『まちの映画館 踊るマサラシネマ』 – 人生が上手く行かないあなたに贈る、映画館の奮闘記
2024年5月24日に西日本出版から〈塚口サンサン劇場〉のスタッフ・戸村文彦さんの著書『まちの映画館 踊るマサラシネマ』が発売された。この本は兵庫県尼崎市にある昔ながらの駅前映画館、〈塚口サンサン劇場〉が閉館寸前だったところから、全国の人が訪れる映画館になるまでをつづったノンフィクションだ。だが本を読み進めると、そこに描かれていたのは理想を実現するために行動を続けた映画館の哲学であった。
〈塚口サンサン劇場〉はテーマパークのような映画館だ。スタッフや観客がステージで踊る。ゾンビメイクをした人が観客を襲う。待合室には見事な段ボールアートが並ぶ。なかでもインド映画の応援上映であるマサラ上映はこの劇場の名物イベントだ。歌って踊って紙吹雪もクラッカーもOKの鑑賞スタイルであるが、同館ではインド映画だけでなく、洋画やアニメまでマサラ上映をしてしまう。「映画を観る場所」にとどまらず、「アトラクションのような体験を提供する空間」にまで昇華した劇場なのだ。
同館のこれまでを描いた本といえば、キネプレの連載エッセイをまとめて2022年に出版された『愛される映画館のつくりかた~塚口サンサン劇場の軌跡と奇跡〜』(自主出版)がある。ただ、この本は編集長の森田和幸さんによる劇場スタッフの取材を通じて、本劇場の功績を第三者の視点で綴られたものであり、戸村さんが書いた本作はより自身の思いや考えがわかるような内容となっている。同時にこのエッセイと比較しながら本著を読むと、より〈塚口サンサン劇場〉での出来事が立体的に見えてくる。なかでもSF・ロボット映画の金字塔、ギレルモ・デル・トロ監督の『パシフィック・リム』の上映について書かれたエピソードは大変興味深い。
〈塚口サンサン劇場〉では2013年に同作品を爆音で鑑賞しながら、絶叫もできる『爆音激闘上映会』を開催した。キネプレでの連載では、もともと立川の〈シネマシティ〉で開催された『パシフィック・リム爆音上映会』にあこがれた関西の大学生が有志を募り、さまざまな映画館をあたったものの開催が難航。その話を聴いたキネプレの森田さんが〈塚口サンサン劇場〉に連絡し、戸村さんが「やろう!」と即答し、開催する運びとなったことが書かれていた。この時のことについて『まちの映画館 踊るマサラシネマ』では、次のように戸村さんは語る。
『恋する輪廻』のマサラ上映の時もそうでしたが、今までの映画館では絶対にしなかったことに取り組むわけですから、やってみないことには正解か不正解かもわかりません。不正解を恐れるより、正解を出せるようにさっさと行動に移した方がいいと考えてのことです。
『まちの映画館 踊るマサラシネマ』 p.54
普通の映画館なら躊躇するようなことでも「面白そう」でやってしまう。そのフレキシブルな姿勢がマサラ上映、段ボールアートなどの名物を生み出し、全国から人を呼ぶ映画館へとつながっている。この「映画館に人を呼ぶ」という当たり前の使命に対して、真摯にこだわり尽くす戸村さんの考えが随所に表れているのも本書の特徴だ。
この本の巻末には戸村さんと〈小林書店〉の小林由美子さんとの対談が掲載されている。〈小林書店〉は尼崎市の立花商店街にある売り場十坪の小さな本屋で、さまざまな地域とのつながりをつくる催しや、阪神淡路大震災を語り継ぐ活動で多くの人から愛されてきた書店だ。2024年5月いっぱいで惜しまれつつ閉店したが、ドキュメンタリー映画『まちの本屋』(大小田直貴監督)や小説『仕事で大切なことはすべて尼崎の小さな本屋で学んだ』(川上徹也著、ポプラ社刊)でも取り上げられ話題となった。この対談で戸村さんは人を集める方法について、このように言及をしていた。
戸村 前に学生さんに、「商売をしたいけど、どうやって人を集めたらいいですか」って聞かれました。矛盾するようなことを言うけれど、「人を集めたければ、まず人を集める」って答えたんです。まずはとにかく人を集めること。人が集まるところに、人が集まると思うんです。いろんな手段を講じて、まずは人を集める。そこからどれだけのお客さんを残せるかという次の展開を考える。2手先ぐらいまでを考えた上で仕掛けることが必要だと、いろいろ経験してわかりました。
『まちの映画館 踊るマサラシネマ』 p.195
戸村さんに以前インタビューをした際、何度も「映画館の敷居を取り払いたい」と語っていた。そこには映画館は「映画好きのためのもの」だけではなく、「みんなのもの」という考えがあるように思える。映画を観る場所だけにとどめず、一線を画するようなおもしろい取り組みを次々と行ってきたのも、すべてはさまざまな人を映画館に呼ぶためであるのだ。だか、人を集めるのは集客に伸び悩み閉館寸前であったからという理由だけではない。
この本のラストではコロナ禍に戸村さんが感じていたことが描かれる。2020年4月の緊急事態宣言で、文化や娯楽がまるで「不要不急」の代表格のように扱われていた現状に対して、戸村さんはこんなことを考えていた。
これまで映画館に敷居があるならば、それを壊して誰もが気軽に楽しんでいただけるようにしたい、映画ファンの裾野を広げたいと思って様々なことをしてきました。しかし、「不要不急」という言葉を聞いた時、これまで取り組んできたことはまだまだ足りていなかったことを痛感したのです。もっと多くの人たちにとって文化や娯楽、そして「映画館」が《必要至急》の存在になるためにはどうすればいいのかをずっと考えていました。
『まちの映画館 踊るマサラシネマ』 p.173
映画館が多くの人々にとって不可欠な場所になってほしい、それが〈塚口サンサン劇場〉の存在意義なのだ。だからこそ同館はシアターとしての枠組みを解体し、エンタテインメントに徹して人を呼び込む。劇場に行けばステージ上でコスプレをして、誰よりもはっちゃけて前説をする戸村さん。そして本書を読めば「誰よりも映画館が好きだし、誰よりもこの場所を守りたい」という思いが伝わる。
当然、その思いの裏には苦難の道のりがあったように感じる。実際、戸村さんは〈塚口サンサン劇場〉の前に、〈西脇大劇〉と〈西灘劇場〉という2つ映画館の閉館を経験している。もちろん閉館になった理由はさまざまな事情が重なってのことだが、その経験ゆえ「なんとしてもこの場所は守らないといけない」という気持ちはひとしおだろう。
「〈塚口サンサン劇場〉の奮闘記」でありながら、「頭で考える前に、見切り発車でもいいから行動すべし」という理念も描いた『まちの映画館 踊るマサラシネマ』。私の人生は上手く行っていない。そう頭の中で考えあぐねて行動に移せられないあなたにこそ、この本は気持ちを切り替える処方箋になってくれるに違いない。失敗をしても何度でもやり直しは可能だし、行動を起こし続けることで理想に近づける未来もある。 そんな人生をポジティブにしてくれるエッセンスが詰まっている。
まちの映画館 踊るマサラシネマ
著者:戸村 文彦(塚口サンサン劇場)
サイズ:四六判並製
頁数:208ページ
発刊日:2024年5月24日
ISBN:978-4-908443-41-1
詳細情報・購入はこちらから
http://www.jimotonohon.com/annai/a141_machino_eigakan.html
目次
プロローグ
第一章 閉館までのエンドロールが流れ始めた
第二章 崖っぷちから見えた希望の光
第三章 35ミリフィルムからデジタル化への決断
第四章 映画館という「場所」と、映画鑑賞という「体験」に価値を見出す
第五章 イベント上映は「大人の文化祭」
第六章 「音響」がすべてを変えた
第七章 映画館をテーマパークにする
第八章 最大の強みは人、そして町
第九章 映画鑑賞をショーにする
第十章 映画館がエンターテインメントを作る
第十一章 これまでのすべてを注ぎ込んだ2019年
第十二章 窮地に下を向かず、転機と捉えて上を向くエピローグ
【特別対談】
まちの映画館とまちの本屋さん
どっちも癖のもん、朝ごはんをたべるように来てほしい
塚口サンサン劇場 戸村文彦 × 小林書店 小林由美子
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関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
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