終わるタイミングでは打者が凡退した時に流れるアウトコールが流れる。球場でゲームを観戦しているような臨場感が絶妙なバランスで音楽として昇華されているのは、岸田の野球愛の賜物だといえるだろう。
回りまわって生まれた、三者三様の愛のうた
そして最後に注目したいのは、ジャジーなファンファンのトランペット、ジャコ・パストリアスを思わせるトーンで珍しくフレットレス・ベースをつま弾く佐藤が印象的なM05“ナイロン”。岸田の歌い方やアクセント、曲調や奏法のアプローチも含めこれまでのくるりにはないようなもので、仮タイトルが“Latin”であったのも頷ける異国情緒が漂う。この曲の面白いところはそれだけでない。
くるり主催のフェス『京都音楽博覧会』で共演経験のあるアルゼンチンのトミ・レブレロとブラジルのアントニオ・ロウレイロにより同じベーシック・トラックを使ったアナザー・ソングが6月2日に配信リリースされたのだ。トミの手により制作された“grito latino”は、彼と同郷の女性シンガー・ソングライターのロリ・モリ―ナとのアンサンブルが楽曲をメランコリックに引き立たせる。バンドネオン奏者でもあるトミがそこに新たなメロディを情熱的に絡めていく。一方、アントニオによる“Humano”は、彼の楽曲を彷彿させる心地よいハーモニーやボイス・パーカッションなど声を自在に重ねることで、情熱的なトミの楽曲とは趣が異なり秘めた熱情とも思えるダウナーな空気を纏っている。
岸田曰く、“ナイロン”の姉妹曲というのだが、最初はトミに「男女のデュオで歌ってほしい」とオファーをかけ“grito latino”が、次に「ポルトガル語ならどうなるか…」という発案がありアントニオが“Humano”を完成。最終的には、この2曲に触発されて岸田が日本語で歌うことになり“ナイロン”が誕生したという。こんな誕生秘話をラジオで耳にしたのだが、回りまわってこれらの曲が生まれたのも、オファーに応えてくれた二人の”くるり愛”に、岸田が愛をもって応えたゆえということではないだろうか。
件の3曲以外にも本作は、一曲ごとに施された楽曲のテーマを尖らせるという愛情表現は様々だ。くるりのシングルB面を集めた『僕の住んでいた街』(2010年)と近い立ち位置のようにも思えるが、1曲目から11曲目まで通して聴くとそれぞれのバラつきが嘘みたいに1枚のアルバムとして聴こえる。それだけでなく、例えば、M04”益荒男さん”のアウトロのギターの余韻を切り裂くように間髪入れずにM06″ナイロン”のドラムが打ち鳴らされる。そんな曲間がないものもあれば、Homecomingsの畳野彩加を迎えたM10”コトコトことでん”から、再び歌い手が岸田へと変わるM11″ぷしゅ”の間は、まるで空気を入れ替えるようにたっぷり10秒の空白がある。(ちなみに、『僕の住んでいた街』の曲間の秒数は平均5秒だ。)個性的な楽曲なのにアルバム然としているのは、一枚で聴く心地よさに最適な曲間を計算つくしてるのも大きいだろう。
ちょっと、思い出したことがある。2013年に京都精華大学で岸田を講師として迎え行われたイベントで聴いた“ばらの花”制作のなれそめだ。この楽曲は「人間がいかに機械的な表現をすることができるか」に挑戦し、打ち込みのように思わせて、人力でレコーディングされたという。これも曲のテーマを尖らせた、一例だといえるだろう。今回のアルバムはそんな挑戦を全曲で行ったのだ。そんな試みを実現できたのも、コロナ禍でツアーがなくなり、楽曲に向き合う時間ができたことも影響しているだろう。今年9月には、結成25年を迎えるくるり。これまでもアルバムの中の1曲やシングルのB面、配信リリースで尖った楽曲を世に出してきたけれど、今回はそれを一つのアルバムとして美しく成立させたことが本作の”すごいぞくるり”ポイントだと思う。彼らが創り出した見たことのない音の景色は、楽曲と愚直に向き合いチャレンジを続けてきた今だからこそ見えた愛のある景色なのだ。
天才の愛
アーティスト:くるり
仕様:CD/デジタル/LP
発売:2021年4月28日
※LPのみ2021年6月12日
収録曲
M1. I Love You
M2. 潮風のアリア
M3. 野球
M4. 益荒男さん
M5. ナイロン
M6. 大阪万博
M7. watituti
M8. less than love
M9. 渚
M10. コトコトことでん (feat.畳野彩加)
M11. ぷしゅ
※LPのみSIDE Dに以下のボーナストラック収録
M1. grito latino (feat. Tomi Lebrero & Loli Molina)
M2. Humano (feat. Antonio Loureiro)
M3. 潮風のアリア -alternative mix-
『天才の愛』特設サイト:https://www.jvcmusic.co.jp/geniuslove/
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WRITER
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奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。
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