壁を壊して、枠組みを広げる映画館 – あなたの身近なテーマパーク〈塚口サンサン劇場〉とは?
スタッフや観客がステージで踊る。紙吹雪とクラッカーが何キロも消費される。ゾンビメイクをした人が観客を襲う。法螺貝が鳴り響く。ユニークな観客参加型の上映企画を次々と打ち出すことで、全国からお客さんを呼ぶ映画館が存在する。それが、兵庫県尼崎市にある〈塚口サンサン劇場〉である。
阪急塚口駅を出てすぐにある商業施設〈塚口さんさんタウン〉。日常のお買物から雑貨までをカバーするショッピンモール内の一角に〈塚口サンサン劇場〉はある。同映画館は日本の中でも映画上映という枠を飛び越えたエンターテイメントを提供する劇場であり、全国各地に多くのファンを獲得している。
なぜ〈塚口サンサン劇場〉は多くのファンを獲得するのか。それは「観客に映画を観てもらうため」に支配人・スタッフが全力でエンターテイメントを提供している点にある。同館営業スタッフの戸村文彦さんは誰よりもフットワークが軽く、誰よりも体を張る。だがその裏には映画館の持つ敷居を壊し続け、お客さんから必要とされる場所を作り続ける劇場スタッフたちの信念がにじみ出る。このインタビューは映画館が不要不急ではなく生きるために必要な場所として認めてもらおうとその役割を拡大し続ける街の映画館のドキュメントだ。
住所 | 〒661-0012 兵庫県尼崎市南塚口町2丁目1-1-103号 |
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お問合せ | TEL:06-6429-3581 |
Webサイト | |
誰もが楽しめるテーマパーク的な映画館に
〈塚口サンサン劇場〉が生まれたのは1953年。元々は〈塚口劇場〉という名前だった。その後、阪急塚口駅周辺開発事業により1978年に〈塚口さんさんタウン〉が開業すると同時に〈塚口サンサン劇場〉と名前を変えた。2011年までは東映系の作品や各社のアニメ作品などの封切館として営業を行ってきた。2010年ごろになると劇場の周辺にシネコンができ始めたこともあり、本格的に二番館としてシネコンでは取り上げないミニシアター系の作品や過去の名作など、さまざまなジャンルに上映の手を広げるようになった。その際にも映画館としての敷居を高くしたくないと考えた戸村さんは、二番館の強みを生かして番組編成にある仕掛けをしたと語る。
「ただ番組編成を組むのではなく、長いストーリーを紡いでいくようにしたんです。例えばAという映画を見たら、Bという映画が見たくなる。そうなると翌週のCという映画につながるみたいなつながりを意識したという感じで。するとお客さんも映画を観た後で、予告や壁に貼ってある映画紹介をみて『あれ?この映画って、今日観た映画とつながっていない?』と思い、別の映画も見てくれるんです。
そしてしばらくしするとこの筋道がいろんな線になるんです。韓国映画の線、アニメーションの線みたいに。それで観客の動員数などデーターを取り、ここぞというタイミングで例えば35mmフィルム上映をやったり、応援上映をしたりします。流れを作れば、お客さんも多分飽きないし、映画への興味もどんどん広がっていく。」
「映画に対して興味を持たせる」それは〈塚口サンサン劇場〉を語るうえでキーワードになる。戸村さんは取材中、何度も「映画館の敷居」について話をしていた。「ミニシアター」と聞いて、「硬派な映画ばかりやっていて行きづらい」「映画ファンが行く場所」と思うかもしれない。だが戸村さんは、そもそも映画は義務的に観るものでもないし、観るための準備や、資格がいるわけでもない。そんな敷居をお客さんが映画館に感じているのであれば、それを取り払うことこそ映画館の役割であると語る。
そして敷居を取り払うため、導入したのがテーマパーク的な要素であった。この映画館ではマサラ上映でクラッカーや大量の花吹雪、スタッフのダンス、館長の前説などありとあらゆるパフォーマンスでお客さんを盛り上げる。また〈塚口サンサン劇場〉というテーマパークを運営するうえで、こだわった場所の1つとして入口が挙げられる。
「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下、USJ)に『スパイダーマン・ザ・ライド』というアトラクションがあるじゃないですか。あれが素晴らしいのは、外の情報を遮断して、入口からスパイダーマンの世界に没入できるようになっている所。あの形を映画館にも作りたいと思い、ここに来たら、とにかく目に入るものは映画に関するものだけにして、映画館から出るまではずっと映画のことだけを考えられるようにしています。あとフィジカルで映画を感じられるものを作り、より映画の世界に没入して行けるよう工夫しています」
「フィジカルで映画を感じられるもの」、その決定版であったのが段ボール戦車である。アニメーション映画『ガールズ&パンツァー 劇場版』(以下、ガルパン)が公開される際に、「映画館に戦車があったら面白いな」という戸村さんの一言をきっかけに作られた。「鉄のものをあえて段ボールで作るからこそ面白い」「戦車は大きければ大きいほどお客さんは笑う」さまざまなアイデアのもとで作られた段ボール戦車はSNSで拡散。その結果、劇場の存在を全国に広めた。しかしこのSNSを中心にしたマーケティングは折り込みずみだったと戸村さんは語る。
「ガルパンの時でもそうでしたが、もとをただせば『電人ザボーガー』(2011年)が公開されたときも自家製の顔出しパネルとかを作ったりして、今でいう「映え」を気にしていました。僕らみたいな街の小さな映画館は広告費用もそこまでお金をかけられない。そんなことを思っていた2010、2011年くらいから、Twitterが出てきて『これなら広告とか打たなくても、お客さんからに映画情報を拡散してくれる』と考えたんです。同時に140文字だと「文字だけでは伝わりにくいかも?」と考え、写真映えするものを作ろうと思ったんです。写真1枚さえあったら、『この映画館は面白い』の言葉だけで拡散はされるだろうし、〈塚口サンサン劇場〉という名前も広がる」
お客さんが主体であるから〈塚口サンサン劇場〉はある
今回のインタビューで戸村さんは何度も「お客さんのおかげ」と言っていた。自分たちはきっかけを作っただけであり、それを広めたり、発展させたりしたのはすべてお客さんだと戸村さんは語る。そしてその代表例として挙げられたのはマサラ上映である。マサラ上映とは映画に合わせて踊ったり、歌ったり、歓声・応援・悲鳴をあげたり、クラッカーを鳴らしたり、紙吹雪をまいたりして、観客が主体的に映画に参加するものだ。2013年4月に他の劇場で開催された『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』のマサラ上映を鑑賞した劇場のスタッフが「自分たちの劇場でもやりたい」と提案してスタートしたという。その時のことを戸村さんはこう振り返る。
「僕はマサラ上映を見たことがなかったので、本当に盛り上がるのか、まず人が集まるのかということが不安でした。ですがマサラ上映の上映会をするファンの方々が協力すると手を挙げてくださって。その方たちにいろいろとアドバイスやアイディアをいただきました。
それに劇場のブログで、マサラ上映当日にインドの衣装のサリーを着てきてくれたお客さんに、『劇場の招待券をプレゼントするので、当劇場のチラシを30分間配ってください』と呼びかけたんです。そしたら思った以上にサリーを着たお客さんが集まりました。中にはマサラ上映のやり方を書いた本を配るお客さんもいました。
僕は今まで『日本人は受け身な国民性かな』と思ってたんですけども、マサラ上映をやって以降、能動的というか、どんどん自分たちで面白さを見つけ、増殖させて、それを広めてくれる人が意外と多いんだと見方が変わりました。それ以降もいい意味で、マサラ上映は遊び上手な大人が集まり、発展させてくれたので、本当にお客さんに恵まれたなと思います」
「どんどん自分たちで面白さを見つけて、増殖させる」そのお客さんの特性は劇場で行われたざまざまなマサラ上映でも観られた。例えば『カメラを止めるな!』感染マサラ上映会。戸村さんはゾンビメイクのお客さんと協力して、上映がスタートする直前に上映シアターへゾンビ姿で現れ、本物さながらの演技でお客さんに襲いかかったのだ。するとそれを知らなかったはずのお客さんたちがゾンビがかみついた瞬間から次々とゾンビのマネをしはじめたという。『探偵ナイトスクープ』でこれと似たことをやっていたから「何も知らなくても、かんだらゾンビになるのでは」と考えた戸村館長。しかし、かまれた側のお客さんの瞬発力と理解力は想像以上であり、戸村さんも「驚きました」と語った。
また2023年5月23日に行われた『プロメア』 発声可能マサラ上映ではいつもダンサーをしているスタッフが出勤できなくなり、急遽お客さんから踊りたい人を招集。『塚口Inferno dancers』を結成し、5分弱のリハーサルの後にそのままダンスを行った。こういうお客さんの「楽しむ」力を最大限にいかしながらマサラ上映を行う〈塚口サンサン劇場〉。だがそのダンスや前説もテーマパークを研究したうえで行っていると戸村さんは語る。
「入場から退場までの間を一つのショーにしたいなという気持ちもあって。USJに『ターミネーター 2:3-D』ってあるじゃないですか。あれ開始前に女性スタッフさんがお客さんをいじるみたいなことをやっているでしょ、あれ、すごく大事だと思うんですよね。やっぱり心構えができないまま映画が始まっても、楽しくないので。全国各地からお客さんがマサラ上映、応援上映を楽しみに来ていただいておりますので、どうせならイベント上映の始まる前から最後まで楽しんでほしい。
そうなると劇場ができることは、体張ることになるんですね。素人の宴会芸の延長みたいなもんですけども、ここでしか体験できない、ここでしか味わえない瞬間をみなさんと共有したい。それをすることで例えば地方からきたお客さんが地元に帰り、週明けで仕事に行った時に『週末何してた?』『兵庫県の映画館に来て、そこは館長が前説をして、スタッフが踊ってて……』一つでもそういう面白い土産話を参加された方に持ち帰ってもらえたら本望かな。」
壁のない映画館を目指して
現在では発声上映も再開された〈塚口サンサン劇場〉。しかし2020年には緊急事態宣言を受けて、映画館の営業をストップした。これからのこと、スタッフのことなど戸村さんの頭の中を巡ったようだが、彼はどんな時でもネガティブなことは言わないと心に決めていた。
「空元気でもいいから、ポジティブな部分を見せないと絶対ダメだと思ったのです。そうでないと、これまで自分たちがやってきたことを、自分たちを否定してしまう。だから〈塚口サンサン劇場〉らしく、くだらないことや、楽しんでもらえることを、毎日発信していこうと決めました。そのためにブログを毎日5000字くらい書いたり、映画にちなんだ『みなさん頑張りましょうね』みたいなメッセージを劇場前に毎週出していました。
再開の日は必ず来る。その時にスタートじゃなくて、助走した状態でスタートしなきゃいけない。あの時はいつ助走が終わるかわからなかったですけが、とにかくやり続けないと。それだけずっと考えてましたね」
思えば戸村さんはいつも物事をあきらめず、前に突き進んできたように感じる。先ほども話にも出てきた2010年に劇場の周辺にシネコンができ始めた時には番組編成を変える、『電人ザボーガー』などのシネコンでは取り上げない映画をとりあげるなどして、ピンチをチャンスへと変えてきた。どんな時も悲観的にならず、転機だと捉える姿勢、それが全国の人がこの映画館へ来る理由なのかもしれない。最後に戸村さんへ今後、映画館でやりたいことを聞いた。
「そうですねフェス的なことができたら面白いなと。音楽映画、ライブ映画をライブハウスで観るかのように楽しめることがしたい。簡単に言うと、映像版フジロックみたいなのをやりたいですね。
あと〈塚口サンサン劇場〉は『壁のない劇場』です。映画ジャンルの壁もないし、初めての人も飛び込みやすい。だけどコロナ禍を経験して、まだまだ世間の方々と映画館は距離があると認識できました。だからその敷居を壊さないといけないと感じます。不要不急の外出が叫ばれた時に真っ先に対象にあがったのが、映画館だったんです。『ああそうか、世間の人にとってはまだそのイメージなんだ』と思っていて。身近な庶民の娯楽という位置づけだというのもわかるのですが、もっと必要な場所として捉えてもらうようにはどうしたらいいのか、考えなきゃいけないなと思いました。
その取り組みの一つが緊急事態宣言が明けた時に行った、花火大会の上映会。その時は全国で花火大会が中止になったというニュースを見て、『花火大会のない夏は寂しいだろうな、ならば映画館で花火大会の映像を流せばいい』と思い付きました。それが多分、今世の中の人が映画よりも求めているものかもしれないと感じていて。だからコロナになったことで、よりお客さんは何を求めているのか、そして映画館は何ができるのかと考えるようになりました」
「もっと必要な場所として捉えてもらうようにはどうしたらいいのか」コロナ禍で得た戸村さんの課題は「Netflixなどの動画配信サービスが拡充している今、映画館はなぜ必要か?」という問いに帰結する。
取材から見えてきたのは戸村さんは「映画館の枠組みを広げる」という方向性で課題を解決しようとしているのではないだろうか。だからこそ映画館を「映画を観る」という役割で終わらせずに、「お客さんの求めていることは何か」ということに真摯に向き合い、ある時はテーマパーク的に、またある時は花火大会など疑似体験の場としてその存在を拡張しているのが現在の姿であるように感じた。
「映画を観るだけが映画館ではない」まるでそんなことを言っているかのようにお客さんの目線に立ち、柔軟性とフットワークの軽さで次々とアイデアを具現化する〈塚口サンサン劇場〉。従来の映画館のスタイルを破壊したという意味では、まさに壁のない映画館である。
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関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
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