自然体と無意識が生み出した、表出する音楽 – 猫戦インタビュー
くるりやキセルを輩出した立命館大学の軽音サークル〈ロックコミューン〉にて結成されたジャパニーズ・ポップ・バンド、猫戦。80年代シティポップを思い起こさせるようなメロウでグルーヴィーなサウンドと、原田美桜(Vo)の頭に浮かんだことを反芻せずにそのまま伝えたかのような自由なリリックとソフトで甘いボーカルが特徴的なバンドである。
そんな猫戦が2022年2月2日に1stフル・アルバム『蜜・月・紀・行』をリリースする。ANTENNAではバンドのキーパーソンである原田美桜と澤井悠人(Ba)に猫戦の結成経緯や楽曲作成に関してインタビューを行った。そこでわかったのは、このバンドが誰かを勇気づけたり、励ましたりするために歌うのではなく、自身の無意識を歌にすることだ。自然体で、あるがままの自分たちを表出する猫戦。その言葉を、ぜひ受け取ってもらいたい。
憧れのロックコミューンが猫戦の原点
原田美桜(以下、原田)はくるりが好きで、2016年に行われた『くるり 20回転ライブ@立命館大学“ロックコミューン”部室』を見て、「この大学にいけば練習や活動ができるんだ」と思い、立命館大学へ入学。高校からの同級生である澤井悠人(以下、澤井)と二人でロックコミューンへ入部した。憧れたサークルで早速バンド活動を開始するかと思われたが、猫戦の結成までにはしばらく時間がかかった。
部活の行事には参加していましたが、私と澤井君がバンドを組んだのはしばらく経ってからです。私は高校でも軽音楽部には入っていましたが、共通の趣味で語れる人がいなくて……。でも部活の一個上の先輩が、私の好きだったキリンジとかLamp、山下達郎が好きで、すごく話が合ったんです。話していくうちに「そういうシティポップや渋谷系みたいなバンドをやりたいね」となり、2018年の11月ぐらいに、3人で学内の定期演奏会で演奏したのが猫戦のスタートでした。
原田と同じく結成当初からのメンバーである澤井。R&Bやソウルミュージックに造詣が深い彼だが、その理由は猫戦を結成したことが影響していると語る。
高校のころは兄の影響で、ひたすらRed Hot Chili Peppers(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)ばかり聴いていて、原田さんが入っていた軽音楽部には入らずに一人でベースをコピーしていました。でも大学に入って猫戦をやるとなった時に「レッチリの引き出しだけじゃ、どうしようもない」と気がついたんです。それでサブスクでシティポップや、その影響源になったソウルミュージックを聴き始めて。そしたらどんどん沼にはまり、好きになっていきました。
結成当初はギター、ベース、キーボードの3ピースバンドであったが、今回のフル・アルバムに収録されている“鶴”’や“Pap Love!”は当時から演奏していたそうだ。ドラムレスではあるものの、旋律と歌詞は現在と大きく変わっていない。80年代のシティポップにある軽やかでメロウなサウンドが持ち味である。だが本人たちはシティポップをやろうとしながらも、80年代のシティポップサウンドを目指しているわけではないし、そもそも目指せないものだと語る。
私たちは、多分80年代のアーティストが、同世代以前のアーティストの音楽を聴いて影響を受けていた、という道のりを40年後に辿っているだけなのだと思います。でも今は80年代ではないから、当時とは価値観や聴いてきた音楽も違う。だから全く同じような音楽はできないと感じていて。だから私たちの音楽を聴いて「懐かしくも新しい」とよく言っていただけるのかなと思います。
無意識と余白からできる音楽
そんな猫戦の『蜜・月・紀・行』はシングルとしてリリースされた楽曲と、3つの新曲を追加した、全10曲のフル・アルバムである。結成当初はロックコミューンのバンドとして「一応、音源を出そうかな」くらいにしか考えてはいなかったそうだ。ではなぜ考え方を変え、アルバムの制作に踏み出したのだろうか。
3枚目のシングル『Pap Love!』を出した時くらいですね。私たちは大学4年生で、今年の3月で卒業なんですよ。だから何か呑気に始めたバンドが、この数年でいい曲が書けたことをちゃんとした作品としてまとめたいという思いもありました。
学生時代の集大成と言える本作。全ての楽曲に都市的でメロウなサウンドで踏襲され、居心地のよさを感じさせてる。また歌詞に注目すると、急に思いついたかのような何の脈絡もない言葉たちが目を引く。“鶴”では〈焼いたお肉と他人の匂いが空似〉、”サテライト”では〈汗ばんだパンダの群れと大きさに劣らぬ夢を返してね〉といった感じだ。歌詞は自分の主張を伝える手段の1つであり、それゆえに言葉を尽くして相手に何かメッセージをゆだねようとするが、猫戦にはそれがない。なぜこのような頭に浮かんだ言葉をそのまま歌詞にするのか。
伝えたいメッセージに合わせて言葉を繋ぎ合わせて完成させるより、私の頭の中から自然に引き出された言葉の方が後々振り返ってみると、自分が普段から考えていることに繋がることが多い気がするんです。あと私、映画が好きなんですけど、テンポのよすぎる映画があまり好きではない。計画的に練られたシナリオで繰り広げられる会話劇とか苦手で。それより風景とか、人の仕草とかで伝えられる映画が好きなんです。そういう行間を読むような感じが自分の歌詞にもあっていいと感じています。全員この感情になって欲しいとか、こういうことを考えてほしい、というありきのものが自分自身にとってはストレスだなと思っていて。だから自分の歌詞もいろんなふうに受け取られる、玉虫色みたいなものであればいいのかなと思います。
原田の作家性は「無意識と余白」。自分の思いを言葉を練り直してつくるのではなく、無意識から出てくる言葉を信じ、感情をそのまま吐き出す。また過度なメッセージを省き、行間を作る。これにより一方通行のメッセージではない、さまざまな読み方が可能な歌詞ができあがる。まるで小説の不文律を嫌い、作家の考えや感情を書きとめ、自由で構成にとらわれない小説を書いたJack Kerouac(ジャック・ケルアック)やAllen Ginsberg(アレンギンズ・バーグ)といったビートニクのような思想すら感じさせる。
この余白を持ってメッセージを投げかける姿勢は、メンバーに対しても行われている。メロディ、コード、構成などを原田がおおまかに作る一方で、アレンジはメンバーに任せているそうだ。猫戦以外にも電子てろてろや、みらんのサポートメンバーとしても活動する澤井は原田の曲作りに対してこう語る。
原田さんの場合、頭の中では完成形がある感じですが、楽器がそこまで弾けないこともあってか、メンバーに対して具体的で細かい指示はないんです。だから、演奏者としては原田さんの意図を考えながら、いろいろ膨らませてアレンジに取り組める。
私のやっていることは絵でいうと鉛筆の下書き状態でメンバーに伝えているだけ。そこから各々の色を付けていくのですが、私が黄色っぽい色を想定して伝えたら、黄緑のようなニュアンスが違うものがメンバーから出てきたりする。でもそれがすごく良かったりするんです。それとメンバーの力量は把握しているので「このくらい伝えれば、あとは好きにやってくれる」とわかります。楽器のことがわからない私が注文すると、変に私の心を読んでしまって、逆に自分のいいと思った方向にいかないですし。メンバーには感謝しています。多分「もっとはっきり言ってくれないと困る」という人たちだったら、今のようなやり方はできないし、そもそも猫戦はなかったと思う。
8cmCDへの思いと自然体をさらけだす美学
そんな原田が人生を変えた一曲はRoberta Flack(ロバータ・フラック)の“Feel like makin’Love”。以前PSYCHLINGでのインタビューで「優しくて柔らかいけど、芯があってソウルフル。 この2つは相反するものに見えて、表裏一体なのだと感じられる」と原田は語っていた。
2015年にSuchmosのライブに行った時にリハーサルでこの曲をやっていて。気になって、歌詞を聴きとってYouTubeで検索したらこの曲が出てきました。レコード屋にいってLPも買ったんですが、それからそのお店に通うようにもなって、店主の方にソウルミュージックのアルバムをいろいろ教えてもらいました。
その後小学生の頃から、気になった音楽があれば、調べてCDを買ったことを話してくれた。新垣結衣の“ペアリング”にハマって、この曲の作者である古内東子の音楽にも触れるようになったり、嵐の二宮和也がライブで“夢”をカバーしたことで柴田淳にたどり着いたなど、意外な流れで出会った音楽が彼女を形成している。最近だとビオレのCMのメロディが気になったので、花王まで問い合わせたようだ。とにかく引っかかりがあるものに対して、ある種のこだわりを見せる。そして8cmCDはその最たる例だといえる。これまでリリースしてきたシングル3枚は、そのどれもが8cmCDだ。なぜそこにこだわるのか。その出会いは高校生時代までさかのぼる。
私はネットで聴くよりも、物で欲しいタイプで。ただ高校生のころは、使えるお金が限られていて、アルバム1枚をなかなか買うことができなかった。そんな時にレコード屋で50円で売られている、中古の8cmCDを見かけて。当時、限りある財産の中でたくさん音楽を聴きたいと思っていたから、毎日のように買いあさっていました。ついこの間も高校のころの友達から「美桜ちゃん、高校の時から8cmCDで曲を出したいって言ってたよね」と言われて。
原田さんは猫戦でCDを出すなら、絶対に8cmで出したいと言っていて。熱意がすごかった。
最初はレコードもいいなって思いましたが、ちょっとハードルが高くて。そしたらある日、台湾製の8cmのCD-Rを発見したんです。これに自分たちの曲を入れて、歌詞カードとダウンロードコードを入れて包むと「お、かわいいじゃん」と思って。本当は短冊状で出したかったのですが、そのケースを作っているメーカーが今はなかった。2019年に、サカナクションが8cmCDでシングルをリリース(『「忘れられないの/モス」』)していたので「バンドが大きくなったらできるのかな」と思いました(笑)。別にリスナーへ私の経験を追体験させたいとは考えていないのですが、「かわいい」とか、「綺麗だ」とか感じて、手にしてもらえたら、うれしいなと思います。
8cmシングルや歌詞の話を伺い、私は原田に対して「リスナーの気持ちに寄り添いたい」人間というよりかは、「自分をさらけ出したい」いう思いが強いのではないかと感じた。
自分をさらけ出しているとは思う。でも意識的に「自分のことをわかってほしい」と思って、リスナーへ向けてさらけ出そうとかは考えてはいません。CDをリリースすることに関しても、相手ありきで作ろうとか考えていなかったし、自分の美しいと思ったものを形にできればそれでいいと思っています。もちろん完成したものに関してはたくさんのリスナーさんが聴いてくれたら嬉しいですが「たくさんのリスナーに聴いてほしい」や「ミュージシャンとしてバンドとしてすごいことをやろう」ということを考えて曲を作ることは、今はそんなに考えてない。
リスナー主体ではなく、あくまで自然体で自分を見せるのが美しいと考える猫戦。そのスタイルは無意識の状態で歌詞を書くという姿勢にも通じている。あなたに向けられていない、自然体と無意識から生まれた表出された音楽。それが猫戦の『蜜・月・紀・行』なのかもしれない。
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蜜・月・紀・行
アーティスト:猫戦
仕様:デジタル / CD
発売:2022年2月2日
価格:¥2,750(税込)
収録曲
1.鶴
2.オー・エル
3.Lovers…?
4.Private Beach
5.ヴァーチャル・ヴァカンス
6.キャビア~Black Pearl~
7.サテライト (Album ver.)
8.Pap Love!
9.蜜月
10.ヴァーチャル・ヴァカンス(honeymoon ver.)
猫戦
2018年、京都・立命館大学ロックコミューンにて結成。メンバーチェンジを経て2020年より活動を本格化、現役大学生4人組ジャパニーズ・ポップ・バンド、猫戦。Vo.原田の自由なリリックとナイーヴなボーカルを、ディスコ、ファンク、ソウルなどをルーツに持つ楽器陣のサウンドに乗せて織りなす、20年代的ブランニュー・ポップミュージック。リリースする楽曲はサブスクリプションサービスで様々なプレイリストにピックアップされ、1stシングル『鶴 / サテライト』の”鶴”はSpotifyで35万再生を越え、続く配信シングル”Pap Love!””ヴァーチャル・ヴァカンス”はApple Musicで10万再生を超える「知る人ぞ知る」ニューフェイスとしてラジオなどのメディアでも紹介される。懐古趣味と突飛なアイディアが混在した唯一無二の曲世界が話題を呼ぶ若手の注目株。
Twitter:https://twitter.com/OdoroyoCAT
Instagram:https://www.instagram.com/odoroyocat/
You Tube:https://www.youtube.com/c/nekosen
ライブ情報
インストアライブ
日時:2月6日(日)14:00~
場所:タワーレコード京都店
詳細:https://odoroyocat.tumblr.com/
猫戦 1st Album『蜜・月・紀・行』 release party tour 2022 ~honeymoon tour 2022~
東京公演
日時:2月22日(火)open 18:30 / start 19:00
出演:猫戦 / Pictured Resort / サニーデイ・サービス
大阪公演
日時:3月4日(金)open 18:30 / start 19:00
出演:猫戦 / YeYe / Special Favorite Music
愛知公演
日時:3月11日(金)open 18:30 / start 19:00
場所:KDハポン
出演:猫戦 / Foods / えんぷてい
京都公演
日時:3月19日(土)open 未定 / start 未定
出演:猫戦(ワンマンライブ)
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関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
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