
CISSEを起点に辿る、北陸に脈打つインディーシーン
話す言葉にふとにじみ出る、過ごしてきた街のルーツ。山や川などの地形や、集う人々によって育まれた方言のように、音楽もまた土地の影響を受けて生まれる。そんな風景を音で感じさせてくれたのが、石川県金沢市を拠点に活動するバンドCISSEだ。金沢大学の軽音サークルで2021年に結成。現在は4人編成で、久保憧真(Vo/Gt)と加賀谷響生(Dr)がこの春に卒業し、松田圭太(Gt)、内尾俊介(Ba)は現役学生として活動を続けている。北陸という土地に根を張りながら、彼らはどのように音を紡いできたのか。インタビューを交えながら、CISSEを起点に金沢、そして北陸の音楽シーンを辿っていく。
CISSE(シセ)
石川県金沢市にある金沢大学の軽音サークル「YFA」にて、久保 憧真(Gt / Vo)が大学2年の時に加賀谷 響生(Dr)、堀内颯太郎(Ba)を誘い、スリーピースバンドとして2021年に結成。その後、同サークルに入部した松田 圭太(Gt)を加えて4人体制に。2024年に就職を機に離れた堀内の代わりにサポートを務めていた内尾俊介(Ba)が正式にメンバーに加わり、現体制に至る。

L→R 久保 憧真(Gt / Vo)、 松田 圭太(Gt)、内尾俊介(Ba)、加賀谷 響生(Dr)
オルタナティブな系譜が根付く、CISSEが生まれた場所
CISSEがバンド名を冠したアルバムをリリースしたのは、2024年3月のこと。どことなくPavementを感じさせるローファイなサウンド、ラフな質感ながらもキャッチーで存在感のあるギターフレーズ。“喧噪に化かされた魚達は群れをなす 学生達は空を泳いでる”(街くらげ)のように、等身大の日常を歌う歌詞の中には文学的な匂いも漂う。久保のボーカルは、平熱を装いながらも熱量を秘め、どこかフォーキーで台風クラブを思い出した。そんなファーストインプレッションも相まって、京都のバンドかと思ったのだが、調べてみると金沢のバンドだという。小京都とも呼ばれる金沢は、大学がありライブハウスやレコーディングスタジオ、レコードショップなどもあり、どことなく京都とも街のつくりは近いように思うが、実際に彼らはどのように過ごし、どのような思いでバンド活動をしてきたのだろうか。
金沢駅から車で30分ほど。香林坊や片町といった観光客で賑わう中心街を離れ、犀川を越えて丘陵を登った先に見えてくるのが金沢大学のキャンパスだ。授業が行われるエリアから少し離れた場所にCISSEが所属していたサークル「金沢大学公認軽音部YFA(Young Folk Association)」の練習所がある。同大学にはこのほかにXXTRA!!(エクストラ)、医学部軽音楽部といった軽音サークルもあり、いずれもオリジナルの楽曲をつくり活動をするバンドを抱え、サークルごとに特色はあるという。
久保 「結構、サークルのカラーはあって、YFAは、どちらかといえばマイナーなジャンルが好きな人が多いですね。例えば、YFA出身の先輩バンドでいうと叙情系のハードコアバンドOutside Her Visionやもうちょっと上だとnoidのメンバーもいます。多分オルタナティブ寄りの、メジャーとは違うベクトルのバンドが多いと思います」
【LIVE】Outside Her Vision at金沢vanvanV4 『Ruhuna』
加賀谷「それでいうと《TOKEI RECORDS》とか。僕が働いている〈vanvanV4〉っていうライブハウスのスタッフの先輩にもいますね。YFAに僕が入った時は、ハードコアとかマスロックが謎に流行ってるみたいな。 わりとずっとかもしれません(笑)」
《TOKEI RECORDS》は、富山を拠点に活動していたポストロックバンド interior palette toeshoes のメンバー・山内コウイチが2012年に立ち上げたインディーレーベルだ。富山をベースにしながら、金沢や富山のバンドを集めたコンピレーション『Four For Phono』(2013年)をリリースし、さらに両都市でショーケース的なライブイベントも開催している。その名が金沢で活動している彼らの口から自然と出てくるのは、富山と金沢が互いに影響し合い、先輩世代から後輩世代へと音がつながっていく現場が存在しているからだろう。では、彼らはどのような場所で音楽活動を行っているのだろうか。
バンドにとっての居場所となった〈vanvanV4〉の存在
例えば、京都でいうと〈Livehouse nano〉や西院にある〈SUBMARINE〉のように、学生バンドが早くから出演し、スタッフや他のバンドとの交流を通じて音を育んでいく場となるライブハウスがある。そこで音を鳴らしながら自分たちの音楽を育てることで、居場所を見つけてきた。そんな場が街の音楽シーンの一端を形づくるのだとすれば、金沢ではどのように若い音が育まれてきたのだろうか。
久保「これまで一番ライブをした場所は〈vanvanV4〉ですね。ライブハウスにも色があるじゃないですか。〈vanvanV4〉は、地元のバンドもたくさん出ているし、音が大きくて、迫力あるところが好きでした。それだけじゃなくて、僕が大学1年生の頃って、コロナの影響がひどくて、 ライブハウスでライブができない時期だったんです。その時、〈vanvanV4〉はバー営業をしていて、時間も持て余してたので足しげく通ったんです。 そこでスタッフの人や常連さん、地元のバンドの人と仲良くなったのが大きいです。YFAの先輩に初めて会ったのも大学じゃなくて〈vanvanV4〉でしたね」
久保が大学に入学したのは2020年。新型コロナウイルスの感染拡大によって大学では授業がリモートに切り替わり、サークル活動も止まった。ライブハウスもまた、音をならせない日々が続いていた。「実は、ちょっと閉鎖的な感じで、自分でも勝手に音楽の趣味が合う人っていないのかもとか思っていたこともあって、ライブハウスという場所に少し苦手意識があった」と久保が当時を振り返り話してくれたが、友人に誘われて〈vanvanV4〉に通ううちに、その見方は少しずつ変わり、やがて場に馴染んでいったという。
その〈vanvanV4〉で学生の頃からアルバイトをし、卒業後は働くことになったのが加賀谷だ。彼は、そのきっかけについてこう話す。
加賀谷「ライブハウスに行くきっかけとなったのは、CISSEを結成してライブをするようになったことですね。〈vanvanV4〉 でアルバイトを始めたのは、2023年の4月ぐらい。たまたまよく話してくれるブッキングの人に、『バイト入ってくれないか』って軽いノリで誘われたのが最初でした」
〈vanvanV4〉はCISSEにとって自分たちの音を育むだけでなく、サークルの枠を超えて仲間とも出会える場所だった。そしてそれは彼らだけの特別な体験ではない。〈vanvanV4〉では主催イベントで金沢の学生バンドを集め、若いバンドにとって活動の足掛かりとなる場をつくってきた。さらに、先輩がスタッフとして関わり、やがて卒業生がその役割を受け継ぐといった循環も生まれている。こうしたつながりが重なり合うことで、金沢の音楽シーンの一端が少しずつ形づくられてきたのだ。
CISSE - Live at 金沢vanvanV4
街の景色を映し出す、CISSEの楽曲たち
日本海特有の湿度をはらんだ海風と霞がかった鈍色の空。例えば、アルバム『CISSE』の1曲目である‟凪”の冒頭に聞こえる波の音は、金沢の内灘海岸で録音されたものだ。このアルバムには、この街に漂う空気が編み込まれているように思える。楽曲の多くを手がける久保に、この金沢という街が彼の楽曲づくりに影響を与えていたのかどうかを尋ねた。
久保「僕が影響を受けたのは、特定の場所というより、金沢全体ですね。海が近く、街の中を川が流れていて、緑もある。都会っぽいけど、中途半端な感じがちょうどいい。音楽を作る上で、自然体で素直に表現したいという思いがあって、生活と地続きなんですよ。普段の暮らしや見えている景色が、そのまま詩や音に反映されていると思います。アルバムの中でも“街くらげ”は金沢の街を歩くイメージで作った曲。喧騒の都会らしさもありつつ、風にたゆたう感覚もある。歌詞に“学生”と出てきますが、大学生って学生と社会人の狭間にいる宙ぶらりんな存在だなと思っていて。その姿と、街を漂うビニール袋が重なったんです。金沢だけに限らないかもしれませんが、ここで生活してきたからこそ浮かんだ景色が曲に反映されているのかなと思います」
加賀谷「僕だけ地元は秋田なんですけど、歌詞に出てくる景色を見て、やっぱり自分は違う土地で育ったんだなと感じることがありました」
松田「アルバムの曲でいうと“思惑”の特徴ともいえる最初のリフは久保さんが考えたもので、個人的にしゃべったことことが歌詞になっているんです」
久保「高校1年の時、国語の先生に『何読んでる?』って聞かれて『宮沢賢治です』って答えたら、『もっと大人っぽいものを読みなさい』って言われたんです。いやいやいや、宮沢賢治はいいだろって(笑)。そのときの苛立ちをそのまま歌にして、“思惑通りにいかねえな”ってところにつながりました」
内尾「僕はもともとCISSEのリスナーでもあったんですけど、歌詞やメロディーも気取ってなくて自然体。それがこの街が培ったものなのかなって感じています。金沢っていう土地柄なのか、曲にちょっと湿り気みたいなものを感じるんですよね。同じ金沢育ちの自分にはすっと入ってきます」
中学の時にandymoriに衝撃を受けてギターボーカルを志した久保。Red Hot Chili Peppersをきっかけにドラムをはじめた加賀谷。[Alexandros]からバンドに入っていき、今のギタープレイの礎にはERIC CLAPTONがあると話す松田。音楽の入口はピアノで、最初に好きになったバンドはQUEENというベースの内尾。
ルーツも歩んできた道も異なる4人だが、金沢という街が媒介となり、自然と同じ思いを共有するようになった。内尾が語った「少し湿り気を帯びた空気」は、彼らの音に宿ると同時に、この街から広がるシーンそのものを包み込んでいるように思えた。
真摯に音楽を届けたいからこそ、こだわりたいDIY精神
彼らの過ごした場所の空気を音に、言葉にまとっているアルバム『CISSE』。ライブのような迫力のある音を録りたいと、金沢から車で1時間ほどの小松市にある〈中ノ峠ミュージックラボ〉でレコーディングが行われた。ミックスとマスタリングは、彼らのライブを間近で見届けてきた〈vanvanV4〉の運営者・上坂晃弘が担当。そしてアートワークは久保自身によるもので、自ら手掛けたアルバムにしたいと自主レーベル《ぼんくらレコーズ》を立ち上げてリリースされた。
CISSE - 思惑MV(MV)
久保 「インディペンデント性に憧れがあって。自分たちの音楽を純度100%で届けたいなら、自分たちの手でやるのが一番いいと思って。 規模は違いますが、Fugazi(フガジ)が、 自分たちでレコード作ったり、地下鉄の駅とかライブハウスじゃない場所でライブをするというDIYスタイルを打ち出したんですけど、 その根底には、消費社会へのアンチテーゼがあると思ったんです。僕の考えるロックの理想像もそこにあります。時代は変わっても反抗する心を持ち続けたいという思いが自分のDIYにこだわる部分に現れているのかも」
フィジカルでリリースされている『CISSE』には、サブスクにはないボーナストラックが収録されている。その曲名は“ぼんくら”。ぶっきらぼうに歌う久保の生々しさを感じる声と粗削りなバンドサウンドが印象的な一曲だ。レーベル名にもなっている‟ぼんくら”には、彼らの中から沸き立つインディペンデントな心意気が込められているような気がする。
そんなレーベル名を名義として久保がソロで弾き語りや音楽をテーマにトークイベントをしているという場が〈石引サードプレイス〉だ。そこは、ライブハウスとは違った視点でゆるやかに音楽とつながれる場所だという。この場所はどのようにして生まれたのだろうか。
久保「きっかけの一つは僕の卒論なんです。テーマは‟場所と音楽”で、ライブハウスの場所性について研究していて、地元のバンドマンにインタビューをしたんです。その時に崎山さん(発狂ボーイズ / よく吠えるいぬ)に『ライブハウスは「サードプレイス」なんじゃないか』という話をしたら、とても共感してくれて。結構話が盛り上がって、そこから何ヶ月かして小立野の芸宿というアパートの一室で崎山さんが始めたのが〈石引サードプレイス〉です。
例えば、1が家、2が学校や職場だとしたら、3番目は 息抜きできる場所。僕にとって音楽は、生活や仕事から解き放たれて自分の素を出せるものなんですけど、そういう音楽を拠り所にしている人たちがもっと日常的に集まれる場所があってもいいと思ったんですよね。〈石引サードプレイス〉はライブハウスよりもっと身近な公民館のような空間で、誰にでも開かれている。楽器を弾いたり、CDやレコードを聴いたり、イベントをやったり、ふらっと寄って喋りにくるだけでも構わない。芸宿にはもともと美大生がたくさん住んでいるので、音楽だけじゃない芸術の交流拠点にもなりそうだなと思います」
崎山を発起人に2025年の春にオープンした〈石引サードプレイス〉。8畳ほどのアパートの一室には、レコードや古本、エフェクターや楽器が置かれ、雑貨や駄菓子が気軽に買えるコーナーもある。久保が「わざと曖昧にしている」と語るその空間は、コロナ禍でバーとして営業していた〈vanvanV4〉にも通じる、音楽という共通項があってもなくても誰かの居場所になる、そんな秘密基地のような場所だった。
つながりが可視化されていく、北陸インディーシーン
CISSEと話をしていて気づいたのは、彼らが“この街で音楽をすること”に意識的だということだ。金沢だけでなく北陸に軸足を置きながら、関西や関東でもライブを重ねている。外から見れば、金沢のインディーシーンの一角として頭角を現してきているようにも映る。では、渦中にいる彼ら自身は、この街のシーンをどのように感じているのだろうか。
久保 「バンドを始めた時は、近くに僕の好きな音楽の系統をやってるバンドがいなくて、それがもどかしかった。例えば、 京都だったらそこに長く住んで、続けているバンドがいたりするじゃないですか。土地と音楽って、切り離せないものだと思っているので、その土地土地にいるベテランのバンドを見て、金沢から発信することが重要だと思うようになったんです。
だって、金沢にいいバンドがいないとツアーで飛ばされちゃったりするじゃないですか。そうすると音楽が育たないし、いい循環も生まれないとずっと思っていて。僕は、金沢で活動しながらバンドとして大きくなることで、今まで来なかったような東京や他の地方のバンドを地元に連れてくることができたら一番うれしいと思うんです」
CISSEはこれまでに自主企画『不器用な鉛筆』を2度開催し、福井のこのゆびとまれや富山のLucy was cryingなど、金沢以外にも視点を広げ北陸で活動する同世代のバンドを招いてきた。さらに福井のセレクトショップ〈cuune〉の企画ライブにも出演するなど、北陸全体に目を向けた活動を展開している。それは彼らにとって意識的な選択なのだろうか。
久保 「それは、強く意識してやっています。シーンって連綿と続くじゃないですか。 そんなサイクルを作るとしたら、1つのバンドだけでも、金沢だけでもダメかなと思っていて。いいバンドが福井や富山にもいるから、北陸のように広域で見た方がいい。僕はどんどん周りを巻き込みながらやっていく方が 一過性のブームに終わらないのではと思っているし、外から見た時にも、北陸に行きたいバンドから声がかかるんじゃないでしょうか」
CISSEがサークルや〈vanvanV4〉界隈にはいなかった、同じルーツを感じるバンドが2022年に福井で結成されたこのゆびとまれだ。彼らと出会ったのが〈vanvanV4〉と福井のライブハウス〈CHOP〉とのライブハウス交換企画。90年代くらいの日本のロックに影響を受けつつ、パンク精神を持っているところにシンパシーを感じた彼ら。その後もライブでの共演を重ね、今やお互いに切磋琢磨しあう関係性になっているという。そして、そんなCISSEのライブに影響を受けた下の世代も育ってきているという。久保が話題に出してくれたのは、金沢と富山のメンバーで結成されたという球形だ。
久保「球形は、Lucy was cryingのボーカルだったハルキミくんがドラムで参加してるバンドなんですけど、ボーカルの石田くんは金沢学院大学の軽音サークルに所属していて、同じ軽音の友達とCISSEのライブに来てくれたりと、慕ってくれてる後輩なんです。これからは、横のつながりをもっともっと増やしながら、北陸でしか組めないような独自性を持ったイベントをやっていきたいし、世代を超えて影響を与えてバンドが育つみたいなサイクルを作っていくことで、金沢らしさみたいなものが紡がれていくのではと思っています。僕はそういうことをCISSEでやっていきたいですね」
時とともに移り変わる金沢の街並みのように、音楽を取り巻く場も変わり続けている。2024年にはライブハウス〈REDSUN〉がオープン、またライブホール〈Zepp〉が2027年春の開業を目指し動き出した。さらに視野を広げ北陸を眺めれば、福井にはレコードショップ〈cuune〉が、富山には〈Ghost Note〉〈Ghost Cote〉など《TOKEI RECORDS》が手がけるスタジオが誕生し、バンドを支える場所が各地に広がりを見せている。
インタビューの中で久保が語った「空間に人々の経験や感情が加わることで“場所”になる」いう言葉を思い返すと、空間という横糸に、人が縦糸となって織り合わさることでシーンが形づくられていくのだと感じる。実際にCISSEが〈vanvanV4〉で先輩や仲間と出会い、さらに福井や富山の同世代バンドと交わった経験が、北陸のインディーシーンを少しづつ輪郭のあるものにしてきた。それは偶然ではなく、意識的に重ねられたものであり、その姿を鮮明に浮かび上がらせたのが彼らだったのだ。
ボーカルの久保は就職で一時金沢を離れるが、加賀谷は〈vanvanV4〉で働き、松田と内尾はサークルで活動を続け、4人はこれからも音を鳴らし続ける。街を媒介にしたつながりがあるからこそ、土地を離れても音楽の背骨は揺るがない。新曲のリリースも控える彼ら。次に見せてくれる景色は、また新たなシーンへとつながっていくだろう。
リリース情報
ROCK KIDS DAYDREAM

アーティスト:CISSE
リリース:2025年11月5日(水)
フォーマット:デジタル・CD(予定)
収録曲
M1 いいたいだけの愛
M2 なんてみじめなんでしょう!
M3 錆
M4 その襟足を切れ
M5 SUMMY
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WRITER

- 編集者 / ライター
-
奈良県出身。京都在住。この街で流れる音楽のことなどを書き留めたい。
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