今はまだ夢の途中 – AIRCRAFTが語る『MY FLIGHT』までの轍
大阪出身のAIRCRAFTは関西インディーズシーンにおいて注目すべき4人組若手バンドだ。全員20代の目線から描かれる等身大な歌詞と男女二人のコーラスワーク、そして熱量の高いオルタナティブサウンドでリスナーを魅了する。関西インディーズシーンの案内人的存在であるHOLIDAY! RECORDSも「大阪のライブシーンで1番勢いがあるバンドは?と聞かれたら、多分このバンドの名前を答えると思います」とコメントを残し、アマチュアアーティスト発掘番組『MUSIC GOLD RUSH ∞』による『MGR∞ High-fiveオーディション』では SEASONⅢでグランプリを獲得。今もっとも脂が乗っているバンドだと言っても、過言ではない。
そのAIRCRAFTが2023年12月13日に1stフルアルバム『MY FLIGHT』を配信リリースした。ANTENNAではこのタイミングで、ソングライターである石川翔理(Vo / Gt)、田中優衣(Vo / Ba)の二人に過去のキャリアや音楽性についてインタビューを実施。その中で印象的だったのは、モラトリアムの終わりと直面しながらも音楽の道へ進もうとする青年の、言葉にできない惑いと不安であった。今はまだ夢の途中。だが確実にアーティストへの階段を駆け上がっている若きバンドマンの声をぜひ受け取ってほしい。
AIRCRAFT
2021年1月1日に結成し、大阪を中心に活動しているオルタナティブガレージポップバンド。石川翔理、田中優衣、尾形颯馬(Gt)、松川文哉(Dr)の四人で編成されている。
X(旧Twitter):@AIRCRAFT_band_
Instagram:@aircraft_official
音楽と距離を置いていた自分がAIRCRAFTでグランプリを取るまで
ボーカルとギターの石川翔理(以下、石川)は、もともと親がピアノの先生だったこともあり、4歳のころからピアノを習っていた。しかし「楽譜を読むのがめんどくさかったし、ミスとかするとすごく怒られる」という理由から演奏することが嫌だったと語る。2年ほどでピアノを辞め、しばらく音楽とは距離を置いた生活だったそう。その石川がまた音楽をやり始めたきっかけは自身の姉の影響だった。
僕の姉が軽音楽部に入っていて、ドラムをたたいていたんですけど、ある日『スニーカーエイジ』(高校・中学校軽音楽系クラブコンテスト)でグランプリを取ったんですよ。それを見て「バンドってかっこいいな」と思って。その時、僕はまだ中学生でテニス部だったんですが、高校からは軽音楽部に入部しました。
石川は後にAIRCRAFTとなるメンバー全員と高校の軽音楽部で出会う。当時はSUPER BEAVER、9mm Parabellum Bullet、DOESのコピーをやっていた。そして石川と松川文哉(Dr)は同じ大学に入り、軽音楽サークルに入り、さらなるバンド活動に意気込んでいたが、ここで一つの問題がでてくる。
新型コロナウイルスの影響で大学に行けなくなったんです。でも音楽活動はやりたいから、当初は松川とパソコン音楽クラブみたいなことをやろうと思っていました。でもやっていることが自分には難しくて挫折してしまって。やっぱり「バンドをやりたい」と思い、高校の同級生だった優衣に連絡をしたんです。その時は自分が好きなSUPERCARやキイチビール&ザ・ホーリーティッツのように自分と女性のツインボーカルみたいな形のバンドにしたいという思いがありました。
今はベースをやっていますが、高校のころはドラムをやっていて。それと4歳から大学1年まで電子オルガンを習っていました。だから当初バンドではキーボードをやる予定だったんですが、曲を作る際にフレーズが思い浮かばなくて。ただその時、ベースなら答えを出せそうと感じて、高校の友達に借りて練習を始めました。
後に高校の後輩であった尾形颯馬(Gt)もメンバーに加わり、AIRCRAFTが結成。名前の由来は石川が好きだったバンド・SUPERCARを超えたいという思いから「SUPERCARよりも速いのは飛行機」という発想で名付けられた。石川のSUPERCARに対する愛は高校時代のこのようなエピソードからも伝わってくる。
体育大会の前日に予行演習があって。僕は放送委員長をやっていてサウンドチェックで「一曲流してほしい」と先生に言われたので、SUPERCARの“Lucky”をかけたんです。最初は規定値の音量で音楽を流していましたが、僕の好きなバンドの音楽を大きな校庭で多くの人たちに向けて聴かせるという行為が気持ちよくなってきて。いつの間にかフェーダーをどんどんと上げてしまい、規定値を大幅に超える音量になっていました。校長先生にはすごく怒られましたが、校内でSUPERCARのことを知っている生徒会長と、社会科の先生とは仲良くなりました。
4人組バンドとして始動した、AIRCRAFT。デモではあるがオリジナル曲はある程度できていたため、すぐにバンドメンバーでアレンジを行い、高校時代に出演していた〈寝屋川Vintage〉で初ライブを行った。その後〈寺田町Fireloop〉〈SOCORE FACTORY〉に出演。順調な活動をスタートさせる。そんなある日、彼・彼女たちにチャンスがめぐってくる。アマチュアアーティスト発掘 TVプロジェクト『MUSIC GOLD RUSH ∞』(J:COMテレビ)への出演である。
同番組では若手インディーズバンドを中心にフックアップしており、なかでも優勝賞金100万円をかけた『MGR∞ High-fiveオーディション』は人気コンテンツの一つだ。過去にはKroi、尾崎リノ、Set Freeなどが出演したこのオーディションにAIRCRAFTも参加。見事、グランプリを獲得する。
とりあえずなんでもいいからオーディションみたいなの受けてみようという話になり、『ROOKIE A GO-GO』とかにはエントリーしていました。その中で本選まで行ったのが『MGR∞ High-fiveオーディション』だったんです。
オーディションの時は根拠のない自信がありました。今までサウンドの点で助言をいただくことは多かったですが、音楽の方向性に関しては「そのままやりたいことをやったらいい」と言われたので。だからそのままやれば結果は出ると思っていました。
ファイナルが行われた〈Zepp Haneda〉は、私たちがこれまで演奏したことがない規模感のステージで。しかも無観客で審査員だけがいる状況でした。でも演奏して、広い空間で音を鳴らせるのってすごく楽しいと思ったんです。
むしろ準決勝の方が緊張しました。僕ら以外にも、たくさんバンドがいて殺気立っていたし、たなしんさん(グッドモーニングアメリカ)、原昌和さん(the band apart)も観ていたのでプレッシャーを感じました。グランプリがとれた時は痛快でしたね(笑)。賞金が出たことで、それまで行ってない場所でライブをすることも増えたし、アルバム含めた音源制作にも当てることができた。
個性の違う二人が織りなす詩の世界
『MUSIC GOLD RUSH ∞』でグランプリを獲得し、関西の音楽シーンで勢いに乗るAIRCRAFT。そのソングライティングの特徴は石川、田中というソングライターが二人いる点だ。そしてそれぞれの個性が活かされた歌詞は魅力の一つでもある。
僕は本当ならストレートに伝えられそうなことを、あえてぼやかして描きます。リスナーが聴く日によって、歌詞の持つ意味が変わってほしいなと思って。ストレートな歌詞を自分が書いたら、ありきたりすぎてつまらないものになってしまう。そして断言しすぎないようには気をつけています。歌で「こうしたほうがいい」と強くメッセージを伝えるのはおこがましいなと思っていて。だから「僕はこう思うけど、君はどう?」とあくまで提案として留めるようなバランスで詞を書いています。
私は性格的に頑固なところがあるので、それが歌詞になっている。信念は曲げない、芯の強さみたいな部分を歌にしています。
今回リリースされた『MY FLIGHT』に収録された曲だと、石川が担当した“IKIISOGI”では「終わりを待つのは辛いから / 背伸びをしながらいきたいね」、“MY FLIGHT”では「望むこと叶えること / 出来ないとしても / その時また一緒に遠回りしませんか」と強く断言する言葉を使わず、自分の考え方を他者にゆだねる。対して田中が担当した楽曲だと“STOKED!!”では「世界中が壊れて / 残るのが綺麗な星だけならば / 僕はまだ歌える / 君と共に笑える」とどんな困難があっても力強く自分自身の在り方を肯定していく姿が描かれる。
「自身の考えを他者にゆだねる」と「自身の在り方を強く肯定する」。違った価値観が分裂することなく、一つに混ざり合う。それがこのバンドの面白さでもある。
またサウンド面では急激な変化も特徴として挙げられる。“何も考えたくない”の中間部における急激なテンポの変化、“NEKOMUSUME”でのオルタナティブなフレーズとジャジーな箇所をパッチワークのようにつなげるなど、特に石川が作曲をした楽曲はテンポやビートを性急に切り替えていく構成が目立つ。この理由について尋ねると、アイドル好きが影響しているのではと語ってくれた。
僕はWACK系(BiS、BiSHなど)とかBABYMETAL、解散はしましたがsora tob sakana※がすごく好きです。アイドルの楽曲って急に転調したり、過剰にテンポを変えたりすることが多い。おそらくそこが自身の音楽に影響を与えているように感じます。
※日本の女性アイドルグループ。 《残響レコード》に所属しているバンド・ハイスイノナサなどで活動する照井順政が音楽プロデュースを手掛けていた。
BiSやBABYMETALはハードロック、sora tob sakanaはポストロックの流れをくむアイドルたちだ。AIRCRAFTのサウンド面でみられる急激な変化は、まさにこれらのジャンルが持つ音楽的特徴に合致する。
しかしAIRCRAFTの音楽から、ハードロック、ポストロックを如実に感じることはない。それよりもすっと耳に入っていくメロディ、エモーショナルだが爽快感も残すバランス感覚などポップス的な要素を感じることの方が多い。それはBiS、BABYMETAL、sora tob sakanaの楽曲が各々のジャンルの直系に属するのではなく、ポップスを軸にしながらジャンルを解体して再構成された音楽であるからだ。そういう意味ではアイドルソングでしか得られない養分を、石川は吸収して音楽に反映させているのではないだろうか。
「確実に人と違う生活をしている」バンドマンとして夢を追い続ける
今回リリースされたフル・アルバム『MY FLIGHT』。その構想は2022年の年末ごろから考えていたとのことだ。「とりあえずアルバムとして形のあるものがほしかった」という思いと、グランプリで賞金を獲得したことで、制作を決意。2023年からシングル曲の配信を重ねながら、2023年12月にリリースまで辿り着いた。
本作には先ほど言及した“IKIISOGI”、“MY FLIGHT”、“STOKED!!”、“NEKOMUSUME”も収録。ライブでの定番曲を盛り込んだ、まさに今のAIRCRAFTのモードを詰め込んだ一枚になっている。そのアルバムの中でも特に時間をかけて作ったのが、田中が担当した”blUr”だ。
最初の段階では、自分の中であまり納得ができる曲ではなかった。ある日、ライブ映像を見返した際に「何か足りない」と思って、メンバーにお願いをして作り直し、今の形になりました。メロディーは変えていないんですが、リズム、音色は「魔改造」と言われるくらい作り直しました(笑)。曲名も当初は“いろうつり”というタイトルでしたが、さらにかっこいいタイトルにしたいなと思って、にじませるという意味の“blUr”にしました。
また同作に対して石川は「どの曲にも不安が入り交ざっている」という風に答えた。その原因はモラトリアムが終わりに近づいていることや、周りとの差異であるという風に語る。
もうすぐ大学を卒業するんです。僕たちは今、音楽をやっているけど、同級生はもう社会人になっている。そういう人たちと自分たちとの生活にギャップを感じ始めていて。「このままでいいのかな?」という焦りみたいなものはないんですが、確実に人と違う生活をしているという実感はあります。本当は「これから生活できるか?」という不安や怖さがあるべきでしょうが、今の自分自身はそれを全く思っていない。そしてそんな危機感のない自分自身が怖い。
ただ自覚していないだけであって、不安は感じていると思う。僕、すぐに忘れるんです。過去に感じていたこととか。だから自分の曲を聴いていると「あ、あの時はこんなことを自分自身に言い聞かせていた」と思い返すことが多くて。だからこのアルバムは俺以上に俺のことをわかってくれている楽曲たちが集まった作品だなと思います。
学生から社会人へ。これからに向けてのさまざまな感情が詰め込まれた形でリリースされた『MY FLIGHT』。そういう意味では、このアルバムは結成してから3年間の彼・彼女たちの日記だと言ってもいいのかもしれない。最後にAIRCRAFTの今後について聞いてみた。
2023年はライブを70本以上やりましたが、今年は音源制作に力を入れていこうと思います。音源って、自分たちを知ってもらうきっかけになるし、ライブへ行けない地域の人にも届けられる。
私たちもメジャーの舞台に立ちたいし、大きな会場でライブもしたい。オーディションの時に「また〈Zepp Haneda〉で演奏したい」と思ったので、その夢は実現したいです。
音楽で生きるため、さらなる高みを目指すAIRCRAFT。審査員ではなく、愛するファンで埋めつくされたZeppの会場でライブをする。それはまだ絵空事なのかもしれないが、その日は意外と早くにやってくるだろう。インタビューをしながら、そんなことを考えていた。
MY FLIGHT
アーティスト:AIRCRAFT
仕様:デジタル / CD
発売:2023年12月13日(デジタル)
2024年1月10日(CD)
収録曲
1.MY FLIGHT
2.何も考えたくない
3.STOKED!!
4.逆光
5.Origin
6.blUr
7.IKIISOGI
8.スーブニール
9.NEKOMUSUME
10.memoria
11.MY FLIGHT (DX ver.) ※CD盤のみ
配信はこちら
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関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
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