ホステルとライブ。ゆるやかなつながりが面白さを生み出す『Morning View』【きょうもどこかで音楽が Vol.2】
多くの旅人たちが行き交う河原町通沿いにある〈Len〉。日中は明るい陽ざしが射し込み、夜は温かな光がこぼれるガラス張りの佇まいが印象的なホステルだ。1階のラウンジにあるカフェバーはいつもコーヒーやお酒を楽しむ人たちでにぎわっている。宿泊者以外もふらりと足を踏み込んでしまうこの場所で、日曜日の朝10時からKENT VALLEY主催で行われているイベントが『Morning View』だ(現在は毎月ではなく不定期)。朝から、カフェで行われるライブイベントとはどのようなものなのか、新しい景色に出会うべく足を運んだ8月18日(日)のライブの模様をレポートする。
連載「きょうもどこかで音楽が」
きょうも、どこかで楽し気な音が響き合っている。街中に点在するライブハウスはもちろんのこと、レトロな喫茶店、路地裏のBAR、レコードショップ、本屋、映画館と、いつもどこかで誰かが音楽を鳴らし、それが重なり豊かな音楽文化を育んでいるのが京都だ。日々、泡のように生まれては消えてゆくライブシーン。本連載は、音楽がつないだ人と場所にフォーカスし、その日のライブシーンを綴った記録である。
思いがけず音楽と遭遇するイベント『Morning View』
香ばしい薫りを漂わせるエスプレッソマシーン、モーニングを楽しむ人々のフォークと食器が触れ合う音、いろいろな言語で飛び交う人々の談笑。「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」をコンセプトに掲げるホステル〈Len〉のラウンジに、いつもと違う朝の景色を連れて来てくれるのが『Morning View』と名付けられたイベントだ。主催者はTurntable Films、Superfriendsのベーシストとしても活動している京都出身、京都在住のシンガーソングライター / マルチ・インストゥルメンタリストの KENT VALLEY(ケント・バレー)こと谷健人。2017年にKento Taniとしてソロ活動をはじめ、2020年にKENT VALLEYと名義を変更したタイミングでスタートさせたのがこのイベントである。チャージフリーの投銭制。ライブに来るという能動的な感覚ではなく、どちらかというと自然とライブとエンカウントするような仕組みになっている。
KENTが数多在るライブハウスではなく、京都らしい神社仏閣やモダン建築ようなコンセプチュアルな場所でもなく、ここでライブをしようと思い立ったのは、これまでのバンド活動にとらわれることなく一人のアーティストとして気軽に音楽と触れ合える、開かれた場所でライブがしたいと思ったから。「日曜日の朝にイベントを」というコンセプトは〈Len〉のスタッフからの提案だったという。ほどなく2020年1月から日曜日の朝10時に毎月行われる定期的なイベントとしてはじまったのだが、4月にはコロナ禍の影響で継続が困難に。イベントができないならばと〈Len〉を舞台に無観客ライブを行うなど、時に一人で、時にゲストを迎え、不定期になることはあっても試行錯誤しながらこの場所でイベントを続けてきた。
喧噪をバックバンドに、ゆるやかに流れるミュージック
8月18日、日曜日の10時過ぎ。普段はスツールが置かれている、ラウンジの一角をステージに変えてKENTと彼の楽曲のサポートでギターを弾いている吉居大輝(幽体コミュニケーションズ)がセッティングを終えると、KENTのはじまりの挨拶を合図に、アンビエントなギターサウンドがラウンジに流れる喧噪を包み込む。それは、エスプレッソに注がれるミルクのように、〈Len〉の朝のひと時に溶け合っていく。BGMとライブの境界線を曖昧にするようなインプロビゼーションからこの日のライブはスタートした。
1曲目は‟moondog”。KENTの柔らかな歌声がラウンジに響き渡る。少し気だるさを帯びた吉居のギターが窓越しに早々と照りつける夏の陽ざしをクールダウンさせていくよう。少しテンポアップし、ギターをバッキングしながら歌われた‟Brainwashed”では、ブルースハープが色を添える。その後も、Turntable Filmsで彼がボーカルをとる”Gloom in Orbit”などアコースティックな選曲が続く。さざ波のように広がっていく吉居のエフェクトのかかったギターが心地よく混じり合い、何げない日常の喧噪もバックバンドのようにすべての音をゆるやかに巻き込みながら、音楽へと変えていく。
試行錯誤の中で生まれる、場所と音楽の心地よい距離感
今回はゲストに、〈Len〉で働いているアーティストCarduoをゲストに迎える予定だったが、体調不良のためあいにくキャンセルに。2組分演奏するとのKENTの言もあり、後半はアコースティックギターをベースに持ち替え、打ち込みも取り入れながらチルアウトなムードを徐々にテンポアップさせていく。途中「新曲やります」と披露されたのはアップテンポでキラキラした空気を纏った楽曲で、心躍るビートに思わず体が揺れてしまう。
この7月にリリースされたばかりのダンサブルなサマーチューン‟SUMMERTIME”からの“TOO MUCH TIME” の流れはポップで、エフェクトがかかった声に重なるちょっとファンクなエレキギターが朝の空気に夜の気配を馴染ませクラブを感じさせるムードに。また‟HALL-ROLL”の間奏では吉居による渋めのギターソロも相まってぐっとこの場所をライブハウスへと接近させる。それは、緩やかにサウンドをハンドリングしながら、この場所と音楽の心地よい距離感を測っているように見えた。
これまで試行錯誤しながら、このイベントを続けてきたというKENT。音楽だけを目的に、目を向け、耳を傾け、体を揺らす人たちとは違い、音楽を目的としない人たちともライブという時間を共有することは実は簡単ではない。演者としてはわかりやすいリアクションをキャッチできないこともあり、壁打ちをしているような不思議な思いになると彼はその心の内を教えてくれた。でも、実際この現場で目撃したのは、スマホ片手に、コーヒーを飲みながらであっても、足ではリズムをとり、時に手を上げ、体を揺らして思い思いにこの瞬間を楽しんでいる人々の姿。いつも通り接客をし、コーヒーを淹れるスタッフもどことなく楽し気で、イベントの終わりをKENT VALLEYが告げると、いろいろなところから拍手がこだました。アーティストだけでなく、この場に居合わせた人たちがそれぞれに、ライブとの心地よい関係性を築くことができるのも、きっとこのような場所だから。思いがけない出会いに身を任せたり、それぞれの景色を楽しむことができるのではないだろうか。
ゆるやかなつながりが出会いの呼び水になる
「場としての流動性、この場所にくればいつも何かやっているというイメージを崩したくないなっていう思いがある」と話してくれたのは、このイベントに関わっている宮村さん。『Morning View』をはじめたころに担当していた〈Len〉のスタッフから引き継いでサポートしている。彼女はここでイベントをすることについて次のように述べた。「ライブを聴きに来たわけではないお客さんが、ここで偶然何かと出会うみたいなものって世の中にとっていいことだとすごく思っているんです。そんな偶然の出会いを産める場所。それを面白がって、そういう場所でやってみようって言ってくれる人がいる限りは何かやっていきたい」
次回の『Morning View』開催は3カ月後の11月に予定しているというが、不定期でも続けていくことは決まっている。毎回、試行錯誤しながらもこのイベントをKENTが続けているのは、時に落ち込むことがあったとしても、その根底に面白いと感じる気持ちがあるからだと話してくれた。例えば彼とも親交のある吉田省念が〈拾得〉で毎月14日に行っている『黄金の館』というマンスリーイベントと同じように、彼にとってこの場所は生活に根ざしたカタチで音楽を続けられる場でもあるのだ。
そして、流動性があるからこそ思わぬ出会いの場にもなる。7月10日リリースされたKENT の新曲”NABEZOKO”は納豆を食べ終わった後に聴くことができるというコンセプト。京都の納豆メーカー藤原食品が提案する食と音楽を繋ぐ新企画”never never Record”から生まれたものである。藤原食品の代表と出会ったのも『Morning View』だったそうだ。ゆるやかに音楽と場所がつながることで生まれる余白が、次なる面白さへとつながっていくのだろう。まだ見ぬ景色を見せてくれるイベント、それが『Morning View』なのかもしれない。
Len
市街地にも鴨川にも近い、カフェバー併設のホステル。市街地へのアクセスがいい他、鴨川にもすぐ出ることができるので京都の山を眺めながらのんびりと過ごすこともできます。ホステルには国内・国外を問わず多くの旅人が出入りし、1階のカフェバーにはコーヒーやお酒、日々変わる料理を楽しみにたくさんの方が訪れます。多種多様な人が行き交うラウンジのコンセプトは「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」。
〒600-8028 京都府京都市下京区植松町709-3
TEL: 075-361-1177
X(旧ツイッター)@Len_HOSTEL
インスタグラム len_kyoto_kawaramachi
Webサイトhttps://backpackersjapan.co.jp/kyotohostel/
Morning View
日時 | 毎月日曜日10:00~ ※現在は、不定期で開催。
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場所 | |
料金 | 投げ銭制 |
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WRITER
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奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。
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