後ろ向きな私に寄り添う、あるがままを認める音楽
「人生このままでいいのかな……」
昔はそんなことを思いもしなかった。なんだかんだ、若いころは楽しく友達と遊んでいたし、一人であってもお気に入りの映画を観たり、音楽を聴いていれば不安なんて感じなかった。でも、いつからだろうか。友達と遊ぶことはめっきり減ったし、かといって使える金が増えたわけでない。ただ職場と家を往復する暮らし。そんな生活のなかで、塵のような漠然とした不安はいつしか山と化し、ため息とともに私の口から飛び出ていった。そんな時だ、糞八の『らくご』というアルバムを聴いたのは。
糞八は2018年12月、京都で結成したバンドであり、メンバー変更を経て、2021年春より東海林悠(Vo / Gt)、安部翔平(Ba)、澤本康平(Dr)の3人組で活動している。バンド名を聴いたとき、「糞」という言葉に若干の拒否感みたいなものを抱いたのだが、実際に聴いてみるとeastern youthなどから端を発する、日本語エモーショナル・ハードコアの延長線上にあるバンドであり、真摯に影響源たちと向き合う姿勢には舌を巻く。その姿勢は叙情的なメロディラインや、骨太でノイズにまみれたギターサウンドに聴きとれ、憤り、焦り、孤独、やるせなさを「かりそめ」「いさかう」「あざける」といった古語を織り交ぜて表現する部分などからも感じる。
だがeastern youthにはあって、糞八にない部分がある。例えば“夜明けの歌”、または“DON QUIJOTE”など、吉野寿の歌詞は苦境に立たされても続けていれば報われるという、メッセージを私たちに投げかける。だが糞八にはそれを感じない。むしろ〈最善を尽くすと記した未来は あっけなく壊れていったよ〉(M5 “うす明かりの中で”)や〈また誰かが笑うさ みじめなやつだって〉(M6 “のたう”)と、自身のネガティブさを前面に出す。そしてその後ろ向きな自分自身をM8“花を添えて”で〈生煮えのままで生きていくことも さして悪くはない〉と、また最後を飾る“がが”では〈なにも悪いことじゃないさ たどり着くまでのことだから〉と歌い、肯定していく。それらを歌う東海林の歌い方には背中を後押ししてくれるようなエネルギーは感じない。寂し気で、後悔を抱えながら、それでも自分は優しくありたいという人間の歌だ。その優しさが、どれだけ報われなくてもあるがままを肯定する自身の音楽性を、より確かなものへと仕上げている。
聴き終えた後、「俺の人生、別にこのままでもいいのかな」と思えた。人から見れば私の生活もまた生煮えである。だが本作を聴き、漠然とした不安を抱えて答えなく生きていくよりも、あるがままを肯定することが今の自分には必要だと感じた。もしかしたら『らくご』は幸福な時を過ごしているあなたには必要ないのかもしれない。だって糞八の歌は寂しさや行き詰まりを感じている、私みたいな人間に寄り添うための音楽なのだから。
らくご
アーティスト:糞八
仕様:CD / デジタル
リリース:2022年9月1日
価格:¥2,200(税込)
収録曲
1. 朝
2. くぐもり
3. あぐね
4. あとさき
5. うす明りの中で
6. のたう
7. ゲロ
8. 花を添えて
9. がが
糞八
(L⇒R)安部翔平(Ba / Cho) / 東海林悠(Gt / Vo) / 澤本康平(Dr)
2019年、京都にて結成。数回のメンバーチェンジを経て、2021年春から現体制。浮きも沈みもしない生活に、たまに見かける見かける友人のしんどそうな顔とか、皿洗ってるときのどうでもいい妄想のことなんかを歌ってる。フォーキーワナビーエモ、ってハポンのモモジさんに言われたのを気に入って自称してます。
Twitter: https://twitter.com/kusohachi1
SoundCloud: https://soundcloud.com/kusohachi
Youtube: https://www.youtube.com/channel/UCM-9JpVlHloiFT5nNZAs2Cw
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関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
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