
障がい者と紡ぐ開かれた自己表現の形 – たんぽぽの家の取り組みから考えるエイブル・アートの現在地
たんぽぽの家が運営する〈アートセンターHANA〉。ここでは、訪れるメンバー(利用者)が主体的に創作や仕事に取り組んでいる。スタッフの支えで生まれる多様な選択肢、それによりメンバーの表現が日々育まれている現場の様子を伝えたい。
『エイブル・アート・ムーブメント』という運動をご存じだろうか?
障がいの種別や有無をこえアートを通じて、だれもが豊かに生きることのできる社会の実現を目指す、1995年に始まった日本発の運動である。運動を提唱したのは、「アート」と「ケア」の視点からさまざまな事業を実施している市民団体〈たんぽぽの家〉の前理事長・播磨靖夫だった。
〈アートセンターHANA〉は、そんな同団体が2004年に日本初の障がいのある人の総合的なアートセンターとしてもとの建物を増改築して、オープンさせた。そ。ここでは日々、メンバー(利用者)たちがさまざまなアート作品を紡ぎ出す。またそこで働くスタッフは伴走者として、メンバーの表現に寄り添う。そんな同施設の取り組みやエイブル・アートの可能性について、一般財団法人たんぽぽの家・理事長の岡部太郎さんに話を伺った。
写真:服部健太郎
たんぽぽの家/アートセンターHANA
| 住所 | 奈良県奈良市六条西3-25-4 |
|---|---|
| 電話番号 | 0742-43-7055 |
| Webサイト |
選択肢を広げるエイブル・アート
エイブル・アートの出発点はどこか。
始まりは1995年。阪神淡路大震災やオウム真理教の地下鉄サリン事件などが起こり、日本社会は失意の底にあった。そんな自信を喪失した日本人の精神的な復興を目指す市民芸術運動として、スタートしたのがエイブル・アート・ムーブメントだった。今では障がい者が行う芸術活動が「エイブル・アート」と呼ばれることも多いが、提唱者であった播磨靖夫氏は障がいの有無に関係なくさまざまな人が主体的にアートを創作したり、文化的な交流を通してそれぞれが豊かな生き方をめざせる社会をつくることを意図していた。
そしてこの運動では、当初他の福祉施設や賛同する企業などの横のつながりを広げていく「ネットワーキング」に重きを置いていた。そうした経緯から過去にはトヨタ自動車、関西電力などさまざまな企業とタッグを組み、活動の幅を広げてきたが、そこには苦労もあったと岡部さんは語る。
「私がスタッフとして働き始めた20年前は取り組みを理解いただくことが難しいこともありました。例えば関西のあるアートNPOに相談へ行ったら『障がいがあるというだけで作品が評価できるとは限らない』という理由で断られたり。僕たちの伝え方もよくなかったんですけど、協力を断られることがありました。でも、社会的に信頼を得ている企業や同じような関心をもつ人たちとコラボレーションをするなど、活動を形にして見せていくことで『あ、そういうことが言いたかったのね』みたいな形で理解を得られるようにはなっていきました」
〈アートセンターHANA〉は生活介護および就労継続支援B型事業所として、さまざまな表現活動に力を入れている。
「アートセンター」とは名乗ってはいるものの、メンバーが行うプログラムには創作活動だけではなく、新聞を読んでメディアリテラシーを高めることや、ネイルを楽しむこと、さらに商品を詰め込む作業や、近所のフリーペーパーの折り込み広告を入れるなどの軽微な仕事もある。メンバーはスタッフと相談しながら、自分の関心にあったプログラムを選べる。
「選択肢があること自体がこの施設の大きなテーマで。アトリエがあって、画材があって、そこで作られるものだけがその人の表現ではない。むしろ、生活の中で生まれる関係性とか目に見えないものも含めて生まれるものが、新しい価値観になればと思っています」
スタッフが担う「伴走者」としての役割
日本初の障がいがある人たちのアートセンターとして2004年に誕生した〈アートセンターHANA〉。しかしここを拠点に活動をするメンバーは、利用当初からアートに関心がある人たちばかりではないと語る。
「私はだいたい20年ここにいるんですが、支援学校から美術が好きだった人って、今までに数人ほどしか知りません。多くの人が、ここに通いやすいか、雰囲気に馴染めるか、あるいはHANA側もその時の体制や環境をみながら、その人をサポートできるかどうか検討し利用が決まります。ここに来てからスタッフが個別に『何がその人に合っているか』『何が好きなのか』を少しずつ時間をかけて見ていった結果、創作活動をするアーティストが多くなっている感じです」
しかしながら、アート活動に興味がなかったメンバーがアーティストになるまでには、かなりのステップを要すると想像ができる。そのために重要なのが伴走者が「創作の前と後」を考えることだという。
「前だと表現をする環境設定っていうのかな、その人が表現しやすくなるような環境をいかに作るか。後だと作ってできたものをどこにどう届けるかっていうところですね。今複数のギャラリーさんに作品を取り扱ってもらっていたり、あるいはアートレンタル、例えば『会議室に絵を飾りたい』という依頼があれば、レンタル代をいただいてアーティストに還元をしていくとか。また※エイブルアート・カンパニーという作品の二次利用をすすめる取り組みでは、登録しているアーティストが描いた作品を企業やデザイナーがデザイン展開し、使用料を本人に還元していくということもしています。
もちろん楽しみとしてアートをやるのもいいと思うんです。ただ仕事にしていくためには、その前後の部分をいかにサポートするかが大きなポイントになってきます」
アーティストとしての素質があるかどうかは、〈アートセンターHANA〉では問われない。日々のメンバーの生活に対して、スタッフが細やかに配慮して、変化を見ながら「前と後」を考えた結果、アート作品が生み出されていく。スタッフはメンバーのマネージャー的な役割だけでなく、価値を世に問うていくディレクターとしての役割をも担っているのだ。
※エイブルアート・カンパニー:2007年にスタート。NPO法人エイブル・アート・ジャパン、NPO法人まると共同で運営。
そんなスタッフたちの仕事のひとつが作品の値付けである。〈アートセンターHANA〉では値付けは複数スタッフが作品を見ながら決めていき、最終的に本人や保護者に伝えて値段を決定していく。
「基準がどこにあるかって、パキッと分けられるものでもないんですが。例えば年間でどのぐらい制作しているか、作品のサイズや実績があるかないかで、価格は変わっていきます。いっぽうで、HANAでは販売価格が3,000円以下の作品は商品とみなされます。作品と商品で何が違うのかというと、作品は収入の一部が作者に還元され、残りがメンバーに分配されますが、商品はメンバー全員に均等に分配されます。また、作品として販売する場合は購入者に所有権の権利譲渡の説明をします。
ハガキサイズのサッと書いたような絵でも、人気があればある程度の値段はつけられます。でも1年かけた絵でも、売れなかったら、価格はあまり高くつけられない。最低限そこにかかっている原価、画材代とか額代っていうのはペイできる金額は設定するようにしています。あとたんぽぽの家はこれまでの販売の蓄積があるので、過去の実績と比較しながら、議論して値段を決めていきます」
これは〈アートセンターHANA〉の話であり、事業所によって時給制にするところや金額を一律にして作品が取引されるところもあるなど、多様とのことだ。またギャラリーを通している点も作品を売る際には大きな点であると語る。
「ふつう、福祉施設でアート活動をしていても、ギャラリーをとおして販売できる機会はあまりありません。直接販売するしか販路がないということの方が多い。いっぽうで、販売実績のあるギャラリーで扱う場合は、40〜50%のマージンがかかることが一般的ですが、福祉施設の中にあるだけでは作品は売れないので、すこしでも販売される可能性の高い場所で売れるメリットはあります」
しかしながら本来は値付けされてもいいものが、されていないケースも存在しているという。
「中村真由美さんってアーティストがいらっしゃるんですけど、はがきぐらいのサイズでイラストをずっと描き続けているんです。それを額装したら数千円〜数万円はするのですが、彼女は同じ絵をHANAのショップの買い物袋にも描くんです。でもそれはタダ。われわれとしては、わざわざ買い物に来てくれたお礼も含めたプレゼント的な意味でそれを扱っている。彼女は大好きな描くという行為は変わらない。
矛盾もあると思うし、いろんな意見もあるので、それが正しいとは思わないけど、そういうことが日常で起きている。〈Good Job! Center KASHIBA〉でも、発送する段ボール箱に落書きしてくれる方がいるのですが、それがめちゃくちゃ面白くて。もしかしたらそれだけでアート作品になるかもしれないですが、あくまで商品を買った人への+αの価値としてお渡ししている。ただその+αが楽しみで、買いものをしてくれる人もいたりします」
モチベーションと内なる承認欲求
各アーティストに対して、集中できる環境をつくる〈アートセンターHANA〉では、制作のテーマや描くスケジュールなどを決めていきながら作品を作り上げていく。そのかいもあって、メンバーは着実にスキルアップをしているとのこと。しかし何年も続けていくとモチベーションが下がることもあるようだ。
「障害のあるなしにかかわらず誰しもそうなんですけど、コンスタントにハイクオリティを保ち続けている人っていないと思うんですよ。〈アートセンターHANA〉で活躍しているメンバーの一人の山野さん(山野将志)も、モチベーションが下がって長らく絵をかかない時期がありました。
そもそも人間ってずっと出力しっぱなしでいることは難しいと思っていて。だからこそ新聞を読んだり、ネイルで遊んだり、外に出て美術館を見に行ったり、表現に直結しないけどプログラムを大事にしています」
そして作品に関しては、「ただ褒める」のではなく率直に意見を伝えることも重要だと語る。
「『いいね』だけだと、それをもらいたくて、同じことをずっと続けちゃう人たちもいるし、それでだんだんと疲弊していくこともある。でもちょっとだけ声のかけ方を変えると大きく変化をしたりする。なので、スタッフはそれぞれの感じたことを割とストレートにメンバーに対して言っています。だから人によって言われることが違うってこともよくある。それも本人が最終的に意見を取捨選択をしていったらいいと思うんです。
こうしたスタッフの意見は、メンバーによって劇的な変化をもたらすという。また別の施設での話として、岡部さんは身近な存在ではなく、公募展などの社会的評価からモチベーションにつながった例も話してくれた。
「ある施設の利用者さんが障害者の公募展に落ちちゃって、翌年に過去の大賞作品の要素を全部つめ込んでその良さを出したみたいな、めちゃくちゃ狙っている作品を出したり。また 別の施設だと、その施設の超ベストセラー作品を見た利用者さんが『あれを作ったら売れるかも』と思って、そのベストセラーに似せた作品を作り始めたということがあったり。
まあ〈アートセンターHANA〉でもあちこちで評価されたり、売れたりするメンバーに対して『次は私も』と思っている人は結構います」
障がいがある、ないに関係なく誰にでも承認欲求があるし、それが創作意欲につながる。そのためにもフィードバックで循環させることが大事であるという。
「公募展で賞を得るような社会的評価や、スタッフにかけられるちょっとした声かけ。どれがその人に響くかわからないですけど、自分が作ったものが何か違うものになって返ってくる経験がモチベーションにつながる。福祉施設は単発の出会いの場所ではなく、ある程度長期的にみんながいる場所なので、実験もできるし、失敗をしてもよいと思っています」
チームで働く、Good Job! Center KASHIBAの取り組み
今回の取材では、〈アートセンターHANA〉に加えて、奈良県香芝市にある〈Good Job! Center KASHIBA〉も訪問した。ここはアート・デザイン・ビジネスをテーマにし、個人の創造性を生かしながら障がいのある方々とより働く・仕事をすることを意識的に行う場がつくられている。
取材をして感じたのは〈アートセンターHANA〉では作家として「個の表現」に向き合うのに対して、〈Good Job! Center KASHIBA〉は、メンバーが「一つのチーム」として多様な仕事に取り組む場所だということだ。
この場所では、障害のある人の仕事と伝統的なものづくりのコラボレーションの可能性を探る「NEW TRADITIONALプロジェクト」の一環として、張り子などの商品が作られている。
本来、張り子の制作は木型を使うのが一般的だが、ここでは3Dプリンターを活用して型を作る。その後、紙を貼る工程や色付けなどを、それぞれのメンバーが役割を分担しながら進めていく。こうして完成した張り子細工は、生活雑貨メーカーの中川政七商店とのコラボレーションによる「鹿コロコロ」や、無印良品の福缶への参加など、企業との連携を通じてさまざまな展開をしている。
商品の発注や梱包などの作業も、複数のメンバーが協力して行っている。またこのような張り子細工の制作以外にも、「たたいて みがいて つくるプレート」といった木工製品の制作、併設カフェの運営、蚕の育成など、仕事の内容は多岐にわたる。これらの作業にもそれぞれのメンバーが関わり仕事を進めていた。
一方で、チームでの活動だけでなく、生成AIを使って映画の台本を書いたり、X(旧Twitter)で自身のイラストを発信したり、メタバースで活動するなど、個人での取り組みも見られた。このように、〈Good Job! Center KASHIBA〉 では、メンバーがそれぞれの関心や能力に応じて、さまざまな形で仕事や活動に参加できる仕組みが整えられている。
今回案内をしてくれた本センターのセンター長である森下静香さんは施設内での仕事についてこう語る。
「(仕事をする上で)いろんな選択肢があって。作家として作品を作る人もいれば、手仕事が好きな人が工房としてチームを作ってもいい。ここでも別にその人がその仕事だけをやっているわけでもないし、オルタナティブな仕事の可能性を常に探している。管理的になったり、今あるものだけをやり続けていても、おもしろくないかもしれない。親しみがあったり、ポップだったり、楽しさがあったりなど、そういうものの方がここで活動している人たちとは相性がいいと感じています。
今年度はあたらしく、デジタル技術を活用した創作活動を学べる講座をスタートさせます。Good Job!センターのメンバーも若い世代が多く、デジタル技術を活用して創作活動をする障害のある人も増えてきました。そうしたなかで、より表現の可能性を広げていけるようにオンラインで学び合うような機会をつくろうと思います。伝統工芸と福祉を結ぶような活動もあれば、デジタルもある。できるだけいろいろな選択肢を、いろいろな専門家とつながりながら取り組んでいこうと思います」
今の悩みと地域交流の重要性
最後に岡部さんに〈アートセンターHANA〉で起きている課題や悩みなどの話を聞いた。
「高齢化だったりとか、障がいが重度化していくことで、作品が作れなくなる、描けなくなる人たちが増えてきています。ただそれでも創作活動をつづけたいという人たちがいらっしゃいます。どんな状態になっても表現が楽しめるような状況って、どう作っていったらいいのかなっていうのは一つあります。
もう一つはコミュニティですね。このアートセンターが始まってから20年経ちますが、かつてはさまざまな場面でボランティアに支えられていました。いまは福祉制度の変化やたんぽぽの家のスタッフが増えてきたことで、ボランティアが減っているんです。そのぶん地域との関わりも薄くなってしまう。ここは奈良の六条というエリアなんですけど、この地域の中で何ができるかを考えていて。例えば寄付金をいただきながら地域と連携するプログラムを展開したり。
子ども食堂は以前から取り組んでいますがそれも含めて福祉施設というより人と人をつなぐハブのような役割として、住民の方々、関心のある方々と活動したい気持ちがあって。たんぽぽにはホールがあるんですけど、メンバーが使っていない時間は地域の合気道教室や書道教室が開催されたりと、公民館のような使い方をしていただいたりもしています」
先ほど紹介した〈Good Job! Center KASHIBA〉では、地域住民との交流を目的に『グッジョブ!スーパーマーケット』というイベントが定期的に開催されている。先日、イベントに訪れたのだが、会場は多くの人で賑わい、地域の人やメンバーたちが自然と混ざりながら楽しむ姿が印象的だった。
こうした拠点での出会いや交流は、新しい刺激や学びとなる一方、地域の人にとっては表現に触れるきっかけとなり、メンバーにとってはモノづくりを行ううえでの刺激へとつながる。それはエイブル・アート・ムーブメントにおける「ネットワーキング」の考えにも直結している。
開かれた自己表現、それは個人だけの力だけでなく、多様な人が関わり、混じ合うことで成り立つ。たんぽぽの家は今後もメンバー、スタッフ、地域、企業などをアートという形で循環していきつつ、障がいの有無関係なくさまざまな人が主体的にアートを創作、鑑賞できる社会づくりを進めていくだろう。
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関西インディーズの水先案内人。音楽ライターとして関西のインディーズバンドを中心にレビューやインタビュー、コラムを書いたりしてます。
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