COLUMN

サステナブルな理想を追い求めるバンド – (夜と)SAMPOが会社員でありながらバンドを続ける理由

2023年11月より《ワーナーミュージック・ジャパン》から、配信シングル“変身”をリリースし、メジャーデビューを果たす(夜と)SAMPO。メンバー全員が会社員を兼業しながら活動、首謀者である吉野エクスプロージョン(Gt)は元ハンブレッダーズのメンバーであるなど、紆余曲折を経てできたバンドであり、それが音楽の魅力にもつながっている。今回はこの節目となるタイミングで、どのように歩んできたのかや、その音楽性を解説。さらに過去作のレビューも交えながら、同バンドがなぜ人々を惹きつけるのかを明らかにしていく。

MUSIC 2023.11.27 Written By マーガレット 安井

『夜と散歩』(2020年)

1.革命前夜

2.January

3.リスタート

4.夜と散歩

 

リリース:2020年8月1日

(夜と)SAMPO のデビュー作。吉野のエモーショナルでスピード感のあるリフに、いくみの力強くハリのある歌声と滑らかに伸びるファルセットが心地よく響く。その2人に加藤秋人のボトムの効いたベースライン、清水昂太朗(Key)の浮遊感のあるシンセ、寺岡純二の力強いビートが加わり、直球ながらもウィットに富んだサウンドへと仕上がっている。吉野の書く歌は理想を意識するがあまり、自分や周りに対して否定的な部分があらわになる部分もある。しかしそれはその時々のマインドが楽曲に反映されているわけであり、その意味で(夜と)SAMPOは非常に人間臭いバンドだとも言える。これから変わる吉野エクスプロージョンというクリエイターのスタート地点、それが本作なのだ。

『ノストラダムス』(2021年)

1. BACK MY WORD

2. ボスマネジメント

3. 賢明な判断

4. 惑星

5. 海岸通り

6. ノストラダムス

 

リリース:2021年1月13日

1つのジャンルを突き詰めるのではなく、多彩にジャンルを横断するバンドであることがわかる作品。吉野が作曲したストレートなギターロック“BACK MY WORD”から始まり、加藤が作曲した“賢明な判断”ではフュージョンのエッセンスを組み込み、“惑星”ではムーディーでジャジーなサウンド。1st EP『夜と散歩』よりも手数の多さをみせつけていく。吉野・加藤の双方が自らの得意ジャンルを(夜と)SAMPOのサウンドに落とし込みつつ、時に明るく華やかに、時に妖艶ないくみの歌声が、どのタイプの楽曲でも自身の楽曲へと変えてしまう。過去作のなかでも、最もバラエティに富んだ1枚だ。

『はだかの世界』(2022年)

1. DREAM POP

2. 嫉妬

3. moonlight

4. 届かないラブレター

5. 師走のステップ

6. はだかの世界

7. MAKE IT EASY!

 

リリース:2022年2月2日

テンポ190、2ビートのポップソング“DREAM POP”、「おのれ 僕の未来に光はない」というネガティブな歌詞なのにもかかわらず、それに反するようなキーボード5台から織りなす多彩で華やかなサウンドといくみのパワフルな歌唱が魅力的な“嫉妬”など、全体的にフックの多い作品となっている。以前、インタビューで吉野は自分の影響源に赤い公園を挙げていた。ストレートなポップソングのように見えて、変拍子や複雑な転調、シニカルさを交えた歌詞などさまざまなフックを散りばめてきた赤い公園。そのポップイズムの延長線上に(夜と)SAMPOもいる。一方表題曲“はだかの世界”では圧倒的な歌で生きることを全肯定し、フックだけではなく、歌でも魅せることを証明している。

 

“春”(2023年)

リリース:2023年3月31日

2023年3月に配信シングルとしてリリースされた本作。「大人目線の卒業ソング」という触れ込みではあるが、爽快なサウンドといくみのやわらかく華やかな歌声で紡がれるのは先に語った「代償を伴いながら、理想へと突き進む」というテーマである。そしてこの曲の重要なポイントは加藤が歌詞を書いていること。(夜と)SAMPOの作詞・作曲は加藤か吉野が担当している。吉野は自らの生き様をそのまま歌詞へと反映しているのだが、加藤もまた吉野と同じ目線で理想へと突き進む歌詞を書く。以前、吉野からお互い特にテーマを共有したことはないといった話を聞いたことがある。なのにもかかわらず、同じ主題を思い描けているのは双方の持つバンド像がブレていない証明な気がする。

“変身”(2023年)

リリース:2023年11月10日

吉野が言うには、本作は「『何者にもなれない』クライシスへのアンセム」だと語る。スピード感溢れるロックサウンドで紡がれるのは「失敗を恐れて、覚悟ができず手前で止まる人間」と「勇気づけるための後押し」である。重要なのは後押しするサビの部分で「言葉はいらない 夜を間違えにいこう」と、間違えることを前提に歌っている点だ。それまで吉野は、理想へと突き進む精神を描いてきたが、想いが強すぎるゆえ、過去の自分の生き方や周りを否定していた部分もあった。例えば“革命前夜”で「あの人になりたくないな」と歌うように。しかし“はだかの世界”で、どのような状況でも肯定するというメンタリティを手に入れて、理想は絶対的なものではなく本作では「間違えにいこう」と言えるようになった。排他的にならずに、よりおおらかに自己を見つめ直すようになった、常に考えを更新していくバンドとしての本質がつまっている。

WRITER

RECENT POST

INTERVIEW
全員が「ヤバい」と思える音楽に向かって – 愛はズボーンが語る、理想とパーソナルがにじみ…
REVIEW
THE HAMIDA SHE’S『純情讃歌』 – 京都の新星が放つ、荒々しい…
REVIEW
大槻美奈『LAND』-愛で自身の問いに終止符を打つ、集大成としての『LAND』
INTERVIEW
今はまだ夢の途中 – AIRCRAFTが語る『MY FLIGHT』までの轍
COLUMN
編集部員が選ぶ2023年ベスト記事
REVIEW
Qoodow『水槽から』 – 「複雑さ」すらも味にする、やりたいを貫くオルタナティヴな作…
REVIEW
The Slumbers『黄金のまどろみ』 – 先人たちのエッセンスを今へと引き継ぐ、昭…
REPORT
ボロフェスタ2023 Day2(11/4)- タコツボを壊して坩堝へ。ボロフェスタが創造するカオス
REPORT
ボロフェスタ2023 Day1(11/3) – 蓄積で形成される狂気と奇跡の音楽祭
INTERVIEW
物語が生み出すブッキング – 夜の本気ダンス×『ボロフェスタ』主宰・土龍が語る音楽フェス…
INTERVIEW
自発性とカオスが育む祭 – 22年続く音楽フェス『ボロフェスタ』の独自性とは?
REVIEW
てら『太陽は昼寝』 – 人間の内面を描く、陽だまりのような初バンド編成アルバム
REPORT
ナノボロ2023 Day2(8/27)‐ コロナからの呪縛から解放され、あるべき姿に戻ったナノボロ…
REVIEW
鈴木実貴子ズ『ファッキンミュージック』- 自分ではなく、好きになってくれたあなたに向けられた音楽
REVIEW
オートコード『京都』 – “東京”に対する敬愛が生んだ25年目のオマージュ
INTERVIEW
Nagakumoがポップスを作る理由 – 実験精神を貫き、大衆性にこだわった最新作『JU…
INTERVIEW
町のみんなと共生しながら独自性を紡ぐ。支配人なきシアター、元町映画館が考える固定観念の崩し方
INTERVIEW
つながりと問題のなかで灯を守り続ける – シネ・ヌーヴォの2023年
INTERVIEW
壁を壊して、枠組みを広げる映画館 – あなたの身近なテーマパーク〈塚口サンサン劇場〉とは…
REVIEW
ここで生きてるず“彗星ミサイル” – 愚直ながらも、手法を変えて人生を肯定し続けるバンド…
REPORT
坩堝ではなく、共生する園苑(そのその) – 『KOBE SONO SONO’23』ライブ…
INTERVIEW
僕らがフリージアンになるまで – リスペクトと遠回りの末に生まれたバンドの軌跡
REVIEW
パンクを手放し、自己をさらけ出すことで手にした 成長の証 – ムノーノモーゼス『ハイパー…
REPORT
感情が技術を上回る日 – 『“ステエションズ ” 2nd Album “ST-2” Re…
REVIEW
oOo『New Jeans』- 陰と陽が織りなすイノセントなセカイ
REVIEW
ステエションズ『ST‐2』 - 千変万化でありながら、それを感じさせない強靭なポップネス
REVIEW
揺らぎ『Here I Stand』- 型にはまらない姿勢を貫く、どこにも属さない揺らぎの一作目
REVIEW
くつした『コズミックディスク』 - 変わらずに歌い続けた空想の世界
REVIEW
台風クラブ『アルバム第二集』 - 逃避から対峙へ、孤独と絶望を抱えながらも前進するロックンロール
INTERVIEW
経験の蓄積から生まれた理想郷 ー ASR RECORDS 野津知宏の半生と〈D×Q〉のこれから
REPORT
ボロフェスタ2022 Day3(11/5)-積み重ねが具現化した、“生き様”という名のライブ
REVIEW
ベルマインツ『風を頼りに』- 成長を形に変える、新しい起点としての1枚
REVIEW
ズカイ『ちゃちな夢中をくぐるのさ』 – ネガティブなあまのじゃくが歌う「今日を生きて」
REVIEW
帝国喫茶『帝国喫茶』 – 三者三様の作家性が融合した、帝国喫茶の青春
REVIEW
糞八『らくご』 – 後ろ向きな私に寄り添う、あるがままを認める音楽
REPORT
マーガレット安井の見たナノボロ2022 day2
INTERVIEW
おとぼけビ〜バ〜 × 奥羽自慢 - 日本酒の固定観念を崩す男が生み出した純米大吟醸『おとぼけビ〜バ〜…
INTERVIEW
僕の音楽から誰かのための音楽へ – YMBが語る最新作『Tender』とバンドとしての成…
INTERVIEW
失意の底から「最高の人生にしようぜ」と言えるまで – ナードマグネット須田亮太インタビュー
REVIEW
Noranekoguts『wander packs』シリーズ – 向き合うことで拡張していく音楽
REVIEW
真舟とわ『ルルルのその先』 – 曖昧の先にある、誰かとのつながり
REVIEW
ナードマグネット/Subway Daydream『Re:ACTION』 – 青春と青春が交わった交差…
REVIEW
AIRCRAFT『MAGNOLIA』 – 何者でもなれる可能性を体現した、青春の音楽
REVIEW
Nagakumo – EXPO
REVIEW
水平線 – stove
INTERVIEW
(夜と)SAMPOの生き様。理想と挫折から生まれた『はだかの世界』
INTERVIEW
自然体と無意識が生み出した、表出する音楽 – 猫戦インタビュー
REVIEW
藤山拓 – girl
REPORT
マーガレット安井が見たボロフェスタ2021Day4 – 2021.11.5
INTERVIEW
地球から2ミリ浮いてる人たちが語る、点を見つめ直してできた私たちの形
REVIEW
西村中毒バンド – ハローイッツミー
INTERVIEW
移民ラッパー Moment Joon の愚直な肖像 – 絶望でも言葉の力を信じ続ける理由
INTERVIEW
「逃れられない」をいかに楽しむか – 京都ドーナッツクラブ野村雅夫が考える翻訳
COLUMN
“水星”が更新される日~ニュータウンの音楽~|テーマで読み解く現代の歌詞
INTERVIEW
批評誌『痙攣』が伝える「ないものを探す」という批評の在り方
REVIEW
Nagakumo – PLAN e.p.
INTERVIEW
HOOK UP RECORDS
COLUMN
『永遠のなつやすみ』からの卒業 - バレーボウイズ解散によせて
REVIEW
EGO-WRAPPIN’ – 満ち汐のロマンス
REVIEW
ローザ・ルクセンブルグ – ぷりぷり
REVIEW
(夜と)SAMPO – 夜と散歩
REVIEW
羅針盤 – らご
REVIEW
竹村延和 – こどもと魔法
COLUMN
Dig!Dug!Asia! Vol.4 イ・ラン
INTERVIEW
Live Bar FANDANGO
INTERVIEW
扇町para-dice
INTERVIEW
寺田町Fireloop
REVIEW
MASS OF THE FERMENTING DREGS – You / うたを歌えば
REVIEW
FALL ASLEEP 全曲レビュー
REVIEW
ニーハオ!!!! – FOUR!!!!
INTERVIEW
ネガティブが生んだポジティブなマインド – ゆ~すほすてるが語る僕らの音楽
REVIEW
大槻美奈 – BIRD
REVIEW
YMB-ラララ
REPORT
京音 -KYOTO- vol.13 ライブレポート
INTERVIEW
感情という名の歌。鈴木実貴子ズが歌う、あなたに向けられていない音楽
INTERVIEW
□□□ん家(ダレカンチ)
INTERVIEW
こだわりと他者性を遊泳するバンド - ペペッターズ『KUCD』リリースインタビュー
REPORT
ネクスト・ステージに向かうための集大成 Easycome初のワンマンライブでみせた圧倒的なホーム感
INTERVIEW
更なる深みを目指してーザ・リラクシンズ『morning call from THE RELAXINʼ…
INTERVIEW
忖度されたハッピーエンドより変わらぬ絶望。葉山久瑠実が出す空白の結論
REPORT
マーガレット安井が見たボロフェスタ2019 3日目
REPORT
マーガレット安井が見たボロフェスタ2019 2日目
REVIEW
ベルマインツ – 透明の花ep
REPORT
集大成という名のスタートライン-ナードマグネット主催フェス『ULTRA SOULMATE 2019』…
INTERVIEW
僕のEasycomeから、僕らのEasycomeへ – 無理をせず、楽しみ作った最新アル…
INTERVIEW
永遠の夏休みの終わりと始まり – バレーボウイズが語る自身の成長と自主企画『ブルーハワイ…
INTERVIEW
時代の変革が生んだ「愛」と「憂い」の音楽、ナードマグネット須田亮太が語る『透明になったあなたへ』
INTERVIEW
your choiceコーナー仕掛け人に聴く、今だからこそ出来る面白いこと~タワーレコード梅田大阪マ…
REPORT
マーガレット安井が見た第2回うたのゆくえ
INTERVIEW
やるなら、より面白い方へ。おとぼけビ~バ~が語る、いままでの私たちと、そこから始まるシーズン2。
REVIEW
花柄ランタン『まっくらくらね、とってもきれいね。』
REVIEW
ペペッターズ『materia=material』
INTERVIEW
捻くれたポップネスと気の抜けたマッドネスが生み出した珠玉のポップソング。YMBが語る、僕らの音楽。
INTERVIEW
挫折と葛藤の中で生まれた、愛と開き直りの音楽 - Superfriends塩原×ナードマグネット須田…
REVIEW
Homecomings – WHALE LIVING
REPORT
【マーガレット安井の見たボロフェスタ2018 / Day1】ナードマグネット / King gnu …
INTERVIEW
私たちがバンドを続ける理由。シゼンカイノオキテが語る、15年間と今について。
REVIEW
Easycome – お天気でした
REVIEW
相米慎二 – 台風クラブ
COLUMN
脚本の妙から先へと向かう傑作 今こそ『カメラを止めるな!』を観なければならない理由
REVIEW
CAMERA TALK – FLIPPER’S GUITAR
REVIEW
Guppy – Charly Bliss
REVIEW
Down To Earth Soundtrack (SNOOP DOGG「Gin and juice…

LATEST POSTS

COLUMN
【2024年4月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「大阪のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シーンを追…

REVIEW
aieum『sangatsu』―絶えず姿形を変え動き続ける、その音の正体は果たして

沖縄出身の4人組バンド、aieumが初となるEP『sangatsu』を2024年3月20日にリリース…

INTERVIEW
新たな名曲がベランダを繋ぎとめた。 新作『Spirit』に至る6年間の紆余曲折を辿る

京都で結成されたバンド、ベランダが3rdアルバム『Spirit』を2024年4月17日にリリースした…

COLUMN
【2024年4月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「東京のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」京都、大阪の音楽シーンを追っ…

COLUMN
【2024年4月】今、京都のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「現在の京都のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シー…