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京都音楽博覧会2022 in 梅小路公園 ライブレポート

Pictures by 井上嘉和

「ただいま」と高揚感を隠しきれない岸田繁(Vo / Gt)の声が梅小路公園に響く。多くの大型音楽フェスと同様にコロナの影響を受け、2020年、2021年はオンライン開催を選択した『京都音楽博覧会(以下、京都音博)』が、3年振りにいつもの場所に帰ってきた。恒例のくるりによる開会宣言では、佐藤征史(Ba)が「景色も少しずつ変わっていていいですよね」と述べていたが、開催できなかった間に梅小路公園に隣接するホテルが2軒開業するなど、この場所の様相はさらに変化を見せていた。この空白の期間に変化したのは周辺の環境だけではない。『京都音博』がこれまで掲げてきた「環境・文化・音楽を“くるり”と繋ぐ」というコンセプトがより意識的に体現されていたように思う。開催された10月9日はあいにくの雨模様。それさえも、この萌芽のための恵みの雫のように思えた16回目の『京都音博』が掲げる“環境・文化・音楽”の3つを軸にレポートしたいと思う。

可視化された若手ミュージシャンとの音楽的なつながり

1曲目から会場をどよめかせたのはトップバッターのマカロニえんぴつだ。「くるりの遺伝子を受け継ぐようなところもある」と岸田に紹介されて登場した彼ら。くるりの1stシングル『東京』のカップリング曲“尼崎の魚”をサビから歌い出す。そのまま勢いよく後奏に突入すると、田辺由明(Gt / Cho)が速弾きで高らかにギターソロを奏でる。リハーサルでは“ワンダーフォーゲル”を演奏していたというが、観客だけでなく脇で演奏を見ていただろうくるりも含めて気持ちよく予想を裏切り、くるりへのリスペクトをストレートに音にのせる。続いて“レモンパイ”、“MAR-Z”と彼らのグルーヴを加速してゆき、梅小路公園の観客を揺らす。中盤の一番盛り上がるタイミングで演奏されたのは“恋人ごっこ”。はっとり(Vo / Gt)との対談では「“恋人ごっこ”がダントツで一番好き(『MUSICA 2022年3月号』)」と岸田が発言していたが、後奏で遅くなるテンポ感、重厚で絡みつくようなギターサウンドはどこか“尼崎の魚”と通じるようで、彼らのくるり愛が音楽に見事に昇華されていたように思えた。

両端の大型ビジョンにロゴを掲げて、鳴り響くビートと待ちきれない観客のクラップにのってステージに登場した現役大学生でマルチアーティストのVaundy。踊るようにステップを踏みながら″不可幸⼒”からはじまった彼のステージ。この『京都音博』にもくるりのサポートとして幾度も登場しているBOBO(Dr)のドラミングに身を任せ、ステージの端から端まで歌い歩く。岸田に「2022年で、一番歌がうまい」と紹介されていたが、歌のうまさもさることながら、広いステージを小さなフロアと思わせるくらい観客に向けて届けられる歌声に、彼の放つ音楽の世界に没入していく。

 

途中「僕が音楽をつくる時に参考にしていたバンドに呼んでもらうのは本当にうれしい」とくるりへの思いを語る。そして、しきりに雨を気にして青空を切望する言葉を発していたが、雨が止む気配はない。そんな中、演奏された“裸の勇者”のラスト、バックバンドの音が止んだ時に、彼の歌声と雨音だけが会場に響き、非常に叙情的な風景が広がる。それは、見えなかった青空以上の印象的なシーンだった。今回、私は初めてVaundyのライブを見たのだが、生バンドをバックに縦横無尽にパフォーマンスする彼は、音源でみせる緻密な世界とは違い非常にフィジカル。ライブ感が演奏だけでなく立ち振る舞いからも感じられる。ライブという空間を最大限に活用してパフォーマンスするその様子は、くるりがその時々に応じて楽曲たちを自由に解釈しライブで表現している姿とも通じるものがあったように思う。

マカロニえんぴつと同じく、くるりへのリスペクトを素直に歌へとぶつけたのがSHISHAMOだ。彼女たちが選んだ1曲目はくるりの“THANK YOU MY GIRL”。3人の鳴らす音が気持ちよく重なり、梅小路公園に響く。曲間のMCで宮崎朝子(Vo / Gt)が「緊張した」と声を振るわせていたが、来月でデビュー10周年を迎える彼女たちがまじめに音楽を続けてきたという自信が、歌声に、演奏に溢れていた。この頃から、雨脚が少し強くなるも、それを忘れさせてくれるような力強い演奏と笑顔を観客に向ける。CMにも起用され、曲を知っている人も多いだろう“明日も”でビジョンに歌詞が映し出された時は、歌いたいという思いが伝播したように雨をもろともせず観客たちは手を大きく揺らしていた。

 

これまでも『京都音博』に若手アーティストが出演し、くるりへのリスペクトを口にしたり、カバー曲を演奏するというシーンはあった。しかし、こんなにもストレートに音楽や姿勢で表現したことはなかったのではないだろうか。そして、くるりの音楽との出会いが若手アーティストが生み出す音楽の中にも確かに息づいているのだということを感じずにはいられなかった。

くるりを起点に多様な文化を体験できる場を醸成

日常の生活圏に近い場所にある都市公園を会場にしているにも関わらず、これまで知らなかった文化を体験できるというのも『京都音博』が育んできた「文化」の一つ。それは音楽体験だけには留まらない。イベント時に楽しめる飲食ブース“音博マーケット”も他のフェスとは一味違う。今年特長的だったのは、これまでになかった新しいつながりが垣間見えたこと。『京都音博』のために京都産の大豆で納豆をつくった「藤原納豆」や岸田がMVの音楽を手掛けたという京都の会社が輸入している台湾ビール「Buckskin」、そして、くるりが『京都音博』のために新しく立ち上げた「資源が“くるり”プロジェクト」の一つとして京都由来のロス食材「小豆の皮」と「酒かす」を活用したヴィーガンアイスクリームも販売された。

 

そして、日常ではなかなか体験できない音楽はもちろん、普段知っていてもライブで聴いたことのない音楽に触れることができるのも『京都音博』が、第1回目から育んできた独自の文化だと言えるだろう。今年、音楽と出会う驚きや喜びの感覚をまざまざと感じさせてくれたのがこの2組。ブラジルからやってきたいわゆる現代ミナス音楽を牽引するAntonio Loureiro & Rafael Martini(アントニオ・ロウレイロ、 ハファエル・マルチニ)と誰もが一度は彼の歌を口ずさんでいるだろう槇原敬之だ。

Antonioは2015年にソロで、Rafaelは2017年にAlexandre Andrés(アレシャンドリ・アンドレス)とそれぞれこの舞台に登場したことがあるが、この組み合わせでは初。前回はアップライトピアノが印象的だったAntonioはドラムセットに鍵盤、Rafaelは2台の鍵盤を自由自在に操り、リズムとメロディを多彩に重ね合わせ、梅小路公園を異国の空気に染め変えていく。Rafaelは以前に出演した際にも演奏していた自身の楽曲“Dual”をこの組み合わせで披露するシーンもあり、音楽を通してのつながりが続いていることを感じさせた。

 

一番、印象的だったのは最後に演奏されたAntonioの楽曲“Luz da Terra”。音源ではAntonioが女性ボーカルと歌うのだが、AntonioとRafaelのハーモニーが美しく、歌うように叩くAntonioのドラムとRafaelのピアノが重なり合い壮大に展開していく。言葉がわからずとも、音で伝わるとはこのことだろう。観客も息を飲むように二人の演奏を見つめ、すぐに拍手をするのを惜しむように最後の一音まで余韻を感じていた。

歌の持つ力を感じずにはいられなかったのが槇原敬之。冒頭から彼の代表曲の一つである″遠く遠く”を歌い出すと、会場の視線を一気に惹きつけた。彼ののびやかな歌声を支えるバックバンドには、以前『京都音博』に出演したこともある毛利泰士(Per / Programmer)や屋敷豪太(Dr)など、ベテランのメンバーが勢ぞろい。“どんなときも”や“世界に一つだけの花”など誰もが知る曲を惜しげもなく歌うことで、観客との距離が一気に縮まり一体感が増していく。一人ひとりに届けたいと語りかけるように、歌われる声の温かさが天にも届いたのか、雨も小降りになっていった。

 

圧巻の景色を見た気がしたのが、“僕が一番欲しかったもの”だ。後奏で行われたコールアンドレスポンスは、声の代わりに観客の手が雄弁にメロディーをなぞるように大きく揺れ動く。マスクに隠れて見えなかったけれども、そこにはきっと笑顔が広がっていたのではと思えてならない。

朗読と音楽が交差。新しい音楽体験を生み出す『京都音博』

最後にトリを飾るくるりの前に登場したのが又吉直樹だ。椅子に腰かけた又吉はノートを開き「東京の街に出てきました」とくるりを知るきっかけとなったという“東京”の一節を引き合いに出し朗読をはじめる。そして紡がれるのは、彼自身を支えてくれていたというくるりの音楽と彼の物語。

 

又吉が最初にコンビを結成した線香花火の出囃子が“東京”だったこと。くるりのライブで聴いた“ハイウェイ”と“ばらの花”にまつわるちょっと痛い思い出。別れた恋人から聞いた“太陽のブルース”が弾けるようになったという報告など、音ではなく言葉で、音楽と人との関係性が浮き彫りにされるうちに、私のくるりとの出会いの一曲“ブレーメン”が頭によぎった。きっと、観客もそれぞれ自分の心の中にある大切な音楽との出会いを思い出したりしたのではないだろうか。

今回、ステージに上がったのは岸田と佐藤、そしてサポートメンバーとしてお馴染みの野崎泰弘(Key)、松本大樹(Gt)、石若駿(Dr)にハタヤテツヤ(Key)が加わったバンド編成。又吉によって紡がれた言葉のバトンを受け取ったくるりのステージは、岸田がギターを鳴らし、今年の音博開催記念シングルとしてリリースされた“真夏日”からはじまった。長さを感じさせない情緒ある渾身のアウトロの後に演奏されたのは、先ほどの又吉による朗読にも登場した“東京”。雨に降られながら聴く“東京”は、松本の弾くギターのリフも相まって胸にぐっと迫るものがあった。その後も、くるりがこの日のために選曲した曲たちの中に朗読で取り上げられた又吉の人生を支えた曲たちが組み込まれていく。音楽と人との出会いは一人ひとりの心の中にある。そのつながりが朗読と音楽によって具現化されているようなライブ構成にも見えたこの新しい試みは、『京都音博』だからできた音楽と人との出会いの追体験だったのではないだろうか。

 

「16年目の『京都音博』、あいにくの天気になりましたが、3年振りに帰ってこれました。皆さんがいないと帰ってこれませんでした」と岸田がフィナーレを迎えることができる感謝の気持ちを述べると、手にしたアコースティックギターをゆっくりと爪弾き、奏で出したのは“奇跡”のイントロ。ゆったりとしたテンポ、やさしい声音で岸田が歌いはじめる。石若が叩くグロッケン、佐藤ののびやかなベースのメロディとバンドメンバーの音がどんどん重なっていく。昨年も『京都音博』のオンライン配信で聞いた「来年も会いましょう」という歌詞に、今年はようやく梅小路公園で音楽を共有できる幸せを感じたが、これは決して当たり前じゃない、いろいろな人たちの出会いによって奇跡的に支えられているのだ。恒例となったアンコールの“宿はなし”を聴きながらそう思わずにはいられなかった。

『京都音博』が提示した未来に続く音楽フェスのカタチ

2022年の『京都音博』は幕を閉じたが、これで終わりではない。今年の『京都音博』を語る上で、忘れてはならないのが今回から新しく始まった「資源が“くるり”プロジェクト」※という「環境」への取り組みだ。クラウドファンディングを活用し梅小路公園にコンポストを設置。『京都音博』の飲食ブースで廃棄されてしまう食材や食べ残しをこの公園の緑化のために活用できる″堆肥”という資源にしようというもの。先に触れた、京都のロス食材を使ったアイスクリームの販売もこの取り組みの一環として実施されたものだ。これまでも、梅小路公園で『京都音博』を行うために、音量を制限することで騒音に配慮したり、リユース食器の活用やゴミを分別した資源をリサイクルするなど環境に対する取り組みが続けられてきた。なぜ、今回このような取り組みにいたったのだろうか。

 

キーポイントになる言葉が「サーキュラーエコノミー」だ。「サーキュラーエコノミー」というのは、廃棄物を資源と考えて循環させることで環境負荷を軽減しながら経済が成り立つ仕組みをつくるという新しい考え方のビジネスモデルのことをいう。今回の『京都音博』でもライブの合間に紹介されていたが、今、日本でサーキュラーエコノミーを活用した取り組みを実践している安居昭博氏や梅小路エリアでまちづくりを行っている(株)梅小路まちづくりラボを中心に、この「資源が“くるり”プロジェクト」の取り組みに共感した人々が集まり、『京都音博』をきっかけに音楽フェスだけでは終わらない資源が循環する仕組みができ始めている。

※資源が“くるり”プロジェクト
『京都音博』のフードエリアから出てしまう廃棄される食材や食べ残しを堆肥に変えるために、クラウドファンディングを活用しコンポストを設置。梅小路公園内の樹木や花壇の肥料にするというもの。コンポストの素材には余剰資材となってしまった北山杉を使用、堆肥を作るために必要な落葉は梅小路公園のものを、もみがらは大原の農家さんから、瓦土と米ぬかは伏見から提供してもらったものだという。今回、雨の影響などもあり集まった食品残渣は想定よりは少なくなってしまったそうだが、試行錯誤をしながら、手作業で完熟堆肥づくりが進められている。

梅小路公園の芝生の上で、音楽を通して『京都音博』らしいひとときを過ごすことが、叶わなかったこの2年を経て、これまでと同様に飲食ブースも含め独自のラインナップで今年だけのここでしか得られない音楽体験を見事にプロデュースしてくれたくるり。それだけにとどまらず、これまで以上に地域の人たちとつながり、環境への取り組みに力をいれたことで、毎年1回のイベントとして消費されるのではなく、『京都音博』を通じて大切な場所に貢献することで継続的に楽しめる持続可能な音楽フェスのカタチを提示してくれたのではないだろうか。そして、私たちもただ音楽を消費するだけでなく、楽しみながらまた来年帰ってきたい場所に役立つことができるという新しいつながりをつくってくれた。「環境」「文化」「音楽」のつながりがさらに強くなったと感じた今年の『京都音博』。今後どのように広がっていくのか、『京都音博』の挑戦はきっとこれからも続いていく。

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