関西圏を中心に活動をするシンガーソングライター真舟とわの初フル・アルバム『ルルルのその先』はそのタイトルが指し示す通りの作品である。アコースティックなサウンドと、ハツラツとしながらも純朴な美しい歌声が印象的だ。またノスタルジーやドリーミーな世界を、自身の歌声にリバーブをかけることで表現するなどの工夫もみられるのが面白い。だが私の真舟に対する関心はそこよりも、むしろ作品の持つ「曖昧さ」に惹かれた。
彼女の歌を聴くと重要な部分は空白、またはぼかしていることが多い。例えば〈夜明けはいつも虚しくなるわ〉という歌詞から始まる“Koe”だが、「なぜ虚しい状況なのか」は語られない。また“あなたが住む街”では〈改札を抜けて行けば あなたの住む街が見えてきて 淡い期待〉と歌われるが、中盤で〈もう会うことはないでしょう〉と起承転結の「転」は説明されないまま終わっていく。ここからわかるのは真舟の歌は物語を紡ぐのではなく、シーンの切り抜きで構成されていることである。だから何かしらのメッセージがあると思い聴くとはっきりとしない部分が多いのだ。
さらに意味を持たない言葉たちを多用しているのも本作の曖昧さを際立てている。“ようこそ”や“愛しい世界”でうたわれるスキャットや、“はじまる”の中に登場する心の揺れ動きを表現した「ゆるりるりるらるら」など、本来ならその部分も歌詞に当てればより具体的に自分の思い描く世界を描けるはずだ。なのに意味の持たない言葉たちに身を預けるというのは、あえて曖昧な世界を作ろうとしているようにも感じる。では真舟はなぜ歌の内容を「曖昧」にするのか。
曖昧さというのは時に人々の想像を掻き立てる。例えば朝井リョウの小説『桐島、部活辞めるってよ』で、スクールカーストの頂点的存在である桐島の人間像は曖昧である。同時に読者の中には「この桐島は何者か?」と想像力を働かせながら物語を読み進める。私たちは曖昧な部分を補強しようと頭を働かせる。そしてその頭を働かせた先にある、具現化した像は人それぞれ違う。同時にそれを語り合うことで各々の見方が共有され、作品の解釈の幅が広がる。これは真舟の歌でも同様ではないだろうか。
真舟は本作のインタビュー※で以前はメッセージ性のある曲を歌っていたが、今は愛や人、過去から今、などのつながりを歌うようにしている、と語っている。そのつながりを歌詞の世界から、現実の世界にも橋を渡そうと考えた結果、歌詞の解釈の幅を広げて、同じ作品を聴いた者同士が思わず語りたくなるような音楽を作成したのではないか。そういう意味で『ルルルのその先に』は音楽を聴いただけでは終わらない。その先にある、誰かとつながったり、対話することを願っているかのような作品だ。
※ミュージックマガジン2022年 5月号より
その他の配信サービス:https://p-vine.lnk.to/6xm322
ルルルのその先
発売:2022年4月6日
フォーマット:CD / 配信
価格:¥2,750(税込)
品番:PCD-25339
収録曲
1. ようこそ
2. はじまる
3. koe
4. あなたの住む街
5. 夏の予感
6. かける!
7. 愛しい世界
8. aionoyukue
9. Boy
10. good night
11. 朝を呼ぶ
真舟とわ
兵庫県明石市出身のシンガー・ソングライター。いきものがかりや関取花などの音楽に影響を受ける。日本最大級のアマチュア音楽コンテスト「Music Revolution」に出演。以来、大阪から岡山など関西圏を中心に弾き語りなどのスタイルで活動を展開。2020年1月より山口穂乃佳から改名し、真舟とわ名義と真舟とわ with ヒュードロ ドン名義での「UMU」をそれぞれ同時に発表。スガシカオやSIRUPのオープニングアクトを務めたことで話題を集める。2022年4月に『ルルルのその先』でアルバム・デビュー。
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関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
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